さやかに生えてほむほむが頑張る話《完結》   作:ラゼ

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悪魔ほむらも女神まどかもなんであんな露出度高いんだろう。


悪魔が微笑む時代になったのだ

見滝原中に電波を届ける鉄塔の中腹。黒い翼で、尚且つ煽情的とも言える露出だらけの服装をした少女が物憂げに膝を組んで座っていた。

 

「…また。注意散漫過ぎよ」

 

 そしてそこから数百メートル離れた場所で、四人の魔法少女が戦いを繰り広げていた。敵の名は『魔獣』 人々の負の感情エネルギーの具現であり、魔法少女の魔力の素材でもある怪物。魔獣を倒せば『グリーフキューブ』が残り、魔法少女はそれによって『ソウルジェム』の濁りを吸い取る。ソウルジェムは魔力の源であり、そして魔法少女の魂そのものでもあるのだ。濁りきってしまえば、それは死と同義であり『円環の理』に導かれるということだ。

 

 魔獣を倒すためにはソウルジェムを濁らせなけらばならず、ソウルジェムを浄化するにもやはり魔獣を倒さねばならない。自転車操業のような過酷な運命をもつ魔法少女達。しかし彼女達にとって円環の理に導かれることは救いでもあり、死を忌避してはいても戦いをやめることはない。

 

 まあどうしてもきついならソウルジェムを重曹水に浸せばピカピカになるので、問題はないのだ。

 

 魔法少女が戦うのは、結局『世のため人のため』である。魔獣が人を襲うのを防ぎ、日夜奮闘する彼女達はソウルジェムと同じく美しい輝きを放つ。

 

「死にたいのかしら、あのお馬鹿さんは…」

 

 そんないつもの魔獣との戦いで、明らかに精彩を欠く動きをしている青の魔法少女美樹さやか。ソウルジェムが濁る以前に、魔獣に殺されかねないような戦いぶりだ。もしかすると『足』が一本増えているせいでバランスがとりずらいのかもしれない。

 

 そんな様子をイライラハラハラしながら見ている自称悪魔、暁美ほむら。鉄塔に座っているのは単に様式美であり、特に意味はない。

 

「…っ!」

 

 今日はいつもより魔獣が多く、他三人がさやかへのフォローをしようにも限界がある。じりじりと追い詰められていく彼女達の戦線を、ほむらはしきりに腕を組みかえながら観察していた。悪魔が助けに入るなど、滑稽が過ぎる――そんな思考をしながら、しかし自分は女神の力を奪った簒奪者故にその役割を代わりに果たすのも間違いではない、などと言い訳を並べていく。

 

 逡巡しながらも彼女はさやかが転倒する光景を目にした瞬間、その黒い翼をはためかせて鉄塔を飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……そぉっ!」

「さやか!」

「美樹さん!」

 

 転倒し、それでもその負けん気で迫りくる魔獣に剣を投げつけるさやか。彼女は魔力の続く限り無限に剣を生み出すことができるが、それには数瞬の時間を要する。魔獣の一体をその投擲で見事に倒してのけた彼女は、しかし背後に迫るもう一体の魔獣に対抗する手段を失っていた。

 

 マミが無理やり態勢を変えてマスケット銃で狙撃を試みる――よりも速く。杏子が槍を伸ばして薙ぎ払おうとする――よりもなお速く。

 

 漆黒の旋風がさやかを取り込んで、奪い去った。

 

「うわわっ!?」

「…」

「さやかっ!? 誰だお前…っ!」

「し、死神が出たのですーっ!」

「美樹さん!」

 

 周囲は街灯が鈍く輝くだけの幽々たる薄暗さ。黒い翼を羽ばたかせることもなく中空に留まる姿は、まさに悪魔か死神を想起させた。片手でさやかを抱え、もう片方の手を軽く振っただけで魔獣を全て消し飛ばした様子は並々ならぬ実力を予感させ、魔法少女達に緊張を走らせる。

 

「…ぅえっ!? ほ、ほむら?」

「てめぇ、さやかを――え?」

「暁美……さん?」

「誰なのです?」

 

 自分の名を呼んださやかをちらりと一瞥し、やたらと短いスカートをさらにチラ見するほむら。生えていることを悩んでいるというのに、その姿はどうなんだと突っ込みを入れたいところだが、今はこの状況をどう言い訳したものかと少し悩む。

 普通に考えれば言い訳の必要も何も無いが、さやかの敵であることを標榜していた手前、少々ばつが悪いということなのだろう。

 

「あにゃっ、あまりに無様な戦いをするものだから、思わず手を出してしまっただけよ。その程度でよく女神のカバン持ちを名乗れるものね? 美樹さやか」

「噛んでるぞ」

「噛んでないわ」

「『ちがっ、いま、すぅ~』っ。かぼちゃさんは噛むのが得意だもんね?」

「揶揄いのネタはそれしかないのかしら? 語彙の貧相な人間は哀れだわ」

「むぐ…」

 

 仲良く言い合いを続けながら地上に降りるほむら。お姫様抱っこ状態から放り投げるようにさやかを降ろし、疑問符を浮かべっぱなしの三人に相対する。

 

「こんばんは。今日は月が良く見えるわね」

 

 ふぁさぁっ……と長い髪を手で梳いて、クールに決めるほむら。地上に降りたことでその全貌は明るみになり、魔法少女とも魔獣とも違う、異様な存在感を知らしめていた。さやかが名を呼び、そして顔が街灯で顕わになったことによりその人物が誰なのか気付いた杏子とマミ。

 

 特に杏子は目を見開き、驚愕に声を上げた――否。声のあらん限り叫んだのだ。

 

「へ…」

「…?」

「変態だぁーー!」

「なっ!? だ、誰が変態ですって!」

「変態じゃねーか! なんだその服! パ、パ、パンツ見えてんぞ!」

「見えてないわよ!」

「背中! 丸見えじゃねーか!」

「こういう服だってあるでしょう!?」

「胸も! ……あ、いや、胸は無いか…」

「殺されたいの?」

 

 ほむらの服装……痴女と言われても仕方ないそれに、杏子は全力で突っ込んだ。そもそも服と言っていいのか怪しいレベルだ。飛んでいる時はともかく、地上に降りた今はスカートの後ろ側の裾をずるずると引きずっている。反してスカートの前の方は膝上何㎝、というよりかは腰下何㎝という方が正しいミニっぷりだ。

 

 上半身は服より肌の方が多い露出だらけの格好で、言動に反してうぶな杏子には刺激が強かったようだ。

 

「貴女だってやたら短いホットパンツにタンクトップとか着てるじゃない! 露出度で言ったらそっちのほうが変態だわ!」

「な、なんで知ってんだよ! そっちのほうが怖ぇーよ!」

「え、あ、あ……さ、さやかが言ってたのよ! 目の毒だって!」

「なにぃ!? さ、さやかお前、こいつがどうとかじゃなくてそっちの趣味が…!?」

「違ぁーーう!」

 

 COOLに決めようとした結果、KOOLにしかならなかったようである。誤解が誤解を生み、さやかと杏子、それにほむらの三人が舌戦を繰り広げる。あわや掴み合いにまで発展しかけたところで、マミが感極まったような声でほむらを抱きしめる。

 

「なっ、なにをするの巴マミ!?」

「解るわ! 解るわよ暁美さん!」

「何が!?」

「格好いいものね! その服! 魔法少女らしい服装から逸脱した魔法少女……そう、魔女! 『ピュエラマギ・ホーリークインテット』の最後のメンバーに相応しいキャラだわ!」

「なによそれ!? それに私は魔女なんかじゃないわ! そう、神の力を奪った悪魔――それが私よ」

「あ……悪魔! そう! そういうのもありね! これから皆で頑張っていきましょう!」

 

 極度の中二病を患うマミにとって『神』だの『悪魔』だのと言った単語は抜群に相性が良い。いや、悪い。そういう『設定』であると認識されてしまえば、もはや覆しようがない。ほむらが『同類』扱いされてしまうのも仕方のない話だった。

 

「さやか……あいつ、結構痛い奴なのか?」

「え、いや、その…」

「早く帰ってチーズが食べたいのです」

 

 両手をしっかり握ってぶんぶんと振るマミに、ほむらは振り回されっぱなしだ。どれだけ自分が悪魔であるか力説しても、マミの瞳はさらに輝くばかり。まさに悪魔の証明である。

 

 魔法少女などではないと必死に否定し、その証拠にソウルジェムが変化した物質――ダークオーブを見せれば、マミのテンションは最大値まで振り切った。正義の戦隊に新加入した戦力、そしてそれがダークヒーローだったのだからその嬉しさは計り知れないものがあるのだろう。

 

「もういい……もういいわ。もうどうでもいい…」

「うふふ、魔法少女の活動は毎日放課後みんなで集まってからよ。美樹さんと佐倉さん、暁美さんと同じクラスで良かったわ!」

「えぇ…」

 

 ぜぇぜぇと息を吐きながら説明を諦めたほむら。もうどうでもいいと肩を落として俯いていると、背中をぽんぽんと叩かれ、その感触に振り向く。誰もいない……と思いきや、視線を下に下げると最年少魔法少女、百江なぎさがにこにこと笑って手を差し出していた。

 

 前の世界では魔法少女として死んでいた少女。

 

 チーズが大好きで、けれど病気でチーズを口にできなかった悲しい少女。

 

 幼い頃から闘病生活を続け、極々稀に口に出来るそれだけしか楽しみがなかった少女。

 

 魔法少女の願いを『チーズが食べたい』などという陳腐な、それでも何よりの願いで魂を代価にした。結果的にほんの少しの自由な生を得て、その後魔女となってしまった。そうなってなおチーズを求め続ける魔女となり、しかし魔女は己が求める一番が手に入らない存在だ。甘いお菓子をどれだけ結界に集めても、チーズだけは手に入らない。

 

 そんな悲しい生と死を体験した少女が、今は無邪気に手を差し出してくる。ほむらは神の力と記憶を奪った故に百江なぎさがそんな少女だと知っているし、何度も何度も殺したお菓子の魔女『シャルロッテ』の前身だと理解している。さやかと違って記憶は保持していないが、女神のカバン持ちであることも同様だ。

 

 彼女は後悔していなかった。チーズが食べたいから魔法少女となって、魔女となり、殺された。けれど満足していて、女神のカバン持ちになったのもチーズが食べたかっただけだから。寝ても覚めてもチーズのことばかり、マミを何度も齧り倒していたのはチーズと間違えたんじゃないか説まであるほどだ。

 

 闘病生活をしていたのも同じ、魔法少女になったのも同じ、魔女になってしまったのも同じ。それでも後悔せずにその時その時を楽しく生きる様は、ほむらには随分眩しく映った。満足しているようで後悔だらけの自分とは大違いだ、と。

 

「…何かしら」

「これ、あげるのです」

「…一口チーズ…?」

「最後の一切れなのです。良く味わって食べてほしいのです」

「…」

 

 友好の印ということだろうかとほむらは、自分がチーズを食べるのを待っているなぎさを見つめる。

 

「…いらないわ」

「あげるのです!」

「いらないって言ってるでしょう?」

「はやく食べるのです!」

 

 頑として受け取らないなぎさを困った目で見つめ、手のひらに乗っている小さなチーズを眺める。これを受け取ってしまったら最後、ピュエラうんたらかんたらに所属しなければならないのだろうかと震えるほむら。子供のお守りはお前の仕事だろうと、マミに視線をやってどうにかしろとアイコンタクトをした。

 

 ごめんなさいね、とマミは頷く。仕方ない子ね、となぎさの頭を撫でて自分の固有魔法――リボンを応用した魔法を使って、ワインを出現させた。

 

「ふふ、悪魔がチーズだけ食べるわけないものね。どうぞ」

「あほかぁーー!」

 

 あほかー……あほかー……と、暗い夜空にほむらの悲痛な叫びが響くのであった。


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