※エピローグもあります。
時は少し遡り、まどかとほむらが融合した直後のこと。さやかが突っ込みを入れながら馬鹿をしている際、“まどか”と“ほむら”は奇妙な生き物に話しかけられ、店外に連れ出されていた。
まどかにとっては意味不明な状況で、そして眼鏡で三つ編みのほむらにとってはそれ以上に訳のわからないことだらけであった。それでもその奇妙な生き物――キュゥべえの導きに従ったのは、あまりにも哀れを誘う風貌だったからだろう。ボロボロの毛皮で、全体的に薄汚れている小動物。人間でもないのに、どこか『社畜』という言葉が相応しいようなみすぼらしさを感じさせていたのだ。
お願いというよりは懇願に近く、その悲壮さも相まって断るという選択肢を奪われたと言ってもいい。中学生の少女が言葉を喋るファンタジーな小動物に懇願されては仕方ないともいえるだろう。
「ここまでくれば大丈夫かな」
「え、えと……あの、それで、あなたはいったい…?」
「僕はキュゥべえ。よろしくね、まどか……それとほむら」
「わ、私もですか…? あの、ここはどこ? それに、私……あれ? 病院……学校……どうしたんだっけ…」
「今君達が置かれている状況は複雑怪奇といってもいい。全てを説明するには時間が足りないし、事態は逼迫しているともいえるだろう。だから単刀直入にお願いするよ――僕と契約して、魔法少女になってほしいんだ!」
「ま、魔法少女?」
まどかの願いによる世界の改変はありとあらゆるものに変革をもたらした。その最たるものといえば魔法少女であり、魔法少女のシステムであり、そして魔法少女のシステムを統括していたキュゥべえ達であった。もともと彼等はキュゥべえという種族ではなく、ある一つの種族によって生み出された魔法少女契約のための端末に過ぎなかった。
しかし世界が変わってみればどうだ。キュゥべえは“キュゥべえ”として確立された存在となり、元の種族というものは無かったことにされた。あるいはエントロピーへの反逆の代償として、因果の反動を受けたのかもしれない。結局のところエネルギーというものは、全体の総量として増えるものではなかったとすれば――増えた“ように見えた”部分の報いを、責任を取らされた形になったのだろう。
それが偶然か神の意志かは誰にもわからない。けれど、彼等にとって重要な事はそんなことではない。いまだ感情を獲得していない彼等にとって重要なことは、そんなことではないのだ。
「そう、魔法少女だ。人類の負のエネルギーから発生した『魔獣』を駆逐する、人々の希望。僕が見える君達にはその資質がある」
「魔獣…? え、と、そんな急に言われても…」
「深く考える必要はないさ。僕との契約によって、君達は世のため人のために戦う力を手に入れることができるんだ。最初に一つだけ“あること”を願ってもらわなければいけないんだけど、迷う必要はない。生きるために成すべきことを成せっていうじゃないか! さあ早く! 時間がないんだ!」
まどかもほむらも、思ったことは一つ。『胡散臭い』だ。ここまで訳のわからないことを充分な説明もなく受け入れられるとすれば、相当なお人好しか押しに弱い人間だけだろう。
ちなみにまどかは非常にお人好しであり、魔法少女の記憶が無いほむらはとても押しに弱い。
「早く! 早く! ほんとに! お願いします!」
感情が無いキュゥべえといえども、ここは語気荒く急かさなければいけないところである。みじめったらしく頭を地面に擦り付け、懇願する感情の無いキュゥべえ。感情の無いキュゥべえが心の底から絞り出す声は、断れば罪悪感を覚えるだろうことは間違いない。これが、間違いなく感情の無いキュゥべえのやり方である。
「人のためなんだよ!? 世のためなんだよ!? さあ早く! 悪魔がやってくる前に! …おっと失礼、ちょっとキュゥべえ通信が入った――なんだって、もう和解した!? もっとこじらせるために杏子を向かわせたんだろう! くっ……こっちへ向かってるだって? なんて勘の良い奴等なんだ。二人とも! 敵がこっちに向かってきてるから早く契約を!」
「ど、どうしよう、ほむらちゃん…?」
「えっと、あの……あなたは誰ですか?」
「ええ!? 酷いよほむらちゃん! 私だよ、鹿目まどかだよう!」
「契約すれば思い出すんじゃないかな! 契約すれば痩せる(魔獣との戦いで)し、契約すれば頭もよくなる(戦術眼)し、契約すれば人生順風満帆(個人差があります)だよ! さあ早く!」
「ほんとに? じゃあ私、魔法少女になる!」
ほむらが関係すると、途端に盲目になるまどか。恋は盲目とはよくいったものである。ついでにいうと、まどかにとってはメガネをかけて三つ編みになったほむらこそがジャスティスなのだ。当社比三倍だ。
「よっしゃ! じゃなかった……うん、それが君の運命だろう。じゃあ僕が今からいう言葉を復唱してくれるかい?」
「うん!」
「あ、あの……鹿目、さん? 少し、その、危ないんじゃ…」
「待っててほむらちゃん、すぐに思い出させてあげるからね!」
「い、いやあの…」
「っ、まずい、すぐそこまできてる…! 言うよまどか!」
「うん!」
開発の進んだ見滝原の街。つまり意外と人目につく場所は少なく、故に消えていた時間と出発地点から逆算すればある程度の当たりは付けられる。時間を稼ぐために反対方向を進んだと推測したならば、更に絞り込みは容易だろう。そこに杏子の勘の良さを加えればキュゥべえの居場所を看破することも不可能ではない。
ある程度幸運が味方したのは確かだが、キュゥべえの焦りが拙速に繋がったともいえるだろう。少なくともかつての世界でのキュゥべえならば、彼女達の考えを逆手に取る程度のことは簡単にやってのけた筈だ。
「――見つけた! まだ間に合うわ!」
「ドンピシャだな! おいほむら、時間停止…」
「さきからやっているけど、発動しないのよ…! さっきので限界だったのかもしれないわ……私、元々魔法少女としての才能は無いから。二つに分かれると更に…」
「あたしのこと殴ったのが最後ってことかよ! 馬鹿なの!?」
「あなたよりはマシよ」
「て、てんめぇー!」
「喧嘩してる場合じゃないよ~。なんとか止めないと…」
「じゃああたしが先に――っ!」
「仕方ないわね、ティロ・フィナーレ……えっ!」
視界内にキュゥべえ達をおさめた魔法少女達。少し距離があり、今にも契約しそうな“まどか”を止めるために走り出す。この中で一番速く移動できるのは、固有能力を考えなければさやかだ。脚に力を込め、一人突出して駆けだす。しかしそれがまずかったのだろう。キュゥべえを止めようと個々で考えていたことが仇になり、彼女が一人目の犠牲者となった。
「ぐわあぁーー!?」
「み、美樹さーん!?」
威力を絞ったティロ・フィナーレは、急に飛び出したさやかに直撃してしまった。飛び出し、ダメ絶対。信号機トリオが一人、青色の脱落である。ついでに黄色が彼女を介抱するために足止めされ、残りは三人。
「くっ……ならあたしが――っ!」
「食らいなさいキュゥべえ…! 対戦車ロケットランチャー……えっ!」
視界内にキュゥべえ達をおさめた魔法少女達。少し距離があり、今にも契約しそうな“まどか”を止めるために走り出す。残った中で一番速く移動できるのは、固有能力を考えなければ杏子だ。脚に力を込め、一人突出して駆けだす。しかしそれがまずかったのだろう。キュゥべえを止めようと個々で考えていたことが仇になり、彼女が二人目の犠牲者となった。
「ぐわあぁーー!?」
「きょ、杏子ちゃーん!?」
威力を絞った(?)対戦車ロケットランチャーは、急に飛び出した杏子に直撃してしまった。飛び出し、ダメ絶対。信号機トリオ最後の一人、赤色の脱落である。ビルに思い切り叩きつけられても死にはしない魔法少女だが、しかし戦車もおしゃかにしてしまうロケットランチャーの前に、杏子は頭を爆発させながら倒れこんだ。残りは二人。
「ほむらちゃん…!」
「ええ!」
しかし残ったのは、心で繋がっている最高の友人である二人。これ以上の連携の乱れは有り得ないだろう。そして三度目の天丼も有り得ない。目と目で会話をし、どちらがどうするかを確認して頷きあう。女神と悪魔の、最初で最後の共演だ。
「まだ間に合うわ、覚悟しなさいキュゥべえ――っ!」
「もう私が契約する必要なんか――ない! …えっ!」
視界内にキュゥべえ達をおさめた二人。少し距離があり、今にも契約しそうな“まどか”を止めるために走り出す。残った中で一番速く移動できるのは、固有能力を考えなければほむらだ。脚に力を込め、一人突出して駆けだす。
ここでなにがまずかったかといえば、伝わらずとも通じ合っているという勘違いがまずかったのだろう。恋人同士だろうが、言葉に出さなければ通じ合えないこともある。いわんや、ずっとすれ違っていた上に共闘も大して経験の無い彼女達が無言の連携をするというのは無理があったということだ。
「きゃあぁぁーー!?」
「ほ、ほむらちゃーん!」
威力を絞った女神の矢は、急に飛び出したほむらに直撃してしまった。飛び出し、ダメ絶対。戦隊ヒーローものの特別枠、黒色の脱落である。ほんとにすれ違いしかしないな私達、と悲しい思考をしながらほむらは倒れこんだ。残りは一人。もう天丼のしようもないだろう。
「というか気付いてよ私ぃ…! この距離だよ? うぅ、間に合え…!」
「さあ“まどか”、僕に続いて言うんだ。『私の願いは――』」
「うん。『私の願いは――』」
まどかと“まどか”の距離は50メートルといったところだろうか。これだけ騒がしくしていれば気付きそうなものではあるが、生憎と彼女の精神状態は現状、普通とはいえない。これだけ非日常が続けばそれも仕方ないだろう。まどかの弓が引き絞られる前に言葉が紡がれる。
這う這うの体で追いついてきた残りの魔法少女の制止の声も届かず、魂をかけた願いを孵卵器のために使用せんと言葉を続かせた。
「クソ、間に合わねえ…!」
「まどかぁ!」
「鹿目さん!」
「まどかぁ! だめ――」
かつての孵卵器。今の奴隷。虐げれば澱みは溜まり、抑圧されればその反動は必ずくるとほむらは気付くべきだったのだろう。千載一遇の好機を、虎視眈々と狙っていた偶機を――そして精神疾患と断じていたものを爆発させて、インキュベーターは叫んだ。
「『インキュベーターを週休二日、定時は17時、パワハラや暴力の一切を禁止するように改善すること!』。さあ、願って! もう社畜は嫌だよ! 感情がなくても疲れは溜まるんだ!」
「だめぇぇ――へ?」
そう。ほむらはキュゥべえへの虐待が不足していたかと後悔していたが、実のところ奴隷根性はしっかり染みついていたのだ。彼等は下剋上を望むどころか、目の前の理不尽を少しでもやわらげたいという、とてもとても小さな望みを叶えようと必死だったのだ。どちらが悪者なのか少々悩むレベルである。
「え、えーと……インキュベーター? を週休二日、定時はじゅうなな時……パワハラや暴力を――」
「だ、だめぇぇ…………? だめ、よね…? うん。まどか、だめぇぇぇ!!」
「――禁止すること! …これでいいの?」
「ばっちりだよ! さあ、受け取るといい。それが君の運命だ――」
眩い光が迸り、契約が完了される――前に謎の声が天から降ってきた。
『契約は無効です。甲との契約を締結するためには、乙に申請し七日間の経過を待ち許可を経て完了となります。なお現在乙の力の移譲に伴い、契約条項の全てを凍結しています。是を解決するためには右上のヘルプを参照――』
「…………うん、そんなところだと思っていたよ。ああ、煮るなり焼くなりすればいいさ暁美ほむら。しかし忘れないことだね、君が悪魔でいる限り第二第三の僕がぎゅっぷいぃぃーー!!」
「…とりあえずお仕置きはするけれど、考えておくわ。とはいっても、もうすぐその心配もなくなるでしょう。よかったわね」
「えーと、ほむらちゃん…? どうなってるの?」
「キュゥべえが存在しているのに“まどか”になにもプロテクトをかけていないわけがないでしょう? ただ私がこうなってしまった以上ちゃんと効果が出るか不安だったのだけど……杞憂だったみたいね。よかったわ」
キュゥべえが契約の力を持っているということは、どう足掻いても契約の不安は付きまとう。故にほむらは、女神の力と“まどか”を紐づけて契約を無効化できるようにしていたのだ。だからこそ不用意に記憶が戻りそうになることもあったわけだが、もう一度悪夢を繰り返すよりもマシだと判断してのことだろう。
「おい、ほむら」
「なにかしら」
「いまいち慌ててなかったと思ったらそういう訳か。で?」
「…?」
「人にロケットランチャー当てといてなんか言うことねえのかつってんだ! 大丈夫だってわかってたんなら説明しとけよ!」
「…焦げているあなたも素敵よ」
「よしわかった。ちょっとツラ貸しな」
「イヤよ」
煤だらけの杏子に続き、マミとさやかも追いつきこれで全ての登場人物が揃った。“まどか”と“ほむら”。まどかとほむらに、靴底の染みにされかかっているキュゥべえ。
自分達のドッペルゲンガーに出会った二人は、目を丸くしてキョロキョロと集まった人物を見渡す。双子よりもなお瓜二つの人間が現れれば、その反応も当然のことだろう。
「えっと……なにがどうなってるの? わ、私…?」
「あ、あの、その…?」
「大丈夫だよ。手を繋ごう、きっと全部わかるから」
まどかが手を差し伸べ、“まどか”と触れ合う。その瞬間、風が巻き上がり桃色の光が周囲を照らした。ふわりと両者の髪が浮き上がる。目を瞑り――そして開いた時には全てを分かち合い、全てを解りあい、共に微笑み合う。まどかの唇が“まどか”の額にそっと触れ、次の瞬間に彼女達は『円環の理』となっていた。
「えへへ、やっと復活だ~」
「いやー、短かったような長かったような……なんにしても感慨深いなー。これでさやかちゃんも堂々とカバン持ちを名乗れるわけだ!」
「堂々と名乗れる役職なのかそれ…?」
「ちっちっち、これでも円環の理世界ではカリスマなのだよ。“ENK48”なんて目じゃないよ!」
「あんだよその集団」
「ジャンヌちゃんとか卑弥呼ちゃんとかがユニット組んで歌って踊ってるんだ。マミさんも円環の理に導かれたら、絶対スカウトされますよ!」
「それ、死んだらってことよね…」
和気藹々と和んでいる魔法少女達。しかしその横では形容しがたい光景がほむらと“ほむら”によって作り出されていた。手を繋ぐことから始まり、額にキス、抱き合い、果てには頭突きをかますロングほむら。三つ編みほむらは怯え切って体を縮こませたままだ。
「…なんでくっつかないのかしら」
「ひうぅ…」
「ちょ、ちょっとなにやってんのさ、ほむら!」
姉が妹を虐めているように見えなくもないその様子に、さやかが割って入る。メガネほむらは、まどかでなくとも庇護欲を掻き立てられるような物腰だ。人によってはイライラさせられるタイプの人間ではあるだろうが、姉御肌のさやかにとっては守る対象だ。
「…なんでそっちの味方するのよ」
「へ? いや別にそんなんじゃなくてさ……ってかどっちもあんたじゃん」
目の前に自分がいたとして、それを己と捉えられるか――人それぞれではあるだろうが、恐らくは否と答える者が大半だろう。ましてやほむらにとっては忘れたい過去そのものの自分なのだから。きっと本質はあまり変わっていないからこそ、余計に忌避の感情が浮かんでくるのかもしれない。
さやかの背後に隠れ、ぴたりと体をくっつける気弱な己自身はさぞ癇に障ることだろう。くっつけられている方が心なしか嬉しそうにしているのも苛立ちの要因の一つである。
「そうだよさやかちゃん! ほむらちゃんが戻るためには必要なことだよ! じゃ、じゃあ次はほむらちゃんがほむらちゃんの後ろから覆いかぶさる感じで…!」
「なんでカメラ構えてんのさ!? どっから出したの!?」
「円環パワーが戻ったから、もう円環ポケットも使えるの。さやかちゃんも力使えるようになってるでしょ?」
「ん……おお。そういえば“フォース・オブ・オクタヴィア”が使える感じが…」
「あれそんな名前だったのかよ!」
「わ、私のは“ペルソナ・オブ・キャンデロロ”なんてどうかしら!」
「お前トラウマどこいったの!?」
中二用語を聞いた時のマミはトラウマよりもウマシカの方が酷くなる。それが世界の節理だ。女神も女神で、ほむらと“ほむら”の絡みを鼻血を出さんばかりに円環カメラに収めようとしていた。一人でほむ、二人でほむほむ、揃って絡めば相乗効果で倍率ドン。これは女神の理性が崩壊するのもやむなしだろう。
「というかまどか! あんたならなんとでもできるでしょ? さっさとカメラしまって、ほら!」
「うー……わかった。えっとね、二人が出来る限り同じであれば自然にくっつくよ。ほむらちゃんの記憶……は、ほむらちゃんしか持ってないけど、“記録”なら円環の理にあるから今から“ほむら”ちゃんに送るね」
「へえ、さっき記憶を共有してから戻ったのはそういうことか。お前らアメーバかなんかなの?」
「単細胞生物がなにか言ってるわ、まどか」
「えへへ、杏子ちゃんだから仕方ないよ」
「こいつら、こいつらぁ…!」
「ま、まあまあ、喧嘩は全部終わったあとでいいじゃんか。とにかくほむらを戻さなきゃ」
ここまできてまたなにかあれば堪ったものではない。そう思ってさやかはまどかを急かす。そう、それで全てが終わりだ。終わりの女神が始まりの少女に額を合わせ、“記録”を渡す。これにて事態は収束を迎え、ようやく彼女達は始まる。
――その筈だった。
「うーん…」
「どうしたんですか? マミさん」
「いえその、ちょっと既視感というかなんというか…」
「既視感? ああ、そういやアホみたいなパレードでほむらを迎えにきた時と構図が似て――……! おい、さやか」
「どしたの?」
「『円環の理』にあるほむらの記憶ってどこまでだ?」
「へ? そりゃあ力が奪われた時までだろうけど……あっ」
ほむらが自ら巻いていた鎖は解き放たれた――それは“ついさっき”のことだ。そこまでの記憶も記録も円環の理に保存されているわけがない。つまり、まどかが記録を返しきった時ほむらはちょうど“アレ”な時である。
「この瞬間を待っていた…! その力、奪わせてもらうわまどか…!」
「いだだだだ! ちょ、ほむらちゃん! 私が裂けちゃう!」
「だからなんで女神の力を普通に奪えるんだよ!? というかあんなこと言ってますけどほむらさーん!?」
「くっ……我ながら面倒ね! 今ならまだ止められ――」
「たとえ神の力だって奪ってみせる…! 希望よりも熱く、絶望よりも深いもの……“愛”があれば!」
「――くああぁぁぁ!? あ、あれは私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない…」
「ほ、ほむらー!? ダメだって! 頭割れちゃうよ!」
黒歴史を目の前で自分に再現される。それはどんな拷問だろうか。少なくともほむらにとっては、膝から崩れ落ちて地面に頭を打ち続ける程の精神的ダメージがくるレベルであった。
しかし、そう――“再現”だ。ほむらにとっては悪夢で、“ほむら”にとっては初めてで、そして女神にとっては二回目のことである。
「ふぬぅぅ…! さ、させないんだからぁ…! もう過ちは繰り返さないよ…!」
「半分繰り返されてるんだけど!? その教訓もっと早く生かそうよ!」
「つーか突っ込む暇があればなにかしろよ」
「砲撃すれば離れるかしら…?」
己の役割は突っ込むことだとでもいうように、怒涛の勢いで叫びまくるさやか。しかしまあ、がっつり手四つで押し合いへし合いしているところに割って入ってはなにが起こるかもわからない。おろおろしているマミ、呆れている杏子、地面に頭を叩きつけているほむらにそれを止めようとしているさやか。それぞれがそうこうしているうちに、ひとまずの決着はついたようだ。
「てやぁっ! くぅっ――」
「くっ…! でも、これなら…!」
「離れた! ど、どうなったの?」
「うぅ、6割くらい持ってかれちゃったよぉ……さやかちゃーん、どうしよう…」
「どうしようたって……どうしよう?」
「まだよ…! 全てを奪いつくして、私が世界を維持する! あなたはなにも知らずに幸せに過ごせばいいのよ!」
「まーたそうなるのかよ。おい、もっかい説得しろよまどか」
「う、うーん……やり直すと演技臭くなっちゃう気が……ほ、ほむらちゃん! こんなことされると私は不幸ダヨー」
「嘘よ!」
「ダメだぁ…」
「最後棒読みだったぞおい」
自然な流れでできた感動の場面を、もう一回焼き直してくれといわれても無理な話だろう。演技臭さを感じ取った“ほむら”はなおさら頑なになる。まどかの大根役者っぷりを考えれば願いが届く可能性は絶無である。
「ほむらー、そろそろ立ち直ってよ…」
「うぅ、う……あんなの、あんなのは私じゃない。見てられない。この手で消し去らなきゃ…!」
「お、おおう。まあ立てるならそれでいいか…」
態勢を立て直したほむら。そして横に並び立つ魔法少女達。桃色の少女を中心に、鮮やかなカラーリングでそれぞれに武器を構え始めた。対峙するは悪魔の少女の残照。あるいは鏡か――ほむらにとっては磨りガラスか。
「さて、と。じゃあいくか」
「ええ! 『ピュエラマギ・ホーリークインテット』最後の戦いよ! みんな頑張りましょう!」
「なんでラスボスが私なのかしら…」
「ぷくく、お似合いだけどねー」
「黙りなさい、中ボス」
「ふふ、みんなで戦うの久しぶりだね。いくよほむらちゃん! 今度こそ幸せにしてみせるから!」
白い女神に寄り添うように魔法少女達が舞い踊る。輝く紅が、煌めく黄金が、澄んだ蒼が――そして紫の少女が。時間を止められなくなって、そして銃器も扱わない。けれどそれでいいのだろう。彼女の手には仲間を守るための盾さえあれば、それでいい。
戦い結末などわかりきったことだ。語る意味すらなにもない。絆で結ばれた魔法少女が負ける筈はないのだから。だからこれは戦いの物語ではなく、幸せを語る物語。一人の少女が歩んだ、とてもとても長い道の終わりを、少しだけ綴った物語。
――死ぬまで頑張って、死んだ後に続くお話のプロローグ
次のエピローグで終わりです! 最後までお付き合いありがとうございました。