寂れた公園の中心で、ピンクの少女と黒髪の少女の戦いが繰り広げられていた。ぽかぽかと叩きあう状態から、現在は砂場でのキャットファイトに移行している。両者ともスカートであり、それでなくとも掴み合いからのおはだけ状態で色々おいしい情景であった。
「なあ、さやか……結局これってなんなんだ? あたし達が何を忘れてるってのさ。ねえ……ん? なに座り込んでんだよ」
「ちょ、ちょっと疲れちゃってさー、あはは…」
「なんか最近そのポーズ多くない? 体育座り」
「き、気のせいだよ!」
「そうか…? まあなんでもいいけどさ。で、さっきの質問の答えは?」
「え? えーと……うー……説明したいのはやまやまなんだけどさ。だいぶ長くなるし、こんなとこで話すようなことでもないし…」
「要点だけでも言えねえのかよ」
「あー……んん。つまりまどかはほんとに女神様でさ。ほむらはその力を奪った悪魔なわけで……あ、でもそれはまどかのためを思ってこその行動で! それでまあ、なんというか今が世界の命運を決める最終決戦みたいな?」
三人の視線が砂場へ向けられる。そこにはほっぺたを指でつまみ合い、少女二人がお互いに変な声で唸っている状況があった。
「…あれが?」
「あれが」
「女神様?」
「女神様」
「…あれが?」
「うん、あれが」
「悪魔?」
「悪魔」
腕を組み、眉間を指で揉む杏子。彼女はキリシタンでもあったため、尚更に受け入れにくいのだろう。神と悪魔の決戦など、聖書に乗ってもおかしくはない程の出来事だ。それが砂場でのキャットファイト。彼女でなくとも信じたくはない者が多数だろう。
「ほむらちゃんのわからずや! どうしてわかってくれないの!?」
「わかってくれないのはあなたじゃない! あんな…! あんな願いが救済だなんて、私は認めない!」
「じゃあ……じゃあ! どうすればよかったの? 私にはあれ以外の願いなんて思いつかなかった! 全ての因果を私が受け止めて、それでみんなが救われるなら…!」
「なんであなたが受け止めなくちゃいけないのよ! 何度……何度言えばわかってくれるの? 貴女が不幸になって、悲しむ人間がいるって…! 私だけじゃない。貴女の家族も、それに…」
「…っ、それは…」
真剣な話ではあるが、これは意訳である。実際は頬を掴み合いながらの――つまりふひゃふひゃふにゃふにゃ言っているだけあった。
「だいたい、世界をつくり変えた時点でさやかを導く必要はあったの? 元々死んでいるというなら杏子もマミも同じでしょう。それなのに、あの子だけ特別扱いして…! 最高の友達だって言ってくれたのに!」
「むぐ…! な、なら、ほむらちゃんだって! 嫌いよ嫌いよなんて言いながら、イッチャイッチャイッチャイッチャ! ダークオーブの中から見えてたんだから!」
「なっ…!? なによそれ! プライバシーの侵害よ!」
「それにホームレスの杏子ちゃんを家に泊めてたり! マミさんちに泊めておけば勝手にくっつくのにぃ…! お、同じベッドで寝るなんて!」
「ホームレスをほっとけるわけないでしょう!?」
「誰がホームレスだゴラぁ! あたしには教会が……あれ? 教会……そういえば、なんであたしさやかの家に居候してたんだっけ…」
「ほら! ほむらちゃんが適当に設定するから、杏子ちゃんの頭の中はガバガバだよ!」
「あの子の頭は昔からよ!」
「殺す……あいつら殺す…!」
「ままま待った待った! ほ、ほら、あたしが少しなだめてくるから!」
考えなしに罵倒しあっているため、あちこちに飛び火している有様だ。とはいえ杏子に関しては一番適当に設定したのも確かだ。とりあえず杏子とさやかは一緒にしておけばいいか――そんな酷い考え方でほむらは赤を青の家に放り込んでいた。
「二人とも! 喧嘩するのはいいけどもう少し言い方を考えて! というかあんたら以外の悪口になってんですけど!?」
「…さやか」
「…さやかちゃん」
「まったくもう…!」
「ねえ、さやかちゃん。ここ最近随分ほむらちゃんと仲良くしてるみたいだけど、なんでかなあ?」
「うえっ!?」
そして仲裁に入ったさやかにも勿論飛び火した。とはいえ、まあ。藪蛇でもあるし虎穴に入る行為でもあったし、火中の栗を拾うような行為でもあったのは間違いないだろう。そう、まどかは全部“知っている”。
たとえほむらが寝ていても“気絶して”いても、ダークオーブの中から全てを把握していたのだ。
「…まどか。今は私と話している最中でしょう」
「…」
さやかを詰問するような雰囲気を出しているまどかに、ほむらが待ったをかける。自分と話しているのだから――という意味にもとれるが、さやかへの助け舟ともとれる行動。まどかはじとっとした目で二人を見つめる。
「そういえばほむらちゃん。お口は大丈夫?」
「…口? どういう意味かしら」
「…学校の保健室で。ほら、あんなにおっきなモノを頬張れば――」
「だあああぁぁぁぁ!! ごめんなさい神様仏様まどか様ぁ!! それだけは、それだけはー!!」
「どうしよっかなー」
いきすぎた喧嘩を仲裁するという役目は無事果たせたさやか。しかしまどかの標的は完全に彼女に移ってしまったようだ。合体していた時、妙に辛辣な部分が見えたのは“これ”のせいだといってもいいだろう。まさか部下に寝取られるとは、というやつだ。
「…どういう意味? さやかがなにをしたっていうの…?」
「えっとね。さやかちゃんてばほむらちゃんが気絶してるのをいいことに――」
「あー! あー! あー! 聞いちゃ駄目ほむら! これは悪魔の囁きだよ!」
悪魔から力を取り戻した筈が、まさかの神が悪魔に変貌するという驚天動地の出来事(さやかにとって) ほむらの顔を自分の胸に引き寄せ、耳を両手で塞いで悪魔の甘言を防ぐ。まあ誰が悪いかというなら間違いなくさやかなのだが。性別が性別なら完全に犯罪である。否、同性でも普通に犯罪だ。
「さやかちゃん! 私の目の前でそれは喧嘩を売ってるのかな!」
「ま、まどかが悪いんでしょ!」
「どこが?」
「う……いや、その」
性犯罪者と女神。どっちが悪いかは一目瞭然だが、しかしさやかにも言い分が――というより言い返せる部分がある。自分の潔白ではなく、女神の罪という点でだ。
「…あたしも知ってるよ? まどかが円環テレビでほむらの“全部”を覗いてたの。録画もしてたよね。戦ってるところだけならともかく、あんなとこまで必要あったのかな。ほむらがそんなこと知ったらどう思うだろうなぁ…」
「…」
「…」
「…さやかちゃん」
「…まどか」
頷きあって、視線を交わす。最初からなにもなかったことにしよう――そう彼女達は言っているのだ。これこそが親友。これこそが死んでもなお離れなかった絆の証である。
「えーと……じゃあ喧嘩に戻る?」
「うーん…」
「いい加減に放しなさい!」
「うわっと! いやーごめんごめん」
「それで! 貴女がなにをしたっていうの?」
「あ、ほむらちゃん。私の勘違いだったみたい。ごめんね?」
「え? …あ、うん…」
なんだこれ、という表情で首を傾げるほむら。しかし考えてもよくわからなかったため、するっと流した。彼女は今現在、もっと重大な案件を抱えているのだから。
「…」
「…」
しかし。戦いや喧嘩には雰囲気というものが必要だ。こんな真剣さが霧散した状態で先程のように振舞うことは難しい。暫し見つめ合ったあと、まどかの方から言葉が発せられた。
「ねえ、ほむらちゃん。どうしてもダメかな」
「…」
「ほむらちゃんが言った通り、悲しい時もあるよ。パパやママ、たっくんに会いたいって思う時もある」
「なら…!」
「でもね。でも……ほむらちゃんが不幸になってるのは、それよりずっと悲しい。それに何もかも忘れて普通に過ごせたって、悲しい時は絶対あるよ。だから私はこれでいいの。円環の理として生きていく。魔法少女のみんながいる。さやかちゃんだっている」
「…」
「待っていればマミさんや杏子ちゃんだって。ほむらちゃんもきっと来てくれるって、そう思ってる。キュゥべえが言ってたみたいに概念とか法則じゃないんだよ? みんな楽しく過ごしてるの」
「…そう」
「だからね、ほむらちゃん。私は……私はっ…」
まどかとほむらは本音を語り合うことが終ぞなかった。どの世界においても、虚構の世界においてもだ。そしてまどかは常にほむらに気を使ってばかりだった。彼女が苦しむ言葉はいつもオブラートに包んでばかり。そんな状態だったからこそ、彼女は聞き入れない。心からの本音ではないなら、やはりまどかは苦しんでいる――そう判断して。
だから。だからまどかは絶対に言いたくなかったことを、きっと彼女を傷つけると思っていた言葉を叫んだ。そうしないと、ほむらが幸せになれないと気付いてしまったから。
自分が臆病なだけだったと気付いてしまったから。人を傷付けるのを怖がるのは、自分が嫌われたくないからだ。ほむらがあれだけ自身を傷つけて、嫌われても構わないという覚悟で苦言を呈していたというのに、自分はなんて卑怯だったのだろうと。だからまどかは叫んだ。もう嫌われても構わない、ほむらが幸せになれるなら――それでいいと。
だから、一方通行の愛はきっとここで終わった。
「私は、今……不幸です。悲しいです。円環の理に戻って、みんなを救って、ほむらちゃんを待ちたい…!」
「…っ!」
涙を零しながら、本音を語る。なにも隠さない、なにも気遣わない、心の底からの本音を。人を救いたいという欲求は、彼女にとって幸せなのだ。たとえ他人から見て不幸だったとしても、自分が考えて考えぬいた、たった一つの結論だ。後悔はなく、未練もない。
まどかに罪があるとすれば、それをほむらに伝える努力をしなかったことこそが罪なのだろう。ほむらに罪があるとすれば、まどかの本質を知ってなお普遍的な幸せを強要したことこそが罪なのだろう。
だから彼女は、ここで禊を果たした。
「――そう。それが……貴女の本音なのね?」
「うん。ごめんね、ごめんねほむらちゃん…」
その言葉を聞いて、ほむらは顔を上に向けた。
――澄んでいる青空。
初めての友達の不幸を認められなくて、こんなところまできてしまった。何も知らずに老いて死ぬことこそが幸せだと思っていたけれど、それは間違いだった。
何故意固地にそう思っていたかなんて、わかりきったことだ。今のこの状態があまりにも辛いから――自分がそう思っていたからこそ彼女にそれを押し付けたくなかったのだ。ああ、まったく馬鹿なことをした。
彼女が円環の理で在ることと、自分がその役割を肩代わりすることは全然違うのに。勝手に不幸だと決めつけて、勝手に不幸にしてしまった。自分も不幸になって、ああまったく、誰も幸せになっていない。
本当に自分は――
「ほむら…」
「…ひっ、うぅ……っく…」
彼女の涙は止まらない。上を向いて隠そうとしても、零れる涙が地面を濡らす。堰を切ったように、今まで我慢していた全てが溢れたように。涙はとめどなく零れていった
女神が彼女を前から抱きしめて、そのカバン持ちが後ろから覆う様に肩を抱く。これでようやく彼女達は“友達”になれたのだろう。すれ違いにつぐすれ違い。誰も彼もがすれ違って、ここがようやく終着点だ。
「…これで世界は元通り、なのかな? こうなるともう少しだけ人生楽しみたかったなー」
「さやかちゃん。空気読んで」
「まどか。それは魚に歩けと言っているようなものよ」
「にゃ、にゃにー!? さっきまで泣き虫毛虫だった癖に生意気なー!」
「泣いてなんかないわ」
「嘘付け!」
喧嘩して、仲直りをして、そこまでが友達だろう。長い長い喧嘩ではあったけれど、終わりよければ全てよし。とりとめのない言い合いをして、それでも笑い合えるなら何も心配はいらない。
――けれど、これにて閉幕というわけにはいかないようである。
「えっと……少しくらいなら大丈夫だよさやかちゃん。それに、どっちにしても本体も必要だから探さなきゃ」
「あ、忘れてた」
「そういえば私はどこに行ったのかしら…」
そう、消えていた二人の捜索だ。まどかと“まどか”、二人揃って初めて円環の理。世界を改変するにしてもまずはそれからだろう。そして蚊帳の外だったマミと杏子も、一段落ついたのを見て近付いてくる。そしてその顔は複雑そうで――それでも少しすっきりしていた。
「終わったか?」
「あ、うん。ごめんね杏子――ちょっ!?」
「――っ!?」
そして杏子がほむらに近付き、鉄拳を彼女の頬に叩き込んだ。手加減無しの拳はほむらを砂場に少しめり込ませた。がくがくと膝を震わせて、何が起きたか解らないといった風だ。杏子はそのまま彼女に馬乗りになって襟を掴み顔を引き寄せる。その身に立ち昇らせているのは、ただならぬ怒りだ。
「…なんで殴られたか、わかるか?」
「…ごめんなさい。ホームレスは言い過ぎたわ」
「そこじゃねえよ!?」
「…ごめんなさい。頭ガバガバは言い過ぎたわ」
「そこでもねえよ! つーか言ったのは“まどか”だろうが!」
「…! あなた、記憶が…?」
「ああ、戻ったよ。すっきりかっちり戻ったさ……で。なんで殴られたか、わかるな?」
息のかかる距離で力強く視線を合わしてくる杏子を見て、ほむらは目を瞑った。ほっぺたが痛すぎて考えられない、と。
「わかったみてえだな。そうさ、八つ当たりみたいなもんだ……でもけじめはつけろ。お前もあたしを殴れ」
「…」
わかんねーよと内心で愚痴りつつ、報復をしていいというなら全力でやってやると時間を止めたほむら。灰色の世界で思いっきり振りかぶり、杏子の頬に当たる直前で時間停止を解除した。人は何かくるとわかっていれば準備ができる。殴られるとわかっていれば体を強張らせることもできるだろうが、しかし時間停止はその意味においてえげつない性能を発揮する。
「ぐはっ――! なんで時間とめてんの!?」
「だって、殴れっていったから…」
「普通に殴れよ!」
「でも私すごく痛かった…」
「あたしも痛いっつーの! 痛すぎるわ!」
ほむらが魔女になった世界。杏子と彼女は仲間だった。共に魔女を狩り、時には閨を共にした――性的な意味ではないが。そこには確かに絆があったけれど、ほむらを蝕む毒はそれ以上でもあった。だから杏子は約束をしたのだ。決して破らぬ誓いを。
どんなに苦しくても最後まで頑張ろうと。限界を迎えても、最後まで笑い合おうと。円環の理に導かれる、その最後の時まで一緒にいようと。
しかしほむらは逃げた。彼女の前から姿を消した。マミに言伝だけを残して消え去ったのだ。その先にあったのはキュゥべえに利用され、そして利用しもした虚構の世界。世界で唯一の魔女の結界。杏子は約束を破って逃げたほむらにも、そこまで追い詰められていたと気付かなかった自分にも怒りを抱いたのだ。
だからこそ彼女を殴り、自分を殴ってもらった。それで蟠りはなしだ、というように。まったくその意味に気付いてもらえていないが。
「暁美さん」
「マミ…」
「ごめんなさい、あの時とめられなくて。ずっと後悔してたの…」
「…気にしないで。自業自得よ」
「それでも――」
「私こそごめんなさい。全部の記憶を思い出したというなら、憎まれても仕方ないくらいよ」
「ううん。私がもっと素直に貴女のいうことを聞いていれば……信じていれば、もっと…」
「結果論よ。そう言うだけなら誰でもできる。これから世界が戻るというなら、三人で頑張らなければいけないでしょう? ずっとうじうじしているつもり?」
「…ふふ、まさか。ベベに会うまでは頑張らなきゃね! …そうだ、これからは『先輩』って呼んでくれるわよ……ね?」
「嫌よ」
「そんな…」
そしてマミも全てを思い出していた。何度も命を落としたことや、そして仲間を手にかけたことすらも。けれど絶望に染まりゆく心に歯止めをかけたのは、ほむらの体の温もり。貴女は悪くないと何度も声をかけてくれた、その時の温もりはいまだ彼女の胸に残っていたのだ。
「んー……まあなんかよくわかんないけど、一件落着? 後はまどかとほむらを探すだけだね!」
「そうはいっても、どこを探したものかしら。そもそもあの場から急に姿を消した意味が解らない…」
「うーん、私も今のままじゃ完全に力を使えないし……そういえば杏子ちゃん、すごくタイミングよく公園にきたよね…?」
「ん? ああ、キュゥべえの野郎が『大変なんだ! 早く!』とか言ってここに――あ…!」
「佐倉さん。私、すごく嫌な予感がしてきたわ」
「今のキュゥべえに何ができるとも思えないけれど……いえ、まさか――?」
ほむらが悪魔としている限り、キュゥべえに自由など与えはしなかった。魔法少女のシステムを存続させるという一点において存在を認められていただけだ。その扱いはあまりにもぞんざいで、ほむらのストレス発散にも利用されていたし、クララドールズの玩具にだってなっていた。
けれど今。ほむらに悪魔の力はなく、まどかも完全に力を扱えない。そしてもし何も知らない“まどか”と“ほむら”が今のまま契約をすれば――契約をさせられれば、どうなるかがまったくわからない。
「あれ、もしかして今すごくやばい? もしまどかの本体がもっかい契約すればどうなるの?」
「え……えーと、わかんない。てぃひひ」
「笑いごとじゃねーよ! さっさと探しにいくぞ!」
「あの腐乱器…! もっと痛めつけておくべきだったかしら…!」
魔法少女達は全力で走り始めた。ほんの少しの時間だろうとしても『ピュエラマギ・ホーリークインテット』はここに在った。虚構でも紛い物でもなく、本当の絆を得た『ピュエラマギ・ホーリークインテット』が。最初で最後の活動は、その中二的な名に違わぬもの――“自分探し”であった
次で最後です。果たしてキュゥべえの陰謀とは…! いったいどんな凶悪な狙いがあるというのか! 次回 「もう社畜は嫌だ」 そしてエピローグ。お楽しみに!
…ちなみに新作はもう書いてるんで見てくれると嬉しいな。「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」にオリ主突っ込んだやつです。初めて一人称に挑戦してみました。
しかし自分の作品欄見返すとTSとか百合ばっかで性癖全開だなー…