…なにも言うまい
元女神のカバン持ちで、現見滝原女子中学生であり、『ピュエラマギ・ホーリークインテット』の切り込み魔法少女でもある美樹さやかは現在、混乱の極致にいた。まさか悪魔を引っ張ったら二つにわかれるなどと予想できる筈もないのだから、それも致し方ないだろう。とりあえず彼女が今把握していることといえば、鹿目まどかも暁美ほむらも、裂けるチーズより裂けやすいという事実のみである。
兎にも角にも彼女は二つに分かたれたほむらの様子を窺う他はないのだが――しかしここで一つ疑問が残る。女神である鹿目まどかが二つに分かれた時、一方が『何も知らない』鹿目まどかになった。けれどその事実が、その体に記憶が残っていないことと同義であるか否かといえば――勿論否だ。でなければ記憶の解放と同時に力が覚醒しかけることなどあり得ない。
ほむらと接し、ほむらに近付くことで鹿目まどかは女神に近付く。それを危惧してほむらは彼女とあまり関わらないようにしているというのもまた真である。つまりほむらのダークオーブに封印された女神の力と記憶は、その外にある本体と共鳴しやすいということだ。主は『本体』であり、従――つまり『女神』の方は、魂のみの存在でしかないといえるだろう。
本体を『A』とし、封印された方を『B』とするなら、ほむらのループの始まり以降を主の記憶として持つ方が『B』である。前述した主と従は、しかしその根幹は本来なら逆転すべきものだ。『A』に存在する記憶は精々残照程度であり、『B』が近くに在ってこそ共鳴が成り立つということはつまりそういうことなのだろう。
結局のところ『悪魔』という存在の真実は『ほむらの体と魂がまどかの魂を覆い隠している』という一語に尽きる。故に彼女が二つに分かたれた現在、どういう状況であるのか。
『魂』としての存在とは、しかし現実世界において物質的にも普遍のものである。ほむらを救うために降臨したまどか、さやか、なぎさがその証明であると言えるだろう。ほむらが二つに分かれたというならば、取りも直さず『魂』と『本体』であることは間違いない。
そう、つまり。
今ここには『本体』の鹿目まどか。『本体』の暁美ほむら。そして『魂』のほむらとまどかが存在している筈なのだ。けれどさやかの目に見えているのは間違いなく三人でしかない少女達。親友であり上司でもあるまどか。自分が良く知る美しい少女、暁美ほむら。そして遠い記憶と直近の記憶に朧げながら存在する三つ編み眼鏡の暁美ほむら。
女神の力はどこに消えたのか、もしくはいまだほむらの内にあるのか。しかしそれをさやかは肯定し辛いのだ。両者が『魂』のみの存在であるということは、『魔法少女として才能の無い』暁美ほむらの魂が、『魔法少女の神』である鹿目まどかの魂を抑え込んでいるということなのだから。取り敢えず、まずは現状把握とばかりに今まで接していた方のほむらへと声を掛ける。
「ほ、ほむら……だよね?」
『見れば解るでしょう? どうしたの、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を……いえ、さやかちゃんはいつもそんな感じだよね!』
「なんだとー! …ん?」
『だいたい、人が痛いと言っているのにぐいぐい引っ張るなんてどういう了見なの? さやかちゃんらしいといえばさやかちゃんらしいけどね、てぃひひ』
「…んんん? いやいや、ちょ、あんた…」
『なによ?』
「いや、その」
『どうしたの?』
「いやいやいや」
『美樹さやかちゃん?』
「混ざっとるわぁぁ!!」
すぱぁん! とほむらの頭を叩き、容赦のない突っ込みを入れるさやか。この衝撃で分離でもすれば話は早かったのだろうが、そうは問屋が卸さなかったようだ。くらくらしながら頭をおさえて、抗議の声を上げるまどほむ(仮称)
裂けるチーズより裂けやすく、つきたてのお餅よりもべたつく彼女達。いったい何がどうなっているんだと頭を抱えるさやかであったが、ふいに周囲に目線を剥ければ居るはずの存在が二つ、その場から消えていた。
「…あ、あれ!? まどか!? ほむら!?」
『はい』
「あんたじゃないよ!」
『ええっ!? 酷いよさやかちゃん……自分が呼んだ瞬間に忘れるなんて、ほんとに魚頭ね』
「や・や・こ・し・い~!」
頭を振り乱すさやかであったが、いったん落ち着くべきだと考え深呼吸を繰り返す。突如消えた本体の二人はひとまずおいて、とにかく目の前の謎生物に焦点を当てるべきだと。
「(…ゴテンクス方式でいくなら名前は『あなみほむか』とかそんな感じなのかな…?)えー、うー……そうだ! ねえ、あたしのことどう思ってる?」
見た目は暁美ほむらだが、中身はもはやどちらでもないような目の前の少女の『主』を明確にしようと、さやかは一計を案じた。つまり自分の事をどう思っているかを聞けば一目瞭然。自分の事を親友であり仲間だと言うならまどかに違いない――そしてもしほむらが『主』ならば、先ほど聞けなかった自分への感情をついでに聞ける妙案だ。ここまできてそんなことを案じるあたり彼女も相当な図太さである。
『へ? え、えと……うー……えっとね、ふふ。さやかちゃんは……思い込みが激しくて、意地っ張りで、結構すぐ人と喧嘩しちゃったりする女の子。でもね、ほんとはね、すっごく……思慮が浅くて、頭が固くて、勝手に絶望へ突き進む暴走列車よ』
「いいとこなさすぎだろコラぁあーー!! なんなのあんたら!?」
そんな邪なことを考えているからこのような評価になるのだろう。会話の最初に持ち上げて、後で落とすタイプのほむら。会話の最初に落として、『だけど』とつなげるタイプのまどか。タッグを組めば最悪である。まあ話し始めが逆だったならば、さやかはきっと照れていたことだろう。
「ううぅ……もういいやい。それで、そうだ。もうズバリ聞くけどあんたの名前は?」
『私は…』
『かなめまどか』『あけみほむら』……間を取ってあなみほむか、もしくはかなみほむか、大穴であけめほむか……そのあたりだろうかとあたりを付けたさやか。外見はともかく、中身はどう見ても混ざっているだろう姿を考えれば『暁美ほむら』でも『鹿目まどか』でもないだろう、と。
『私は……か』
「か?」
『…かみ。『かみ まむ』だよ』
「そこ取るのかよ! 語呂悪いわ! 確かに神だけど!」
『ゴッドマムよ』
「四皇か!」
『うるさいなぁ…』
「ちょ! 今のどっち!? ま、まどか…?」
新生物『かみまむ』の誕生である。女神であり悪魔でもある、マミ垂涎の中二存在だ。
「ってそうだ! あの二人はどこに…!」
『さっきから何を慌てているの?』
「いやあんたが落ち着きすぎなんだよ! あんたの、あんたらの体なんですけど!?」
『私はここにいるわよ。おっかしいの、さやかちゃん~』
「だあぁぁ!! 訳わからん!!」
ここまで騒いでいて衆目が集まらないなどということがあり得るのだろうか――答えは当然NOである。他の客の注意は完全に彼女達に向かっていたが、しかし視線だけは集まっていない。つまり皆、頭がアレな人には関わりたくないというのが本音なのだろう。そんな空気を感じたという訳でもないが、とにかく探しに行かねば始まらないとさやかは少女を連れて喫茶店を出た。先程座っていた隣の席には携帯で夫に娘の情操教育について相談している妙齢の女性が居たが、さやかはそれどころではなかったので気付かなかったようである。
『さやかちゃん、さやかちゃん。あそこにクレープ屋さんがあるよ? 苺のクレープが食べたいな』
「…くぅっ!」
まどかよりもなお天然さを醸し出す少女(まどか寄り)に、先ほどと同じく突っ込もうとしたさやか。しかし外見はほむらのそれであり、人懐っこく無邪気に笑いながら腕を組んでくる彼女の姿はさやかをして少し悶えそうな破壊力があった。いわゆるギャップ萌えというやつだろうか。つい財布の紐が緩んでしまうのも無理はない。
『おいしい~! さやかちゃんも食べる? はい、あーん』
「え!? あ、あーん…」
『調子に乗らないで。さっきのこと、私はまだ許していないわ』
「むぎゅっ! …あーもう! どっちかに統一しろよぉ!」
ころころ変わる喋り方と態度にさやかは翻弄される。ため息をつき、にこにことしながらクレープを食べる彼女の手を引いてベンチへと座った。そもそも魔法少女や魔獣ならばともかく、普通の少女二人を当てもなく探すというのは難しい話だろう。
「うー……そうだ、いったんほむらの家に帰ってみようか。もしかしたら戻ってるかもしれないし」
『うんうん』
「…なんかどっちにしてもテンション高くない?」
ほむらの部分が顔を覗かせても、まどかの部分が顔を覗かせても少し違和感を覚えるさやか。それは偏に足して、けれど割らなかったからだろう。あらゆる部分が色んな意味で倍増しているため、彼女は少々躁状態に近いともいえるのだ。
――そう、ほむらがここ数日でさやかに向けるようになった愛着も。まどかがさやかに向けていた親愛も。足されて、そして割られてはいない。
『てぃひひ…』
「ちょ、ちょっとくっつきすぎじゃない? その、嫌じゃないんだけどさ」
『そういえばソレ、結局今日中には解決しなさそうね。戻るまで家に泊まるというのはどうかしら』
「うえぇっ!?」
『名案だよね!』
まどかにとってさやかは唯一無二の親友だ。男女のそれではなかったにしろ、向ける愛情の大きさという点ではきっと家族に対する愛にも劣らなかっただろう。いや、もしさやかがまどかに思慕の念を向けていたならば、受け入れていた可能性だってあるかもしれない。
そこにほむらの感情を足せば、このようなことになるのも可能性としてなくはなかった――現状こうなっている以上、『そう』なのだろう。
『~♪』
「あうぅ…」
腕に抱き着き、せわしなく顔を覗き込んできたり頬を擦り付けてくる、外見はほむらの少女。さやかは先程のセリフのせいもあり、下半身熱が籠ってきそうなことを感じて狼狽する。なるほど、確かに嬉しい状況であるかもしれない――しかしこんな付け込むような形でナニかをしてしまえば、誰にとっても後悔しか残らないだろう。ここは我慢だ、と自分に言い聞かせる。
『あ、コンビニあるよ? …アレ、買っていくべきかしら』
「アレ? …………いやいやいや! 必要ないから! うう、どっちの思考なんだよう…」
『でも、今日は危ない日よ……でもさやかちゃんなら、いいよ』
「わーわーわー! 聞こえなーい! 本当にやばいからやめてぇ!」
解ってやっているのか、それとも天然なのか。さやかを翻弄し手玉にとる彼女は、さながら悪女のようである。まあ古今東西、合体といえば色々パワーアップするものであるからして間違ってはいないだろう。わたわたと慌てながら無理やりそっぽを向くさやかを見て、口元に手を当ててくすくすと笑っているのはどこぞの怪盗をおちょくる美女のようだ。というか非常に楽しそうである。
そしてそんな二人の前に、趣味の紅茶を買いに街へ出てきたツインドリルの少女が姿を現した。
「あら、二人ともお買い物かしら。今日も仲良しさんねぇ」
「マミさん! あ、いやこれはそのぉ……はは……あ、そうだマミさん! ほむらを見ませんでしたか!?」
「はい? えーと、目の前に……居る、わよね? …………ああ! ルパンごっこね! 『馬鹿もーん! そいつがほむらだ!』みたいな?」
「違いますって! いや、話せば長くなるんですけどこれはほむらじゃなくって…!」
どうみても横に居る少女を探している、などと言えば正気を疑われる方が自然だろう。マミも一瞬さやかの頭を心配したが、若き日の――今も若いが――ごっこ遊びを思い出して合点がいったように微笑む。まだまだ子供ね、と優雅に口元に手を当てるが――その様子を見て薄く口を歪ませる少女が一人。
『マーミさん!』
「ひゃっ!? ど、どうしたの暁美さん!?」
『えへへ…』
急にマミへ抱き着き、その豊満な胸へ顔を埋める堕女神。ぐにぐにと形を変えて柔らかさを伝えてくるそれを堪能しながら子猫のように甘える。マミもマミで、いつもと違う――冷たい方のほむらでも、二人きりの時のようなほむらでもない彼女の様子に驚きを露にする。
しかしたとえ二人きりの時であっても見せることのない、庇護欲を刺激するような姿態に胸キュンしているようだ。しつこく言うようだが、これもギャップ萌えである。
『マミ先輩、その紅茶…』
「え? ああ、これは……この前アッサムが好きって言ってたでしょう? 少し良い茶葉を見つけたから買ってみたのよ」
『マミさん先輩!』
「なんだか呼び方がおかしいわよ!?」
いちゃついているともとれるやり取りに少しイラっときたさやかであったが、我慢してマミに説明を始める。少女はほむらであってほむらではない存在であること。悪魔のほむらと普通のほむらに分かれ、後者が行方不明になっていること。マミさんの胸はけしからんものであること。自分が危うくなるので慎んでほしいこと。全てを切に語った。
「む、胸を慎むってどうやって!?」
「まずそこなんですか!? あ、いやそれは冗談です……で、ほむらのことなんですけど」
「えーと……本気で言ってる、の?」
「信じられないかもしれないですけど、ほんとなんです!」
「うーん……いくらなんでもねぇ……ほむらさん、どうなの?」
『マミさん大好きです!』
「ほ、ほら、いつも通りよ。悪魔どころか天使じゃない!」
「どこがっすか! つーかあんた! なんとなく解ってきたけど、性格悪いわね!?」
『ひ、ひどい……さやかちゃん。うわぁん、マミさーん』
「駄目よ美樹さん! 友達に性格悪いなんて言っちゃ!」
「ぬ、ぬぐぐ…」
歯ぎしりをしながら、さやかは先程から覚えていた違和感を更に強める。彼女……自称『まむ』は時間経過と共に明らかに性格が変化している、と。最初は確かにまどかとほむらが混在しているような姿を見せていた。しかし時間が経つにつれて二人の性格を掛け合わせたような態度をとっているのだ。
しかも悪いところどりである。まどかのように素直な態度をとっているように見えて、その実ほむらのようにまったく本心を露にしていない。二人共通の、偶に人を揶揄うような茶目っ気はそのまま足されて質を悪くしている。
さやかは少しぞっとした。このままいけば完全に統合されるのではないか、と。魔法少女の神としてはそれでいいのかもしれないが、彼女達の友である自分にとっては一大事なんてものではない。最悪の結末といってもいいだろう。
「マミさん!」
「は、はい!」
故に、ここは一刻を争う事態だと判断した。巴マミという少女は少し頭が固いところはあるけれど、しかし他人を慮る優しい少女だ。本気で、真剣に、心の底から頼み込めば信じてはくれずとも手伝ってはくれるだろう。記憶の上では長い付き合いだ。そのくらいはさやかにも解っている。
「信じてくれなくてもいいです。疑ってくれても構いません。でも、このままじゃほむらが消えてしまうかもしれません。『ほむら』は居ても、私達の知っているほむらはいなくなります。だから……だから、手伝ってください」
「…そう。ええ、解ったわ。野暮なことは言いっこなし、ってことでいいのね?」
「マミさん!」
『私はマムさん!』
「やかましい!」
『えぇー…』
「た、確かにおかしいわね、暁美さん」
まずはどうすべきか――消えた二人を探すべきかとも考えたさやかであったが、そもそももう一度くっつけてどうなるかが気になっていた。魂のみの状態がこの現象の理由だというならば、確かに体という容器に突っ込めば戻る可能性はある。が、微妙に混ざっている状態が元に戻るかと考えれば少し怪しいところだろう。
まずは一度まどかとほむらを離したいところである。つまり――先ほどの再現ということだ。
「ほ、ほんとうにこれでいいの? 美樹さん」
「とにかくお願いします!」
『痛いよ~! なんでこんなことするの? さやかちゃん、私のこと嫌いになっちゃったの?』
「うぐ……まどかみたいな顔してぇ……というかさっきから思ってたけど、まどか成分強くない?」
『訳がわからないよー』
人目につかない公園でぐいぐいと両側から引っ張る少女達。中々離れないが、しかし癒着しているせいかもしれないと力を込め続ける。傍から見ればどうみても少女を取り合う修羅場だが、夢中な彼女達は気が付かない。そして公園である以上、まったく人が居ないということもありえない。
今しがた公園の入り口から駆け込んできた赤髪の少女の存在もまた然り。これは偶然ではなく必然である。
「おい! なにやってんだよ!」
「きょ、杏子? なんでここに…」
「んなもんどうだっていいだろうが! それよりなにしてんだよ、嫌がってるじゃねえか!」
「さ、佐倉さん、これは…」
『助けて杏子ちゃん~』
「ちょっ、おま」
「とにかく放せ! …ほら、ほむらはあたしの後ろにいな」
『杏子、ありがとう。素敵よ』
「へ? こ、こら引っ付くなって」
もはや女を手玉にとる小悪魔のようだが、まあ実際に悪魔なので間違ってはいないだろう。それに、実際のところ彼女がさやか、マミ、杏子に向ける親愛そのものは本音以外のなにものでもない。強いていうならば青髪の少女への愛はまどかが強く、黄色の少女へは両方が。赤髪の少女へはほむらの部分が強く出るといったところだろうか。
「…」
騒動は続き、その一部始終を無機質な瞳で一匹の小動物が見つめている。赤色の少女をそれとなく誘導した個体は既に公園を去った。けれど彼等は、どこにでも居るしどこにも居ない。ただただ、その紅い瞳は少女達を映していた。
あまりに風邪薬が効かないもんだから初めて漢方薬というものを飲んでみた。これが凄い効き目でびっくりしました。ずっと咳が止まらなかったんですが、飲んで数時間で治まってきたんですよ。プラシーボ効果ってわけでもないないでしょうし、中国四千年あなどり難し…ッッッ!
(見ている人がいたら)もう一作はもう少し待ってね……こんなに難航するとは思わなかった。