ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第5話 私の世界①

 私は産まれついての天才だった。

 まず、私には絶対的な記憶力があった。産まれる前からの事象、おそらくは脳という部位が生成されたときからのことを全て覚えている。

 次に、非常に高い演算能力。ひとつのことから派生させて全てを知ることが私には出来た。

 そして魔力だ。これは他に比べて最も秀でている部分だった。他の人間が苦労する魔法でも、私はひと月程度なら苦労なくかけ続けられた。

 その代わりに、私は感情の起伏が少なかった。別に理解はできるのだ。母が作る料理が美味しいということも、本を読み聞かせてくれる父の声色が優しいものだということも。しかしそれは“そういうもの”だと分かるだけで、私の感情が揺さぶられることはなかった。

 例えるならば、そう、物語の中の人物の気持ちが分かっても自分のことに置き換えられない。ちょうどそんな感じだ。

 私は常に読み手だった。

 

 両親とも非常に優れた魔法使いではあったが、私が2歳になる頃には足元にも及ばない存在になっていた。

 とはいえ私は『道徳』を学習していた。

 例え学ぶところがなくなった存在だとしても、動物のように捨てたりはしない。育てられた恩は返すのが人間の営みというものだ。

 なので私は両親が望んだように良い娘を演じた。ある程度優秀な子供の魔法使いとしての成長を演じた私を見て両親は大層に喜んでいたのを覚えている。

 しかしその一方で、同世代の子供は私のことを恐れだした。高い能力を持つ私を怪物のように扱いだしたのだ。それはきっと悲しいことなのだろう。その証拠に両親は、私にいつも慰めの言葉を投げかけてくれた。

 けれど、私にとってはどうでもよいことだ。どれだけ化け物と呼ばれても私の心は傷つかず、石を投げられてもなんともなかった。

 

 二十になる頃には、私は“おおよそ完成”していた。

 魔法使いという意味では成熟しきってしまったのだ。この世にある魔法は大体思いついてしまって、成長する余地がない。

 だから私はここに来て『感情』に興味を持ち出した。

 それは私にない要素で、多くの人間の大半を占める要素。人間の多くは感情によってまったく合理的でない行動を起こす。退屈な研究者である私が未だ未知のものである『感情』に大きな関心を寄せるのは半ば必然だったと言える。

 感情の起伏には他人との関わりが必要だということが人間観察によって分かった。しかし既に両親は私を煙たがり近づくと攻撃してくるし、友達と呼べる者もいた試しがない。

 そんな産まれて初めての行き詰まりの中で出会ったのがヘルガだった。彼女は私の対極のような存在で、素晴らしい女性だということが私にすら理解できた。

 無愛想な私にもとても良くしてくれたし、彼女の中では常に感情が大釜の中のスープのように渦巻いていた。まるで私の『叡智』のように、彼女には『抱擁』があったのだ。

 彼女を観察して感情を理解しよう、私はそう決めた。

 

 肉体が成熟すると、不思議なことに、かつてはあれ程までに敬遠していた者たちが私に近寄ってきた。

 どうやら生殖活動が目的らしい。

 家庭を持つことには私も興味があった。子供が産まれれば私にも母性が生まれると考えたのだ。

 しかし誰でも良いというわけにもいかなかった。そこらの男を無作為に選ぶと、ヘルガから大反対を受けるのだ。やれ真実の愛はどうだとか乙女らしいシュチエーションに憧れを持ってだの。そんなのは子供を作ってからはじめてればいいと思ったのだが、耳元で死に際の死霊犬(グリム)の様に騒ぎ立てられるとそうもいかなくなった。

 それに生殖行為の目的はよりよい子孫を作ることだ。私は“おおよそ完璧”な存在であり、子供もそれ相応に優秀なことが予想された。人類という種族のためには優秀なつがいを作った方が有益だと私は考える。加えて『レイブンクロー家』は名家だ。両親とはずっと連絡を取ってはいないが……産まれ落ちてから自立するまでの1年と8ヶ月26日間を育ててもらった恩義がある。家名に泥を塗ろうとは思わなかった。

 

 …。

 ……。

 ………。

 

 今、何かが起きた。

 たった今だ。

 私の記憶が改竄された。

 これは驚くべきことだ。私の防御壁を突破できる人間など一人しかいない。一人というのは即ち、私だ。私は自分で防御壁を崩し、おそらくはヘルガに自らの記憶を改竄させたのである。

 一体なぜだろうか……?

 しかし過去の私がそうしたということは、そうするべきなのだろう。私は記憶の改竄を受け入れることとした。

 

 私は驚いた。

 記憶の改竄があったその日から、わずかばかりではあるが私に感情が芽生え始めたのだ。

 ジョークが面白いと思うようになり、困っている人を助けたいと思う。

 原因は分からないが大切なのは結果だ。私はついに感情を手に入れたのだ。

 

 それと同時に、どういうわけか完全な『時間停止』の魔法が使える様になっていた。

 『時間停滞』の魔法は使えても、完全な『停止』は出来なかったのに。

 これはおそらく、魔法に『感情』を乗せることができる様になった恩恵だろう。

 守護霊の呪文程度なら強引に魔力で解決できたが、一部の魔法には感情を乗せることが必要だ。それが今まで出来なかったのだが、私は遂にそれを克服した。

 私は益々、感情の研究に没頭する様になった。

 

 私の感情を一番刺激してくれるのは許婚であるウィリアムであった。

 彼がこれほどまでに素敵な男性だと、私は何故今まで気が付かなかったのだろうか。彼はまさに理想像だった。ウィットに富んだ話し方に、母性をくすぐられる程度に少し抜けた性格。恋……恋愛というものをほんの少しも体験したことがない私はすぐに彼にのめり込んでいった。

 あっという間だった。

 結婚をして、子供を作って、産んで……。

 研究者ではない、人並みの人生を私はようやく歩き出したのです。

 ヘレナを産んだとき、私は“おおよそ完成”した存在ではなくなってしまいました。私の魔力の大半を子供が持っていってしまったのです。それと同時に、私の頭の中に滝の様な感情が流れ込んできました。私の脳内は魔力で圧迫されていました、それが無くなったことで感情が生まれたのでしょう。

 しかしそれが私の不幸の始まりだったのです。

 

 私は“おおよそ完成”された存在でした。

 あの頃の私はおそらく、世界で最も強い個体のひとつだったのでしょう。しかし魔力の大半を失い、感情という“枷”を取り付けられてからの私は弱体化し続けました。

 それがウィリアム……『闇の帝王』の狙いだったのです。

 彼は私から子供を取り上げて、更に弱った私に呪いを掛けた。抵抗しようと思えば出来たのかもしれません。少なくとも延命程度なら出来たでしょう。けれど私はしなかった。最愛の二人に裏切られた悲しみで生きる気力を失っていたのです。

 

 それから暫く、私は浮いていた。

 半分を失ったとはいえ私の魔力は膨大だ。空中に漂って消えることなく、世界に浮いていた。

 それを拾い上げたのはサラザールだった。

 『蘇りの石』と呼ばれる魔法逸品で死した私の残留思念を捕らえたのだと推測する。彼はウィリアムに近かったからこそその裏切りに気づき、しかし敵対する道を選んだ。

 彼は私に力を貸してほしいと懇願したが、私は何も答えなかった。もうどうでもよかった。考えたくなかった。

 

 それから。

 

 彼はずっと私に語りかけてきた。

 『蘇りの石』を使うと精神の世界に引き摺り込まれる。そこでは時の流れが限りなく緩慢で、おそらくは100年に近い間私に話しかけ続けた。

 しかし私は応じない。

 彼は少し発狂しかけていたと思う。

 彼の精神は非常に強固だが、何も語らない死者と対話し続けるのはそれほど大変なことだったろう。

 その証拠に、前の『蘇りの石』の所有者も『死』――おそらくは昔のウィリアムだろう――との戦いで死者の協力を仰ごうとして、最後には発狂して死んだと聞いた。

 

 悲しみの中で死んだ私の世界は冷たく硬い。

 何者も寄せ付けず、何も変わらない。

 それが突如として溶けた。

 春の陽射しの様な温かいものが私を照らして、言葉には出来ない、まるで焼きたてのパンのにおいを嗅いだときのような豊かな心持ちになった。

 

 ヘルガだ。

 サラザールはヘルガの魂を見つけてきて、私と、その他大勢の魂を救わせた。

 死してなお彼女の黄金の魂はその太陽の様な温もりを少しも減らすことなく、私達を照らした。

 ヘルガは私に語りかけてきました。

 

 なぜ、ウィリアムのことを愛したのか?

 

 それは不思議な問いだった。

 彼女にとって人を愛することに理由はない。

 それと同じではないか。

 ただ何となく惹かれた、それが全てではないか。

 

 そう答えた私に、彼女は首を振った。

 私は……もっと前に恋に落ちていた。

 ウィリアムは『万物の声を聞く』才能がある。

 彼は私に失われた部分の心の声を聞き、そこにある私が恋した者の人物像を再現したのだ、とヘルガは言った。

 

 昔の私には感情がなかった。

 否、ないと錯覚してしまうほど薄かったのだ。

 その僅かな感情しか無いのに、私はどうしようもなく彼に惹かれた……そう言われても全くもってピンと来ない。

 そんなことあるはずがないのだ。

 周りの子供に石を投げられて傷ついても、両親に怯えた目で見られても、ヘルガが死んだ時でさえ私の感情は揺れなかった。感情を持った後の私はそれらの出来事を思い出すだけで著しく狼狽した。それほどのことがあったのに当時の私は何も感じなかったのだ。

 そんな私が恋に落ちるなんてあるはずがない。

 

「ロウェナ。なぜあなたは『時間停止』の魔法が使えるようになったのでしょう」

 

 感情を得たからだ。

 しかしそれは違うとヘルガは言った。

 

「答えはあなたの無意識にあります。彼と止まった時の中で一生を過ごしたい、しかし時間が止まっていては彼に永遠に逢えない。その矛盾した想いこそがあなたの時間を止めたのです」

 

 つまり。

 

「他にも『因果律操作』や『分霊箱』など、彼と出会ってからあなたは素晴らしい数々の魔法を作り上げた。彼に逢うという結末を呼ぶため、彼に逢うまで生きるため……それらは全て、あなたの恋心の現れなのです」

 

 私は何も言えなくなってしまった。

 たしかにそれらの魔法を私は作り上げた。感情無くしては唱えられない呪文だ。

 しかし私は『何の感情』をそこに込めていたのか。

 不自然なまでに私はそのことを考えてこなかった。

 

「私は非常に強力な記憶の封印呪文をあなたにかけました。私自身でも解くことが出来ないほどに。しかしそこから漏れ出した恋心でさえあなたはこれほどの魔法を作った。まったく、どれだけ好きなんですか?」

 

 さ、さあ?

 

「まあ、いいですわ。人を愛することは良いことですから。しかしウィリアムを倒さなければ彼に会うことは出来ませんよ。ですからサラザールに協力してあげなさい」

「まったくだアホ女。こんな恋煩いを拗らせた生き物は見たことがない。蛇の交尾だってここまでからまってはいないぞ」

 

 し、失礼な!

 無意識のことなのにここまで言われるなんて。私はなんて不幸なんだろう。いや、サラザールがバカなのだ。

 バカなサラザールが言ったことは全然正しくないに決まってます。はい証明終了ー。わたしてんさいー。

 

「何を言ってるのか分からんぞ。皮肉ではなく、な。今の貴様は魂だけだ。『蘇りの石』のおかげでなんとなく感情はわかるが、言葉は読めん」

 

 ほーう。

 ほうほう。

 言われてみればそうでした。

 

「はあ。魂と身体の境界程度ぼかせないなんて、サラザールちゃんはティーンの魔法使いですか?」

 

 そもそも魔法は魂から成る。

 杖を使うのは肉体に負荷をかけないためだ。逆に魂だけなら魔法を使うのは容易い。分霊箱を作ったときなんかは、よく魂だけになったりしていたものだ。

 私はチョチョイと魔法を使った、疑似的な肉体を創る魔法だ。

 

「――ちっ。まったく嘆かわしいものだ。私達の中でおそらく最も歴史に名を残すであろう魔女がこんなアホだとはな」

「はああああああああ?? あなた私の手を借りにきたくせによくもアホアホ言ってくれましたね! ヘルガー! サラザールにアホ呼ばわりされました! 懲らしめて下さい!」

「今回ばかりはサラザールに同意します。昔のあなたの方が……話が早かった」

「がーん」

 

 いいもんいいもん。

 私は肉体を捨ててまた魂に戻りました。世界なんて勝手に滅べばいいんです。サラザールが私にアホって言ったせいで滅べ世界、さよなら人類。

 

「サラザール」

「ああ、コピーした」

「ぎゃっ!」

 

 サラザールが肉体を創って私をそこに入れた。

 空中にいきなり発生したせいで受け身が取れなかったじゃないですか!

 

「ま、また私の魔法を勝手に!」

「だ・ま・れ! 今は本気で不味い状況なんだぞ! お前のアホなノリに付き合ってる暇はない!」

「わーん! またアホって言った!! 私の魔法パクったくせに! ……ってあれ? 再現しきれてないですよ、これ。私の胸部部分がだいぶ少なくなっちゃってますよ。私の豊満な胸部が削られてますっ!?」

「はあ……感情を手に入れてからのあなたはまるで子供ですね。まあ感情を手に入れてからの期間を考えれば妥当なのですけれど。ちょっと失礼するわね、ロウェナ」

「ふぇ?」

 

 ……。

 

「なるほど。私の感情を奪うことで昔の私に戻したのですね、ヘルガ。私の興奮を抑えるいい手です」

「ごめんなさいね。お茶会をするにはチャーミングなあなたの方がいいけれど、世界を救うにはそっちのあなたの方がいいのよ」

「構いません。合理的な判断であると私も思います」

「ふん! コロコロと変な女だ」

「サラザール、皮肉を言うのはあなたの悪い癖だ。円滑な人間関係を築く妨げになりますよ。事実、先程までの私は手を貸す気をなくしていた。世界を救いたいなら合理的な行動をしなさい」

「――はっ! やはりアホだなお前は」

 

 サラザールは不愉快そうに鼻を鳴らした。

 

「合理的な世界なんぞいらん。生物として優れたものになりたいなら向こうに着いてる。アホでバカな奴がいる世界がいいからこうしてるんだろ。勝てばいいってもんじゃない、今日のことを酒の肴で話せる様になってはじめて勝ちと言えるんだアホ女」

「……なるほど。非常に面白い考え方です。確かに人間はあらゆる生物の中で最も合理的でない行動を取る。あなたはその非合理性こそ人間の由来だと仰りたいのですね」

「そこまで複雑なことは言ってない。ただ顰めっ面した辛いことばかりの旅はしたくないということだ」

 

 彼は根本的な所で少年ですね。

 だからゴドリックと気が合い、しかし喧嘩ばかりしているのでしょう。

 

「それで、私に何をしろと。私を蘇らせた所でウィリアムには勝てませんよ。全盛期ほどの力はありませんし、そもそも呪いが今もこうして蝕んでいる身ですので」

「……ロウェナ。嘘をついていますね」

「うそ?」

「その呪い、あなたならどうにでも出来るでしょう。確かに強力な呪いですが、強いだけであなたを殺せるはずがありませんもの。

 ただあなたのやる気の問題でしょう」

「流石はヘルガです」

 

 私は自分の体に手をかざしました。

 呪いは今も私を殺そうと魂の中心部分に向かって進み続けている。その道を螺旋にする事で、永遠に辿り着かないようにしました。

 解呪は出来ませんが、これで死ぬことはありません。

 

「ロウェナ。私に力を貸せ。お前の魔法を全て私に教えろ。それでウィリアムを殺す。どうせお前はウィリアムとは戦えないだろう」

「……なぜ、そう思うのですか?」

「――はっ! だからアホだと言ってるんだ。お前はウィリアム――いや、奴が真似ている人間が好きすぎる。絶対にそいつを傷つけられない。偽物だとわかっていても、ウィリアムが記憶をなぞって演技をするだけで絆されるだろ」

「そう、でしょうか。分かりません……」

「分かってないのはお前だけだ」

「そんなに分かりやすいでしょうか?」

 

 昔は何を考えているかよく分からない、とよく言われたものですが。

 ヘルガでさえ私の記憶を読み取れることはほとんどなかったと記憶しています。

 

 とにかく、私はサラザールに魔法を教えました。

 サラザールはミラーニューロン――いわゆる『ものまね遺伝子』と呼ばれるものが非常に発達しています。

 だから大抵のものは見るだけで真似が出来る。

 私は彼に、自身が使えるありとあらゆる魔法を授けました。

 

「だからといってウィリアムを倒せるとは限りませんよ」

「分かっている。今の私では精々が互角、そして奴が真なる不死である以上いずれ負ける」

「そこまで分かっていながら、なぜ」

「……返さなければならん“貸し”があるからだ」

「それはウィリアムに?」

 

 私の所に来る前にウィリアムに負けたとか、そういった事情があるのかと私は問いました。

 しかしサラザールは負の借りがあるのではなく、ゴドリックに借りた恩を返すと言ったのです。非常に湾曲的な表現ではありましたが。

 

「あのキザ男がウィリアムの裏切りを主張したとき、私は嘘だと決めつけた。

 そして殺し合い……敗北……しかし命は助けられ……このまま生き恥を晒したまま生きるのは高貴な者のすることでは無い。

 人間と闇の生物、どちらが生き残るかはどうでもいいんだ、私は。ただ私は私の信念の元に生きる。そうしたいのだ」

 

 


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