ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第3話 一人目の帰還

 今年のホグワーツは最悪だ。

 コリン・クリービーはそう思った。

 もちろん、ショーンとジニーの友人であるコリンは何度も「最悪」というフレーズを口にして来た。たまにルーナにも言わされる。多い日では天文学的な数字にもなったくらいだ。

 しかし今回の「最悪」はちょっと訳が違う。

 

 夏休みの最中から“予感”はあった。

 両親が死んだから兄弟でオーストラリアに避難する、とジニーから連絡があったことからウィーズリー家が来ないことは予想していた。

 しかしルーナが行きの列車の中で連れ去られたことやハリーがいないことは完全に予想外だったし、ダンブルドアが行方をくらましたと知った時には眩暈(めまい)がしたほどだ。

 

 次の校長には『死喰い人』が就任した。

 ダンブルドアがいなくなったことで『闇の陣営』が力を増したせいだろう。今やマグル生まれの生徒はサンドウィッチのトマトよりも待遇が悪い。

 

 そして何より、ショーンがいない。

 コリンの隣のベッドは今年の夏からずっと空だ。 きっと今期いっぱいは空のままだろう。

 

「仕方がないよね……あんなことがあったんだもの」

 

 親しい友人だったからと、マグゴナガル先生が特別に教えてくれた。ショーンの孤児院が焼き払われたらしい。それから行方不明なんだそうだ。

 マグゴナガル先生は悲しい顔をしながら「あの子は旅に出たのでしょう。ですが、これでよかったのかもしれません……。イギリス魔法界に留まるよりはずっとマシですから」と言っていた。

 コリンが知る限りショーンを最も理解している大人であるマグゴナガル先生がそう言ったのだ。だからきっと、ショーンは帰ってこない。

 

「はぁ…………………」

 

 ため息を吐くのは今日、何度目だろう。

 人攫いや狼人間が闊歩(かっぽ)する外よりはマシだが、ホグワーツもいい環境とは言い難い。マグゴナガル先生達が守ってくれるおかげで最後の一線は超えていないが……少なくともコリンは生傷が絶えない。

 それにスリザリン贔屓(びいき)は加速するばかりで、グリフィンドールが寮杯を取る可能性はフィルチの髪よりも薄かった。こんな不正だらけの寮杯なんか気にしないと思っていたが、クィディッチでグリフィンドール・チームがぺしゃんこにされた時は流石にヘコんだものだ。

 

 とにかく、今年のホグワーツは最悪だ。

 それでもここを離れるわけにはいかない――否、離れるつもりはない。

 最後に残った自分がいなくなったら誰が帰ってきた人を迎えるのか。

 少しでも帰って来る可能性がある限り、コリンはホグワーツに留まると決めていた。

 

「クリービー、時間だぞ」

「ああ。わかったよ。ありがとう、今いく」

 

 今のホグワーツでは食事の時間の前に、校長からの話がある。

 内容は我が君は素晴らしいとか、マグル生まれは下等だとか、とにかく『闇の陣営』を褒める内容だ。

 

 かつての席ではない場所にコリンは座った。

 マグル生まれの生徒は席に座って食事することを許されていない。壁沿いの地べたに座ってパンを食べることになっている。

 そのせいでハッフルパフとグリフィンドールには随分と空席が目立つ様になった。だけれども、それを恥だとは思わない。むしろ誇らしいとコリンは思った。

 スリザリンの中には実は純血でない者もいる。彼らは自分の血を偽って座っているのだ、そんなことをするくらいならお尻が硬い石の形になる方がずっとマシだと思うからだ。

 

 そうこうしている内に、教師陣がやって来た。

 新しく『闇の魔術に対する防衛術』の教師になったアミカス・カローとその妹アレクト。そして、ショーン。

 ……ショーン。

 コリンは目を擦った。

 無駄だった。現実は変わらないようだ。

 そこには紛れもなくショーンがいた。頭に『我が君を大統領に』と書いてある帽子をかぶっている。

 

 どういうことだろうか。

 いやどうもこうもない。

 例えルーナが言う魔法生物が本当に全部いたとしても、『我が君を大統領に』と書いてある帽子をかぶったショーンがアレクト・カローのサラダに笑ってシーザー・ドレッシングをかけてあげていることよりも真実じゃない。

 故に、コリンはパンを一欠片かじった。

 小麦粉の味だ。

 

「……!? ぶほっ!」

 

 気がついたマクゴナガル先生がむせた。

 その程度で済んでよかったと思う。あと五年くらい歳をとっていたらばっくり逝ってたかもしれない。そしたらいよいよ立派な『死喰い人』の仲間入りだ。

 

「ん、んん……校長である私から、諸君に話がある。

 今日、新しい先生が着任された。新しい科目である『闇の魔術』の教員であるトム・セブルス教員だ」

「ご紹介どうも。ひとつ二つ言わせてもらっていいかな?」

「もちろん」

「それじゃあ言わせてもらうと、俺はヴォルデモートに派遣された教員じゃない。正直、こんなアホな嘘に引っかかる奴がいて驚きだ」

 

 ショーンが杖を振ると『我が君を大統領に』と言う文字が『俺が大統領』に変わった。

 

「俺はグリフィンドールの生徒だ。宿題に手間取って三ヶ月も来るのが遅れちまっただけさ」

 

 人はあんなに血流が速くなるものなんだ。

 そう感心してしまうくらいカローの顔はみるみる赤くなっていった。

 

「貴様、『穢れた血』か? マグル生まれの分際で俺を侮辱したのか!」

「侮辱っていうか、真実を言っただけだこのマヌケ。いっそ俺と代わるか? お前はもう少し勉強した方がいいだろう」

「クルーシオ!」

 

 激昂したカローが放った呪文を、ショーンはひょいと避けた。

 そのままショーンはカローに向かって歩いていく……机の上を歩いて。そしてカローの前まで来ると、思いっきり顔を近づけた。

 

「決闘しよう。そんなにムカつくなら正々堂々戦おうじゃないか。それとも逃げるかね? 大勢の生徒に腰抜けだと思われるだろうが、負けるよりマシか」

「負ける? 俺が! いいだろう、受けてやる! ギブアップは認めないぞ! 貴様を殺してやる!」

「そうこなくっちゃ」

 

 大広間の中央で二人が向かい合う。

 ……コリンは「ごくり」と生唾を呑んだ。いや、コリンだけじゃない。他の生徒も生唾を呑んで見守っている。

 この三ヶ月で何があったのか知らないが、ショーンからただならぬ雰囲気が出ていることをみんな感じているのだ。前から何かやってくるという期待感があったが、今はそう、ダンブルドアに感じるような安心感を与えてくれる。

 

「(……成長、したんだね)」

 

 何もしならない生徒でさえそう感じるのだ。

 親友であり、更に何があったのかを知るコリンは一層にそう思った。

 それと確信だ。

 この決闘でショーンの成長がわかる。

 

 二人が杖を胸に立てた。

 正当な決闘の所作だ。

 

 カローが背を向けて歩き出す。

 正当な決闘の所作だ。

 

 ショーンは忍足でカローを追った。

 卑怯者の所作だ。

 

 背後から股間を蹴り上げた。

 カローが(うずくま)る。

 ショーンはガッツポーズをした。

 

「勝った」

「卑怯さに磨きがかかってる!?」

 

 驚愕の成長だった。

 ある意味。

 

「マグル生まれだなんだと馬鹿にしといて、決闘の所作だけ守ると思うなんて都合の良い話だろ」

「そりゃあそうかもしれないけどさ! 久しぶりの登場なんだから、もっとカッコよく決めてよ!」

「最高のキメ顔だろう」

「そうじゃないよ! むしろ股間を押さえて這いつくばる男の近くで最高のキメ顔してたら逆にマヌケだよ!」

「注文の多い奴だな。いいだろ、こうやって帰ってきたんだから」

 

 そう言ってショーンはコリンの頭を撫でた。

 子供扱いするなと言おうと思ったが、優しい顔を見ると何も言えなくなってしまう。ずるい男だ。なんだかんだいってコリンは、これ以上ないくらい安心していた。

 

「あなたは!」

 

 教卓の方からマクゴナガル先生が走ってくる。

 

「貴方という人は! まったく! ……いえ、そうではありません。なぜ帰って来たのですか!? 貴方をあんな辛い目に合わせる魔法界になど戻ってくる必要はなかったのです! 海外に逃げるなり、マグルとして生活する道があったでしょう。それをどうしてホグワーツに……っ」

 

 目を真っ赤にしながら怒鳴るマクゴナガル先生を、ショーンは抱き締めた。

 

「ここが俺の家だから。そう言ってくれたのは先生でしょう」

「……それは」

「そういう意味で言ったんじゃない?

 いいや、違う。自分にとって居心地がいい時だけ居て、悪くなったら去る。そんなのは間違ってる」

「間違ってなどいません! 貴方はもっと自分を大切にすべきです! 夢を叶えるのではなかったのですか! せっかくのチャンスだったではありませんか。私達のことなど放っておけばよかったのです!」

「……最初は俺もそう思った。

 だけど、言ってくれたじゃないですか。どんな時でも帰って来たらいい、私が居場所を作るって。だから俺も決めた。貴女がそう言ってくれるなら、俺もここを守りますよ」

「私は、私は貴方の重荷になるつもりなど……」

「重荷なんかじゃない。大切な、背負うべきことだ」

 

 そして宣言する。

 

「時代は闇に傾いている。

 なのに『生き残った男の子』やダンブルドアはいない。

 不安か?

 大丈夫だ、みんなその内帰ってくる。

 俺が一人目だ。

 俺がここにいてやる!

 他の誰がいなくても俺が守ってやる、だから安心しろ!!」

 

 空席になった校長席に向かって、ショーンは突き進んで行く。

 彼が歩を進める度にグリフィンドールやハッフルパフから歓声が上がった。

 そして、校長席に座る。

 

 ガチャン。

 

 隣に座っていたセブルスに手錠を掛けられた。

 ショーンはにこりと笑ってセブルスを見た。

 セブルスは無表情だ。

 

「三ヶ月の遅刻。教員に対する暴行。反省の色もなし。なにか言い分はあるかね?」

「セブルス、君が頑固者なのは知っていたがね。手錠まで頑固なわけじゃあるまい。この程度で俺を拘束出来るとでも?」

 

 ショーンは近くにあったフォークを(くわ)えて鍵穴に差し込んだ。

 カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ……とこねくり回す。

 最初は余裕たっぷりだったショーンの顔はすぐに真剣なものになり、いつしか大粒の汗が滲んでいた。途中で「おっかし〜な〜」とか「これマジなやつじゃん……」という声が聞こえてくる。

 そして、ため息。

 

「ふぅ。なるほどね、いい手錠だ。それじゃあ、お遊びはこのくらいにして外してくれるかな。あ、肩でも揉みましょうかセブルスの旦那? へへっ、純血万歳」

「フィルチ。こいつを地下牢に入れておけ」

「はい先生」

「あ、ちょっと待って! フィルチ……管理人閣下、今日も最高に前髪が決まってるって俺言わなかったけ? ヴィーラの末裔かと思ったよ。使ってるシャンプーを教えてくれるかな」

「だ・ま・れ! とっとと来い! お前を地下牢に入れたら毎日拷問してやる。おー楽しみだ! 今年の組み分けは地下牢だな、この悪餓鬼め!」

 

 ショーンはあれやこれやと叫んでいたが、どれもフィルチに聞き入れられることはなかった。

 大広間から連れ去られたショーンの声が遠下がり、やがて声さえ聞こえなくなった。

 

「……マクゴナガル先生」

「どうしました、ミスター・クリービー」

「『俺がここにいる』って言ってたのに、居なくなっちゃいましたね」

「自分の身は自分で守れということです」

「後でショーンにも教えてあげなくちゃ。一番できてないもの」

「それがいいでしょう」

「でも、心配だなあ」

「同感です。あの子がいつ地下牢を吹き飛ばすか……」

 

 今年のホグワーツは最悪である。


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