史上最高の魔法使いは誰か?
数え切れないほど論じられてきた議題だ。
魔法界に生まれた者なら、誰もが一度は「偉大な魔法使い名鑑」を片手に、自分の思う最強の魔法使いを熱弁した事だろう。
ペベレル三兄弟。
ゲラート・グリンデルバルド。
アルバス・ダンブルドア。
ヴォルデモート卿。
そして――ホグワーツ創始者達。
誰も彼もが魔法界のオリンピック級アスリート達。
この中の誰が最強に選ばれたとしても、納得がいくだろう。
しかし、アルバス・ダンブルドアは思う。自分はまだまだ彼らと肩を並べるには程遠い、と。
晩年のゴドリック・グリフィンドールが残したとされる『組み分け帽子』は、言って見れば『開心術』に特化させたマジックアイテムだ。
心だけではなく、身体能力や潜在能力、果ては血の歴史まで読み取る事が出来る規格外の魔法が込められているが、とにかく広い分類をすれば『開心術』なのである。
更には明確な自我までもが付与されており、驚くべきことに1000年たった今でも魔法が衰える気配はない。
果たして、自分はこれほどのマジックアイテムを作ることが出来るだろうか?
答えは否。
共同開発とはいえ賢者の石を作ったダンブルドアでさえ、組み分け帽子を再現することは不可能だった。
それどころか、組み分け帽子の『開心術』を逃れる事すら出来ないのが現状である。
それが、しかし――
「もう一度聞くがの、本当にあの一年生が貴方の『開心術』に対抗したと」
「左様。私はあのショーン・ハーツという少年から何も読み取れなかった。こんなことは、私の帽子生では一度しかなかったことだ」
信じられないほど強力で複雑なプロテクト。
例えるなら、イギリス中をランダムで瞬間移動し続け、見つけたとしてもダイヤモンドの鎧に覆われている上に、ドラゴンの群れに守られている様な感じだ。
ショーンの心はそのレベルで保護されていた。
組み分け帽子の『開心術』では、ショーンの心が何処にあるのかも分からなければ、護りに傷をつけることも出来なかったのである。
「過去の一度は……」
「ホグワーツ創始者のお方々の一人、ヘルガ・ハッフルパフ様だよ。あのお方の『閉心術』を破れる方は、一人としていなかった。私は勿論、創造主であられるゴドリック様もだ」
ホグワーツ四強の1人、ヘルガ・ハッフルパフ。
魔法界史上最高の治療者として知られる彼女だが、心術系魔法の名手だったという記録も残っている。
その彼女と同等の心術使い?
それも一年生で?
あり得ない事だ。
しかもその少年は今まで、マグルの世界で過ごしていたときている。
「加えていうなら、ゴドリック・グリフィンドール様の剣――あれも一般に知られている方法で取り出されたモノではない」
「ふむ。つまり……」
「当然のことだが、アレはゴドリック様の所有物。真のグリフィンドール生に抜けるとはいえ、それはあくまで貸し出しに過ぎぬ。だがあの小僧は……ゴドリック様にしか出来ない、正規の抜き方であの剣を得た。
そうだな。図書館で本を借りて読むのと、本屋で買って本を読むくらいの違いがある。結果は同じ様に見えても、その所有権の強さは比べ物にならん」
例えばの話だが、真のグリフィンドール生が同時に二人いたとしよう。
片方がゴドリックの剣を抜いた後、もう片方もまた剣を抜けるのか?
答えは抜ける、だ。
あくまで所有権は得ていない為、他の真のグリフィンドール生が抜こうとすれば手元を離れ、他者の元へと行ってしまう。
しかし、真の所有者であるゴドリック本人が剣を持っていた場合はどうか?
答えは否。
本人に貸し出しの意思がない限り、何人たりともその剣を持つことは出来ない。
小鬼の製法で作られた記憶する剣は、所有者をも記憶しているのだ。
「つまり、あの剣の所有者はゴドリック・グリフィンドールではなく、ショーン・ハーツに移ったと?」
「そこまでは分からない。再三言うが、私はあの子から何も読み取れなかった。私は賢い帽子、確証が持てぬことへの明言を避ける」
それだけ言うと、用は済ませたと言わんばかりに、組み分け帽子は口を閉ざしてしまった。顔の形をしたシワも、ただのシワに戻ってしまう。
両親との確執。
孤児院暮らし。
途轍もない魔法の才能……。
似ていた。
まだ話した事はなく、マクゴナガルから聞いた人相も大分異なるモノであったが……経歴だけを見ると、ショーン・ハーツは“あの生徒”によく似ていた。
見極めなくてはならないだろう。
あの少年の本質を。
ダンブルドアは己のこめかみに杖を当て、白い靄……記憶を取り出した。それを『憂いの篩』と呼ばれるマジックアイテムの中に注ぐ。
映し出されるのは、ショーンが組み分けの儀式を終えた直後の光景。
ダンブルドアはその中に身を投じた――
◇◇◇◇◇
ミネルバ・マクゴナガルはホグワーツ教師陣でも一、二を争うほど優秀な魔女である。
まだ学生だった頃からその才能を遺憾無く発揮し、主席や満点は当たり前、それどころかイギリスに七名しかいない正式な
そんな紛れもない天才である彼女だが、しかし決して苦労を知らないわけではない。
優秀なクィディッチ選手であったが、大きな怪我を負い辞めなくてはならなかったし、同僚や先輩達との確執から転職した過去を持つ。
だが彼女はそんな過去を背負いながらも、現在は一教師としてホグワーツ魔法魔術学校で教鞭を取っている。
それは彼女の生来の強さか、あるいはダンブルドアという恩師のお陰か、あるいは今は亡き最愛の者への愛故か……ただ一つ確かな事は、数々の試練を乗り越えた今のマクゴナガルは“強い”という事だ。
しかしそんな彼女をして、この状況はお手上げだった。
「あの、なんか出ちゃったんですけど……」
申し訳なさそうに剣を持ってくる、一人の生徒。
なんか出ちゃった、ではない。出すな、帽子の中に戻して来い。そう言いたかった。しかし立場が許さない。
聡明なマクゴナガルは知っていた。
これはグリフィンドールの剣。
真のグリフィンドール生のみが抜けると謳われていながら、誰も抜いた事がなく、もし抜いてしまった場合、真のグリフィンドール生か学校か文化遺産にすべきか、誰を所有者にするのがいいのかずっと議論されてきた剣。
要はとても面倒な剣である。
「ハーツ、貴方の寮はグリフィンドールに決定した様ですよ」
「いや、あの……コレ………」
「どうしました? 寮席はあちらですよ」
「それは分かってるんですけど、コレどうしたら――」
「イングラム・ロックウッド!」
「!?」
無視して次の新入生の名前を呼びあげる。
申し訳ない気持ちはあったが、どうしていいか分からなかったのだ。
これならまだ組み分け帽子が「アズカバン!」と叫んだ方がマシである。
結局ショーンはトボトボとグリフィンドール席まで歩いて行き、壁に剣を無造作に立てかけた。隣に座っている上級生が「貰えたんだからいいじゃん。取られるよりは、な?」という何だかよく分からない言葉を投げかけていた。
◇◇◇◇◇
ダンブルドアが一言二言告げた後、食事会が始まった。
ショーンの隣にはジニーが座っている。
彼女は組み分け帽子が触れるか触れないかというところで、直ぐにグリフィンドールに決まった。
「変ね、ハリーがいないわ……あ、あとロンも」
「ロンて確か、お前のお兄さんだろ。もうちょっと気使ってやれよ」
「いやよ。むしろ、ロンが私にもっと気を使うべきだわ! ロンの無神経具合ときたら、ほとんどトロール並よ!」
何だかジニーがいきり立っていた。
それを見ながら、有難いと思う。
彼女はショーンがこの剣に関する話題をして欲しくないのを察して、他愛もない話をしてくれているのだ。これで次の話題がロックハートの白い歯についてでなければ完璧だっただろう。
「私の行方不明の娘がゴーストになっていた」
「何それ怖い」
「発見を依頼した男爵も血みどろでゴーストになってる」
「何それもっと怖い」
「ついでに私も幽霊だ」
「何それ俺も」
チラリと後ろを見れば、ロウェナとサラザールが揃って現実逃避していた。
その少し横ではゴドリックとヘルガが『反省会』を開いている。
ヘルガにお説教されたゴドリックは、グリフィンドール寮のゴーストであるほとんど首無しニックとほとんど見分けがつかなくなっていた。
「僕はパーシー・ウィーズリー、よろしくショーン。君を我が寮に迎えられた事を誇りに思うよ。おっと、その剣を抜いた君に、“我が寮”なんて大それていたかな。でも、なにせ僕は監督生なものでね。
さてさて、本題に入るけど……それ、ゴドリック・グリフィンドールの剣だろ! ホグワーツの歴史っていう本で読んだことがあるんだ! 少し触らせてくれないか!?」
「いいよ。さっきステーキ切るのに使ったから、少し汚れてるけど」
「ステーキを切るのに使っただって!? 君はこれがどれだけ価値あるものか知ってるのかい!?」
勿論知ったことではない。
そっちこそ知っているのか、俺がどれだけレアステーキを愛しているのかを。出来るなら彼女を毎晩ディナーに招待したいくらいだ。
「ちょっとパーシー! 貴方いまどれだけ空気を読めてないか分かってる?」
「ああ、ジニー。グリフィンドール寮に決まってよかったね。母さんと父さんに手紙を出してあげるといいよ。きっと二人とも喜ぶだろうからね。だけど、人と人が話してる時、横から割り込むのはよくなイタァッ!」
言い切る前に、ジニーが思いっきりパーシーの右足を踏みつけた。
パーシーはガールフレンドであるペネロピー・クリアウォーターに付き添われながら、早速マダム・ポンフリーの元へと向かった。記念すべき、最初の患者である。流石は監督生だ、率先して生徒が嫌がる事をするとは。
「ああ、なんてこと! ハリー!」
ジニーがほとんど悲鳴に近い声を上げた。
手には『夕刊予言者新聞』が握られている。
記事を見てみると……なになに、空飛ぶフォード・アングリア、訝るマグルと見出しがあった。
驚く事に新聞に掲載された写真は動いていて、誰が撮ったのか、空飛ぶ車が見事なアングルで撮影されている。なるほど、ハリーとロンの二人はこれに乗って何処かへ旅立ったらしい。その行き先までは書いてないが、きっとホグワーツだろう。
魔法界には空飛ぶ車があるのか、今度乗せてもらえないか頼んでみよう。
どうやらその新聞はパーシーのものらしい。彼は寮席に戻ってくると、神妙な顔で新聞を読み始めた。
「なんて事を! あの二人は……まったく、ロンのやつときたら! 母さんがどれだけ心を傷めるか。いや、父さんがクビになったら……。とにかく、校則だけでなく法をも犯したんだ。あの二人は間違いなく退学だアゥチ! 何をすヘェゥアッ!」
退学の二文字を聞いた瞬間、ジニーは「そんな、ハリー!」と言って泣き出してしまった。
それを見たフレッドとジョージが、それぞれの足を踏みつけた。しかも、右足に至っては包帯を巻いてる上からだ。
というか、ロンは君のお兄さんだろう。心配しなくていいのか……? まだ会ったこともないロナルド・ウィーズリー少年に、ショーンはなんだか愛着が湧いた。
まあ、そんなことは今どうでもいい。
今大事なのは食事、それのみだ。
実はショーンは生まれてこの方、満腹になった事がなかった。
両親と暮らしていた頃は緊張で食事が喉を通らず、またお代わりを要求出来る空気でもなかった。孤児院に入ってからは言わずもがなである。
肉、肉、肉、ポテト、肉、肉、ワイン、肉肉肉……一心不乱に肉を食らう。
思うに、肉というのは反則だ。
他のどれだけ上品に着飾った料理より、ただ焼いただけの肉の方が遥かに本能を刺激する。
個人的な好みを言えば、舌に乗った瞬間溶けてしまうような霜降り肉よりも、しっかりと噛み応えのあるヒレステーキの様な肉が好きだ。
焼き方はレア、これに限る。表面だけ焼けて、中はまだ赤く血が滴っているくらいが好ましい。
そして味付けだが、ガーリックが効いている強烈な味付けより、少量の塩と胡椒で薄く味付けされた肉本来の味が引き立つものの方が良い。
その点、ホグワーツの料理は完璧だった。
よっぽど優秀なシェフがいるらしい。今度厨房に行って、結婚を前提にお付き合いしてもらうのもいいかもしれない。
やがて宴は終わり、後は各寮に移ってそれぞれ楽しむこととなった。
フレッドとジョージはたくさんのお菓子を手に、ジニーを励ましながら寮に向かって行った。その後を所謂“イケてる女の子達”がついていく。あの二人はモテるらしい。
ショーンは金の皿にステーキを三枚重ねで乗せ、その隣にマッシュポテトを添えて持ち出した。ワインをボトルごと確保することも忘れない。
しかし、ゴドリックの剣は忘れそうになった。
手が塞がっていたので、仕方がなく脇に挟んだ。ヒンヤリしている。
寮で騒いでいると――ウィーズリー家の双子はパーティーを盛り上げる事に関して天才だった――扉が開かれた。
「ハリー!」
ソファーに座っていたジニーが大声を上げて立ち上がる。
その一瞬後で、顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに座った。
大広間の扉から書店で見かけたハリー・ポッターと、ジニーと同じ髪色――生まれた順で考えれば、ジニーの方がロンと同じと言うべきか――の冴えない少年が入って来た。
二人は栗色の髪の少女の方へ真っ直ぐ進み、三人でヒソヒソと話し始めた。
「我らのヒーローのご到着だ!」
「ご心配めされるな、ヒーローとは遅れて来るもの!」
「「さあ、我らがヒーロー、駅に残った男の子ロナルド・ウィーズリーに盛大な拍手を!」」
「ちょっと、ハリーが迷惑してるでしょ!」
笑いの対象にされてるロン。
反対にハリーは心配する声が多く上がっている。
もし次があれば、俺くらいは真っ先にロンを心配してやろうと決めた。
ダン爺「なんか変なやついるな。退学にするか」
獅子「誰が」
穴熊「誰を」
蛇「退学にするって?」
鷲「私のセリフは!?」
ここまで読んで下さってありがとうございます。
話の進みが遅くてすみません……
どうしても日常風景を描きたくなっちゃうんですよね。
それから、沢山の評価、感想、お気に入り登録ありがとうございます。
後、誤字報告!
結構見直してるつもりなんですけど、結構見落としてましたね……
お詫びとして、ドビーの両腕をアイロンで焼いておきました。