ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第12話 第1回秘密の部屋焼肉大会

 

 

 

 ――――――最高級焼肉!

 

 

 

 それは最早“食”を超えて“魔”!

 その歴史は紀元前、エジプト第二王朝にまで遡るとされる!

 長い歴史の中で出た犠牲者は数知れず!

 人々はいつしかその行いを禁忌とした!

 

 しかし!

 今! ここに!

 最高級焼肉に挑む勇者達がいた!

 紹介しよう!

 新たに歴史に名を残す彼らの名をッッッ!

 

 先ずはゴドリック・グリフィンドール!

 抱いた女は数知れず。

 語り継がれる英雄譚もまた星の数!

 剣技においては並ぶ物なしッ!

 彼以上に肉を切るに相応しい男は地球上のどこを探してもいないだろう!

 

 そして彼のライバルサラザール・スリザリン!

 卑怯、狡猾の代名詞。

 しかしてその正体は世にも恐ろしき大蛇!

 獰猛な肉食獣の本能が今目覚める!

 

 続いて紅一点ヘルガ・ハッフルパフ!

 母性溢れる彼女は料理上手としても名を残している。

 ホグワーツにあるメニューのほとんども彼女考案なのだとか!

 今日もその手腕が惜しげも無く発揮されるだろう!

 

 そしてショーン・ハーツ!

 他のメンバーには劣るが、彼には素晴らしい機転がある。

 今日も爆発なるか!

 期待が高まります!

 

 (胸が)なァァァァァいッ説明不要!!

 73cm! AA!!!

 ロウェナ・レイブンクローも来てくれたぞ!

 

「『第1回 秘密の部屋焼肉大会』!!!」

「わーい! やっきにく! やっきにく!」

「ロウェナうるさい。顔面焼くぞ」

「そこまでですか!? 私の罪はそこまでですか!」

「はあ、分かったよ。言いすぎた」

「分かればいいんですよ、分かれば。いやあやっぱりショーンは物分りがいい子です」

「とりあえず今日は帰ってくれ、もうそれでいいから」

「やっぱりよくないです! ハブられてるじゃないですか、私。焼肉の匂いをまとったみんなの帰りを、愛想よく迎えられる自信はないですからね」

 

 いつものようにロウェナがひとりでギャースカ騒いでいる。

 全員呆れ顔だ。

 

 ことの始まりは数日前。

 ゴドリックの「がんばったし焼肉食べたくね?」という言葉に端を発した。

 その言葉はまるで麻薬のように四人の心をくすぐったのである。

 しかし昨日の今日で直ぐ、というわけにはいかない。事は非常に念入りな準備を要する。加えて、ショーンの筋肉痛のこともあった。

 

 療養中のショーンは伝を辿り最高級の肉を取り付けた。

 物が届くのは早くて二週間後。

 ――二週間。

 短いようで長い。

 待っている間に、五人はすっかり焼肉の舌になっていた。

 

 ショーンがチャーリーに頼んで用意した肉は最早食材の域を超えて“極み”の一言。獰猛で有名なウクライナ・アイアンベリー種でさえ一口食べればチワワになるとまで言われた逸品である。

 この業物をホグワーツ史上最高の料理人のヘルガが完成させる。

 使用する木炭はもちろん最高のものであり、鉄板やトングに至ってはグリフィンドールが造らせた小鬼の銀製である。

 肝心の火付けはサラザールが行った。本人曰く、水さえも焼き尽くす呪いの炎であり、何があろうと期待通りに肉は焼けるとのことだ。

 これ以上の焼肉はそうはないだろう、と全員が自負できる晩餐が出来上がった。

 

 場所だけは秘密の部屋ということもあってサラザールの顔面だが、そこはご愛嬌である。

 ちなみにロウェナだけ何もしてない。

 彼女は日常生活においてあまりにも役立たずであった。そしてあまりにも胸が平らだった。

 

「それでは、焼きますよ」

 

 ヘルガが鉄板の上に肉をのせる。

 肉が焼ける音が秘密の部屋に響いた。

 食欲を増加させる音だが、しかし“達人”である五人は本能をむき出しにするような真似はしない。

 勘違いしてもらいたくないのだが、彼らは本能を消したのではない。自分の食欲にそっと蓋をしたのだ。

 来たる決戦の時に備えて……。

 

 この焼肉大会、ちょっとしたルールがある。

 『焼くのは一度に4枚』。

 繰り返すが、焼くのは4枚。

 対して参加人数は5人……。

 つまり少なくとも誰かが肉にありつけないのだ。

 平和的に5枚焼くという発想はない。

 

 1 90秒が経過するまで肉に手をつけてはならない。

 2 皿に入った肉に手をつけるのは禁止。

 3 肉と鍋に直接魔法をかけてはならない。

 4 殺しはNG。

 

 ルールはこの4つ。

 90秒。

 それはヘルガが断じた、肉が最高のコンディションに到達するまでの時間。

 同時に五人が、獣に変わる瞬間でもある。

 

 重要になってくる点はひとつ。

 それは“いかに他人と被らないか”。

 ヘルガは読心術、ゴドリックはセンス、ロウェナは魔法、サラザールは読みによって被りを回避してくるだろう。同時に三人も四人も鍔迫り合い(つばぜりあい)になる、ということは考え難い。

 しかしこの状況――誰か二人が被ることは必然!

 そして被ったが最後、他の肉はそれぞれ取られてしまい、一対一の鍔迫り合いに勝たなければ肉にはありつけない!

 敗者はただフォークを咥えて眺めるのみ!

 あまりにも過酷なルール! しかしこれこそが焼肉! これでこそ焼肉!

 平和に五枚焼くという発想はない!

 

 ――カチ、カチ。

 

 時計の針が進む。

 そして秒針が運命の時間を指し示した時、雷鳴が轟いた。否、ゴドリックが動いたのだ。風を、あるいは空間そのものを切り裂くようなフォーク捌き! 小鬼の銀製で出来た鉄板でなければ耐えきれずに壊れていただろう。

 

 次に動いたのはヘルガ・ハッフルパフであった。

 心を読める彼女は圧倒的に有利だ。全員の狙いの肉を事前に察知出来る。

 

 遅れてサラザールとショーンが動き出す。

 しかしその時には既にゴドリックのフォークが肉に到達――しなかった。

 カン! 虚しい金属音だけが響く。

 鉄板の上には一切れの肉も残されてはいなかった。

 

「私が『時』を止めました。90秒になった時点で……そこから全ての肉を拾いました」

 

 な、何ィーーー!?

 三人が驚愕した顔でロウェナを見る。

 唯一サラザールだけは「そうだった……」と顔を伏せている。

 

 ロウェナが使う最強の魔法ひとつ『時の操作』。

 加速、遅延、停止――逆行以外ならロウェナは好きに時間を操作することが出来る。

 正に究極の魔法。

 ダンブルドアもヴォルデモートも辿り着けない境地。

 これがある限り、焼肉において彼女は無敵だ。

 

「貴様……ロウェナ! それは反則だろう!」

「何処がですか? 私は何のルールも破ってませんよ」

「グッ――!」

「ふっふーん」

 

 確かにロウェナはルールの中で戦っている。

 世界全土の『時』を止めたことは、無理矢理に言えば肉と鍋に魔法をかけたことになるかもしれないが、そもそもロウェナはその気になれば人だけを限定して『時』を止められる。

 議論は無意味。

 サラザールの負けである。

 

「ところで、ショーン。お腹は空きましたか?」

「ああ」

「えへへっ。それじゃあお裾分けです! 私は小食な方ですから。はい、どうぞ」

 

 四枚中三枚をショーンの皿に取り分ける。

 

「ロウェナ」

「はい」

「俺が魔法省大臣になったら、先ずお前に感謝状を贈ることから始めるよ」

「やだなあ、そんな! このくらいの事だったら、私はいつだってしてあげますよ。ええ、なんだってしてあげますとも! へいへいへーい! ばっちこーい!」

 

 ロウェナを薄い胸をふんすと張った。

 

「それじゃあ食べましょうか。いただきまーす!」

「いただきます」

「おおっ!? これは……美味しいです! やっぱりお肉がいいと違いますね!」

「余すところなくジューシーだよな。例えるなら南国のデカイ虫くらい汁気がある」

「その例えは確実に要らないと思いますけど……まあでも、ショーンと一緒に美味しい焼肉を食べる! これ以上の幸せはないですね」

 

 ふふん!

 ショーンと談笑しながら、渾身のドヤ顔をロウェナはした。

 

「(このクソアマがァ!)」

 

 サラザール、ブチギレる。

 思えばおかしい所はいくつも有った。

 運動神経が目の前で焼かれている肉よりもないロウェナがどうしてこの焼肉を受けたのか。

 席順にしても――これはいつものことかもしれないが――ショーンの隣に年甲斐もなく固執していた。

 もっと早くに気がつくべきだった。

 全てはこのため、己の必勝を確信してのことだったのだ!

 

「どうしたんですかサラザールちゃん、そんなに悔しそうな顔をして。楽しくお肉でも食べてリフレッシュをすれば……ああっと! これはうっかりしてました! あなたはお肉を取れなかったんでした! これはロウェナちゃんうっかりー! まあ私も鬼ではないですしぃ、あなたがこうべを垂れてお願いすれば私も考えなくはないですよ」

「アバダ・ケダブラァ!」

「危なっ!? ちょっとお! 普通に死の呪文撃たないで下さいよ!」

 

 必ず殺す。

 それも死の呪文による一瞬の死ではなく、もっと苦しい死をプレゼントして差し上げよう。

 サラザールは深く決心した。

 

「(……しかし、だ。こいつはアホの塊のような性格をしているが、魔法に関しては本物の天才だ)」

 

 実を言えばサラザールもほんの少しだけなら『時』を止められる。遥か昔にロウェナから教わったからだ。

 しかしそれは1秒か2秒か、本当に短い時間だけだ。

 対してロウェナは、サラザールの記憶が確かならば、全盛期ではひと月くらいは『時』を止めていた。今は衰え杖もないが、一日中止めているくらいはわけないだろう。

 

「(チャンスは一瞬……その間に仕留めなければならんな)」

 

 そしてまた90秒が経過する。

 秒針は91秒目を刻むことなく――その動きを止めた。

 止まった『時』の中をロウェナだけが悠々と動き出す。

 

「これでまた私の勝ちですね! 次はお肉を渡すことを条件にショーンに「あ〜ん」を……いやいや、それだとケチな女だと思われてしまうかもしれません! 私のおおらかで包容力のあるイメージが崩れてしまいます。でも、むむむ……「あ〜ん」の魅力は絶大です」

 

 バカなひとり言を言っているが、まだ動かない。

 一瞬の隙を突かなければロウェナの持つまた別の最強魔法『空間魔法』で飛ばされるのがオチだ。

 

「(ここだ!)」

 

 期、熟す。

 サラザールは眼をバジリスクの魔眼へと変えた。

 

「へっ?」

 

 バジリスクの魔眼は見た者を即死させる効果を持つ。

 目が合ったロウェナは当然、その命を散らす事になる。

 パキン! ガラスが割れた様な音がした後、秒針が91秒目に向かって進み出した。

 

「ずりゃあ! よっしゃ勝ったァ!」

「はい隙あり」

「わたくしもー」

「悪いなサラザール、この肉は三人用なんだ」

「んな馬鹿なぁ!!!」

 

 勝利の雄叫びをあげるサラザールを尻目に、ほかの三人は悠々と肉を取った。

 ライバルのゴドリックに至っては二枚もだ。

 

「貴様らぁ! この畜生ども! 私がロウェナのアホを仕留めたというのに!」

「サラザール……これは『焼肉』だ。慈悲はない。隙を見せたお前が悪いんだぜ」

「ぐっ!」

 

 確かに、ショーンの言う通りであった。

 ルールにさえ従えば焼肉は何をしてもいい。魔法界では常識である。

 今のはサラザールの負けだ。

 

「くぅー! うまい! 肉が上手い! ははは、これだけでも幽霊になった甲斐があったってもんだよ」

「肉汁が滴りながらもくどくない後味……本当によいお肉ですね。ショーンのご友人の方に感謝を」

「いい肉にいいビール! これでこそホグワーツだ!」

 

 目の前で美味しそうに焼肉を食べる三人をサラザールは網膜に焼き付けた。

 三人への憎しみを忘れないために、そして肉が美味しそうだったからつい!

 

「(次こそ……次こそは! 私が勝つ! 肉、肉、肉ぅ!)」

 

 回るっ!

 サラザールの中で、人知れず! 回る肉への要求! 肉のコーヒーカップ、大回転中っっっ!!!

 

 と、その時。

 ピシ、ピシピシという硬い殻が割れるような音がした。

 

「――ぷはぁ!」

 

 ロウェナが石化を解いて息を吹き返した。

 

「サラザール! この、おたんこなす! 本当に死ぬ所でしたよ、ええ! 幽霊なのに死ぬところです! スリザリンの秘密の部屋にレイブンクローの墓が立つところでしたよ、笑えない! 咄嗟に防御膜を張ったからいいものを。マジで!」

「(笑)」

「笑えないって言ってるでしょ!」

「――はっ、生きていたか。運のいい奴め」

「サラザール、殺しはルール違反だぞ」

「おっと、そうだったな。これは失敬した」

「ちょっと、ちょっと。そこそこ、私の命を軽く見過ぎです。ルールなかったら死んでたんですか、私」

「まあ、焼肉だからな」

「焼肉なら仕方ないよね」

「ロウェナ、これは焼肉ですよ」

「ふん、焼肉だ」

「ぐっ! それを言われると反論のしようがありません!」

 

 そう、これは焼肉なのだ。

 もう一度言っておこう――焼肉なのだ!

 創設者でさえ死にかねないのである!

 

 そしてまた、時、来たる。

 

 ロウェナは『時』を止められない。

 五分五分の条件で戦えば、勝つのはサラザールだ。故に、迂闊に『時』は止められない。

 しかしサラザールもまた自分から『時』を止められない。数秒の間にロウェナを仕留められなかった場合、再び総取りされてしまうからだ。

 よって二人は膠着状態。

 となれば、やはり最初に動くのはこの男!

 

「もらった!」

 

 神速――をもはや超えたフォークの動きは、分霊箱でさえ破壊する必殺の威力をもって肉に襲いかかった。

 この一撃を止められる者はおらず、ゴドリックがまず一枚確保した。

 

 次に動いたのはショーンとヘルガ。全くの同時であった。

 二人は同じ肉に行きそうになったが、ヘルガが『開心術』を使ってこれを回避。ショーンもまたヘルガを信頼し、途中で狙いを変える様な真似はしない。

 危なげなく、二人も肉を確保した。

 

 となれば必然、残りは一枚。

 

 ここでやっと睨み合っていたサラザールが動き出す。

 腕の一部をバジリスク本来の筋肉に変えたサラザールの動きは、ゴドリック程とは言わずとも十分な速さがある。

 出遅れたとはいえ、十分にチャンスはあるだろう。

 

 最後に、ロウェナ。

 針が90秒を指してから1秒以上経過してから動き出すという、焼肉においては信じられない行為。

 愚行――否! 異常事態!!

 しかし反射神経がバジリスクの眼を見て石化したミセス・ノリスよりもないロウェナでは仕方のないことだ。

 

「――ッ!?」

 

 サラザールのフォークが肉を掴む寸前、曲がった。

 無論、サラザールのフォークもまた小鬼の銀製である。本来であれば歪む様なことはない。

 つまり、これは……。

 

「(この女、『空間』そのものを歪めやがったな!)」

 

 まっすぐ動いていたはずのサラザールのフォークは腕ごとあらぬ方向に進んで行った。

 

「いったあああああ!」

 

 グサッ!

 完全に油断して肉を楽しんでいたゴドリックの手にフォークが刺さった。

 

「クソ!」

 

 慌てて引き抜こうとするが、ゴドリックの筋肉のせいで中々抜けない。

 その間に……。

 

「はっはー! 私の勝ちですね、サラザール」

「チクショウめええええええ!」

「手が、手があああああああ!」

 

 余裕を持ってロウェナが肉を奪還。

 サラザールはまたも肉にありつけなかった。

 

「クソッ!」

 

 ゴドリックの手からフォークを引き抜きながら、吠える。

 サラザールのプライドはズタボロだった。

 自負があったのだ。

 純血として、焼肉では誰にも負けないという自負があった。それを粉々にされたのだ。彼の心中は推し量れるものではない。

 しかし、腐らない。

 後悔はする、反省もする。だがそれらはすべて、次に活かすため。肉への要求を満たすため!

 

 止まらない! 否、フル稼働! 肉への要求ジェット・コースター、フル稼働中っっっ!!!

 

「傷を治しますよ、ゴドリック」

「ああ、ヘルガ。頼むよ」

 

 傷を受けたのはいつぶりか。

 “最強”を自負するゴドリックは幾多の戦場を超えて無敗であった。それどころか傷を受けたことさえ両手で数えるほどしかない。

 そんな彼がこれほどの深傷を負った……。

 しかし、後悔はない。

 肉を得たのだ。これくらいの代償は安いものである。当然の出費、必要経費!

 

 ――カチ、カチ。カチ!

 

 時計が90秒を指す!

 やはり初手はゴドリック!

 だが、その進む先の『空間』は歪んでいる。まっすぐ肉にたどり着くことは不可能……に見えた。

 

「馬鹿な!? 何故! 何をしたのですかゴドリック!」

「出血した僕の血に生命を吹き込んだ。空気中にたゆたう彼らが正しい道筋を教えてくれる」

「ぐっ!」

 

 ロウェナが歪めた『空間』をかいくぐり、ゴドリックのフォークが突き進む。

 慌てて追いかけるロウェナ。

 サラザールも三番手で参戦したが、曲がった『空間』を攻略する術はまだなく、旗色は悪い。

 これは決まっただろう。

 

 ――はたして、ゴドリックのフォークは空を切った。

 

「なーんちゃって」

「ロウェナ!」

 

 焼肉用の鉄板よりも薄い胸を張ったロウェナが、クソムカつくドヤ顔していた。

 

「勝ったと思いましたかゴドリック。ふふん、だとしたら随分な思い上がりだと言っておきましょう。これは焼肉、さっき使った手が二度も通用する程ぬるい戦いでないことは百も承知ですよ。次の一手を打って置くのが賢い者のすることというもの。さあご覧なさい! たった今編み終わった私の魔法を!」

「これは――『因果律の操作』!」

「ご明察!」

 

 ロウェナの三つ目の魔法『因果律の操作』。

 これもまたやはり、彼女の持つ最強のひとつである。効果は平たく言えば「確率の支配」。

 よって「全ての肉がロウェナの元に行く」という結末にこの焼肉は固定された。

 

「ふっ。いるんですよね、焼肉やBBQになった途端はしゃぎ出すやつって。そういう時、私達のような学者はいつもつまはじきです。ですが! 本気を出せば最後に勝つの私達なのですよ。いや、私達というか、私が優秀すぎるだけでしたねー! ロウェナちゃん大勝利ー! 天才ー! はい胸もおっきぃー! かわいいー! むしろ美人っ! いやいやどうも、そんなに褒められると照れちゃいますねー! えへへ。あっ、もちろんショーンには分けてあげますよ。私は懐も大きいので!」

 

 完全に調子に乗っていた。

 調子に乗りすぎて小躍りする勢いだ。というか実際踊っていた。運動神経が『因果律の操作』でも改善できないくらい悪いのでへなちょこアッパラパーダンスだったが。

 勝ちを確信した彼女は、勝利の美酒という名の肉を頬張る……。

 

 ――ガリ。

 

「ぐぴゃあ! おえぇ! な、なな、なんですかこれ!」

「調子に乗りすぎですよロウェナ」

「へ、ヘルガ!?」

「『開心術』で肉と激辛唐辛子を錯覚させました」

「そ、それってつまり……」

「ええ。あなたは自分の『因果律の操作』によって激辛唐辛子を全て食べる運命に固定しました。頑張って下さいね」

「う、うそ! うそうそうそ! 天才万能才色兼備ショーンに愛され度10年連続ナンバー・ワンの私がそんな三流罰ゲームを受けるだなんて、うそです! うそだと言ってください!」

「嘘ではありせん。それとお気をつけを。そろそろ辛さが効いてくる頃ですよ」

「やだ、やだやだやだやだ! ロウェナそんなのやだあ! 助けて下さい私のショー――ぴゃああああああ! か、からいいいいいいいィ! 辛いというかもう、いひゃい! 舌がいひゃいよぉ! みず! お水! みず飲むぅ!」

「あ、そうそう。お水とビネガーの認識も変えておきましたわ」

「酸っぱいいいいいい! まさかの二段構えええええええ!」

 

 ロウェナ、散る。

 舌がオーバーヒートを起こして倒れた。

 白目を剥いてピクピク痙攣してる。

 

「このクソアマがぁ! さっきはよくもやってくれたなあオラァ!」

「何が叡智だよ! 貧相な身体付きしやがって! 抱く価値もないね!」

 

 サラザールとゴドリックが死体蹴りしている。

 あまりにも醜い戦いであった。

 

「さて、今回はわたくしの独り勝ちのようですわね」

 

 勝利に向かって勝利のフォークを歩みだす。

 しかし、何故かヘルガは寸前で止めた。

 

「……ロウェナではありませんが、ショーンには分けて差し上げましょうか。決して、いいですか、決して贔屓するわけではありませんよ。ただその……子供が、そう! 子供がお腹を空かせているのを見過ごせないだけなので、邪推しないようお願いします」

「その必要はないぜ」

「……え?」

「聞こえなかったか? 肉は自分でとると言ったんだ。助けは必要ないぜ」

 

 何を言っているのだろうか。

 ヘルガは全員の認識を変え、本物の肉を隠した。

 これを看破できる者はいない。

 心を読んでみても、それは確かだ。

 

「ここまで全て読み通りだ」

「まさか!?」

「ああ、たった今思い出したぜ!」

 

 ショーンが袖をめくる。

 腕には文字が、ショーンの作戦が書いてあった。

 

「どんな作戦を立てようとヘルガには読まれちまう。しかしだ、忘れてたものは読みようがない。セブルスの棚から忘却薬をちっとばかし失敬しておいたのさ」

 

 ショーンがフォークを構える。

 

「そして! 過去の俺の読みでは、本当の肉の場所はここだ!」

 

 ショーンのフォークが空を切る。

 例え肉を掴んでいたとしても、ヘルガの魔法によって見えないし臭いも感じられない。

 しかしフォークの先に肉が刺さっている確信がショーンにはあった。

 

「お前ら相手じゃ真っ向からやっても負ける。だけどな、ヘルガ。お前には物理的な力がない。お前になら張り合える。だから勝負に出るならここだと思ったのさ。ヘルガが他の奴らを倒したここだとな」

「なるほど。ふふ、ショーン、完敗ですよ。いつのまにこんなに成長していたのやら。子供の成長とは速いものですね」

「俺がここまで成長出来たのはヘルガのおかげさ」

 

 お互いに笑いあう。

 焼肉にふさわしくない、互いの健闘を讃えた笑みであった。

 

「いただきます」

「待った」

「!?」

 

 ショーンの腕をゴドリックが掴んだ。

 万力の様な力だ。

 

「ルールによれば『皿の上に乗った肉に手をつけるのは禁止』だったね……君はまだ肉を皿に乗せてはいない!」

「くっ――!」

 

 油断した。

 これは焼肉。

 口の中に入れる最後の瞬間まで何が起きるのか分からないというのに!

 

「いいやゴドリック、勝つのは私だ!」

 

 サラザールまで加わってきた。

 流石にこの二人相手に戦うのは分が悪い。

 ここは引くべきか?

 

「いいえ、引いてはなりません! あなたは成長したのでしょう。それならば、最後までわたくしに証明してみせなさい! あなたの成長を見届けるまでは、拙いながらわたくしが援護します!」

「ヘルガ!」

 

 ヘルガの魔法でショーンの身体能力が大幅に強化された。

 これなら……いける!

 この二人相手でも戦える!

 否、勝つ!

 

「来いショーン!」

「受けて立つ!」

「ああ、行くぜ!」

 

 三人の焼肉が、今始まる!

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「勝った! 勝ったのはこの私だ! ショーンでもゴドリックでもなく! 勝者はこのサラザール・スリザリン!」

 

 最後まで立っていたのはサラザールだった。

 激闘だった。

 これまでの戦い全てが児戯にさえ思えるほどの。

 

 勝敗を分けたのは執念の差だ。

 まだ一度も肉を口にしていないサラザールと、

 既に食べていた二人。

 必然、わずかな執念の差が生まれる。

 それはほんとうに小さな、意識しなければ気がつかない程の差だろうが……その差が最後の最後で明暗を分けた。

 

「はあ、はあ……どこだ? 私の肉はどこだあ!?」

 

 今にも崩れそうになる身体をなんとか支えながらテーブルまで這いずる。

 そこには夢にまでみた肉があった。

 

「ふ、ふふふ――ふはははははははっ! 全て私の肉だ!」

「それはどうでしょうか」

「なに? ――ウッ! き、きさま……」

 

 首筋への鋭い一閃は、既に死に体だったサラザールの意識をいとも容易く落とした。

 最後に立っていたのはヘルガ・ハッフルパフである。

 

「争いはなにも生まない。同士討ちさせるのがベター、ということです」

 

 第一回秘密の部屋焼肉大会、これにて閉幕ッッッ!







ショーンが自分でやりたがる性格だから大丈夫なだけで、甘えん坊だったらロウェナがうっかり世界の法則を乱してたかもしれない。

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