高級箒磨きセットで三ヶ月手入れすることを条件に、ショーンはなんとかショーナルドを手懐けた。
現金なやつである。
まったく誰に似たんだか。
「それじゃあ行こう、ショーン! すぐにフォーメーションと作戦の確認をしないと」
「ああ、分かった。その前にちょっと仕込みをしたい……ハーマイオニー、耳を貸してくれ」
耳元で作戦を伝える。
真剣に聞くハーマイオニーの顔を見るとなんだかこう……ムラムラっときて耳を舐めたら、顔を思いっきり引っ叩かれた。
頬に真っ赤なモミジマークを付けたショーンを見て、ハリーが不思議そうに尋ねてきた。
「なにをいったの?」
「まあなんだ、サンドウィッチで言う所のレタス。要は彩だよ。それよりほら、いくぞ」
ピッチの方に降り立つ。
直ぐに選手達が寄ってきたが、どいつも顔色が良くない。
「吸魂鬼でも現れたのか?」
「現れたのはチョウ・チャンよ。もっとも、結果はあんまり変わらないわね。むしろ点数を取る分チョウの方が厄介よ」
「言えてる。チョウの方が吸魂鬼より飛ぶのも早いしな」
ショーンとまともに会話出来たのはジニーだけだった。
全員だいぶ参ってる様だ。
しかしその気持ちも分からないでもない。
優勝候補筆頭と持て囃されていたグリフィンドール・チームは、肩にのしかかる重圧も凄いのだろう。少なくとも変身学のテストでショーンが高得点を取ることより期待されているのは確かだ。
「デメルザ、悪いけど交代だ。代わりにショーンに入ってもらう」
ハリーの言葉にデメルザは素直に頷いた。
クィディッチは何処までも実力が物を言う世界だ。
活躍出来ない選手に発言権はない。
裏を返せばもしショーンが無様を晒せば、直ぐにでも下げられるだろう。
「ショーン、早速だけど何か作戦はある?」
額を合わせて作戦会議をする。
ハリーの問いにショーンは首を縦に振った。
その仕草に、選手達は心なしかほっとした様な顔をした。
「ワンプレイ目、俺にクアッフルを持たせて欲しい。ホイッスルが鳴った瞬間二人はゴールの方に突っ走ってくれ。俺がパスを出すから、ゴールにクアッフルを叩き込め」
「チョウはどうするの?」
「俺が抜く」
こともなげにショーンが言った。
デメルザはギョッとしたが、他の選手はしっかりと頷いた。
ここにいるメンツは知っている、こいつは“やる”と言ったら“やる”男だということを。
しかも今日はこれまでにないくらいやる気だ。
「点が決まったら俺の方に集まってくれ。意味はその時になったら分かる」
ショーンはピッチの向こう側を見た。
そこにはチョウ・チャンが立っている。
普段は頼りにしているチョウが敵として、そこにいるのだ。
視線がぶつかり合う。
チョウもまたこちらを見ていた。
ロウェナとは目を合わせるだけで意思疎通出来るショーンだが、チョウとはそういったことは出来ない。それでも今日だけはお互い何を言いたいか分かった。
「行くぞ!」
ハリーの怒号を合図に一斉に飛び立つ。
ジニーとケイティが両側に目一杯距離を取ったのを横目で見ながら、ショーンは中央でチョウと対峙した。
「あちゃーって感じだよ。お姉さんの読みでは、君はハーマイオニーちゃんのことを気にして出てこないと思ったのにな」
「残念ながら出ちまったんだな、これが」
「うん、本当に残念だ。でも関係ないよ。君が出てきたとしても――私が勝つから」
「どうかな。今日の俺は結構やる気だぜ?」
「あーあ。本気になったショーン君かあ……怖いね。君がグリフィンドール・チームに入ったらどうしようって、オールスター戦の時からそう思ってたよ」
「随分素直に褒めるな」
「うん。だって最初に言ったじゃない」
「……?」
「忘れてるようだからもう一度言わせてもらうよ。
――誰が相手でも関係ない。
私が、勝つ!」
箒を握るチョウの力が強くなった。
ホイッスルと同時に最高速度で突っ込んでくる構えだ。
しかしショーンも負けてはいない。
クアッフルを懐に抱え込んで身体を前傾に倒した。
受けて立つ、ということだろう。
――そして運命のホイッスルが鳴る。
全ての選手が高速で動き出す。
グリフィンドールもレイブンクローも敵のゴールに向かって全速力だ。
お互い信じているのだろう。
自分達の司令塔が勝つ、ということを。
ピンチ・ヒッターとして投入されたショーン……その最初のプレイ。しかもこの土壇場。
注目が集まることは必至だった。
緊迫する空気の中、ショーンが最初に選んだプレイは、
「ほいっと」
「へ?」
パスだった。
行き先はチョウだ。しかも何をトチ狂ったのか、受け渡す様なかる〜いパス。
当然チョウはクアッフルをキャッチしようとした――が、ツルっと手からこぼれ落ちてしまう。
集中してる状態でキャッチミスなんかするわけない! これは――!
「ポップコーンの粉だよ」
溢れたクアッフルをショーンが拾い、猛スピードで駆け上がっていった。
今から追いかけても間に合わない!
他の子に追わせるのもダメ、どうせ止められない!
ショーン君が次に取る行動……最も信頼する相手、ジニーちゃんへのパス! これを潰す!
「ビーター!」
高速で思考を巡らせたチョウは導き出した答えを直ぐに伝えた。
読み通りショーンからジニーへとパスが出る。しかし同時にブラッジャーもジニー目掛けて突進していた。
ドンピシャリ。
完璧なタイミング。
ブラッジャーを避けながらクアッフルをキャッチすることは出来ないはず――
「無駄ァ!」
「うっそお」
――ジニーが素手でブラッジャーをぶっ叩いた。
吹き飛んだブラッジャーは地面に突っ込んで、暴れ柳の根っこの様に土の中に埋まってしまった。
これでもうジニーを止められそうなのはキーパーしかいない。
キーパーは決意に満ちた顔でジニーの前に立ち塞がった。
「僕が相手だ! さあ来い!」
「無駄無駄無駄ァ!」
「ぼけぎゃらくじょわお!!!」
今までチョウに抑え込まれていたストレスを全て込めた様な豪速球。
風を切る音を鳴らしながら飛んだそれは、相手のキーパーごとゴール・リングの中に叩き込まれた。
声にならない悲鳴を上げて吹き飛んだキーパーの安否がただただ心配になる威力である。
「おーーーっとショーン選手! 出場していきなりチョウ選手を抜き去り、絶妙なアシストをしました! ジニー選手も力強いプレーでこれに応える! まさにこの二人ならではというプレイです!」
実況が吠えた瞬間、観客席からも爆発的な声が上がった。
やっぱりあの二人には花がある。
早めに挽回しないと厄介なことになりそうね……とチョウが思ったそのとき、ショーンの次の一手が上がった。
――花火だ。
紅い花火がそこかしこから打ち上がっている。
これは、不味い!
「チョウ!」
ショーンが目の前に飛んで来た。
「これでお前の『魔法』は潰させてもらったぜ」
「……なんのことかな?」
「とぼけんなよ。あれだけ見させられればアホでも気づくぜ」
ショーンの後ろでは獅子の形をした花火が空に向かって吠えていた。
「最初の違和感はワンプレイ目のパスだ。咄嗟の判断だった割にパスの受け手のポジショニングが良すぎた。その時は相当作戦を練ってる程度にしか思わなかったが……確信を得たのはビーターだ」
「ビーター?」
「ああ。あのビーター、精確さもパワーもポジショニングもいい。そんな奴がなんで無名だったんだ? ってのが違和感だ。
そこでこう思った。マグル生まれでベースボールをやってたやつをスカウトして来たんじゃないか、ってね。
しかしそうなると、また新しい疑問点が生まれてくる。マグル生まれでクィディッチに親しくないはずなのにポジショニングが上手すぎるんだよ」
「ハリー君みたいに天才なのかもよ?」
「ハリーレベルがそうホイホイいてたまるかよ。答えはあんただチョウ」
ショーンは自分の耳をトントンと二回叩いた。
「聴覚強化の呪文を選手に掛けて指示を出してたんだろ?
だからあんなに統率が取れてたんだ。
選手全員の動きを把握した上で的確な指示を出すっつー離れ技……他の奴なら「そんなこと出来るわけがない」って否定するだろうが、俺はチョウの優秀さをよく知ってる。あるいはチョウならやるかもしれない……って思ったのさ。
さっきまであんなにこっちの作戦を見透かしてたのに、俺の作戦を読めなかったのが証拠だ」
ハーマイオニーへの花火の指示もかなり声を潜め、チョウを抜く方法もチームメイトに語らなかった。
あの時はなんとも思わなかったが……気がつくべきだった。
ショーンがこちらの魔法を見破っていることに!
「さて、凱旋だ」
グリフィンドールのチームメイトがショーンの元に集まってくる。
彼らはショーンを先頭に隊列を組んで花火の中を飛び回った。クィディッチ・ワールドカップを彷彿とさせる最高のパフォーマンス。今や観客席から湧き出る歓声は鼓膜を刺激するに留まらず、全身を震えさせてくる。
花火の音、そして観客の声。
音が大き過ぎて聴覚強化の魔法は使えそうもない。
「観客までもを使ったトリック・プレー……やってくれるわね」
優勝までの道のりは楽じゃないね、チョウは獲物を狙う猛禽類の様な顔でショーンを睨んだ。
◇◇◇◇◇
“パーフェクト・オールラウンダー”チョウ・チャン。
優勝候補筆頭だったグリフィンドールを一人で圧倒した彼女相手に、ショーンはここから五〇点巻き返さなければならない。
それには点を取ることも大事だが、同じくらい、いやそれ以上に“点を取られないこと”も重要になってくる。
その為にはまずは一本、チョウの攻撃を止めなければならない。
「……」
「………」
お互い睨み合う。
ショーンは姿勢を低くした固いディフェンスの構え。
対するチョウは緩く箒を握った、テクニックを活かしやす構えだ。
「(……左か!)」
チョウの視線がわずかに左に向いたことを察知し、左を締める。
しかしチョウは見事なクイック・ターンで切り替え右側からショーンを抜いた。
恐らくはプロと遜色ない程の箒捌きだ。
「ぶっ殺してやる!」
「――ぐっ!」
しかしそこにはいつのまにかジニーが待機していた。ショーンの陰に隠れていたのだろう。
どうりで簡単に抜かせてくれると思った!
なんてコンビネーション――!
咄嗟に避けようとするがもう遅い。
人外の握力が迫ってくる。
チョウは体を捻ってかわそうとしたがローブの端を掴まれ……まるで干すときのシーツのように体を振られた。
反転する視界に吹き飛びそうになる身体。
どうしてもクアッフルが溢れてしまう。
「(ジニーちゃんは私を攻撃するのに手一杯。ショーン君の距離は少し遠い! 私が取れる!)」
クアッフルに手を伸ばす。
計算ではチョウの方が一歩早いはずだった。
しかし、
「オラァ!」
チョウが掴む一瞬前にショーンが箒でクアッフルをぶっ叩く。
箒のリーチを生かした戦法……ショーンにはこれがある。しかもその精確さといったらない。
クアッフルは遥か後方まで飛び、ロンの手に収まった。
「固まれ!」
ショーンの合図でチェイサー達が全員集まってくる。
ロンを含めた四人でまるで団子のように固まった。
これは『蜂型シャッフル』と呼ばれる戦術だ。
誰がクアッフルを持っているのか分からなくさせた上で全員で攻めてくるのが特徴の、超攻撃的な戦法である。
個々の力が高いグリフィンドールだからこそ出来る技!
「(普通に考えればショーン君が持ってると思うけど……あの子のことだからあえて他の人にってこともあり得る。止められるのは二人だけ。どうする?)」
チョウは一人でも戦える。
しかし他の二人に一対一で止められる程の実力はない。だからこそ上手く連携して今までディフェンスしていたのだが……。
『蜂型シャッフル』相手には連携が取りづらい。
まったく! どうしてこう厄介なことばっかり考えつくんだか!
「二人がかりでジニーちゃんを止めて! 私はショーン君に着くから!」
チョウは消去法でマークする相手を決めた。
先ず、ショーンは絶対にフリーにしておけない。必然的にチョウがつくことになる。
後はケイティかジニーか……この二人ならジニーを止めたい。ケイティのシュートならキーパーが止められるかもしれないが、ジニー相手ではそうはいかないからだ。
「来るよ!」
三人が巣を突かれた蜂の様に分散した。
他の人には目移りしない。チョウはまっすぐ、ショーンだけを捉えていた。
やはり大本命はショーンだ。
「残念ハズレだ」
しかしショーンはクアッフルを持っていなかった。
それじゃあケイティかジニーちゃんか――!
レイブンクローの選手がジニーに殺到する。しかしジニーもまたクアッフルを持っていない。
ということは、ケイティだ。
さっきのプレイはジニーちゃんをフリーにさせちゃいけない、っていう意識付けをさせるため……か。
読み合いで完全に負けた。
後はキーパーに託すしかない。
「……え?」
ケイティが両手を挙げる。
そこにはクアッフルがなかった。
そんな馬鹿な……クアッフルはどこ? 思考を巡らせるチョウ。その時脳裏に電撃が走る。たったひとつの馬鹿げた、しかし決して無視出来ない可能性。
ショーン君の狙いはなに?
点を取ること?
こっちを翻弄すること?
――違う。
キーパーに自信を取り戻させること!
「ロン君よ!」
「もうおせえよ」
キーパーだったロンがいつの間にか上がっていた。
気がつかなくて当然だ。
『蜂型シャッフル』という特異な作戦、マークするので手一杯だった。そもそもキーパーが攻めて来ることなんて予想外――!
ケイティを警戒していたキーパーの横を山なりのシュートが通過する。
それはまるで、前半戦の繰り返しのよう。
美しい弧を描いたそのシュートはゴール・リングへと吸い込まれていった。
「やってくれるわね、まったく!」
ロンが精神面によって強く左右されるプレイヤーであることは周知の事実だ。だからこそチョウはあえて屈辱的なゴールを決めてきた。全てはロンの心を折るために。積み重ねて積み重ねて……ようやく形になったというのに、それが今のワンプレイでふいになってしまった。
時にゴールとは――たった一度決めただけで人生最高の記憶になる、とある有名なクィディッチ・プレイヤーは言った。
まったくもってその通りだ。今のロンの顔を見て欲しい、さっきまでの落ち込みようは何処へやら、そんなこと微塵も感じさせないいい顔をしている。
「はあ……」
「どうしたチョウ、浮かない顔をして」
「ううん。随分仕事させちゃったなって。聴覚保護魔法の無力化、ジニーちゃんの強烈なシュートのアピール、観客の引き込み、ロン君のメンタル復活、二〇点の加点……たったツープレイでやり過ぎじゃない?」
「うちのシーカーは優秀だからな。ボヤボヤしてると試合が終わっちまう」
「そうだね。ハリー君は優秀だ。泣きたくなるくらいだよ、本当にさ。
……ねえ、ひとつ提案があるんだけどいいかな?」
「ん?」
「今からでもレイブンクローに来ない?」
「バカ言え。俺は勉強は嫌いだ」
茶目っ気たっぷりに言ったチョウのジョークに笑って応える。
……そして二人が向かい合う。
審判のフーチ先生がクアッフルを拾い上げてチョウに渡した。心の中しかフーチ先生の顔が緊張している。いや、フーチ先生だけではない。会場全員の緊張が高まっている。
みんな理解しているのだろう。
……ここだ。
勝負の分かれ目は間違いなくここ、このワンプレイ。
さっきまでの様な奇策での撃ち合いでなければ、他人を気にしたプレイでもない。ただ純粋にショーンとチョウが真っ向から勝負する。それはつまり勝敗があり、お互いの“格”が決まるということ。
そのことをみんな分かっているのだ。
「負けないよ。ジニーちゃん風にいうと……絶対泣かす、かな」
「いいや、ジニー風に言うなら『惨たらしく絶命させてやる』だ」
「一体どんな会話してるのよ、普段」
次の瞬間、チョウが高速で動き出した。
さっきまでも十分疾かったが、それ以上に疾い!
今まで手加減を――違う! 限界を超えて動いてるんだ、今のチョウは!
「クソ!」
ならばショーンも限界を超えた動きをしなければならない。
チョウが左へ動けば左へ!
次は右――否、これはフェイント!
チョウの体が慣性の法則を感じさせないほど滑らかに動く。
読み通り……とはいえ、ターン・アンド・クイックの完成形とも呼ぶべき動きがそこにはあった。
これを止めるのは至難の技。
そこでショーンが取った選択はタックル。
テクニックでは敵わないと悟り、咄嗟にフィジカル勝負に持ち込んだショーンのセンスの光るプレイであった。
だがチョウのセンスもまた並ではない。
その場で急停止する事でタックルを避け、再び読み合いの場に引きずり込む。
フェイントの連発で体に負担がかかるが休んでいる暇はない。
高速で頭を動かして相手の次の一手を予測、そして自らのプランを組み立てる。
チョウが進めばショーンが止める。
ショーンが奪いかければチョウが守る。
フェイント、テクニック、フィジカル、そして読み合い。
ほんの僅かな時間の中で膨大なプレイが積み上がっては消えてゆく。
二人はまるで映し鏡だった。示し合わせて来たかの様に一進一退、お互い抜けも奪えもしない。
「こ、これは! プロの試合でも見られないような非常に高度なワン・オン・ワンです!
実況がまったく追いつきません!
解説のマグゴナガル先生! どう思いますか!」
「……」
「マグゴナガル先生?」
シェーマスが心配そうに声をかけた。
普段クィディッチのこととなるとハグリッドのいびきくらいうるさいマグゴナガル先生が、今日は不自然なくらい静かだった。
完全に見入っている。
シェーマスの大声でやっと、マグゴナガル先生は自分が誰で、今ここで何をしているのかを思い出したようだ。
ひとつ咳払いをした後にシェーマスの問いに答える。
「…………もし許されるのなら」
出て来たのは、クィディッチの試合を見ている最中のマクゴナガル先生とは思えないほど穏やかな声。
「シーカーが永遠にスニッチを取らなければいいのにと、そう思いますよ」
ガツン!
二人の箒がぶつかり合う。
ここで負けるわけにはいかねえ!
ショーンは体全身に力を込めた。
完全な鍔迫り合いの体制、しかしチョウの方はそうではなかった。
――ふっと体から力を抜き後ろに下がる。
力の行き先を失ったショーン。
マークが外れた一瞬の隙にチョウはパスを出した。
が、
「動きが単調になってるよ、チョウ!」
「ケイティ!」
ケイティにインターセプトされてしまう。
クアッフルをだき抱え、猛スピードで去っていくケイティ。
慌てて追いかけるがその差は縮まらない。
……いや、引き離されてさえいる。
二人の距離は五メートルほどしか離れていなかった。
もしかすると、実際にはもっと近いのかもしれない。
しかし……なんて遠い五メートル。
目の前にあるケイティの背中がチョウには永遠に追いつけない物の様に見えた。
今のワンプレイ。
ほとんどの人間は『クレーバー』だとチョウを褒めるかもしれない。
しかしチョウからしてみればあれは――逃げだ。
ショーンとの真っ向勝負から逃げた。
妥協はしないと、もう二度と諦めないと、そう誓ったのに逃げてしまった。
人知れず拳を握りしめる。
己の決意がまるで手のひらの中にあるかのように、その存在を確かめるように。
「(お願いセドリック……力を貸して)」
決意を胸に箒を漕ぎだす。
まだクアッフルはゴールを通過していない。
「ビーター! ジニーちゃんを足止めして!
他の二人はケイティを止めなくていいからパスコースを限定! キーパーを助けるの!」
チョウがひとりでマッチアップしていたことが功を奏した。
他の二人が浅い所にいたお陰でディフェンスに間に合ったのだ。
「リッチー! ジニーは放っておいていい!
それよりチョウをベッドとお友達にしてやれ!」
ショーンの指示でグリフィンドールのビーターが、チョウ目掛けてブラッジャーを吹き飛ばした。
間一髪それをかわす。
この程度では足止めにもならない。
「ああっ!? なんということでしょう! ケイティ選手、すんでの所でクアッフルを奪われてしまいました! 後一歩という所です! 惜しい!」
実況から信じられないことが聞こえてくる。
しかし実際眼前ではケイティがクアッフルを奪われていた。
「チョウさん! 僕たちだって二人掛かりなら!」
クアッフルを抱えた選手が大声で吠えた。
破顔。
嬉しい誤算だ。
彼が熱心に練習していたことは知っていたが、まさかここまで上手くなっているとは。
「それをこっちに寄越しなさいクソガキャ!
いいえ、やっぱり寄越す必要はないわ! 殺してその死体から奪い取った方が楽だものねえ!」
信じられないほど汚い言葉を吐きながらジニーが突撃して来た。
あいつだけやってる競技が違う。
「ひぃ!? ゴリ――ジニー・ウィーズリー!」
レイブンクローのチェイサーは恐怖に顔を引きつらせた。
しかしここでチョウの指示が活きてくる。
ビーターがジニーに向かってブラッジャーを撃ったのだ。
「シット! 小童がッ! 大人しくバカのひとつ覚えに本でも読んでればいいものを!」
ブラッジャーが直撃する。
箒から落とす事は出来なかったが、それでも足止めにはなった様だ。
「こっちよ! パスして!」
「はい!」
「させん!」
出されたパスをショーンが箒を伸ばして遮った。
この状況で間に合ったのは流石という他ないが……触るのが精一杯の様だ。
クアッフルはショーンの手元にはいかず、重力に従って落ちて行った。
「任せて!」
いつのまにか戻って来ていたケイティがクアッフルを追って猛スピードで進んで行った。
チョウもそれを追う。
この勝負――圧倒的にチョウが有利だ。
速度では僅かにケイティが優っているかもしれないが、それ以外は圧倒的にチョウが優っている。
加えてもしケイティが先にクアッフルを掴んだとしてもチョウなら奪い取れる可能性が高い。
「そこを退きなさい小娘共! 邪魔するなら紙切れみたいにちぎってくさいゴミ箱に捨てるわよ!」
が、そこにジニーが加わるなら話は別だ。
勢いに乗ったジニーの相手をするのはチョウといえど避けたい。ケイティと同時なら尚更だ。
ちなみに小娘呼ばわりしているが、ケイティとチョウの方が歳上である。そして邪魔者扱いしているケイティは同じチームである。
やはりジニーだけやってる競技が違う。
「何をしてるのですハーツ、ウィーズリー! いつものあなた達はどこへ姿くらまししたのですか!? 早くレイブンクローの選手達を二週間は授業に出れない身体にしておやりなさい!」
「ああっ、待って下さいマグゴナガル先生! 実況が、先生がそんなことを言っちゃダメですって! 待って、止まれ! ダンブルドア校長助けて!」
実況席からあり得ない言葉が聞こえて来た気がするが、きっと気の所為だろう。
「ここはジニーに譲ろうか」
言うが早いがケイティが身体を寄せてくる。
自分がクアッフルを取るのは諦めて、ジニーに取らせる腹。熟練者のケイティらしい燻し銀なプレイだ。
「私は譲れないかな!」
それをチョウは強引にかわす。
地面に向かって落ちるクアッフルを拾うためには急降下しなくてはならない。当然スピードを出し過ぎれば止まれず、地面に激突してしまう。
チョウはそのストッパーを外した。
最高速度で急降下する。
それでも寸前に止まる自信がある――わけではなかった。
ただひとつ、チョウにはアイディアがあっただけだ。
「クアッフルもらい!」
地面に着く寸前でクアッフルをキャッチする。
その瞬間チョウは急ブレーキをかけたが、速度が緩まっただけで止まれない。
しかしそれでもよかった。
チョウは箒から飛び降り、先に地面に着地。続いて落ちてくる箒を受け止めた。
地面から伝わってくる着地の衝撃と、落下して来た箒の重さ。二つの力がチョウにのしかかり、身体中の骨が嫌な音を立てた。
「(いっつぁ! 痛い痛いいたい! け、ど! まだ動ける!)」
直ぐに箒に飛び乗りゴールに向かって飛ぶ。
「いい度胸じゃないチョウ! あんたそんなに熱い女だったかしら。でもまあ、気に入ったわ! その意気や良し! 私の相手としてふさわしいわ!」
「あのね、私一応先輩なんだけど……」
「なによ今更、そんなこと知ってるわよ!」
クアッフル目掛けて飛んで来ていたジニーとかち合う。
ジニーのパワーはたしかに驚異的だが、言ってみればそれだけだ。かわすのはそう難しいことではない。
フェイントをかけるためにグッと力を込める。
――待って、ショーン君は?
抜く一瞬前、ショーンの存在が胸をよぎった。
ショーンはクアッフルに近い所にいた。それなのにボール争いに来ないどころか、おおよそ存在感がない。
存在感がないんじゃない、わざと消していた……?
思い出されるのはツープレイ目のコンビネーション・ディフェンス。
もし自分の読みが正しいとするなら……。
チョウはその場で急停止した。
次の瞬間、本来チョウが進む予定だった位置に、ジニーの背後からショーンが飛び出して来る。
「くそっ、読まれたか!」
「今回は私の勝ちってことで」
体制の崩れた二人を抜き去り、グリフィンドールのゴールに向かって一直線に進む。
この距離じゃケイティも間に合わない!
ケイティ、ジニー、そしてショーン。
三人の名チェイサーを相手にチョウはたった一人で勝ったのだ。
そしてチョウの手からゴールへとクアッフルが放たれ――果たして、止められた。
グリフィンドールのキーパー、ロン・ウィーズリーの手によって。
「(あーー……やっぱり心をもっと折っておくんだったなあ。
いや、もっと深く考えるんだった。
なんでショーン君がキーパーじゃないのか、なんでショーン君があそこまでしてロン君のメンタルを復活させたのか。
そこが勝負の分かれ目だったんだね)」
今のシュートはかなり手応えを感じた一発だった。
例えショーンが守っていたとしても入っていただろう。
……どうしてショーンはキーパーを辞退したのか?
みんなロンに気を使ったからだと思っていた。
けど、違う。
――キーパーとしてはロンの方が優秀だと悟ったからだ。
ホグワーツ最優秀チェイサーはチョウ・チャンで間違いない。
最優秀シーカーもハリーで動かないだろう。
そしてショーンの手にあった最優秀キーパーの座が今はっきり、ロン・ウィーズリーの手に移った。
ロンからロングパスが投げられる。
チョウはディフェンスに間に合わず、呆気なく取られてしまった。
これで20点差。
点差以上に、この10点は痛い。
死闘の末に点を取られたことは、緊張の糸が切れたとは言わないまでも、極限まで張っていた糸をほんの少し緩ませた。
途端に今までアドレナリンが堰き止めていた痛みが身体に流れ込んでくる。
足はともかくチェイサーの命とも言える腕――左腕が異様な痛みを発している。
その痛みがパス・ミスを起こし、さっきまでの奮闘が嘘のようにレイブンクローは点を取られた。
無論、レイブンクローの攻撃が上手く行くときもある。
しかし立ちはだかる最後の門ロン・ウィーズリーをこじ開けられない。豪速球、カーブ、箒打ちシュート、チョウが知ってる限り色々と試したがどれも実らず。
反対に攻撃特化のグリフィンドールはキーパーの調子が上がったことによって、完全に流れを掴んでいる。
点数でも追いつかれ、遂には抜かれてしまった。
フーチ先生からクアッフルが渡される。
受かっただけで腕が鈍く傷んだ。
ベスト・コンディションでもショーンとジニーの相手をするのはキツい。
この腕じゃ――そこまで考えて、チョウは己の左腕を叩いた。
痛みがチョウの気を引き締める。
今自分はなにを考えようとしていた?
怪我したから負けてもしょうがない、そんな言い訳をしようとするなんて。クィディッチでは勝ったか、負けたかしかないのに!
「行くよ!」
「ああ、来い!」
この日何度目になるか分からないマッチアップ。
左からショーンが、右からはジニーが迫ってくる。
チョウは最も得意としているクイック・ターンで抜こうとした。
「(――つぅ!)」
しかし左腕が痛み、技が不自然に終わってしまう。
「!?」
これに面食らったのはショーンだった。
今まで完璧で無駄がないプレイだけをしてきたチョウが初めて見せた、いうならば意味のないプレイ。
それはこの土壇場に限り最高のフェイントとなり、ショーンの動きを狂わせた。
ショーンの動きが乱れたことでジニーとのコンビネーションにも不和が生じる。
「(道が、出来てる……)」
痛みで朦朧とするチョウは目の前に開けた道を無意識の内に、そして鮮やかに抜けた。
ショーンとジニーは触れることすら出来ない。
チョウは目の前の相手に集中しているようで、意識の何割かは常に他のプレイヤーのことを考えていた。そうでなければレイブンクローはここまで戦えなかっただろう。
しかしそれが逆に足枷となっていたのだ。
枷を外したチョウは続くケイティも抜き去り、あれだけ手こずったロンの守りさえ呆気なく突破した。
「……あれ?」
チョウが自分が何をしているかに気がついたのは、全てが終わり、観客が沸き立ってからだった。
これで同点。
振り出しに戻った。
◇◇◇◇◇
――同点。
この点数は一見グリフィンドールが有利に見える。
何故ならシーカーの差があるからだ。
しかしショーンはこのとき、まったく別のことを考えていた。
「(チョウの今の動き……あれを止める方法が思い浮かばねえ。連発されると直ぐに点差が開きそうだ。となると――)」
目を瞑り、戦術を考える。
ぼんやりとした考えが次第に現実味を帯びていく。
……よし、決まった。
これしかない。
「ジニー!」
「なによ」
ジニーを呼び、チョウに気取られないようにアイコンタクトで話す。
「(ゴール前で待ってろ。俺とケイティで運んでくから)」
「(まあいいわよ。そんでシュートすればいいわけ?)」
「(ああ。だけどちょっと……そうだな、5秒くらい待ってから打て)」
「(地球時間の5秒?)」
「(どこの星に住んでんだよ、テメエは!)」
「(フォーマルハウト)」
「(みなみのうお座じゃねえか!)」
「(みなみのうお座じゃねえかってツッコミ、人生で初めて聞いたわ)」
馬鹿な会話をしていると、不審そうな顔をしながらフーチ先生がクアッフルを持ってきた。
すいません、と頭を下げる。
「まったく元気だね、ショーン君。疲れないの?」
「ああ。違法ドラッグでドーピングしてるからな、疲れ知らずだ」
「違法ドラッグ――それは“愛”ってやつかな」
「急になに恥ずかしいこと言ってんの?」
「冷静にならないでよ!」
ビー! 試合開始のホイッスルが鳴った。
しかしショーンは動かない。
バスケット選手の様にクアッフルを器用に腕の中で回している。
「(誘い?
それとも時間稼ぎ?)」
考えても仕方ない、か。
シーカー対決で分が悪い以上攻めるしかない。
チョウは先程の様に身体から力を抜き、頭を空っぽにした自然体で近寄った。
考えなくとも、後は長年の経験が染み込んだ身体が勝手に動いてくれる。
対してショーンは一歩引き、クアッフルを自分の身体の周りで回す――ない。
次の瞬間にはショーンの手からクアッフルがなくなっていた。
「(の、ノールックかつ後ろ手での高速パス!? なんて器用な! てゆーか普通に上手いわね、もう!)」
それは意識の外で行われたプレイ、チョウと言えど初見で反応するのは不可能だった。
ケイティの方にパスが通る。
しかしケイティはクアッフルをキャッチせず、バレーボールのトスの様に空に浮かした。
そこをやはりバレーボールのアタックの様にショーンが箒でぶっ叩く!
「なんてインチキ! こんなの止めようがないじゃないのよ!」
最前線のジニーにパスが通った。
ショーンとショーナルドによる全力の投球を、それを更に上回る握力でジニーが受け止める。
「みんな、ジニーちゃんよ! 備えて!」
キーパーが身構えた。
同時にビーターがブラッジャーを叩き込む。
そしてチェイサーすらも集まって来た。
「(ひとーつ、ふたーつ、みっつ……)」
それら全てを意に返さず、ジニーは目を瞑って5秒待った。
恐ろしい胆力。
ショーンの策を信じているということもあるが、何より“自分は絶対に負けない”と信じる強い心がジニーにはあるのだ。
「(よっつ……いつつ!)」
ブラッジャーがジニーの髪に触れた瞬間!
目を開き、全力のシュートを投げ込む!
「させない!」
キーパーとクアッフルの間にチョウが立ちはだかった。
いかにチョウといえど、フィジカルが並外れに強いわけではない。シュートを止めることは出来なかったが、しかし確実に威力は弱めた。
「ぐぅ――!」
キーパーがシュートを受け止める。
箒をゴールリングに引っ掛け、全力の踏ん張りを見せた。
骨、筋肉、全てが軋む音がした。
手の皮が回転に持っていかれる。
チョウが軽減したというのにこの威力!
間違い無く、おおよそ人生で受けて来た衝撃の中で一番強い!
――が!
止めた!
キーパーの身体の中を有り得ないほどの幸福感が走り回った。
初めてホグワーツに来た時もこんなに嬉しくはなかった。
止めた!
ゴリラ――ジニー・ウィーズリーのシュートを止めたんだ!
「ファール!」
「へっ?」
審判から突然のファール宣告がされた。
一瞬心臓が跳ねたキーパーだが、どうやら違う選手にファールがあった様だ。
「やってくれたわねショーン君!」
選手全員が困惑する中、ショーンの狙いにいち早く気がついたチョウが吠えた。
チョウの視線の先――そこには得点ボードがあった。
点差は八〇対二三〇になっている。
これは、つまり。
「ハリー・ポッターがスニッチを掴みました! 試合終了です! またプレイ終了後にレイブンクロー側がジニー選手にブラッジャーをぶつけた為ファールとなります!
ですが、えー……通常ならグリフィンドール側の攻撃で再スタートすることになりますが、試合が終了しているという珍しいシュチュエーションですね」
実況のシェーマスはルールを確認しているようだった。
「どうやら最後にペナルティー・スローを投げて終わりとなるようです!」
作戦通り!
ショーンはひとり笑みを浮かべた。
プレイが始まる一瞬前、ハリーがスニッチを見つけたことをショーンは察知した。
普通ならハリーは瞬きする間にスニッチを掴むだろう。
しかしそこはチョウが手がけたレイブンクローのシーカーだ。
クラムに対抗するためにセドリックと二人で編み出したシーカー殺しの技を、レイブンクローのシーカーは身につけていた。
そのことを念頭に入れた上で弾き出した、ハリーがスニッチを掴むまでの時間。これをギリギリオーバーしない程度にジニーに待たせてシュートを打たせたのだ。
ジニーのシュートで10点、ペナルティー・スローでもう10点取った所で試合終了という図を思い浮かべていたが――最後に意地を見せられた。
「最後のペナルティー・スローですが、一体誰が投げるのでしょうか!?
熟練の技を持ち、かつグリフィンドール側で唯一まともな感性を持つケイティ・ベル!
圧倒的なパワーでエースストライカーの座に君臨するジニー・ウィーズリー!
トリック・プレイと箒打ちの申し子ショーン・ハーツ!
誰が投げるにしても期待が高まる所であります!」
誰が投げるかだって?
投手は最初から決めていたさ。
このペナルティー・スローこそ、この試合最後のトリック・プレイ。
花形だ。
これを務められる奴はひとりしかいない。
「ジニー、クアッフルを渡せ」
「なに、あんたが投げるの」
「ちげえよ」
ショーンはクアッフルを受け取り、ピッチの方を向いた。
そこにいるのはグリフィンドールの控え選手達。
――上がってこいよ。
お目当ての選手に向かって手招きをする。
彼女は周りをキョロキョロした後、自分を指差して、ショーンが頷いて、もう一度自分を指差して、おっかなびっくり上がって来た。
「し、ショーン先輩。なんですか?」
「お前が投げろよ、デメルザ」
ショーンはクアッフルを放って渡した。
それをデメルザは、まるで王室に献上する宝石の様に丁重に包み込んだ。
「俺と選手交替だ。喜べよ、試合終了後に選手交替したのはたぶん俺とお前が初めてだぞ」
「喜べませんよ! それよりなんで私に……」
「――ケイティは今年で卒業だ」
「あっ……」
「ハリーとロナルドさんは来年、俺とジニーは再来年でいなくなる。次からはお前が引っ張っていくんだよ、デメルザ」
「……引退。そう、ですね。そっか。先輩方は引退……」
デメルザはショーンの言葉を何度も復唱していた。
「分かりました。私、やってみます」
「それでこそグリフィンドールの選手だ。どれ、ご褒美にゴドリックの剣をやろう」
「い、いりませんよ! そんな国宝級の剣、私には荷が重過ぎます!」
せっかく久しぶりに抜いたのに……。
ショーンは名残惜しそうにゴドリックの剣を引っ込めた。
「あっ、そうだデメルザ」
降りていく最中、ショーンが思い出したように言った。
「とある有名なクィディッチの選手曰く、時にゴールとはたった一度決めただけで人生最高の思い出になる、だそうだ」
「誰の言葉なんですか?」
「さあな。たぶんだけど、ゴールを決めた選手はみんなそう言うんじゃないか」
「……ありえそうですね」
「ま、後ちょっとで正解が分かるさ。決めてこいよ」
「はい!」
デメルザの元気良い返事を聞いて、今度こそショーンは地面に降りた。
「おっと? ショーン選手が下に降りて行きます。ということは投げるのはジニー選手かケイティ選手ということに――いや、二人を押しのけて誰かが出て来ました!
誰だ!?
あれは、デメルザ・ロビンスです! どうやらペナルティー・スローを投げるのは新人のデメルザ・ロビンスの様です!」
実況の声と観客の声を聞きながらショーンは着地し、控え室へと続く廊下の壁に寄りかかった。
それを追って誰かがやって来る。
その誰かは――チョウだった。
「ショーン君!」
「ん? おー、チョウか。試合お疲れさま」
「ショーン君もお疲れさま……って感じでもないね。なんで全然息がきれてないの? 体力あり過ぎない?」
「気合だよ」
「気合ねえ……しっかしさ。参ったよ、本当に!
タクティクスはともかく、練習もしていなければ箒だってホグワーツのオンボロ備品なんでしょ。
よくあんなに戦えるね」
ショーンは答えようとしたが、その前にショーナルドがチョウの額を思いっきり引っ叩いた。
「いっつあ!」
「大丈夫か? ボディ・ブローする?」
「なんで追い打ち!? うん、ありがとう。ちょっと痛いからボディ・ブローして……っていうと思ったの!? とんだドMだな、私!」
「レイブンクロー生はツッコミがなげえな。それよりいいのか、こんな所にいて」
「それはお互い様でしょう。老兵は去るのみ、だよ」
「違いない」
二人は少し笑った。
「なあ、なんでそんなに気合が入ってたんだ? そんなキャラでもなかっただろ」
「あー、それね。優勝したら就職に有利だから、とかじゃダメかな」
「そんな嘘で騙されるのはサンタさんを信じてるティーンズくらいだ。チョウならそんなことしなくても引く手数多だろ」
「はあ……恥ずかしいからあんまり言いたくないんだけどね。セドリック達の卒業パーティーあったでしょう?」
「ああ」
「あの時セドリックが言ってたんだよね。『もう一度ハッフルパフで試合がしたかったな』って。それで羨ましいと思ったんだ。レイブンクローにいてそんなこと思ったことなかったから。オールスター戦では思ったのにさ。レイブンクローのチームでは思わなかったの」
服屋のマダム・マルキンが、チョウがレイブンクローを窮屈に思っていると言っていたことをショーンは思い出した。
たしかにレイブンクローの生徒はどこかさめているというか、冷たい印象がある。
それをチョウなりに変えようとしたのかもしれない。
「後はまあ、卒業までに一回くらい寮杯かクィディッチ杯が欲しいなって。それだけ」
「……悪いな。勝っちまって」
「生意気だなあ、もう。ジニーちゃんといい君といいさ」
「ジニーと一緒にするなよ。ウィゼンガモット法廷で争うことになるぞ」
「そんなに!?」
その時、外からこの日一番の歓声が上がった。
――デメルザがクアッフルを放ったらしい。
入ったのか、入らなかったのか。
二人は見に行く前に、お互いの予想を言い合った。
もちろんショーンは入ったと思ったし、チョウはキーパーが止めたと思った。
【オマケ・ショーンとジニーが絶対にしてはいけないことリスト】
第141条 ホグワーツの制服を着たままホグズミードでストリップ・ダンスを披露してはならない。
第142条 「段階的に制服を脱いでいる」ことは言い訳にはなりません。
第143条 ダンブルドア校長を監禁することでホグワーツを支配することは、闇の魔術に対する防衛術のちょっとした応用試験にはなりません。
第144条 「実はダンブルドア校長もグルだった」というサスペンス的なシナリオを書いてはならない。
第145条 他寮の生徒を「出来の悪いマンドラゴラ」と表現してはならない。
第146条 早朝に校庭で行われている「ピープズ・ブート・キャンパス」なる催しを即刻中止して下さい。
第147条 特定の動物のことをスネイプ教授と呼んではならない。
第148条 スネイプ教授を特定の動物の名前で呼んではならない。
第149条 宿題を減らすよう要求するのは「聖戦」又は「革命の時」には含まれません。
第150条 「服従の呪いにかけられていた」は最早言い訳として通用しません。
第151条 歴史的観点から寮杯でアメリカン・フットボールをしてはならない。
第152条 例えどれだけ足が痛むのだとしても、廊下を移動するのに馬車を使っていい理由にはなりません。
第153条 多くの生徒が慢性的な疲れ・かゆみ・眩暈・錯乱・吐き気を訴えています。即刻「ジニッチ・エクステッドエディション」の販売を中止してください。
第154条 健康診断の結果に「穢れた血」と書いてはならない。
第155条 「湖にウォーター・スライダーを作ろう」というスローガンを掲げてはならない。
第156条 校内清掃の罰則の際、黒人労働歌を歌うことは絶対にしてはいけません。
第157条 ふくろう便でストリッパーを注文してはならない。
第158条 「ちょっとしたハイタッチのミス」は顔面を引っ叩いた言い訳にはなりません。両手に椅子・机・ナイフを持っていた場合は特にです。
第159条 問題に直面した際、少なくとも「火炎呪文をぶっ放す・思いっきりぶん殴る」よりはスマートな解決方法を探さなくてはいけません。これは「スリザリン生徒計38人保健室送り事件」を繰り返してはならないという意味です。
第160条 授業中に教授に質問に答えるよう刺された場合「フィフティーフィフティ・オーディエンス・テレフォン」を選択肢に入れてはならない。
※破るとハッフルパフから減点します。