個人的にはハッフルパフに入ってセドリック先輩の手ほどきを受けながら、ハリーとマルフォイのライバルになるルートがおすすめ。本当にだれか書いて欲しいなー。
クィディッチ競技場には沢山の人が詰めかけていた。
今日の試合はグリフィンドール対レイブンクロー。つまりオールスター戦で活躍したハリー・ポッターとチョウ・チャンのカードだ。しかもシーズン初戦、これで盛り上がらないはずがない。実際グリフィンドールサポーターはもちろん、レイブンクローのサポートも勉強をほっぽり出して駆けつけていた。
しかし朱色と藍色に埋め尽くされた観客席だが、大人気のはずの中央の特等席にだけ不自然に人がいなかった。
……ただ二人を除いて。
「いいの? こんなにいい席を独占しちゃって」
「いいんだよ。周りがいいって言ってんだから」
ショーンとハーマイオニーである。
ショーンが極めて平和的かつ公平な交渉をしたところみんな快く譲ってくれたのだ。譲ってくれたったら譲ってくれたのだ。いやあ、優しい人ばっかりでよかったなー。
「インセンディオ」
杖から火を出す。
目の前にあるのは小型の鍋だ。暖めると、中から弾ける様な音が聴こえてきた。鍋の中身は多量のトウモロコシ、つまりポップコーンである。
「映画じゃないんだから」
「クィディッチには700を超えるルールがあるが、観客席でポップコーンを作ることは禁止されていない。味は何がいい?」
「モラルの問題って知ってるかしら? 塩」
なんだかんだ言ってハーマイオニーも食べる様である。モラルの問題は何処へ行ったのか。きっとアズカバンにでも投獄されたのだろう。
「それより本当にいいの? 試合に出なくて。紅白戦じゃ大活躍だったじゃない。なんで辞退しちゃったのよ、勿体ない」
「ショーン君疲れることは嫌いだって」
「そう。それじゃあ普段のアホな遊びも止めるようショーン君に伝えておいて」
「私はふくろう便じゃない! 自分で伝えればいいじゃない。まったく!」
「あっ、ごめんなさい……ってこの茶番はなんなのよ」
「試合前のマスゲーム」
「史上最低のマスゲームね」
下らないことを話していると、ピッチから選手が入場して来た。
グリフィンドールチームはシーカーのハリー、
チェイサーではジニーとケイティ、
そしてキーパーのロナルドさん辺りが注目株だろう。
逆にレイブンクローにはチョウくらいしか上手い選手がいない。
「どっちが勝つと思う?」
「そらグリフィンドールだろ。選手層が違うし、チョウがチェイサーをやってる以上そもそもハリーと張り合えるシーカーがいない。ただ……」
「ただ?」
「一昨年までシーカーをやってたチョウがなんでチェイサーに転向したのか、その辺が鍵になるだろうな。早めに攻略しないとワンチャン負ける」
「チョウさんってそんなに凄い選手なの?」
ハーマイオニーの疑問ももっともだ。
チェイサーがいくら頑張ろうと、シーカーがスニッチを掴んでしまえば一五〇点入る。
いくらチョウが奇跡的に点を取りまくったとしても、ハリーがスニッチを掴む前に一五〇点以上差をつけられるとは思えなかった。
「いいや、今回はちょっと事情が違う。そうだな……五〇点、五〇点差が着いたらハリーはチャンスがあってもスニッチを取らない」
「なるほど、総合点ね」
「ご明察」
クィディッチは何回勝ったか、ではなく、総合点数で優勝チームを決める競技だ。
仮にグリフィンドールがレイブンクローに僅差で勝った場合、スリザリンがわざとレイブンクローに大差で負けることで、レイブンクローを優勝させる可能性がある。
それを考えると、グリフィンドールとしてはここで出来るだけ多くの点数を確保しておきたいのだ。
「チョウはかなり完成されたオールラウンダーだ。
オフェンス、パスワーク、ディフェンス、安定感……それに頭の回転の速さ。どれも100点満点中80点近くある。
多分、今のホグワーツじゃ一番の司令塔だろうぜ。
他の選手はいいとこ50点くらいだろうが、チョウがみっちり作戦を叩き込んでるはずだ。化ける可能性は十分にある」
「でもグリフィンドールの選手だってみんな上手よ」
「だけどブレがある。それに全員癖があるっていうか……一点特化なんだよ。
ハリーはシーカーとしては優秀かもしれないがキャプテンシーに欠ける。
ジニーは攻撃面は高い反面、防御には難あり。キーパーのロナルドさんはメンタル面で大分左右される。唯一しっかり全体を見れるのはケイティくらいだな。
前はそれでも優秀なビーターが補ってくれてたが、フレッドとジョージは卒業しちまった。
今のグリフィンドールはハマれば強い反面、一度崩されると脆い。チョウは絶対にそこを突いてくる。グリフィンドールの良さが出ないような、上手いプレーをな」
「……随分チョウのこと評価してるじゃない」
「選手としてはな。女の子としてはそんなにタイプじゃない。一方グリフィンドール軍のハーマイオニーちゃんはお料理の下手っぴさ100点、頭の回転100点、可愛さ100点! おおっと、こんなところにパーフェクト・ガールがいたとは」
「また馬鹿にして」
「嬉しいくせに」
ショーンはハーマイオニーに肩を組んで、ぐっと顔を近づけた。
恥ずかしそうに顔を赤らめているが、しかし決して振りほどこうとはしない。このくらい何度もしているのに、初々しい。可愛いやつだ。どれ、おっぱいの一つでも揉んでやろう、
「さあ試合が始まりました! コイントスの結果、レイブンクローの攻撃から始まるようです!」
と思ってると試合が始まった。
続きは試合後までお預けの様だ。
去年まで実況をしていたリー・ジョーダンは卒業してしまったのでハッフルパフのザカリアス・スミスが実況を担当する――予定だったが、ロナルド・ウィーズリーをコケにした途端、どこからか“うっかり”チョコ・ミント・アイスが飛んできて気絶してしまった。今はシェーマス・フィネガンが実況をやっている。
「みたところ、レイブンクローのフォーメーションはオーソドックスだな」
真ん中に司令塔のチョウ。
両サイドに他のチェイサー二人を配置し、ビーターは高いところから様子を伺っている。
クィディッチの基本フォーメーションだ。
「グリフィンドールは随分前のめりね」
一方グリフィンドールは全員が前線に出ている攻撃型のフォーメーションだ。
点を取られてもそれ以上に取ってやる、という気概が現れている。
審判のフーチ先生が笛を吹き、試合が始まった。
さっそく一番槍のジニーがチョウに突っ込み――躱された。
続いてスピードに自信のあるケイティがチョウに突っ込む。チョウといえど、ジニーを躱したばかりの不安定な体制では避けられないだろう。
しかしケイティが触れる寸前に高速でパスを出し、これもまた危なげなく回避。
そしてお手本の様なワン・ツー。再びチョウの手にクアッフルが収まった。
「う、うめえ……」
無意識に賞賛の言葉を呟いてしまう位には、チョウのプレイは冴えていた。
そうしている間にも、チョウはゴール前までクアッフルを運んでいく。クィディッチは箒を使うため非常にスピィーディーな競技だ。あっという間にあと一人抜けばキーパーと一対一、というところまで来てしまった。
――そして事件は起きる。
背後から猛スピードで引き返してくるケイティ。
チョウの前でディフェンスに徹するグリフィンドール最後のチェイサー、デメルザ・ロビンズ。
そして最後の砦ロナルドさん。
三人からのマーク――否、ビーターもブラッジャーをチョウに向けて打とうとしている。
これを全ていなすのは容易ではない。
少なくともショーンが知る中では、これを突破出来そうなのはクラムとゴドリックの二人だけだ。
この窮地の中でチョウが取った行動は――パスだった。その選択自体は珍しいものじゃない。むしろほとんどの人間がパスを選択するだろう。
問題は誰にパスをしたか。
「ハリー、危ない!」
ジニーが叫ぶ。
チョウがしたのはただのパスではなかった。
投げられたクアッフルの先にいたのはなんとハリーである。
そう、チョウがパスを出したのは敵であるはずのハリーだったのだ。
選手達が驚愕する中、しかしハリーは天才的な箒捌きで間一髪クアッフルを躱す。
「――なっ!?」
ハリーが避けた先には、いつのまにかレイブンクローの選手が待ち構えていた。
クアッフルを受け取り、ゴールに向かってすぐに投げる。グリフィンドールのビーターが急いでブラッジャーを叩き込もうとしているが――クアッフルは美しい弧を描いてゴールに吸い込まれていった。
「なんと! なんとなんとなんと! 先制点はレイブンクロォーーーーーっ!
ああっとしかも! どうやら不幸にもビーターが打ったブラッジャーがレイブンクローの選手に当たってしまったようです! 得点後のことだったのでレイブンクローがファールをもらい、もう一度レイブンクローの攻撃となります!
これは大波乱の始まりなのでしょうか!?」
実況が吠える。
観客席から爆発的な歓声が上がった。
――この中で、今のチョウのプレイを本当の意味で理解出来ているのは何人いるだろうか。
ピッチで目の当たりにした選手達、解説のマクゴナガル教授、そして観客席にいる一部の一流プレイヤー……彼らだけがチョウのプレイの意味に気づき、そして唖然としていた。
今のワンプレー、ただ敵のマークを外して得点しただけじゃない。
あの時実は、ハリーはスニッチを捕まえようとしていた。クィディッチにおいて稀に起こる奇跡、試合開始直後のスニッチ捕獲。ハリーはそれを成し遂げようとしていたのだ。
それに気づいたチョウはジニーに見える位置からハリー目掛けてパスを投げた。当然ジニーは大声で叫ぶ。声に惑わされないハリーはスニッチを捕まえるどころか、見失ってしまった様だ。
続いてビーター。クィディッチには『得点後は次のプレイが始まるまでブラッジャーを当ててはならない』というルールがある。チョウがパスを投げたことで、ビーターは目標を変えようとした。しかしそこにいたのはハリー。一瞬の動揺が生まれる。動揺は遅延を生み、結果的にレイブンクローの選手がシュートした後にブラッジャーを打ってしまった。つまり反則だ、次のプレイもレイブンクローの攻撃で始まることになる。
最後にキーパー、ロナルドさんの心を折った。クィディッチにおいて最もキーパーを辱めるゴールが、バスケのスリー・ポイントの様な山なりのシュートだ。今回の場合、完全に意表を突かれた結果なのでしょうがないが……ロナルドさんはかなり動揺している様だった。
たった一つのパスがシーカーを阻み、ビーターからファールを奪い、そしてキーパーを折ったのだ。
再びレイブンクローの攻撃が始まる。
前のめりだったグリフィンドールの選手達が、今度はしっかり各選手をマークしていた。無理もない、あのプレイを目の当たりにすれば誰だってそうなる。そのくらいさっきのプレイは強烈だった。
当然の選択だが、しかしグリフィンドールの“よさ”を消してしまう。
これもチョウの狙い通り……というのは流石に言い過ぎだろうか。しかし完全に否定することはショーンには出来なかった。
ケイティがチョウに張り付き、他の選手はそれぞれ自分の相手をマークしている。まあ妥当な組み合わせだ。チョウをみるのにデメルザは実力不足、ジニーは単純に防御が下手くそ、とくれば経験豊富なケイティしかいない。
だが、しかし。
チョウがケイティに突っ込んだ。
二人の体がぶつかる直前、チョウがブレる。ケイティは完全にチョウを見失い、あっさり躱されてしまった。
チョウがしたのは少しクィディッチを齧ったことがある人間なら誰でも出来る、ジグザグに進むだけの簡単なフェイントだ。ただその精度が桁外れに高い。恐らくケイティからはチョウが急に消えた様に見えただろう。
そして抜いた瞬間、他の選手がカバーに入る前に――強烈なミドル・シュート!
そのシュートはまるで敷かれたレールの上を進むかのように正確に飛び、当然のようにゴール・リングをくぐった。
再び湧き上がる歓声。
反対にグリフィンドール生達はチョウの前に押し黙った。
「……甘かったな」
ショーンが呟いた。
「俺はチョウが上手いオールラウンダーだと思ってた。平均80点くらいの。
でも違う。
どのポジションも出来るどころか、完璧にこなしてやがる。パーフェクト・オールラウンダーってやつか」
「そ、そんなに凄いの?」
「考えてもみろ。一人付けただけじゃ止まらない、かといって人数をかけるとマークが外れた選手にパス一本で繋がれちまう。その上ファールを誘うクレーバーな一面を兼ね備えた選手……こんなに厄介な奴はいないだろ」
「たしかに……」
「それだけじゃない。そんな選手がミドルからの強烈なシュートも放ってくるんだ。こんなんどうしようもないだろ。
……チョウのやつ、クラムとのセットアップを経験して化けやがったな」
ゴクリと生唾を飲み込む。
あまりクィディッチに詳しくないハーマイオニーでさえ、チョウの凄さがどれ程のものか理解した。
「でも、グリフィンドールだって負けてないわ!
グリフィンドールが得意なのは攻撃じゃない!」
「……どうかな」
二〇点入れられた所で、やっとグリフィンドールの攻撃になった。
グリフィンドールの攻撃はシンプルだ。
先ずスピードに自信があるケイティが一気にクアッフルを運ぶ。そしてエースストライカーのジニーに繋ぎ、シュートを決める。これだけだ。しかしシンプルが故に強い。
――が。
立ちはだかったのはやはりチョウである。
二人の選手をケイティのマークに就かさせた。とはいえその程度で止まる彼女ではない。
マークをぶっちぎり、素早くジニーへとパスを投げた。
「動きが単純になってるよ、ケイティ」
「チョウ!」
そのパスをチョウがインターセプトする。
あっという間に始まるカウンター。ケイティはレイブンクローの選手との距離を大きく離した。それはつまり、裏を返せば自陣に敵の選手だけを残してきたということだ。
慌てて戻ろうとするが、猛スピードでゴールの方に向かっていた為にどうしても間に合わない。
ジニーだけは野生の勘で一瞬早く戻ろうとしていたが……。
「ビーター!」
チョウの合図を受けてビーターがブラッジャーを飛ばす。
箒捌きがそう得意ではないジニーは避ける為に減速せざるを得ない。その間にもチョウはクアッフルを運ぶ。
ゴール前、一対一。
チョウは大きく腕を振りかぶり――ゆっくりクアッフルを放った。
緩急。
スピードのある球が来ると思っていたロナルドさんはつんのめり、簡単にゴールを許してしまった。
一連の流れ、正に完璧といったところ。
「おっと、ポップコーンがそろそろ出来たな」
ショーンがそう言った途端、ハーマイオニーがガクッとした。
「今チョウさんのプレイが凄いって、ちょっとシリアスな空気流れてたじゃない! よくポップコーンに意識向いてたわね」
「いや実際すげえとは思うけど、腹減ったし」
「ええぇ……」
試合は試合。
ポップコーンはポップコーンである。
ショーンは小鍋を火から下ろして、手製の袋に中身を移した。
ハーマイオニーの分には塩だけを入れてシェイク。
自分が食べるような奴には、手製の調味料を入れた。
「何味なの、それ」
「これでもかってくらい乾燥させたステーキを魔法で粉にしたのをかけたやつ味」
また下らないことに魔法を使って……ハーマイオニーはため息をついた。
まあそれはそれとして、ポップコーンは受け取るが。
「飲み物は?」
「バタービールにしようかしら」
「太るぞ」
「ぐうっ!」
「高カロリー、糖分の過剰摂取、ビール腹……」
「こ、紅茶にしようかしら」
「安心しろ。ハーマイオニーが太っても、俺は陰ながら応援してるから」
「何を安心すればいいのよ。思いっきり距離置いてるじゃない。陰に隠れられてるじゃない」
「あっ、グレンジャーさんこんにちは」
「他人行儀!」
「ははははは」
「何よその乾いた笑いはっ! 暫く会ってなかった親戚のお話にするレベルじゃない!」
「あのー……僕そろそろ礼拝の時間なんで。ここら辺で失礼しますね」
「会話を切り上げようとしない。しかも礼拝ってあなた」
ハーマイオニーがピシャリと言った。
「……はあ、今日のところは本当に紅茶にしておくわ」
「実際のところ、そんなに気にしなくていいと思うぜ。むしろもうちょっと太った方がいい、今は痩せすぎだ」
「そ、そうかしら?」
「ああ」
ショーンの視線はハーマイオニーの顔から下にさがり、首を通過したところで止まった。
「凄く、痩せてます……」
「ちょっと! どこ見て言ってんのよ!」
頬っぺたを掴まれてぐぃーっと伸ばされた。
「いひゃいいひゃい」
「は・ん・せ・いしなさい!」
「そ、そんなことより試合見よーぜ。ほら、グリフィンドールがまた点を取られてら」
またしてもチョウのシュートが入った。
これで六〇対二〇。
後一〇点でショーンが言っていた五〇点差になってしまう。
「……チョウを止めるのが難しいのは分かったけど、どうしてこんなに点が入らないの? いくらチョウのディフェンスが上手くても、マーク出来るのは一人じゃない」
「ポジション取りの上手さだよ。今からちょうどグリフィンドールの攻撃だ。見てみろよ、チョウの位置を」
ピッチに目を向けると、ケイティがクアッフルを持って進んでいた。グリフィンドールの攻撃ではよく見る光景だが、しかし。
――遅い。
いつもと比べると決定的に遅い。
あれではケイティの持ち味が全然生きていない。
「チョウが浅い所で待ち構えてるせいだ。あれじゃあケイティお得意の裏を取る動きが出来ない。それに……」
「それに?」
「体に覚えこまされちまってるのさ――カウンターを」
「あっ!」
脳裏によぎったのはグリフィンドール最初の攻撃時に起きたカウンターだ。
ケイティはスピードを出して攻撃していたせいでディフェンスに加わることが出来ず、簡単に点を取られてしまった。
「自分が前に出てしまうとチョウを止められる人がいない……その思考がケイティの箒を鈍らせてる」
「でもその分、他の選手がカバーに入ればいいじゃない」
「……ケイティは上手い。多分グリフィンドールで、いや、ホグワーツで三本の指に入るチェイサーだ」
グリフィンドール側の観客席から歓声が上がる。
ケイティが巧みな箒捌きでレイブンクローの選手を二人抜かしたのだ。
後はただひとり、チョウさえ抜けば――!
スピードに乗ったまま右へ曲がろうとしたケイティ。
それを見たチョウが進行方向を塞ぐように体よじった――瞬間、ケイティは左側に高速でターンした。
間違いなくこの日最高のフェイント。
あまりのキレに、ケイティの周りにつむじ風さえ巻いている。
きっとそのとき、会場に居たほとんどの人間がグリフィンドールの得点を確信していただろう。
流石のチョウもこれは抜かれてしまう、と。
レイブンクロー・サポーターは落ち込みから、グリフィンドール・サポーターは次に訪れる歓喜の瞬間のために黙った……いや、本当は違うのかもしれない。
誰一人喋らない異様な静けさ。これはそう、心の何処かで今から起きる“それ”を予感して……。
「そのケイティでもチョウには歯が立たない」
ケイティのターンに合わせてチョウが手を差し込んだ。
腕だけで相手からクアッフルを奪うのは高等プレーだ。タイミングが遅ければ抜かれ、速ければ身体に当たってファールになってしまう。そうでなくともしっかり握り締めたクアッフルを片手で弾くのは容易ではない。
――静まった会場に乾いたクアッフルの音が響く。
それは正しく、ケイティの腕の中からクアッフルが叩かれた証。そして同時に、ケイティとチョウの格付けの証でもあった。
「他の選手がカバーに入る?
馬鹿言うなよ。
ケイティ以外じゃ止めるどころか時間稼ぎにもならない」
慌ててディフェンスに入るが、ジニーもデメルザも触れることすら出来ない。
まるで他の選手が0.5倍速で動いてる中、チョウだけが倍速で動いてるかのよう。
当然キーパーも止めることが出来ず、レイブンクローにまた10点入ってしまった。
これで七〇対二〇。
五〇点差だ。
“パーフェクト・オールラウンダー”チョウ・チャン。
彼女たった一人にグリフィンドールは追い込まれていた。
「タイム!」
キャプテンのハリーがタイムを使う。
このままでは不味い……流れを変えないと。と思っての判断だろう。しかしたかが10分時計を止めたくらいでこの流れを変えられるだろうか。
熟練者のケイティとハリーが何か冴えた作戦を思い浮かぶかどうかが鍵になるだろうな、とショーンは思った。
「ん?」
ピッチの方ではなく、ショーンのいる観客席に向かってハリーが降りてくる。
間違えちゃったのかな。
「どうしたハリー。ここはピッチじゃないぞ。眼鏡を変えることを強くおすすめする」
「違うよ、見間違えじゃない! 君に来てほしいんだ!」
見間違いじゃないとするとなんだろうか。
ここに来る用事なんてなさそうだが……ショーンは少し考えて答えに行き着いた。
「すまんハリー、俺は同性愛者じゃない」
「なんかとてつもない勘違いをしてる!? そうじゃなくて、選手として来てほしいんだよ」
「んなこと言われても……選手登録してないだろ」
「ごめん。勝手だけど、選手には登録してあるんだ。その、マクゴナガル先生が……と、とにかく! グリフィンドールには君くらいしかチョウと戦える選手はいない! だから――」
「断る」
ショーンは即答した。
取りつく島もなさそうだ。しかしハリーの方も諦めるわけにはいかなかった。クィディッチ・プレイヤーとしての才能はもちろん、ショーンには天性の身体能力と大胆な発想力がある。
今チョウと戦う上で欲しい物をほとんどショーンは持っていた。
「分かった。もしこの試合で勝てたら、いや、出場してくれるだけでいい。そしたら好きなだけステーキをおごるよ」
「魅力的な提案だが、俺の返事は変わらないな。ステーキは自分で食べてくれ」
ハリーはかなりびっくりした。
ステーキで釣れば絶対に行けると思っていたのだ。
「ど、どうして?
だって君は……才能がある。それに運動をするのも好きだろう。ジニーだっている。なのにどうして断るんだ!」
「決まってるだろ」
ショーンはハリーと目を合わせたままハーマイオニーを指差した。
「お前とロナルドさんが出場したらこいつが一人になっちまう、だからだ」
今度こそハリーは何も言えなくなった。
いやハリーだけでなく、ハーマイオニーもだ。
てっきりショーンはめんどくさいからとか、ロンに気を遣ってとか、そういう理由でクィディッチに出ないのだとばかり思っていた……それがまさか自分のためだったなんて。
ずるい。
いつからこんなカッコイイことを言うようになったのだろうか。
「そういうわけだ。まあ、悪いとは思ってる。だけど俺は今回プレイする気はない。応援はしてるから、早くピッチに戻ってみんなで作戦を練り直してこいよ」
今度こそハリーは諦めなければならなかった。
箒に乗ってチームメイトの元に戻ろうとする。ただしそのスピードは今までハリーが箒に乗っていた中で一番遅かった。
「待って」
ハーマイオニーが呟いた。
その瞬間さっきのノロノロ運転は何処へやら、ハリーはファイアボルトの名前に相応しい速度で戻ってきた。
「ショーン、あなたは試合に出るべきだわ」
「だけどな……」
「聞いて! いい? このままだとグリフィンドールは負けちゃうわ。そうなると寮杯が遠退くの。あなたは今世紀で最も減点されてる生徒なんですから、貢献しないとダメだわ。それとも私の加点分をふいにする気?」
予想外の方向から責められた。
理論で淡々と詰めてくる相手にショーンは弱い。
「それに一応選手登録されてるんですから、キャプテンの指示は聞かないといけないわね。
まだあるわ!
チョウをここまで強くしたのはオールスター戦を組んだあなたのせいよ! 責任を取ってきなさい!」
「分かった、分かったよ! ああ、もう。仕方ねえな。でもなんでそんなに俺を試合に出したいんだ?」
「それは……一緒に観戦するのも楽しいけど、あなたが試合で活躍するところを観たいのよ! お気づきでないなら言いますけど、試合で活躍するあなたって最高にセクシーだわ」
「……最初からそう言ってくれればいいのに。そしたら素直に出たぜ」
「恥ずかしいじゃない。だからその……理論でぶっ叩いちゃったのよ」
「なんだよそれ。でもまあ、」
ショーンは立ち上がり、ポンとハーマイオニーの頭に手を乗せた。
「やる気は出たぜ」
観客席の方から悲鳴が上がった。
まるでウェーブのように悲鳴が近づいて来る。
そうか、お前もやる気か……ショーンは薄く笑い、受け止めるために手をかざした。
「来たか相棒」
ショーンの愛箒ショーナルドが手に収まる――と思いきや、おもっきり額を打った。
【オマケ・ショーンとジニーが絶対にやってはいけないことリスト】
第121条 新入生に「三年生からの選択授業には実は『黒魔術』がある」と言ってはならない。
第122条 「ヒーローは遅れてやってくるもの」は遅刻の言い訳にはなりません。
第123条 ホグワーツにはさまざまな国籍の生徒が在籍しています。中には英語が苦手な生徒もいるでしょう。そのため教授方はレポートの提出を求める際「英語でなくとも構いません」と言うこともあります。ですがそれは「モールス信号・旧ソ連式の暗号・オペラ調」でレポートを書いて良い理由にはなりません。
第124条 ハッフルパフ寮の司る「博愛」は「要するにバイセクシャル」ではありません。
第125条 スラグホーン教授のパーティーに参加する条件は「スラグホーン教授に身体を許すこと」ではありません。
第126条 ダンブルドア校長の名を語り、魔法省に詩的な表現で書かれた恋文を送ってはならない。
第127条 人にプレゼントを贈ることは幸せなことです。ですが「ロックハート元教授のサイン入りブロマイド」及び「アンブリッジ元教授の使用済みハンカチ」についてはその限りではありません。
第128条 スネイプ教授の婚活を手助けすることは、お節介にもほどがあります。
第129条 フィルチ管理人に「禿げ上がるほど笑うジョークを考えたんだが……なんだ、もう聞いたのか」と言ってはならない。
第130条 禁書の棚は「つまり未成年には見せられない強烈なポルノを詰め込んだ棚」ではありません。
第131条 生徒達のふくろうを高級な餌で買収し、ストライキを促してはならない。
第132条 ショーン・ハーツの裁縫能力は、たしかに素晴らしいものでしょう。ですが本物そっくりの偽組み分け帽子を200個以上作り、本物の組み分け帽子をその中へ投げ入れたのは素晴らしくありません。
第133条 スネイプ教授を呼ぶ際、頭に「まだユニコーンに乗れる」とつける必要はありません。
第134条 フリットウィック教授が「なんでも質問を受け付けますよ」と言ったのは「呪文に関しての質問ならなんでも」という意図で言ったのであり、性癖や初体験についての質問は受け付けていません。
第135条 校舎裏で開いている「競馬」を即刻中止して下さい。
第136条 「競ケンタウロス」にしても同じです。
第137条 魅力的な女子生徒に「性28一族」という称号を付けてはならない。
第138条 「魔法使いの杖」は男性の特定の部位を示す隠語ではありません。
第139条 スネイプ教授の「この愚か者め!」という言葉は間違いなくあなた方に向けて言ったものです。後ろを確認する必要性はまったくありません。
第140条 はい。ご指摘の通り、ホグワーツには過去使用されていた地下牢があります。もちろんSM用の物ではありません。
※一つ破るとセドリックの毛が十本抜けます。