新たに友人となった二人の少女と話しながらホグワーツを目指すショーン。偉大なる創設者達はその光景を見ながら、あることを考えていた。
それは勿論、愛するショーンが自分達が建てた学校であるホグワーツに入学する事への喜び――ではない。
彼らが考えているのはショーンがどの寮に入るのか、あるいはどうやって自分の寮に入れるか、それのみである!
(ヘルガに自寮への勧誘は禁止されていますが……ふむ、それなら正攻法で勧誘すればいいだけの話ですね。
キチンとレイブンクロー寮の素晴らしさを語っていけば、間違いなくショーンはレイブンクロー寮に惹かれる事でしょう。なにせ、私が作った寮ですからね。何より、私とショーンの仲ですし。問題は――)
(ヘルガに自寮への強引な誘いは禁じられているが……それなら、ヘルガに気がつかれない様裏から手を回せばいい話。
この腐れ縁の中で最も狡猾と謳われた私だ、その気になればいくらでも思考の誘導は出来る。そもそも、何もしなくてもスリザリンを選ぶ可能性も高いがな。問題があるとすれば――)
(――ヘルガ自身!)
(――ヘルガの妨害!)
二人は知っていた。
ヘルガがルールにとても厳しいことを。
二人は知っていた。
ヘルガは怒ると怖いことを。
二人は知っていた。
ヘルガの開心術を誤魔化す術はないことを。
二人は知っていた。
ヘルガもなんだかんだ言ってショーンを自寮に入れたがってることを。
二人は知っていた。
ヘルガはいつもショーンに頼られていることを。
(下手な勧誘をした場合、貴女がしたなら平等にする為に私も、ということで勧誘をさせてしまう口実になりかねませんね。そしてその場合、ショーンからの心象も良いものとなる……)
(少しでも下手を打てば、たちまちヘルガに発覚してしまうことは間違いない。しかし、あまりに回りくどい手の場合、ヘルガとショーンの信頼を超えることは出来ないか……)
(ゴドリックは動く気配なしですか。彼は昔ヘルガにこっぴどく叱られてますし、まあ問題ないでしょう)
(あの男は参戦しないか。生来楽観的な性格だしな、それで全て上手くいってるというのだからタチが悪いが……今回に限っては僥倖か)
二人がアレヤコレヤと考えている中、新入生達は進み、湖に差し掛かった。
これまでの道中、植わっている植物など昔とすっかり変わっていたが、湖付近の光景は1000年前とほとんど変わらないままだ。
ホグワーツに近づけば近づくほど、昔と変わらないところが増えてくる。
道や城壁、一つ一つに思い出が詰まっている。
四人が感傷に浸っていると、ジニーが二人に向かって質問を投げかけた。
「ところでショーン、ルーナ、貴方達はどこの寮がいいと思ってるの?」
「俺は……どこでもいいや。あーでも、勉強はあんまり好きじゃないし、レイブンクローはないかな」
ロウェナは白目を剥いてその場に倒れた。
少しも動きたくなくなった。
世界が滅んで欲しいとも思った。
ショーンから10メートル以上は離れられないので、死体のように脱力したままズルズルと引き摺られていく。
それを見たゴドリックが、無駄に良い声で「ドナドナ」を歌った。
それを聞いて、ロウェナを引き摺っている――半ば強制だが――ショーンは、とてもいたたまれない気持ちになった。
「私はレイブンクローかな。だってお母さんもレイブンクローだったんだもん」
その言葉を聞いた瞬間、ガバッと立ち上がり、満面の笑みを浮かべて耳元まで寄っていく。
「ショーン、ルーナはレイブンクロー寮にするそうですよ。賢そうな子ですから、間違いなくレイブンクロー寮に入れるでしょう。ええ、間違いありません。そこでですよ、ショーン。お友達と一緒の寮の方が良いでしょう? 貴方もレイブンクローにしなさい。した方がいいです。して下さい。お願いします」
友人の前、ついでに不安定なボートの上ということで振り払えない事をいいことに、普段より体を密着させながら迫る。
こんな事をすれば、後でヘルガに説教される事は分かっていた。
しかし、ここしかないのだ。
ショーンのレイブンクロー寮に入る意欲は薄い。興味を持たせるには、今偶々ルーナが作ってくれたこのチャンスを生かす他ないのである。だからロウェナは必死だった。
だが――悲しいことに――ショーンはどうやって組み分けを行うのかも知らないのだ。
どんなにお願いされても、知らないモノはどうしようもない。
「……寮はどうやって決めるんだ?」
「知らない。フレッドとジョージ――三つ上の兄は、トロールと腕相撲させるって言ってたけど、多分嘘だと思う。だってそれが本当なら、今頃ロンは生きていないもの」
「私はモモクリケットみたいな試験だって聞いてるよ」
「まず、モモクリケットがなんだよ……」
一応、ジニーの方を見る。首を横に振った。モモクリケットは魔法族でさえ知らないらしい。
「私は多分、グリフィンドールかな。お父さんとお母さん、兄弟全員がそうだし。うん、絶対グリフィンドール。でももし、もしも違ったらどうしよう……特に、スリザリンだったら」
「おい、この小娘スリザリンを侮辱したぞ」
「少し静かにしてなよ。ショーンが会話を聞き漏らしちゃうかもしれないだろ?」
「貴様、グリフィンドール贔屓だからと庇っているな」
ゴドリックとサラザールが火花を散らす。
そんな二人をよそに、新入生を乗せたボートは順調に進み、対岸に辿り着いた。荘厳な城が姿を表す。
「どうですか、ショーン。私達が建てた学校は」
返事はない。しかし十分すぎるほどショーンの感動が伝わってきた。
苦労して造ったモノを褒められるのは、いくつになっても嬉しいものだった。例えそれが1000年前のモノでも。
ホグワーツに入ると、新入生達は小部屋に押し込められた。扉の向こうからは沢山の人の気配がする。先輩方や教授達がいるに違い。
「ゴーストだ!」
ショーンの心臓が飛び上がった。
しかしどうやら、自身に取り憑く幽霊のことを言ってるのではないらしい。
壁をすり抜けて、半透明の人間が部屋に入って来た。
(これがホグワーツのゴーストか。ヘルガ達と随分違うな。半透明だし、なんていうか……死んでる感が強い)
創設者の幽霊は、浮かんでいること以外はほとんど生きている人と変わらない。子供の頃のショーンが、普通の人間と間違えるくらいだ。
そこへ来てゴースト達は、いかにもゴーストだった。オマケに、ゴースト達には幽霊の姿は見えていないらしい。正直言えば期待外れだった。
やがてマクゴナガル教授が戻ってくると、寮の仕組みについて話をした。
いよいよ組み分けの儀式が始まる。
マグゴナガル教授の引率に従い、大広間に入る。
――そこには
宙に浮いた爛々と輝く蝋燭。
ただそこにあるだけで存在感のある金の食器達。
そして何より――天井一杯に広がる美しい夜空。
親に捨てられてからというもの夜空を改めて見つめる、なんて事をしている暇も余裕もなかった。なるほど、次からは路上に落ちている小銭を探す以外の時間の潰し方をするのも悪くないかもしれない。
この美しい光景を毎日見られるのなら、それだけで入学した価値がある。
新入生達はこれから始まる組み分けの儀式と、期待と好奇の眼差しを向ける教師と先輩達のことも忘れて、すっかりと魅入っていた。
たっぷりと堪能した後で前を見ると、いつの間にか四本足の椅子が置いてあった。その上には見すぼらしいとんがり帽子が乗っている。
なんだろう、あの帽子は。ひどく汚いし、ヨレヨレだ。
そんな事を新入生達が考えていると、帽子に刻まれたシワが動き出し、人の顔の様な形になった。そしてあろうことか、美しい声で歌い出したのだ。
勇敢で騎士道を志すならグリフィンドール。
忍耐強く平和を愛するハッフルパフ。
狡猾で友を大切にするならスリザリン。
叡智を求めるならばレイブンクロー。
大きな闇が近づいている、四つの寮は団結すべし――
やがて歌い終えると、大広間中が拍手に包まれた。
歌い手は新入生の寮を決める帽子――『組み分け帽子』である。
「僕が造った帽子だ」
ゴドリックが自慢げに言った。
他の三人は少し不満げだ。特にロウェナなどは「私なら手足を生やして踊りも出来る帽子を作れました……」とボヤいている。
そうこうしていると、いよいよ組み分けが始まった。
三人の中では
「ハーツ・ショーン!」
直ぐにショーンの番になった。みんなが注目する中歩いていくのは、注目されるのが嫌いなショーンにとって苦痛だった。
椅子に座って帽子をすっぽり被ると前が見えなくなり、頭の中に直接唸り声が聞こえて来くる。
「うーむ……何ということだ……。まさか、こんな日が来るとは……」
帽子はウンウン唸っている。
みんな、直ぐに決まっていた。早くして欲しい。
辛抱切らしてショーンが帽子に早くしろと言おうとしたちょうどその時、後頭部に何かが当たった。
「いて! 何だよ、コレ……」
取り出したのは、真っ赤なルビーが飾り付けられた、銀の剣だった。
◇◇◇◇◇
サラザールとロウェナが争っている。ヘルガも本当は加わりたいのに、我慢してる。
そんな三人の様子を見ながら、ゴドリックは思う。今回の戦い、僕の勝ちだな、と。
ヘルガ・ハッフルパフ以外の創設者達は、それぞれ自分の遺産をホグワーツに隠した。
例えばゴドリック・グリフィンドールの場合、それは剣と帽子である。
最初は、組み分け帽子に語りかけ、ショーンをグリフィンドール寮に入れさせようと思っていた。しかし、念話を飛ばしても応答なし――つまり、幽霊の身では会話をすることが不可能だったのだ。
そこでゴドリックは考えた。
真のグリフィンドール生にしか抜けない、自分の剣。それを抜かせてしまえば、ショーンをグリフィンドール生として認める他ない。
完璧なプランだった。
後はそれを悟られないよう、ひっそりと息を潜めておくだけだ。
これは別にゴドリックが計画的だとか、狡猾だったわけではない。
偶然なのだ。
彼が持つ生来の運。豪運。生まれついての勝者。
偶然にゴドリックが組み分けの儀式のギミック担当になり、なんとなく組み分け帽子から自分の遺産が出るように魔法を施し、偶々それが今生きている。
ゴドリックはいつだって、ここ一番というところでは勝者だった。そしてそれは今日も変わらない。
「グリフィンドール!」
勝利を告げるサイレンが鳴り響いた。
「髪飾り、髪飾りを使う」
「バジリスク! 急いで大広間に来い!」
二人が何やら騒いでいるが、後の祭りである。
もう勝者は決したのだ。
組み分けの儀式に再審はない。
「ゴドリック」
ぽん、と肩を叩かれる。
振り向けば、満面の笑みを貼り付けたヘルガ・ハッフルパフ。
ヘルガは心を読む天才。順当に行けば、ショーンはハッフルパフを選ぶことを知っていたのだ。それを横から奪われた怒り、計り知れるものではない。
「言い訳があるのなら、今の内に聞いておきます。口が動かせなくなるでしょうから」
「……そうだね。グリフィンドール寮は騎士道精神に溢れる者の寮――」
「何が騎士道精神かっ!」
……こうして、ショーン・ハーツはグリフィンドールに決まったのである。