この世で最も過酷な仕事はベーリング海の蟹漁だと聞いたことがあるが、そんなのはジニーの運転を経験したことのないやつの戯言だとショーンは思った。
最近ジニーは車を買った。マグルから見えなくなる魔法を始めとして、便利な魔法が何重にもかけられた最新式のやつだ。そして事あるごとに、ショーンかコリンかルーナをドライブに誘う様になったのである。
誘われるたびに三人は、神に最後のお祈りと遺書の用意をしなければならなかった。
ジニーが運転する車の助手席には、小さなアズカバンがあったのである。
「さあ、着いたわね」
「三途の川にか?」
「ダイアゴン横丁によ」
パーシーが洗濯した服のようにクタクタになったショーンの首根っこを、ジニーは問答無用で引っ張った。
「先ずは服を買いに行くわよ」
服がないことは、ショーンとジニーにとって重大な問題だった。
ショーンは一年生の時に買った制服をずっと着ていたし、ジニーもお下がりのお下がりのお下がりしか持っていなかったのだ。
二人がダイアゴン横丁を歩いていると、時折視線を感じた。
一年前の『ホグワーツ・オールスター戦』の記事で元々知名度があった二人だが、魔法省で起きたヴォルデモートとの戦いで戦死し、葬式中に帰ってきたことで、ショーンはすっかり有名になっていた。
有名になったと言っても、好意的な意味ではない。事実受ける視線のほとんどは、探るような、好奇的な視線がほとんどだ。
その内『蘇った男の子』なんてあだ名が付きそうである。
ショーンはふと、今ここで自分が全裸になったら彼らがどんな反応をするのか、堪らなく気になった。
「着いたわよ」
気がつくと、マダム・マルキンの店の前にいた。
チョウなんかは夏休み中、一週間に一回くらいの頻度で来るらしいが、二人がここに来るのは一年生の時制服を買って以来だ。
ジニーに任せると今度こそ扉を吹き飛ばしかねなかったので、ショーンが先に入った。
服屋特有の、湿った臭いがする。
臭いの元凶である洋服の森の中から、太った魔女であるマダム・マルキンが姿を現した。
「あらあら、珍しいお顔のご来店ね。お久しぶりですわ、お二人とも」
「僕たちのこと、覚えておいでなんですか?」
久しぶりに余所行きの顔を作りながら、ショーンが尋ねた。
「チョウちゃんがいつもあなた達の話をするのよ。面倒の見応えがある後輩が出来たって」
言われてるぞ、ジニー。という意味を込めて、ジニーの脇を小突いた。
ジニーが足を踏みつぶそうとしてきたので、ひょいと足を上げて避ける。避けきれなかった地面が陥没していた。
「噂通りの二人みたいね」
二人の様子を見て、なにがおかしいのかマダム・マルキンは笑っていた。
しかし、二人がチョウのお世話になっているのは事実だ。というより、いつもの仲間内で何か騒ぎを起こす際、収集をつけるのはいつもチョウだ。そういう意味では、全員がお世話になっていた。
「あの子はね、一年生の時から友達が多かったわ。だけどあんまり仲良しではなかったみたいね。多分嫌いなんじゃなくて、合わなかったのよ。ほら、意外とあの子派手好きじゃない? きっとレイブンクローが窮屈に感じる時もあったんじゃないかしら」
意外だった。
チョウはなんでも卒なくこなすイメージがある。友達付き合いで苦労しているとは、思っても見なかったのだ。
「でもね、セドリック君や君たちと出会ってからは、毎日楽しそうにしているわ。セドリック君は今年で卒業ですから、あの子をお願いね」
「いえ。いつもお世話になっているのは、僕達の方ですから。こちらがよろしくお願いします、という立場ですよ」
「まあ、そうね」
さっきからずっと笑いっぱなしだったが、マダム・マルキンは更に笑った。
でっぷりとしたお腹が揺れすぎて服がはち切れそうだったが、ここなら替えの洋服は存分にある。もっともショーンとしては、出来ればマダム・マルキンのストリップは見たくなかったが。
「実はチョウから、あなた達が来たら渡すように頼まれているお洋服があるのよ。後は裾直しだけですから、直ぐに済むと思いますわ」
マダム・マルキンが杖を振ると、いくつものメジャーが二人を測り出した。
その際一年前と同じように、やっぱり鼻の穴の長さまで測られた。そのデータが何の役に立つのか、まったく分からない。
もしかしたらマダム・マルキンの性癖なのかもしれないと考えて、ショーンは鼻の穴が縮み上がる思いだった。
ショーンに渡されたのは、ワインレッドのシャツに黒いパンツ、それから真っ白なローブだった。
ジニーの方は真っ黒なシャツに超の付くミニスカート、そしてグリフィンドールを象徴する真紅のローブだ。それから何故か、サングラスまで渡されていた。
せっかくだからここで着替えていきなさい、と。
マダム・マルキンは二人を試着室に押し込んだ。
「イタリアンマフィアだな」
「イタリアンマフィアね」
お互いを見た二人の感想は、見事に一致した。
後は派手な色のネクタイがあれば、直ぐにでも裏社会で活躍できそうだ。
マダム・マルキンの店を後にした二人は、今度はゾンコの悪戯専門店に向かった。
そこでもさっきと同じ様に、店主からフレッドとジョージがよく二人の話をしていると聞かされた。曰く、代々続いて来た悪戯仕掛け人の後継者だとかなんだとか。
教科書を買いに行った本屋ではセドリックとハーマイオニーのことを、箒の店ではハリーのことを、写真館ではコリンのことを、ペットショップではルーナのことを、やっぱり同じように任された。
みんなヴォルデモートが復活したことで、ナイーブになっているのだろう。
しかしマダム・マルキンよりもヴォルデモートと出会った回数が多いショーンにとっては、今更である。
「おっと。ショーン、面白いやつが歩いてるわよ」
「ん? ほお……なるほど」
ジニーの視線の先には、この真夏だというのに全身真っ黒な男がいた。
二人はとびっきり邪悪な笑みを浮かべて、その人物のところに走って行く。
「スネイプせんせー!」
「なにしてるのー!」
「……グリフィンドールから10点減点」
「えー! なんでぇー?」
「ぼくたちまだ何も悪いことしてないよ」
「グリフィンドールから更に10点減点」
目標の人物は、スネイプだった。
二人はスネイプが大好きである。
ショーンは肩を組み、ジニーは腕を絡めた。
そのせいでスネイプは逃げられなくなり、ポケットに入った杖も抜けなくなったが、それは気のせいというやつだろう。
「こんな所で何してるんですか?」
「意地悪せずに教えなさいよ」
「諸君らには関係ないことだ」
「僕達と先生の仲じゃないですか。関係ないことなんかないですよ。なあ?」
「ええ! 私達仲良し三人組だもの!」
「……家具を、買いに来たのだ」
「家具?」
「二日前、家が爆破された」
この世にも奇跡はある。
二人が吹き出さなかったのは、正にそれだった。
「我輩が朝起きると、目覚ましが鳴っていた。止めようと思いスイッチを押すと、家が爆破したのだ。まったく、忌々しい」
「まじっすか。許せないっすね」
「犯人見つけたら、私達がコテンパンにしてやるわよ」
二人は犯人を許さないと、固く拳を握った。
決して笑いを堪えているわけではない。
「必要ない。犯人は我輩が見つける。裁きを下すのも、我輩の役目だ」
「犯人見つけるの手伝いましょうか?」
「あんた、いいこと言ったわ。スネイプ探偵団の結成ね」
「そんなものを結成させる必要はない」
「えー。一人より三人の方が絶対いいですって」
「そんな事より、諸君は夏休み中魔法薬学の勉強をした方がいいと察するがね。このままだとホグワーツを卒業するのに、後10年はかかるだろう」
「じゃあ後10年は先生と一緒にいれますね!」
「あ、やだー! 先生ったら、私達と一緒に居たいから私達の成績を悪く評価してるの?」
「チッ」
スネイプは露骨に舌打ちしたが、二人は急に耳が遠くなり、まったく聞こえなかった。
「それよかせんせー。今からパーティーがあるんですけど、来ません?」
「わっ! それってもしかしなくても、凄くいいアイディアかも」
「行かん」
「なんでですか。もしかして、夜予定があるとか?」
「ちょっとショーン!」
ジニーはショーンを叱りつけた。
スネイプ先生に予定なんかあるわけがない。お前がどれだけ失礼な事を言ったのか、分かっているのか。
そういう意味を込めて、ジニーは真剣にショーンを叱った。
ここに至って、ショーンは自分がどれだけ失礼な事をしたのか気がついた。
許されないことを、してしまったのだ。
「ごめんなさい、せんせー。僕、気がつきませんでした。こんなこと、二度としません」
「ほら、彼、謝ってるわよ。どうするの?」
「グリフィンドールから50点減点」
「意地張ってないで、許してあげなさいよ」
「グズッ……せんせー……」
泣き
何処からどう見ても仲良しの三人は、揃って家具屋に向かった。
やがてたどり着いた厳かな家具屋のドアを、ジニーが蹴っ飛ばして入る。
「これはこれは。お待ちしてました、スネイプ様……と、ご友人の方でしょうか」
「親友でーす!」
「愛人でーす!」
「宿敵だ」
「さ、左様でございますか。その、複雑なご関係なんですね」
店の主人は、笑っていいのかどうか分からないという顔をしていた。
その後スネイプは、色々な家具を見始めた。
もちろん、ショーンとジニーも一緒だ。
「あっ、スネイプせんせー。あのソファーなんてどうです?」
ショーンが指差したソファーを見て、今度こそジニーは吹き出した。
そこには、この店に似合わないファッション・ピンクのソファーがあった。フリフリが大量に付いているだけでもうお腹いっぱいなのに、なんと上には天使が飛んでいるではないか。これは匠の嬉しい計らいだ。職人の腕が光りまくっている。
どうやらこれは中古品のようで、昔アンブリッジの部屋でよく似た物を二人は見た。
部屋で一人、このソファーに座るスネイプを想像して、二人は心が温かくなるのを感じた。
「スネイプせんせー、座ってみてくださいよ」
「そ、そうね。ごほん。に、似合うかも――アハハハハ!」
とうとう我慢しきれなくなって、ジニーは笑い転げた。
自由になってしまった右手。
スネイプはショーンとジニーに容赦ないげんこつを落とした。
「我輩が校長なら、二人揃って退学にしていたところだ」
「魔法大臣だったらアズカバン行き?」
「ご指摘の通り。正しく、そうしていただろうな」
「またまたー」
脇腹を小突いたショーンに、またもスネイプはげんこつを落とした。
そろそろ引き時だ。
杖を使われては、二人はひとたまりもない。
もちろんスネイプはそんなリスキーなことはしないだろうが、弾みというものがある。
「それじゃあスネイプ先生、またホグワーツで会いましょう」
「あら。本当に今日、パーティーに来てもいいわよ。ハリーは嫌がるでしょうけど」
「我輩が行くと思うのかね?」
スネイプとハリーが仲良くクラッカーを鳴らすことは、ヴォルデモートとダンブルドアが仲良くボウリングのスコアを競争し合うことくらい想像し辛かった。
ただショーンとしては、スネイプが来た方が絶対愉快なことになるだろうと思った。
一刻も早くショーンとジニーと距離を置きたいと。
スネイプはさっさと店の奥の方に行ってしまった。
二人も別に家具を見たいわけではなかったので、店を出ようと歩き始めた。
その時ちょうど、入れ違いになる形で老いた魔法使いが店の中へと入ってくる。するとそれまでいつものように息を潜めていたヘルガが、急に耳打ちしてきた。
「……スネイプ先生も大分恨みを買ってるらしいですね」
「どういうことよ?」
目の前では、先程の老いた魔法使いが杖を抜き、スネイプの背後から呪いをかけようとしていた。
彼も元とはいえ死喰い人だ。
今でも恨みを持っている人は、多くはないがいるのだろう。
事実あの老人がそうだと、ヘルガに教えてもらった。
「よっと」
杖を蹴り上げる。
ショーンの素早さは、ちょっとしたものだ。
驚く魔法使いの顔面をジニーが殴り、あっという間に気絶させてしまった。
事情を知ってるショーンはともかく、一瞬で切り替えて攻撃するあたり、ジニーはやはり普通の少女ではない。
「これどうする?」
「ここに置いときゃ、趣味の悪いカーペットと間違えて闇の魔法使いの誰かが買うだろ」
「ピンク色に染めておけば、アンブリッジへの差し入れになるかもしれないわね」
「いや、ハートと天使が足りないぜ」
二人は今度こそ、家具屋を後にした。
【オマケ・ショーンとジニーが絶対にしてはいけないことリスト】
第21条 確かにホグワーツでは友情が重くみられ、学校側も交友を推奨していますが、あなた方は例外として新入生に接触することを禁止します。
第22条 スネイプ教授の「我輩を誰だと思っている?」という問いに対して「童貞」と答えるのは絶対に止めましょう。
第23条 スネイプ教授の「敬意というものを知らんのか?」という問いに対しての正しい答えは、少なくとも「もちろん知っている。だけど申し訳ないが、君に教えられる自信がない」ではありません。
第24条 何でできているか、何に使うのか、また何故人気なのか全く判別出来ない「ジニッチ」なる物を、安全面の観点から販売することを禁止します。
第25条 新入生の初めての授業前に、魔法の杖をこっそりただの木の枝に変えることは、普通に酷い事です。
第26条 確かにスネイプ教授は結婚していませんが、それは彼がゲイだからでも、ましてや誰も受け止められないような特殊な性癖を持っているからでもありません。
第27条 たまに大人しくして周囲を疑心暗鬼にさせてはならない。
第28条 確かに裸体はしばしば芸術として見られますが、授業にボディ・ペイントや下着姿で出席することは風紀を乱します。
第29条 スネイプ教授の講義中に、アメリカのドラマでよくある「外野の笑い声」や「残念がる声」を流してはならない。
第30条 「自分探しの旅」に行くのは構いませんが、ドラゴンが数多く生息するルーマニアは最低の選択肢です。ましてや他の生徒を巻き込むなど、とんでもないことです。
第31条 ジニー・ウィーズリーがスネイプ教授の私室に立ち入ることは禁止されています。その上、半裸で出てくる所を故意に他の生徒に見せることは、絶対にやめて下さい。片栗粉を水に溶かした物を入れたコンドームを“うっかり”落とすこともです。
第32条 ゴドリック・グリフィンドールの剣を土に挿し、永久接着呪文をかけた上で、それをアーサー王のエクスカリバーだと偽り「抜けた者だけが『例のあの人』を倒せる」と言って生徒に抜かせようとする遊びは、人気になりすぎたため禁止されました。
第33条 ダンブルドア校長に「実施したら愉快なことになる校則リスト」を渡してはならない。
第34条 魔法の杖ではないただの木の枝をスネイプ教授に向けて「アダバ・ケダブラ」を唱えることは、完全にやり過ぎです。
第35条 屋敷しもべ妖精に「左を見ながら右を見ろ」などの絶対に不可能な命令をしてはならない。
第36条 例えどれだけ人気なのだとしても、校内で「ケバブ」を売るのを即刻止めてください。例えダンブルドア校長が常連であったとしてもです。
第37条 スネイプ教授の私室をラブホテル風に改造したことは「ささやかなルームサービスの気遣い」には含まれません。
第38条 ロナルド、もしくはハリーと名の付くイベント・団体・宗教の設立への許可申請に対する答えは全て「NO」です。
第39条 第38条は無断でやれという意味ではありません。
第40条 全女子生徒のスリーサイズが書かれた、顔写真付きリストの販売を即刻中止してください。ましてや校内のみならず、一般販売するなど言語道断です。
※破るとセドリックの家が爆破されます。