ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

44 / 75
第10話 ショーン・ハーツと賢者の石

 例えばだが……。

 逆転時計で戻った時間がたったの二分程度なら、その場で二分待てば元の時の流れに戻ることができる。

 つまり極端な話、1000年前に飛んだとしても、その場で1000年待てば元の時代に帰れるのだ。

 

「というわけで、この場で1000年待つ」

「そうですか。白骨死体も残らないでしょうが……頑張って下さいね」

 

 だが――――1000年。

 そんな時を生きれるほど人の寿命は長くない。

 人の寿命はどれだけ長生きできたとしても精々が120年。魔法使いならそれより長く生きてはいれるが、やはり1000年という時間はあまりにも長すぎる。

 

「まあ待て。本題はここからだ。あるんだよ、1000年生きたままこの場で待てる方法が」

 

 こんな話を聞いたことがあるだろうか。

 ダンブルドアとニコラス・フラメルは『賢者の石』を共同開発した。

 それによりニコラスは永遠の命を手に入れた、と。

 現実としてフラメルは669年もの間生きている。

 

 だがここで、ちょっとした疑問が出てくる。

 ダンブルドアの年齢は114。

 仮にダンブルドアが産まれた瞬間からフラメルの研究を手伝い、一年かからず『賢者の石』完成させたとしても、フラメルは555歳まで自力で生きていたことになる。

 それはちょっと不自然だ。

 そこでこんな仮説ができる。

 

 『賢者の石』の雛形は昔からあったのではないか?

 

 考えてみれば当たり前の話だが、何かを造るとき、いきなり完成品ができることはまずない。普通最初に失敗作ができて、そこから悪いところを直していき、最後にやっと完成品ができる、という流れが大半ではないだろうか。

 つまりはこういうことだ。

 『賢者の石』の『完成品』はダンブルドアとの共同開発で造られた。しかし『賢者の石』の『未完成品』はずっと昔からあり、不完全な『命の水』の効能で永遠の命とまではいかなくとも、寿命を延ばすことはできていた……

 

 そしてもう一つ、こんな疑問もある。

 その道の専門家であるフラメルが500年もの歳月をかけて研究し続けた『賢者の石』。それをいかに天才とはいえ、錬金術師でもなかった若かりし頃のダンブルドアが何故完成させることが出来たのか。

 それはダンブルドアが、錬金術師とはまったく異なるアプローチをした結果なのではないかとショーンは思う。

 つまり全然違う研究をしていたら、うっかりそれが『賢者の石』を完成させる材料だった、という具合に。

 

 ダンブルドアの最も偉大な発見はなにか?

 ショーンの時代に住む人間なら誰でも知ってる。

 即ち、ドラゴンの血液に関する発見か、不死鳥についての研究だ。

 ドラゴンの血液には様々な効能があるし、不死鳥なんかは凄く関係がありそうな気がする。

 

 そして三大魔法学校対抗試合のとき、ロウェナが言っていた。

 当時の私の対戦相手は初代フラメルで、その時怪我を負ったせいで『賢者の石』を完成させることが出来ませんでした、と。

 つまりあるのだ、この時代に。

 既に『賢者の石』の未完成品が。

 

 これだけヒントが揃っていても、ショーンでは『賢者の石』を完成させることはできない。

 フラメル自身にヒントを伝えて石を完成させてもらうという手もあるが、それでは歴史が変わりすぎてしまう。

 だが目の前にいる四人の創設者なら……。

 

「まあ、出来なくはないですね」

 

 ロウェナはあっさり頷いた。

 希望的観測というわけではなく、ある程度の仮説を立てた結果、出来ると、彼女はそう思ったのだ。

 

「賢者の石の雛型も、サラザールなら簡単に盗めるでしょう。

 何せ彼は、昔盗賊でしたから」

「へえ」

「この辺のことは、後世には伝わってないのですか?」

「聞いたことないな」

「それでは教えてあげましょう」

 

 ロウェナは張り切りだした。

 この頃から、既に教えたがりだったのだろう。

 

「当時のことを言うと怒りますが、彼は名のある盗賊団の団長でした。

 とある貴族の家に盗みに入ったのを最後に、盗賊団は解散、彼も足を洗いましたが」

「何があったんだ?」

「その家のどら息子一人に、ボコボコにされたんですよ。全員揃って」

 

 盗みに入った貴族の家名はグリフィンドール。

 つまりは、そういうことだ。

 それ以来サラザールは、ゴドリックを倒すために修行の日々を送ったらしい。

 結末を知っているショーンからすれば、なんとも言えない所だ。

 

(……ん? 昔見た夢だと、サラザールがまだ幼い蛇の時、ゴドリックと出会った話じゃなかったか)

 

 しかしプライドの高いサラザールのことだ。

 自分の過去をロウェナに語ってない可能性がある。

 そこで初めて会った、と彼が語ったのなら、そこに口出しすべきではない。

 

「ドラゴンと不死鳥に関しても、ゴドリックならなんとかなるでしょう」

「まあ、三日もあれば二つとも捕まえてくるよ」

 

 ドラゴンは熟練のドラゴンキーパー十人掛かりで捕まえてくるとかいう話を聞いたことがある。

 それをたった一人で……。

 しかも三日。

 それも不死鳥付きである。

 相変わらずどうなってるんだろか、この男は。

 

「ロウェナ、ドラゴン運ぶような荷車か何か作ってもらえる」

「構いませんよ」

 

 杖を振って、巨大な荷車を出した。

 これだけで重量的に何十キロもありそうだが、普通な顔をしてゴドリックは引いている。

 

「自分で出さないのか?」

「僕は二種類しか魔法が使えないからね。やらないんじゃなくて、出来ないんだよ」

「二種類だけ?」

 

 そんな話は聞いたことがなかった。

 

「一つは愛の魔法さ。愛とは何物にも勝る魔法だからね」

 

 ゴドリックはキメ顔でウィンクした。

 

「そういうのいいから」

「おっと。辛辣な反応だね。ストレスでも溜まってるのかい? それともアッチの方が溜まってるのかな。どれ、僕が何人か紹介してあげよう」

「そういうのいいから」

「あ、うん。それで、もう一つの魔法だけど。命を作れる。実際してみせよう」

 

 ゴドリックが、近くの草に向けて杖を振った。

 草がムズムズと揺れた後、やたらファンシーな目と口が生えてきた。

 本当に命が生まれたようだ。

 

 草は地面から抜け出すと、その辺をうろちょろと歩いて――近くの草に口を当てた。

 接吻である。

 どうみてもキスしている。

 草なのに燃え上がるようなキスをしている。

 この男は、魔法までも下品であった。

 

「インセンディオ」

 

 躊躇なく、ショーンは草を燃やした。

 草むしりの罰則は何度も課せられたことがあったが、ここまで清々しい草むしりは初めてであった。

 

「ゴドリック、あなたはさっさとドラゴンと不死鳥を捕まえて来てください」

「もっとねだるように言って欲しいな。ゴドリックぅ、お願いですからぁって」

「そういうのいいですから」

「あ、はい」

 

 ドラゴン用の巨大な荷車を肩に担いで、ゴドリックは歩いて行った。

 きっと何処かの英雄譚にあるような、女の子をドラゴンから救って恋に落ちる的な展開をやるのだろう。それかワザとそういうシュチュエーションを自分で作るかもしれない。

 後世に残っているゴドリックの英雄譚のほとんどが、奴の自作自演という可能性すらある。

 あの男ならやりかねない、とショーンは思った。

 

「では、サラザールとヘルガにも事情を説明して手伝ってもらいましょうか」

「いいのか? タイムパラドックスとか、色々起きちゃうだろ」

「構いません。タイムパラドックスというなら、私と君が出会った時点で既に起きています。なので元々、事が終わればヘルガに君に関わる記憶を全て消してもらおうと思ってました。他三人の記憶も、消せば同じことです」

「じゃあ今の内に思いっきりバカにしても、忘れてくれるってことか。やーい、ひんにゅ――」

「そうですね。なので次私をバカにしたら、忘れない内に報復します。ところで、今何か言いかけてませんでしたか?」

「ううん、僕何も言ってないよ」

「そうですか」

 

 二人は何の喧嘩もせず、極めて平和的にサラザールとヘルガの元まで歩いて行った。

 

 

   ◇

 

 

 ショーン、ロウェナ、サラザール、ヘルガの四人は、フラメルの研究室に来ていた。

 狙いはもちろん、賢者の石である。

 

 ショーンの事情を話すと、ヘルガは直ぐに協力すると言ってくれた。

 一方サラザールは物凄く渋っていたが、ロウェナが「じゃあいいです。私達だけでやりますから」と言うと、簡単に態度を改めた。やっぱり顔を赤らめながら。

 手伝ってもらう立場ではあるが、気持ち悪かった。

 

「とりあえず、私一人で侵入してくる。貴様等はそこで待っていろ、お茶でもしてな」

「まあ。それでしたら、お茶の準備はわたくしがさせていただきますね」

「皮肉で言ったのだ、皮肉で!」

 

 サラザールは怒りながら、フラメルの研究室に向かおうとした。

 しかしショーンが待ったをかける。

 

「合言葉を決めた方がいいんじゃないか」

「合言葉?」

「ああ。予め決められた合言葉を、サラザールが叫んだら三人で助けに行くんだ」

「魔法でいいだろ、そんな物は」

「魔法が妨害されてる可能性だってある。それにこういうのは、気分が大事だろう」

「……まあ、よい。で、合言葉は何だ?」

 

 サラザールが言葉を促す。

 未来の傾向から見て、彼が合言葉とか秘密の暗号が好きなことはお見通しだ。

 ショーンは一拍おいて。

 

「合言葉は『貧乳』だ」

 

 と告げた。

 

「ちょっと待ってください」

「もう一度言うぞ。貧と、乳だ」

「待ちなさいと言っているでしょう!」

「なんだよ」

「その合言葉は、特定の人間を著しく貶しています」

 

 なんのことだか分からない。

 ショーンはきょとんとした顔をした。

 

「いやいや。どうしてそこまで無垢な顔が出来ますか。悪意の塊でしょう」

「いや、ちょっと分かんないです。僕マグル生まれなんで。勘弁して下さいよ。へへっ」

「どうして私が絡んでるみたいになってますか」

「ロウェナ」

「なんです、ヘルガ」

「私は貧乳も好きですよ」

「そうですか。ところで、ヘルガ」

「はい、なんでしょう」

「少し黙ってて下さい」

 

 ロウェナは、ヘルガを睨みつけた。

 顔を睨んだ後、視線を少し下げる。

 自分のそれとは違い、そこには服の上からでもわかるしっかりとした膨らみがあった。

 

「くっ!」

 

 知らず知らずの内に、手に力がこもる。

 どうして世界はこんなにも理不尽なのだろうか。

 こんな格差があるから、きっと戦争は無くならないのだろう。

 

「……おい。いつまでふざけてるつもりだ。私はもう行くぞ」

「暗くなる前には帰って来いよ」

「おつかいか!」

 

 サラザールはマントを翻して、屋敷へと向かっていった。

 しばらくしてから「貧乳! 助けに来い!」という声が悲鳴と共に聞こえてきたが、ロウェナは頑なに助けに行かなかった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ロウェナ・レイブンクローの工房は思いの外小さい。

 いや、今小さいというだけで、必要があれば大きくするのだろう。もっとも、胸の方はいつまでも小さい様だが。

 ともかく、工房の大きさはグリフィンドールの談話室ほどしかなかった。

 部屋の中には、フラスコや秤などが所狭しと並んでいる。

 中央では、椅子に座ったロウェナが何か作業をしていた。サラザールが盗ってきた賢者の石をゴドリックが持ってきた材料を使って錬金しているようだ。

 随分と集中している様だったが、ショーンが工房に入ると直ぐに手を止めた。

 

「おや。トロールの痰が入ってきたと思ったら、君でしたか」

「どんな間違え方だ。せめてもうちょっと人に寄せた勘違いをしろ」

「失礼。君かと思ったら、トロールの痰でしたか」

「違う。確かに人に寄せた勘違いになったが、正解が有り得ない速度で離れていった」

「それで、今日は何の用ですか。衣装タンスの場所でしたら教えませんよ」

「おい。下着泥棒に来たんじゃないぞ」

「今日は強盗ですか」

「俺の犯罪性を格上げするな」

「もしや怪盗?」

「変態性の方をあげるな」

 

 『怪盗・下着泥棒』の称号は、まだ十代のショーンが背負うには重すぎた。

 

「下着が目的ではないとすると、どうして君はここに?」

「いや、下着以外が目的で来ることもあるだろ」

「なんと、驚きました。君にもまだ、下心以外の感情が残っていたんですね」

「お前の中の俺、変態性が高すぎるだろ。あとちょっとで人の心失いそうじゃねえか。変態界のカリスマか、俺は」

「またまた、ご謙遜を」

「変態界のカリスマでさえ謙遜してるレベルなのか、俺は」

「ゴドリックより2レベル上くらいです」

「うん。それはどうしようもないな」

「で、本当の所は何の御用で?」

「ああ。何か手伝えることはないかと思ってな。俺のことなのに、全部任せて後は知らんぷりって、収まり悪いだろ」

「お手伝い、ですか。殊勝な心がけですね」

 

 少しの間、ロウェナは顎に手を当てて考えていた。

 ショーンでも出来る、単純な作業を探しているのだろうか。

 

「では、そうですね。君には声出しをしてもらいましょうか」

「こ、声出し?」

「はい。声出しです」

 

 意味が分からなかった。

 錬金術の手伝いをするのに、声出しをする必要がどこにあるのだろうか。

 しかし、ショーンは錬金術に関しては素人だ。

 何か意味があるのかもしれない。

 よし、早速やってみよう。

 

「よーし! それではね! 今日はね! 賢者の石を作っていこうと思いますよ!」

「ええっと、これをこうして……」

「いいよー! うん、その調子! ロウェナいいよー! いい動きしてるよー!」

「これを2グラム加えて……」

「測ったねー、測ったよこれ! ここは時間いっぱい使ってこう! 分量間違えたら大変だからね! 慎重に行こう!」

「こちらとこちらの薬を混ぜ合わせて……」

「おっ、混ぜたねー! いい色合いですよ、これは! はい! 非常に期待が持てますよ!」

「これを熱して……」

「おやおやおや! どうやら新しい工程があるみたいですよ! ロウェナの時間きたねー! ここからはロウェナの時間です!」

「君」

「はい!」

「うるさい」

「じゃあ何でやらせたんだよ!」

 

 やっぱり意味なんてなかった。

 

「そんなことより、そこの鉱石を砕いて貰えますか?」

「あるじゃん。やることあるじゃん!」

「口を動かすより手を動かす」

「口を動かさせたのはお前だろ!」

 

 ロウェナに指定された鉱石を手にとる。

 単なる石にしか見えないが、何か魔法的な見地から見ると大層なものなのだろう。

 その辺にある小さなハンマーで叩いてみると、あっさり割れた。

 この分なら、そんなに時間をかけなくても粉状になりそうだ。

 

 ショーンは昔から凝り性なところがある。

 直ぐに作業に熱中しだした。

 ロウェナも黙って、淡々と作業している。

 

 ショーンが鉱石を砕く音。

 ロウェナが薬を調合する音。

 それから二人の息遣いだけが、部屋の中に漂っていた。

 

 ふと、ショーンは昔を思い出した。

 昔ショーンとロウェナは、大ゲンカをした事がある。

 原因はショーンがロウェナをからかい過ぎたとか、その時ロウェナの機嫌がたまたま悪かったとか、そんな下らない事だ。今にして思うと、どうしてあんな些細なことで、と馬鹿馬鹿しくなる。強いていうなら、タイミングが悪かったのだろう。

 その時他の幽霊達はちょっと遠くに行き、ショーンとロウェナを二人きりにした。

 早く話し合って仲直りしろ、という意味だったのだろう。

 

 しかし当時は子供で、意地っ張りだった。

 ショーンはもちろん、千歳を超えるロウェナも。

 お互いそっぽを向きながら、ワザとらしく本を読んだり寝たりして“お前のことなんか興味ないですよ”というフリなんかしてしまった。

 ちょうど今みたいに。

 もちろん今はケンカしているわけではないが、なんとなく雰囲気が似ているのだ。

 こうしてお互い近くにいるのに別々のことをしているのがあまりないから、余計にそう感じる。

 

(あの時は、どうやって仲直りしたんだったか)

 

 ああ、そうだ。

 そうだった。

 ロウェナが泣きだしてしまったんだ。

 「お話できなくて寂しいです!」とか言って。

 今はどうか分からないが、子供だったショーンは涙に弱かった。さっきまで怒っていたのに、あたふたしながらロウェナを慰めた。

 懐かしい記憶である。

 

 そんなことを考えていると、石が粉末状になっていた。

 いつのまにか作業が終わったようだ。

 

「おーい! 終わったぞ」

「こっちもです。それを持って来て下さい」

「了解。後日遣いの者に持たせる」

「今、君が持って来なさい」

 

 机の上に、何か魔法陣の様な物が書いてあった。

 その真ん中に未完成の賢者の石が置かれている。

 ロウェナは、ショーンが持って来た粉を石の周りに振りかけた。その後杖を振りながら、色々と呪文をかけている。詠唱が速すぎるのと、そもそも言語が違うのかショーンにはまったく聞き取れなかった。

 

「さっき君が砕いたアレは、ドラゴンの牙です。君が言った通り、やはりドラゴンの素材こそが賢者の石完成の鍵だったようですね」

「てことは……」

「はい、完成です」

 

 周りの金属が、いつのまにか金に変わっていた。

 賢者の石が、完成した。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ハーマイオニーが一千年前に来た時、恐らくホグワーツから出発したのだろう。

 つまりそこにいれば、いずれホグワーツが建つ。

 彼女の存在が目印になった。

 ショーンはそこから少し離れた場所で、一千年待つことにしたのだ。

 待つと言っても普通に待っていたらちょっと退屈過ぎるので、ロウェナの魔法で眠ることになる。原理はよく分からないが、失神呪文の強化版ということらしい。

 

 歴史の修正はほとんど終わっている。

 ロウェナが複製した未完成の賢者の石をフラメルの工房に戻したし、記憶もヘルガが書き換えた。

 後は四人の記憶を消せば、それで元通りだ。

 

「この棺桶に入って下さい。私が魔法を掛けて置いたので、一千年の間は誰にも感知されず、また壊れる事もありません」

「魔法が解ける前に俺が目覚めちゃったら?」

「二度寝しなさい」

「二度寝しろ、って言われたのは初めてだな」

「今ならオプションで花も付けられますが、どうします?」

「死んじゃったみたいになるだろ。いらねえよ」

 

 賢者の石を抱いて、棺桶の中に入った。

 見た目に反して柔らかい。

 これなら寝返りを打っても大丈夫そうだ。

 

「ぐすっ……お別れだなんて、寂しいです。せっかく仲良くなれたのに」

 

 ヘルガが泣きじゃくっていた。

 ショーンからすると目覚めてすぐ再会することになるのだが、彼女からすると永遠の別れになる。

 何か言葉をかけたかったが、上手く言葉が出てこなかった。

 

「不思議と、また君とは会える気がする」

 

 星が出そうな勢いでゴドリックはウィンクした。

 普通ならお別れの常套句と思って気にしないが、この男が言うと洒落にならない。

 案外全部分かってて……なんて事もあり得る気がして来るのだ。

 

「……」

 

 サラザールは何も言わなかった。

 しかし彼が不機嫌で黙っているわけではないことは、よく分かってる。

 その証拠に、右手で小さく手を振っていた。

 

「……そういえば」

 

 最後に、ロウェナが口を開いた。

 

「君の名前を聞いていませんでしたね」

「そういえば、そうだったかもな」

 

 君とか、貴様とか、下着泥棒とか。

 そんな風に呼ばれてるばかりで、名前を呼ばれたことはなかった。

 

「俺の名前は――」

 

 自分の名前を言おうとして、ショーンは思い直した。

 最後の、ちょっとした意地悪だ。

 

「――いや、いつかまた会った時に。改めて自己紹介をしよう」

「それは……長生きしなくてはいけませんね」

 

 お互い少し笑った後、ショーンは棺桶の蓋を閉めた。

 蓋が閉まる音を最後に、棺桶からは何も聞こえなくなった。

 彼は一千年の眠りについたのだ。

 

 死んだわけでもなく、どこか遠くへ行ったわけでもない。

 それでももう、二度と会えない。

 しかしこれで良かったのだろう。

 彼はこの時代の人間ではないのだから。

 スッキリしたようなモヤモヤしたような不思議な感覚が四人の中に残った。

 

 その後創設者達もまた、己の記憶を封印した。

 そう。

 消したのではなく、封印した。

 決して思い出すことは出来ないが、心の奥底にあるその記憶は、ちょっとだけ彼らをユーモラスにさせた。

 そのことがほんの些細な変化を未来にもたらし、伝記本がほんの少しだけ書き換わってしまうのは、また別の話だ。 

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 それから五年後、ショーンが埋まっているすぐ近くにホグワーツが建てられた。

 それから三年してロウェナが結婚し、次の年にはヘレナが産まれた。

 

 ヘレナの誕生から十五年後。ロウェナは夫であるウィリアムと壮絶な殺し合いをすることになる。

 その際強力な呪いをかけられ、ロウェナは床に伏すこととなった。

 翌年激化した戦争によりヘルガが戦死、後を追うようにロウェナもその短い生涯を終えた。

 

 いつも冷静だったロウェナと橋渡し役だったヘルガがいなくなったことで、ゴドリックとサラザールの仲は急激に悪化した。

 二人は伝説的な決闘を行い、ゴドリックだけが残った。

 

 そして千年の時が経ち――ひとりの赤ん坊が産まれた。

 両親は産まれたばかりの我が子を抱きしめ、彼の名前を囁いた。

 その時、一千年の間謎だった彼の名前を、ロウェナは知ることになる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。