「ダンブルドア先生!」
「下がっておるのじゃ、ハリー!」
ダンブルドアの右腕――世界一の右腕だ!
それを、それを自分なんかのために!
ハリーはとてつもない後悔に襲われた。
やはりここに来るべきではなかったのだ。
もし、もしもダンブルドア先生が――
――ダンブルドア先生が死んだら。
「下がっておれ!」
ダンブルドアが左手を動かすと、ハリーは強い力で後ろの方に飛ばされた。
先程までハリーが立っていた所に、ヴォルデモートの黒いオーラが広がる。
ハリーの代わりにそれを受けたダンブルドアは、まるで木の葉の様に軽々と吹き飛んだ。
痛みか、あるいは深手を負って動けないのか、その場でうずくまるダンブルドアに、ヴォルデモートが高笑いしながら近づく。
残った左腕で、ダンブルドアは這うように逃げた。それをあざ笑うようにヴォルデモートが『姿表し』で近づき――あろうことか、ダンブルドアの頭を踏みつけた!
仮にもかつての師であるダンブルドアを、足蹴にしたのだ!
後悔や手加減など一切ない!
あるのはかつての強者をいたぶる薄汚れた快楽のみ!
「ふははははは! やはり魔法の技量こそが唯一にして絶対の『強さ』よ。なあダンブルドア!」
高笑いするヴォルデモートを見たハリーは血が出るほど歯をかみしめた。
ダンブルドアの腕が切断されたとき、右腕と一緒に杖が飛んで行ってしまった。
だから無抵抗に、ダンブルドアはやられているんだ!
ヴォルデモートもそれを分かってて――!
甚振っているんだ!
偉大なダンブルドア先生を!
ヴォルデモートに激昂する一方で、冷静なハリーが考える。
杖は――いやダンブルドア先生の右腕はどこだ? 杖を持って行きさえすれば、ダンブルドア先生はまだ戦える、いや勝てる!
(杖……杖は、どこにある。杖さえあれば!)
普段スニッチを探しているのが役に立った。ハリーの動体視力は、いとも簡単にダンブルドアの右腕を探し出したのだ。
だが呼び寄せ呪文は唱えられない。ヴォルデモートに気づかれ、反対呪文で相殺されるのがオチだろう。
その後彼は喜んで、右腕ごと杖を燃やすに違いない。
どうすれば、どうすればヴォルデモートに気づかれないように杖を取れる?
――その時、ハリーは閃いた。
たった一つの冴えた策を。
賭けになる。
大きな賭けに。
しかしやらないわけにはいかない。
ダンブルドアのために、そしてハリーをここまで導き、今も戦ってくれているみんなのために!
「ヴォルデモート! 僕が相手だ!」
広間の中央へと、ハリーは躍り出た。
ピタリと、ヴォルデモートの動きが止まる。
本来のヴォルデモートなら、ハリーなど歯牙にもかけないだろう。杖をほんの少しだけ動かせば、ハリーなどたやすく倒せるのだから。
しかし、それが彼には出来ない。
何故ならハリーの手にはヴォルデモートが欲して止まない物――予言が握られているからだ。
アレを壊す可能性がある間は、ハリーには手出しできない。
「ダンブルドア先生から離れろ。でなければ、これを叩き割る!」
「なるほど、考えたなポッター。この闇の帝王を脅すか」
「いいから離れろ!」
ハリーが一瞬予言を砕き割るフリをすると、ヴォルデモートの目は予言に釘付けになった。
いいぞ……その調子だ。もっとこっちを見ろ。
ハリーは自分を必死に鼓舞した。
これから起こる恐ろしいことに耐えるために……
――次の瞬間、ハリーは予言を空中に投げた!
自分を守ってくれる唯一の盾を、ハリーは自ら手放したのだ。
しかしその甲斐はあった。
目論見通りヴォルデモートの目がハリーから外れ、空に浮く予言に移ったのだ。
「エクスペリアームス!」
その隙を見逃さず、ハリーは武装解除を唱えた。
ヴォルデモートがほとんど条件反射で、対抗呪文を唱える。
しっかり準備して呪文を唱えたハリーと、咄嗟に唱えたヴォルデモート。
本来ならハリーが勝つのだろう。だが両者では、実力に差があり過ぎる。ハリーの呪文は一瞬食らいついたものの、ヴォルデモートの呪文に打ち負けてしまった。
「プロテゴ!」
盾呪文を唱え、ヴォルデモートの呪文を受け止める。
万全の状態ではない呪文、しかも一度ハリーの武装解除とぶつかり合っている。にも関わらずヴォルデモートの呪文は、盾呪文ごとハリーを、彼方まで吹き飛ばした。
(これでいい……!)
骨が軋み、芯から体が痛む。
だがハリーは、笑った。
これこそがハリーの策!
迂闊にもヴォルデモートがハリーを飛ばした先――そこには、切断されたダンブルドアの右腕があった!
ハリーが取りに行けないのなら、ヴォルデモートに運んでもらえばいい!
弱らせたヴォルデモートの呪文に、自分を運ばせたのだ!
「貴様!」
予言をキャッチしたヴォルデモートが、冷静さを取り戻し、ハリーの策に気がついた。
飛翔魔法を使い、一気に距離を詰めてくる。
「エクスペリアームス!」
ヴォルデモートの呪文が、ハリーから杖を奪った。
杖は宙を舞い、ヴォルデモートの手の中に収まってしまった。
飛翔魔法の勢いのままヴォルデモートがハリーの胸ぐらを掴み、その場に押し倒した。
喉元に、杖が突きつけられる。
まさに絶体絶命。
勝利を確信したヴォルデモートは笑い、遠くで見ているダンブルドアでさえが負けを悟った。
しかしハリーは、それでもなお余裕だった。
「さっきと逆だな、ヴォルデモート」
「なに?」
「こうなってよく分かったよ。お前は有利なようで、全然有利じゃない。僕を倒すことしか考えられないからだ」
「貴様、どういう意味だ……」
「お前が今吹き飛ばした杖を見てみろ!」
ヴォルデモートは、先程ハリーから奪った杖を見た。
ダンブルドアの杖ではない……
最初にハリーにわざと取らせた、自分のダミーの杖!
「お前の『負け』だヴォルデモート! 僕の『勝ち』だ!」
「ぬぅ――!」
本物の杖はどこにあるのか……?
聞くまでもない。
誰にでも簡単に使える初級呪文――浮遊魔法。
それをハリーが使えぬ道理はない。
背後に強い気配を感じ、ヴォルデモートは冷や汗をかいた。
――ヴォルデモートの背後に、杖を持ったダンブルドアが立っていた。
先程ヴォルデモートに攻撃され、全身傷だらけだが、その全身からは前よりも一層エネルギーが迸っている。
何故立てる?
人を壊すには十分の攻撃を与えたはずだ。
それなのに何故――
これが精神の『強さ』だとでも言うのか……?
「左様。お主の負けじゃよ」
ダンブルドアの言葉は静かだった。
しかしヴォルデモートでさえ総毛立つような、確かな恐ろしさを感じさせた。
「アバダ――」
「エクスペリアームス!」
ヴォルデモートの体は宙を舞い、床に激突した。
いかな不老である闇の帝王とて、体は人間のそれだ。
ダンブルドアの全力の一撃に耐えられるはずもない。
強い衝撃で予言を手放してしまい――床に落ちて予言は砕けてしまった。
「手を貸そうか、ハリー」
「いえ、大丈夫です。自分で立てます」
自力で立ち上がり、ヴォルデモートへ杖を向ける。
ダンブルドアも今度は「下がれ」とは言わなかった。
もう守られる存在ではない。ハリーはダンブルドアの肩を並べて戦う強者へと、進化したのだ。
「おのれ! ――おのれおのれおのれッ! 許さんぞポッター!」
全身から憎悪を溢れさせながら、ヴォルデモートが立ち上がる。
もう予言は失われた。
敵は二人。
力もかなり消費している。
しかし、引くわけにはいかない。
偉大なる闇の帝王である己が、たかが15の小僧に負けたまま、引き下がるわけにはいかないのだ!
そしてダンブルドアの言う精神の『強さ』などは戯事だと、己の信じる『強さ』こそが真の『強さ』であると、証明しなくてはならない!
「アバダ・ケダブラ!」
――ヴォルデモート卿の魔法が炸裂した。
◇◇◇◇◇
三人の戦いは熾烈を極めた。
ダンブルドアの呪文が舞い、ハリーが駆け、ヴォルデモートの閃光が照らす。
このまま戦い合えば、どちらが勝者なのか分からなかっただろう。
しかし決着はついた。
当人達の手ではなく、第三者の手によって。
「我が君!」
死喰い人を引き連れたバーテミウス・クラウチ・ジュニアが乱入した。
最初ヴォルデモートは鬱陶しそうにクラウチを見たが、しかし彼の手に握られているそれを見て、表情を綻ばす。
セドリック、チョウ!
ロン、ハーマイオニー!
ネビル!
ルーナ、ジニー、コリン!
フレッド、ジョージ!
全員捕らえられている!
……いや、全員じゃない。
ショーンは?
彼は一体どうしたのだろうか?
まさか――
最悪の予感がよぎったが、ハリーはそれを慌てて否定した。
きっと何処かに隠れて、機会を伺っているだけだ……
そうに違いない。
彼がそんなに簡単にやられるものか!
しかしそんなハリーの願いは、ヴォルデモートの問いによって否定されることになる。
「……一人足りぬようだが、あいつはどうした?」
「死にました」
ショーンが、死んだ……?
そんな馬鹿な!
違う! と否定してほしかった。
死喰い人の嘘だと、そう言ってほしかった。
しかし全員が泣くばかりで、何も言ってはくれない。
「嘘だ!」
「嘘ではない。あの小僧はコイツを庇い――」
死喰い人はハーマイオニーを指差した。
「我が呪いを受け、吹き飛んだ。不幸なことに、奴が飛んだ先にあったのはタイムターナーの保管庫であった。小僧が着地した衝撃でタイムターナーは一斉に起動し、小僧ははるか過去へと飛ばされた。あそこには年単位の物まで保管されている。100年や200年ではきかぬだろう。つまり、戻ってくる可能性はゼロだ」
ショーン達が戦っていたのは、確かにタイムターナーの保管庫付近だった。
辻褄は合っている。
しかし、死体がないのも確かだ。
まだクラウチの嘘かもしれない。
だが冷静なハリーが囁く。
忠実なしもべである死喰い人が、ヴォルデモートに嘘の報告をするだろうか、と。
ハリーの思考を邪魔するように、ヴォルデモートは高笑いした。
「そうか、奴は死んだか!
あの小僧は呪いにより、俺様でさえ手を出せぬ。しかしそうか、過去へと送ったか――なるほど、良い手だ。
ドロホフ! 貴様には褒美を取らせよう」
「有難き光栄です」
「して、ダンブルドア。お主はこの状況をどう切り抜ける。多くの人質を前に、貴様がどうするのか、見ものだな」
死喰い人達が、ダンブルドアを指差して笑った。
悔しかった。
実力では勝っているのに、こんな卑怯な手で負けるのが、ハリーはたまらなく悔しかった。
「いいや。時間切れじゃよ、トム」
だがダンブルドアは、落ち着き払っていた。
ダンブルドアの声と同時に、魔法省にあった暖炉が次々と燃え盛る。
ルーピン、トンクス、ムーディー、ウィーズリー夫妻、キングズリー――不死鳥の騎士団の面々が勢ぞろいしていた。
更には魔法省の役人や、闇祓いまでいるではないか。
死喰い人達が一瞬たじろぐのを、ハリーは確かに見た。
「そんな、まさか――」
沢山の護衛に囲まれたファッジが、ヴォルデモートを見て信じられないとばかりに目を見開いた。
ファッジだけではない。
魔法省勤の役人のほとんどが、ヴォルデモートを見て驚愕している。中には腰を抜かしてしまい、その場で倒れ込んでしまう者までいた。
「トム。今宵は引いたほうが賢明だと察するが、いかがかな?」
「そうだな……」
ヴォルデモートの蛇のように鋭い目が、魔法省中を舐めた。
「お前との決着は、一対一でつけるとしよう。下手なケチが入ってはつまらん」
ヴォルデモートがマントを翻すと、次の瞬間には消えてしまった。
死喰い人達も主君を追って、次々と『姿くらまし』していく。
最後の一人が消え去り――魔法省には再び沈黙が訪れた。
長い長い、沈黙が。
いつまで待っても、いつも沈黙を破ってくれるショーンは――姿を現さなかった。
ショーン「オイオイオイ……死んだぜ俺」
ジニー「ほう主人公抜き展開ですか……大したものですね」
コリン「なんでもいいけどよォ。相手はあのヴォルデモート卿だぜ?」
というわけで6話でした。
「ショーン・ハーツと偉大なる創設者達」は主人公が死んだので打ち切りです!
次からは「ロナルド・ウィーズリーと偉大な偉業」スタート!
……とはならないんですね、残念ながら。
あともう少しだけショーンの物語は続きます。