やはり、と言うべきか。
アンブリッジの授業は最悪だった。
魔法省が定めた厳正な審査によれば――――と実技を廃止し、完全に筆記だけの授業を敢行したのだ。魔法歴史学のような授業なら分からないでもないが、闇の魔術に対する防衛術はむしろ筆記よりも実技のほうが重要なはずなのに。
ロックハートのようにからっきしの無能というわけではない。なのに何故こんな質の低い授業を行うのだろうか。多くの生徒が首を傾げた。
答えは簡単で、そもそもの話アンブリッジの目的は『闇の魔術に対する防衛術を教えること』ではない。むしろその逆『生徒の質を下げること』こそが彼女の目的なのだ。
加えてダンブルドアとハリーの信用をなくし、ヴォルデモートが復活したという噂を消そうとしている。いや、こっちのほうがメインと言っていい。
とにかく、アンブリッジに勉強を教えようという気など毛頭ないのだ。
「行動を起こすべきだわ!」
それに真っ向から意を唱えたのが、ハーマイオニー・グレンジャーだ。
勉強に対する意欲と誠実さ。そして親友であるハリーが毎日罰則を受けていること。
アンブリッジと敵対する事は、半ば必然だった様にすら思える。
「そうね。それで、どうやって殺る?」
「殺らないわよ」
これに同調したのが、ジニー・ウィーズリーだった。
もっともハーマイオニーは自分達で勉強する方向、ジニーはアンブリッジを始末する方向で話をしていたが。
ドローレス・アンブリッジは最近『ホグワーツ高等尋問官』なる役職に就き、かなり好き勝手やっていた。その上ハリーを毎日悪どいやり方で罰している。ジニーがまだアンブリッジの首に杖を突き立てていないのは、奇跡と言って良かった。いやもしかしたら突き立てようとしたものの、贅肉のせいでどこが首なのか分からなかったのかもしれない。
「ロンはどう思う?」
「事故に見せかけるのがいいんじゃないかな?」
「あんた、たまにはいいこと言うわね」
「だから殺らないわよ」
ハーマイオニーが呆れたように言った。
とはいえ、では具体的にどうするのかと言われても、何も思い浮かばないのが現状だ。
ハーマイオニーとジニーとロンは、三人で頭を抱えた。
ちなみにここにいないメンバー――ハリーはアンブリッジの懲罰の最中で、ショーンはコリンとルーナと何処かに出かけている。
「視点を変えましょう」
「視点?」
「そう、視点よ。たしかにアンブリッジはムカつくけど、最大の問題はそこじゃない。正しい闇の魔術に対する防衛術を学べないこと、それが一番の問題だわ。だからアンブリッジがいたままでも、闇の魔術に対する防衛術が学べればそれでいいのよ」
「そりゃあ君は図書館で勉強すれば身につくだろうけど、他の人間は君じゃないんだぜ?」
「ご親切にどうも。分かってるわよ、そんなことは。先生を立てましょう。本物の闇の魔術に対する防衛術を教えてくれる先生を」
「ルーピン? でもあの人がホグワーツまで来て勉強を教えてくれるってのは、ちょっと安全面に配慮してないんじゃないか?」
「馬鹿ロン! ハーマイオニーよりも相応しい闇の魔術に対する防衛術の先生がいるでしょう! 子供の頃にヴォルデモートをぶっ殺して、つい最近もはっ倒した人が!」
「ああ、ハリーか」
ロンはようやく合点がいったという顔をした。
その後でそれが素晴らしい名案に思えて来たのか、顔を真っ赤にして笑った。
次の瞬間、談話室のドアが開く音が聞こえた。ハリーとダンブルドアのことを信じている人間は、グリフィンドール内ですら少ない。三人は息を潜めたが、入って来たのはショーンだった。
「うーっす。今帰ったぞ」
「あら、お帰りなさい。寝室はあっちよ」
「おう。俺は一足先に眠らせてもらうわ――っておい。俺も話に混ぜろよ。寝かせようとするな。寂しい気持ちになるだろ、ジニー」
「だからその上目遣い顔やめなさい。まったく、腹立たしいわ」
ジニーが早速ハーマイオニーの名案を伝えようとしたが――ハーマイオニーがそれを止めた。そしてほとんどささやくような声で、二人に告げた。
「これをショーンに告げるのは、もっと計画がまとまってからよ。いい?」
「どうして? あいつほど悪巧みに向いてる奴は、ウチの兄貴を除いていないと思うけど」
「それは――えっと」
いつもハキハキしているハーマイオニーが、初めて言い淀んだ。それを見たジニーは――わざとらしく――大きなため息をつき、小さく「分かったわよ」と言った。
「今グリフィンドール・チームのキーパーについて話してたのよ。ほら、ウッドが辞めたでしょう? だから空きが出来てるじゃない。それでロンがやればいいんじゃないかって」
「そりゃあいい!」
ショーンはその日一番の大声を出した。
「是非やるべきだと思いますよ、ロナルドさん! 練習相手が必要になったら、絶対に僕を使って下さい! きっとお役に立ってみせますから」
ショーンはロンの手をつかみ、ブンブンと嬉しそうに振った。それを尻目に、二人はコソコソと話を進める。
「私が準備は全て済ませておくわね。スケジュールとか、連絡方法とか、使う教室とか。だからジニーは、ハリーを説得してくれる?」
「任せなさい」
ジニーは薄い胸をドンと叩いた。根拠はない――ついでに胸もない――が、ジニーは自信に満ち溢れていた。彼女を見ていると、不思議と上手く行きそうな気がしてくる。なるほど、普段ショーンが頼りにしているのも分かるというものだ。
二人はテーブルの下で、硬い握手を結んだ。
◇◇◇◇◇
ある日の土曜日。
ショーンとハーマイオニーの二人は、ハグリッドの小屋の中にいた。
ハグリッドは今年度、何か騎士団の仕事をしているようで、ホグワーツにいない。ショーンはハグリッド不在の間、ファングの世話と小屋の管理を任されていた。報酬はハグリッドの小屋にある食料である。
今日はそこで一緒に夕食を取ろうと、ハーマイオニーを誘ったのだ。
小屋に入るとショーンは、不格好だが大きくて頑丈そうな大鍋を何処からか引っ張り出してきて、魔法で綺麗にしてから暖炉の上に吊るした。
そこにホールのエメンタールチーズを丸々入れて、少々ワインを入れてから、アルコールが飛ぶまでじっくり煮込む。煮込んでいる間、しっかりおたまでかき回すのがコツだ。
普通ならおたまでかき回している間そこにいなくてはならないが、ショーンは魔法使いである。おたまに魔法をかけ、自動でかき回すようにした。
手ぶらになったショーンはフライパンと鍋を取り出し、やはり同じように火にかける。
「何か手伝いましょうか?」
「いや、君はファングでも撫でてゆっくりしててくれ。今回は俺が誘ったんだ。おもてなしの心得くらいあるさ」
ショーンがせわしなく動いているのに自分はくつろいでいるのが落ち着かないのか、ハーマイオニーはそう提案した。しかしショーンはそれを制し、一人で作業を進める。
取り出したフライパンに油をしき、ぶつ切りにした鳥の胸肉とマッシュルーム、それから小さめのソーセージをいくつも投げ入れていく。
もう一つ取り出したチーズが入っていない方の鍋にはたっぷりの水を入れ、グツグツと沸騰して来たらブロッコリーと、丁寧に皮を剥いたジャガイモとニンジンを入れる。
これでこっちは完了だ。
ショーンは再びチーズのほうに戻った。
「ぐへへ――チーズちゃんよお。早く溶けきらないと、肉と野菜が出来上がっちゃうぜ。
――やめてぇ! 具材が早めに出来上がったら、我慢出来なくて先に具材だけで食べる気なんでしょう! それでお腹いっぱいになっちゃうんだわ!
残念だったなぁ! 前にそれで痛い目見たから、今回は時間配分完璧だぜェ!
――いやぁ! 野菜の茹で時間も計算してるなんて、この卑怯者!
お嬢ちゃんが悪いんだぜ。見た目に反して、溶けるのが遅いから!」
「貴方……料理する時いっつもそうやって小芝居してるの?」
「プロの料理人とかがたまに言ってるだろ。食材の対話する事が、美味い料理を作る上で大事だって」
「それそういう意味じゃないと思うけど」
「やれやれ。これだからマグル生まれは」
「貴方もマグル生まれでしょう」
ハーマイオニーがぴしゃりと言った。
「そろそろ出来たかな」
野菜を入れた大鍋を火から取り上げ、中身をザルの中にぶちまける。程よく煮えた野菜を、ショーンは大皿の中央に品良く盛り付けた。
次に焼けた肉類を、野菜の周りに綺麗に敷き詰めていく。
最後に四角く切っておいたフランスパンを添えて完成だ。
最初に吊るした大鍋の中のチーズは、ショーンの読み通りしっかりと溶けていた。
「ショーン特製チーズフォンデュの完成だ」
ハーマイオニーに串を渡しながら、ショーンが言った。
一つの暖炉を見ながら、二人で一緒のソファーに腰掛ける。ハーマイオニーは自然に少し詰めた。
「相変わらず、変な所で器用ね」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてない――わけじゃないわね、今回は。ごめんなさい、つい条件反射で……」
ショーンは肩を竦めた。
バツの悪そうな顔をしてから、ハーマイオニーは串をブロッコリーに刺そうとした。それを慌てて手を掴んで止める。
「最後の仕上げ、ムード作りだ。――ノックス」
ノックス――ルーモスの反対魔法である、光を消す魔法だ。
ショーンがそれを唱えると、小屋の中の灯りが暖炉の火を残して消えた。
ゆらゆらと、暖炉の火が誘うように二人を照らす。
「ショーン――これって、とってもロマンチックだわ………」
「だろう? 少なくともアンブリッジの授業よりは」
「貴方の失言は今に始まったことじゃないけど、今回はまったく減点にならないわね」
ハーマイオニーは本当に感激しているようだった。
今回、このサプライズのためにちょっとした時間を費やした。その甲斐はあったようだ。
大きな喜びと、少しばかりの気恥ずかしさを感じる。
「さ、食べようか。いただきます」
「いただきます」
先ずはオーソドックスなフランスパンから。
串に刺したパンを、たっぷりのチーズに絡める。
先ずは表面をコーティングしているトロけたチーズが舌に広がり、大人な味を教えてくれた。
次に弾力性のあるパンを強く噛むと、中からチーズがこれでもかと溢れ出てくる。冷めたフランスパンが、熱々のチーズを絶妙に強調していた。
チーズとパン。一般的にもよく食べられている組み合わせだが、これが最もお互いを引き立てる食べ方だと自信を持って言える。素材の味を楽しむ、というのはこういうことをいうのだろう。
(簡単に言えばクソ美味えな……)
次に大本命とも言える肉――ソーセージを食べてみる。
皮が裂けた所から肉の脂が溢れ、チーズフォンデュに浮き上がる。この時点で既に美味いという確信があった。
パリッとしたソーセージの食感と、柔らかいチーズのハーモニー。
味は言うまでもなく絶品。
「これ本当に美味しいわね……ううん、ちょっと喋ってるのが勿体無いくらいだわ」
口が小さいのか、いつもお上品に食べているハーマイオニーが、ひたいに汗を流して食べていた。
口直しにブロッコリーやニンジン。変わり種でジャガイモ。メインとなる肉類に――原点に戻ってフランスパン。少し作りすぎたと思っていたのだが、二人はぺろっと平らげてしまった。
「お粗末様でした」
「ご馳走さまでした。とっても楽しいお夕食だったわ」
「そりゃあ良かった。洗い物だけしてくるから――」
「私がやるわ」
「……じゃあ君は食後の紅茶でも淹れておいてくれ」
ショーンがそう言うと、ハーマイオニーは渋々といった感じでヤカンで水を沸かした。
洗い物を光の速さで終わらせ、再びソファーに腰掛ける。
夜も深まり少し冷えてきたので、二人はタオルケットを膝にかけた。
「こういう言い方はなんだけどさ、ハグリッドがいなくて良かったよ」
「……ショーン」
「いや、あいつがいたらスペースがないだろ? それに、後大鍋三つ分はチーズを溶かさなきゃいけない」
ハーマイオニーはショーンを睨んでいたが、本気で怒っているわけではないことは明白だった。
「――で、そろそろ話してくれてもいいんじゃないか」
「なにを?」
「この期に及んでまでとぼける気か?」
「はぁ……バレてないと思ったんだけど。仕方がありませんから見せてあげます。私が立てた、ドローレス・アンブリッジ対策の方法を」
ハーマイオニーは『企画書』と書かれた羊皮紙の束をショーンに渡した。
ちょっとしたエッセイくらいの分厚さのそれを、ショーンは早速読み進めた。読書はあまり好きではないが、こういうのは大好きだ。
「本当は全部完成してから見せて、貴方を驚かせたかったのだけれど。こうなったら仕方ないわ。ハリーが先生、ジニーがそのサポートをやるから、二人で裏方の運営をしましょう」
「ふーむ、なるほどねえ……」
ショーンは羊皮紙の束を読み終えると、疲れたようにため息をついた後、ゆっくり紅茶を飲んだ。
「似た者同士だな」
「貴方とジニーが?」
「なんでだよ。俺とあいつは――暴れ柳とマンドレイクくらい似てないだろ」
「それ結構似てるんじゃないかしら?」
「ジョークはさておいてだね、グレンジャー君。君はたしかに才能溢れる魔女だが、君が持ってない才能がたった一つだけある」
ショーンはもったいぶって言った。
「いいかね、グレンジャー君。君に足りないもの、それは先生に反抗する才能だ」
「そりゃあ、私は誰かさんみたいに毎回騒ぎを起こさないもの」
「いや、君だって騒ぎは起こしてるだろ、毎年。特に去年――クィディッチの試合であんな恐ろしい作戦を立てたのは誰だ?」
「こほん。それはまあいいでしょう。それで、何が言いたいのかしら、ハーツ君」
「うん。まああれだ、実は俺もアンブリッジを殺す方法を考えてたんだ」
「だから殺さないわよ! ってあれ、これはジニーに言ったんだったかしら」
二人の発言が似ているせいか、最近はどっちが何のセリフを言ったのか曖昧になっている気がする。
「それでだ。正直言って君のやり方はぬるい。先生が縛り付けて来たから、抜け道を探してこっそりやります、ってのはティーンズのやり方だぜ」
「お忘れなら教えて差し上げますけど、私達まだティーンズですからね」
「方便だよ。やり方が幼いって言いたかったんだ。俺ならもっと上手くやる」
「具体的には?」
ショーンはやっぱりもったいぶって言った。
「そうだな――俺が本気を出せば、ここでチーズフォンデュを食いながらでも、アンブリッジを退職させられるんだぜ?」
【オマケ・ショーンとジニーがケンカした時】
コリン「ショーンとジニーがケンカしたら「やんのか?」とか「殺すわよ」なんて言わないよ。
ケンカの時は「は?」と「あ?」これを連呼し合う。
交互にやっていくに連れて語尾が長くなる&ドスが効いていく。
こんな感じ」
ショーン「は?」
ジニー「あ?」
ショーン「はぁ?」
ジニー「あぁん?」
ショーン「はあぁぁぁあああ?」
ジニー「あ゛あ゛ぁぁぁん?」
ショーン&ジニー「ギャフベロハギャベバブジョハバ」
コリン「酷い時はこのあと――」
※この後もインタビューを続けようとしたのですが、何処からか現れた男女二名がコリン氏を連れ去った為、ここで打ち切りとさせていただきます。代わりにこの後は、アンブリッジ教授の寝顔をノーカットでお楽しみ下さい。