今年のホグワーツ行き超特急は、快適とはちょっと言えなかった。
ダンブルドアが「ヴォルデモートが復活した」と言い回り、日刊預言者新聞がそれをこきおろしているからだ。今年はホグワーツに行くな、とまで言った親もいるらしい。
嫌な空気が漂う列車の中――その中でもこのコンパートメントは、最悪の空気だった。
「ねえ、あの二人どうしたの?」
ルーナが小声でコリンに尋ねた。
ルーナとコリンの目の前に座る二人。即ちジニーとショーンは、あからさまに不機嫌だった。ショーンは酒をがぶ飲みしているし、ジニーは今にも人を殺しそうな顔をしている。ここまで不機嫌な二人は見たことな――いや、ちょくちょく見るが、それでも開校初日からこうなってるのはちょっと珍しい。
「ジニーの方は分からないけど……ショーンはグレンジャーさんと別れたんだって」
「また? えっと、これで――」
「三週間ぶり八回目だよ」
コリンが呆れたように言った。
あの二人は基本的には仲の良いカップルなのだが、事あるごとに喧嘩別れするのだ。コリンが知る限りでは短いときで十五分、長いときでは二週間も口を聞かないことがあった。それでも結局は基本いつのまにか仲直りしているのだから、やはりと言うべきか根本的な相性はいいのだろう。
「それで、ジニーはどうしたの?」
ルーナが尋ねると、ジニーは眉毛を八の字に歪めたまま、渋々と言った感じで答えた。口に出しづらい話題だが、話したい、あるいは相談したいといったところだろうか。
「……今から言うことは絶対他の人に言っちゃダメよ、分かった?」
「もちろん」
「私が言いたいことは、いくつかあるわ」
ジニーはそう前置きした。
「先ずはね、あの裁判のことよ」
どの裁判?
と聞き返す人間はいなかった。
ここでハリーの裁判だと思い当たらない人間は、トロール以下だ。
「マグルの住宅街に吸魂鬼が出て、それを追い払った。讃えられるべき行為だわ。なのに魔法省は、吸魂鬼を野放しにした自分を棚に上げて、ハリーを批判したのよ! クソッタレな預言者新聞も! 許せないわ!」
爪が手のひらに食い込むほど、ジニーが強く拳を握る。
ポッター教の熱心な信者であるコリンも憤りを感じていたが、ジニーのそれはちょっと次元が違った。
まるで子供を傷つけられた雌獅子のようだ。
「それにね。ダンブルドアは今『例のあの人』に対抗するために、軍団を組織してるのよ」
コリンとルーナはその『軍団』について少なくない興味を持ったが、ジニーは御構いなしにがなりたてた。
「本拠地は――非常に光栄な
いいえ。私だけならまだいいわ。納得は出来なくても我慢出来る。でも、ハリーにも何も教えて上げないのはあんまりよ。彼ったら、父親であるシリウスのことが気になって、たまにうなされてるのよ? それなのに、何も教えてくれないってのは心底気にくわないわ! 一番功績を挙げてるのに!」
「それはな、ジニー。ハリーが『閉心術』を会得してないからだ」
意外なことに、ショーンが答えを出した。
彼はあまり成績は良くないほうだが、たまに意外な知識を持っている。
「閉心術って?」
「心を閉ざす呪文だ。対になる開心術って呪文があって、心を読める。熟練者だったら気がつかない間に生まれたときから今までの記憶を抜き取ったり、嘘の記憶を差し込んだりできるらしい。ヴォルデモートが開心術を知らないってのは、ちょっと希望的観測すぎるだろうな」
ふん、と。ジニーが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
ジニーは聡明だ。閉心術を使えない人間に情報を与えることがどれだけ危険か、すぐさま理解したのだろう。しかし、感情の方は直ぐに変えられるわけではない。ジニーは苛立しそうに杖をいじっていた。
「蝙蝠鼻くそくらえ!」
「なんで!?」
そしてそのままその杖でコリンに『蝙蝠鼻くその呪い』をかけた。
「これからホグワーツだって言うのに、いつまでもこんな
「僕を気分転換に使うなよ! もうすぐホグワーツなのに、僕の鼻から蝙蝠の鼻くそが止まらないよ。これどうするんだよ!」
「安心してコリン。私呪いをかけるのは得意だけど、解呪はまるっきり出来ないわ」
「それの何を安心しろと……?」
「――フッ、やれやれ」
「ショーン!」
ショーンがめんどくさそうに杖を取り出した。
やはり頼りになるのは男の友達!
なんだかんだ言っていつも助けてくれる、そう彼こそが僕の親友ショーン・ハーツ!
「ウィンガーディアムレヴィオーサ」
ショーンはコリンを宙に浮かせ、そのまま窓から放り投げた。
「嘘だろおおおおぉぉぉぉぉ──……」
窓の外で、コリンは浮遊していた。もちろん、鼻くそを噴出させながら。
「コンパートメント内が汚れるから、そこに居てくれ」
「やっぱりね。やっぱりね! どうせこんなことだろうと思ったよ!」
「安心してくれ。俺は集中力がないから、人みたいに重い物を長時間持ち上げてるのは苦手だ」
「本格的に何を安心しろと!? 死ぬよ、君が落としたらシンプルに僕は死ぬよ! 鼻くそを撒き散らしながら死ぬよ!
だいたいさ、ワンパターンなんだよ、君らはさ! 一年生の頃から毎回毎回僕に呪いをかけて! もっと別のことで攻めて来いよ! ほら、どうした!? かかって来いよ! ――あ、ちょっと待って! 窓を閉めないで! 閉めるな! お願いします、窓を閉め――」
「外から鼻くそが入ってくる可能性があるから、窓を閉めておいたわ」
「ご苦労ジニー・ウィーズリー」
「お褒めの言葉ご光栄ですわ」
ショーンとジニーがそんな会話する中、ルーナはにこやかにコリンに向かって手を振っていた。
「あんたは実際どう思う、不死鳥の騎士団について」
「どうって……いい名前だと思うぜ。語呂がいい。だけど、不死鳥ってのは良くないんじゃないか? まるで一回壊滅するみたいだ」
「馬鹿。名前のことじゃないわよ。もっとこう、あるでしょう」
「語彙力皆無か、お前は」
「うっさい!」
ジニーが足を思いっきり踏みつけようとしてきた。すんでのところで足を上げて、なんとかかわす。まったく凶暴な女である。ゴリラの幽霊にでも育てられたのではないだろうか。
「避けるんじゃないわよ」
「じゃあ蹴るなよ」
「嫌よ」
「あのなぁ。今日はイラつき過ぎじゃないか?」
「生理よ」
「そんな大っぴらな生理があるか」
「本当よ。見る?」
「見ねえよ、汚ねえな」
「は?」
「あ?」
「見なさいよ!」
「見ねえよ気持ち悪い! じゃあお前、俺の見るか!?」
「望むところよ。見せ合いっこしようじゃない」
「よーしいいだろう。そこまで言われたらしょうがない。ルーナ、お前審判な」
「二人とも倫理観的に負けだと思うな。だって普通じゃないもん」
ジニーがスカートのホックに、ショーンがズボンのベルトに手をかけた瞬間、ホグワーツ特急が停車した。
◇◇◇◇◇
ホグワーツに着いてから組分けの儀式を行い、それが終われば思いっきりご馳走にありつく。恒例となったこの流れを、ショーンは愛していた。
ただ、今回ばかりはそうはならなかった。
先ず組分け帽子の歌が少し変だった。四つの寮は団結して大きな敵に立ち向かえ――そんな風なことを歌った。製作者のゴドリック曰く、あの帽子流行に敏感で――帽子のデザイン自体は流行遅れもいいところだが――時事ネタを盛り込んだ歌を歌うようになっている。その機能が不穏な空気を察知し、あんな歌を歌ったのだろう、という事だった。
組分けが終われば、いよいよお待ちかねの食事だ。
ショーンは今まで、食事をする際のシチュエーションにこだわったことはない。飯が美味ければそれでいい、と思っていたからだ。だが今日、シチュエーションは非常に大切なのだと思いしらされた。
原因は今年から赴任して来た『闇の魔術に対する防衛術』の教師であるドローレス・アンブリッジだ。
ピンク色の太りすぎたガマガエルのような彼女は、人を妙にイラつかせる高音の声で語りかけて来た。
内容は五歳児に語りかけるような物で――正直言えば癪に触った。
だがしかし、そこまではまだいい。100歩譲って耳障りな咳払いも許すとしよう。
問題はここからで、あの女はこれからは魔法省がホグワーツの教育に干渉する、と言ったのだ。
もちろんこれを良しとする生徒は少なかったが、彼女はもう赴任してしまっているし、唯一対抗出来そうなダンブルドアも最近は魔法界に対する影響力を失ってきているように見える。どうしようもないのが現状だ。せめてあのピンクのカーディガンが今日だけのコーディネートであることを祈るほかない。
「ぶっ殺してやる……」
隣でジニーが静かにそう言った時、ショーンは首筋に冷ややかな汗をかいた。
どこか盛り上がりきらない夕食会。
こんなことはホグワーツ始まって以来初めてだった。今年から来た新一年生に「これがホグワーツか」と認識されると思うと、腹立ちすら感じる。特に去年が盛り上がっただけに尚更だ。
まあしかししょうがないと気を取り直し、コリンとハリーとロナルドさんはどちらが優れているかについて話していると、一通の手紙が送られてきた。
手紙が届くことは少なくはないが、初日からというのは初めてだった。クラムだろうか? フラー? それともガブリエル? 手紙を開けると、なんとダンブルドア校長からだった。
『君と話がしたい。今直ぐに。三階のトイレの前で待つ』
なんとも素敵なデートのお誘いだ。トイレの前で待ち合わせというのが、ことさらロマンティックだと思う。
「コリン、少し出てくる」
「トイレ?」
「大当たりだ。ステーキとポテトを俺の部屋に運んでおいてくれ」
「了解」
嘘は言ってない。
ショーンは席を立ち、大広間を出た。
トイレの前に行くとダンブルドア校長が既に立っていて、ほがらかな笑みを浮かべていた。
「連れションのお誘い光栄の至りです、校長」
「わしは『おまる』がないと用を足せなくてのう。連れ立っては出来ぬじゃろう」
ダンブルドア校長はそう言いながら手招きした。
どうやらトイレに入るわけではないようだ。ショーンは素直に着いて行った。
黙って歩いていると、不意にダンブルドアはローブのポケットから一枚の紙切れを取り出した。かなりの年代物のように見える。紙には「1000年前のここに俺はいる」と書き殴られていた。
「これに見覚えはないかの?」
「ないですが……どうしたんですか、これ」
「今日の朝、急にフォークスが持って来たのじゃ。わしが調べてみたところ、この手紙は本当に1000年前に書かれたことが分かった」
1000年前――――それはショーンにとってゆかりのある年だ。
横目でチラリと見ると、幽霊達はなんとも言えない奇妙な顔をしていた。何処となく見覚えはあるが、ハッキリとは思い出せない、というところだろうか。
「しかし、それ以上のことが分からない。誰が書いたのか、何故書いたのか……まったく分からんのじゃ。君ならもしかして、と思ったのじゃが」
「何故僕なら分かるとお思いで?」
ショーンに1000年からの知人がいることは、誰にも話していない秘密だ。いかなダンブルドアとはいえ、知らないはずだが……
「そこはほれ、勘じゃよ」
ダンブルドアはほがらかに笑った。
「まあそれはジョークじゃ。筆跡がの、君に似ておる」
1000年前に書かれたとは思えないほどしっかりとしたその文字は、たしかにショーンの筆跡と似ていた。しかし似てるとはいえ、ショーンも極端に筆跡に特徴があるというわけではない。他人の空似、ということも十分にあり得る。
ともかくショーンに覚えはない。
ショーンは紙を丁寧にダンブルドア校長に返した。
「ふぅむ。まったく、不思議な事もあることじゃ。これだからホグワーツの校長は辞めらなんだ。
さあ、もうお休み。老人とのつまらないお話は終わりじゃ。そーれ駆け足!」
そう言うとダンブルドア校長は、走って何処かへ行ってしまった。
角を曲がるまできっちり見届けてから、幽霊に話しかける。
「で、これはどう言うことだ?」
ショーンが聞くと、幽霊達は顎に手を当てて悩みだした。
「うーん……なんか見覚えがあるような、無いような。ロウェナ、どうだい?」
「私もイマイチ思い出せないんですよね。頭にモヤがかかったような、なんというか――そう、開心術か何かで記憶を操作された感じです。それも雑に。何か覚えはありませんか、ヘルガ」
絶対の記憶力を持つロウェナが思い出せない、というのはどう考えても不自然だ。記憶を操作されている可能性が高い。ならばその道のスペシャリストであるヘルガに聞けば何か分かるかもしれない、と思ったのだが、ヘルガは残念そうに首を振った。
「お力になれず申し訳ありません。わたくしも何も分かりませんわ」
こうなってはお手上げだ――とはならなかった。
今この場にある証拠だけで、サラザールが推理を始めた。
「……しかしあの紙きれは間違いなく、私達の時代の物だ。ただの紙を1000年まで保存するなど、並みの魔法使いでは不可能。相当の技量を持つ者の犯行になる。そしてあの時代の有名な魔法使いを、私はほとんど知っている。
更にだ。今になって
「つまり?」
「分からないか、ショーン。今目の前にいるだろう。紙を1000年後まで保存出来る魔法の技量があり、今のホグワーツに縁がある女が」
「――――えっ、私ですか?」
サラザールが指したのは、ロウェナ・レイブンクローだった。当の本人はきょとんとした顔で、サラザールとショーンを交互に見つめている。
「そもそも、貴様の記憶が乱れるなどあり得ん。加えてヘルガでも修復出来ない乱れとなれば、益々持って不自然だ。貴様が関わっているか、あるいは犯人にゆかりがあると考えるのが自然だろう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! なんですか、犯人て。ダンブルドア校長にちょっとわけのわからない手紙が届いただけでしょう。それを犯人だなんて、善意でやってたなら失礼でしょう。推理するなら差出人の方じゃなくて、手紙の意味の方を考えて下さい!」
「ふん。それは直に分かるだろう。わざわざ1000年前から手紙を送って来たにもかかわらず、内容は短く、誰にも真意が分からない。つまり、今意味を伝える気がないのだ、そいつは。条件が揃えば、分かるようになる」
「じゃあ結局、今はどうしようもないってことか?」
「まあそうなるな」
サラザールが不機嫌そうに言った。
推理したり、謎を解き明かしたりといったことが彼は好きだ。だから柄にもなく、今回は張り切っていたのだろう。ショーンがやりたいと言えば、今は分からないと言った手紙の意味も解き明かそうとしたかもしれない。
「じゃあ帰ってステーキ食うわ。後、コリンに誰が一番優れたグリフィンドール生か教えてやる」
しかしショーンの頭には、ステーキとロナルドさんのことしかなかった。
【オマケ・ショーンとハーマイオニーがケンカした理由】
ハーマイオニーがショーンのために朝食の目玉焼きを作っていたら突然、ショーンがキッチンに飛び込んで来て、叫び始めた。
「気をつけて……キヲツケテ!もっとバターが必要だよ!ああ、だめだ!君は一度にたくさん作り過ぎだよ。作り過ぎだよ!
ひっくり返して!今ひっくり返して!
もう少しバターを入れて!あーあー!バターがもうないじゃないか!くっついちゃうよ!気をつけて……キヲツケテ!気をつけてって言っているのが分からないのか!
君は料理をしている時は、絶対俺の言うことを聞いてないね!いつもだよ!ひっくり返して!はやく!どうかしているのか?おかしくなったんじゃないのか?塩を振るのを忘れないで。
君はいつも目玉焼きに塩をするのを忘れるから。塩を使って。塩を使って!塩だよ!」
ハーマイオニーはショーンをにらみつけた。
「一体何があったのよ?私が目玉焼きの一つや二つも焼けないと思っているわけ?」
ショーンは穏やかに答えた。
「俺が勉強を教わってる時どんな気持ちか君に教えたかったんだよ」