ショーン、ジニー、コリン、ルーナ。
いつもの四人は、普段集まっている大広間ではなく、ハグリッドの小屋に集結していた。
これには、ハグリッドが四人にとって愛すべき隣人だという事以外に、もう一つ理由がある。
実は――何を隠そう――ショーンとジニーが、有名になりすぎてしまったのだ。
ハリーの名誉を回復させ、ロナルドさんと仲直りさせようという、ショーンの目論見は上手くいった。いや、上手くいきすぎてしまった。
あの試合に出た選手は、みんな漏れなく、囃し立てられた。もちろん、いい意味でだ。尤も当人達にとっては、あまりいい意味とは言えなかったが。
その上、大声援を受けたハリーとセドリックが、第一の課題で揃って満点を取ったのだから堪らない。
ホグワーツ・オールスターチームは、益々もって注目されるようになった。
そして先日――最悪な事に――クリスマス・ダンスパーティーの開催が告げられたのである。
チョウやセドリック、ハリーはもちろん、ジニーとショーンですらが、毎日熱っぽい視線を受けるようになった。
ちなみに。
唯一対抗馬になれそうだったクラムは、ハーマイオニーと踊る事になっていたので、蚊帳の外。尤も、まだ何名かのファンは諦めていないようだったが。
「君達はいいよね」
「なにが?」
「その相手が好ましいかどうかは別としてさ、誘ってくれる人がいる。僕なんて、もう三回も断られてるんだ」
「ふーん」
「……ねえ、もうちょっと興味を持ってくれても良くない? 友達が落ち込んでるんだよ?」
「今のジニーに何を言っても無駄だぞ、コリン。今日ついにあの人を誘えたもんだから、有頂天になってるんだ」
「それってまさか……」
「ああ、おでこにチャーミングな傷がある彼だ」
「ウワー! ジニー、それって凄く、凄い事だよ! もし僕がジニーの立場だったら、ホグワーツ中に自慢して回っちゃうな」
「もしコリンが「ハリーと踊るんだ」って自慢してたら、錯乱呪文をかけられてるって思われると思うな」
ルーナが呆れた風に言った。
ちょうどその時、ハグリッドが「朝食が出来たぞ」と言って、巨大なフライパンを机のど真ん中に置いた。中には作りたてのベーコンエッグが山盛りに入っている。
四人はそれを、自分が取りたい分だけ自分の皿によそった。コリンだけは半熟の黄身が固めになるまで待っているようだ。
「そういえばショーン」
「ん?」
「ショーンはもうパートナー見つけた?」
「なんだ、言ってなかったか。とっくに見つけたぞ」
コリンは当然として、ジニーとルーナまで驚いた。
ショーンと仲の良い女の子は、ここに集まっている二人を除けば、ハーマイオニーとチョウしかいない。しかしその二人には、既にパートナーがいる。だからてっきり、ショーンはパートナーがいないと思ったのだ。
驚く三人をよそに、ショーンはなんでもないという風に、ベーコンエッグを頬張った。
「ベーコンはやっぱりカリカリだな。流石だよ、ハグリッド」
「おめえさんは普段は気のいい奴だが、肉の事となるとうるさいからな」
「ベーコンなんざ今、どうでもいいのよ! 誰、誰とペアを組んだの?」
「今は朝だぞ? 朝食以上に大事なものなんてあるもんか。
それで、パートナーが誰かって話だけど、それは言えない。向こうの要望なんだ。サプライズがしたいんだと」
ガミガミと噛みつくジニーもなんのその。ショーンは構わず朝食に手をかけた。
いつものように争う二人を見ながら、コリンが小声で話しかける。
「ショーンの相手って、もしかして君?」
「違うよ」
ルーナは即答した。
「じゃあ、誰だろう?」
「分かんない。でも、聞かれたくない事を詮索するのって、よくないと思うな。だって私がされたら嫌だもん」
まったくもってその通りだ。
しかし――それでも――コリンは未だ、ショーンのパートナーが気になって仕方がないようだった。
「ところでルーナは、もうパートナーは見つけた?」
「うん。ネビルと踊るんだ」
「へえ――うん――それは良かったね」
口では祝福しながらも、コリンはかなりショックを受けたようだった。
もしかしたら、ルーナを誘おうと考えていたのかもしれない。それに、仲良し四人組の中で、とうとう自分だけが仲間外れになってしまった。それは全くもって良くないことだ。
「――だから、セドリックとチョウが踊ってる所を、ハリーにしっかり見せるのよ。それで、ハリーにすっぱり諦めてもらおうってわけ。分かる?」
「ああ、分かる。分かるよ。冴えてるぜ、ジニー。トロールの三倍は冴えてる」
ショーンとジニーの会話はいつの間に「いかにジニーがハリーを射止めるか」の話に変わっていた。
しかしショーンはジニーの恋愛話よりもベーコンエッグに夢中だったし、ジニーにしてもショーンに話すというよりは自分に言い聞かせている様だった。相変わらず噛み合ってるのか噛み合ってないのか、よく分からないペアである。
「おっと、もう時間だ」
「なんの?」
「ダンスレッスンの。パートナーがうるさいんだ。失敗するわけにはいかないって」
「あっ、コラ待ちなさい!」
ジニーの制止も聞かず、ショーンは小屋を出て行った。
口の中には、コリンが育てていたベーコンエッグが、いつの間にか入っていた。
◇◇◇◇◇
ロナルド・ウィーズリーはこれ以上ない程焦っていた。
例えるなら、ホグワーツに最初に来た時に似ている。あの狭い部屋に押し込められて、どの寮に組み分けされるかドキドキしていた時だ。もしかしたらグリフィンドールに入れないのでは? もしかしたらフレッドとジョージの言っていた通りトロールと腕相撲するのでは? 色んなことが頭に浮かんでは、その度に落ち込んだものだ。
ただあの時はハリーがいた。自分と同じ、迷える子羊が。しかし今回は違う。自分一人の力でなんとかしなければならない。
何故ならこれは、ロナルド・ウィーズリー、たった一人の戦いなのだから。
「まだパートナー決まってないの、ロン」
「まあ――そういう見方もあるかもね」
「そういう見方しかないわ」
そう――パーティー当日だと言うのに――ロンはまだダンスパーティーの相手を誘えずにいた。
ハリーもハーマイオニーも、あのネビルですら、とっくにパートナーを決めているのに、だ。
ハリーとハーマイオニーがロンのパートナーを見つけようと、アレコレ手を回してくれているのが、逆に辛い。
「ロナルドさん! 例の物をお持ちしました」
談話室に、一人の少年が飛び込んで来た。
三人とも、よく知っている人物だ。とは言っても、ハリーとハーマイオニーが知ってる彼とは、だいぶ声色が違うというか、ウキウキしていたが。それに、ニッコニコだ。
少年はまるで卒業証書でも渡す様な丁寧さで、荷物をロンに渡した。
「ああ、ありがとう」
「滅相もございません! 好きでやらせていただいてることですので。また何かお困りになりましたら、何なりとお申し付けください。それでは、ご歓談中の様ですので、私は失礼いたします」
少年は恭しく頭を下げると、急いで何処かへ走っていった。
「それ、なに? ていうか、あれ誰?」
「これは僕のドレスローブ。ホラ、マクゴナガルとお揃いみたいなデザインだったろ? だからあいつに縫い直して貰ったんだ。自分のローブも自作してるみたいだったし。そしてあいつは、お馴染みショーン・ハーツだ」
「……彼ったら、私への挨拶が無かったわ。それにロン、ショーンを小間使いみたいに使うのはやめて」
ハーマイオニーがイライラした風に言った。
「うわぁ。正直あんまり期待してなかったけど、これは中々いいな――うん――悪くない、悪くないぞ」
封を開けると、ほとんど別物になったドレスローブが出て来た。
レースはもちろんないし、袖がヒラヒラしてもいない。どちらかと言うと、シックなモノに変わっていた。ロンはこれが、大層気に入った様だ。ハリーから見ても、良い物の様に思える。
「いいドレスローブね。素敵だわ。問題は、見せる人がいない事ね」
「ほっとけよ、ハーマイオニー」
今度はロンがイライラする番だった。
そんなロンを無視して、ハーマイオニーが話を振った。
「そういえば、結局、誰がショーンのパートナーか知ってる?」
「知らない。でもだいぶ前――ダンスパーティーの告知があったその日のうちに、誘われたらしいよ。毎日ダンスの練習に付き合わされてるって、前愚痴をこぼしてた」
「そりゃあ大変そうだな。でもちょっと、羨ましいや。このままだと僕、練習どころか、本番でも踊れそうにない」
ここに来て、とうとうロンは弱気になっていた。
ハリーは右肩に、ハーマイオニーは左肩にポンと手を置いた。
「そうだ、まだコリンもパートナーを見つけてないらしいよ」
「ハリー。その情報が、一体何の役にたつって言うんだい?」
「ロン、クラップとゴイルもまだパートナーが決まってないわ」
「だから、それが何だってんだよ!?」
ハリーとハーマイオニーは、イタズラっぽく笑った。
最近二人は、妙にジョークを言う様になった気がする。
「そろそろ失礼するわ。ドレスを着なきゃ」
「ハーマイオニー、勉強のしすぎで目が悪くなったのか? まだパーティーが始まる三時間前だぜ?」
「ロン、貴方はもうちょっと女性の扱いを学ぶべきだわ。だから――」
相手がいないのよ、という言葉を、ハーマイオニーは何とか呑み込んだ。
「それじゃあ、ビッキーによろしくな」
「ビクトール! ロン、あの人をそんな風に呼ばないで!」
ハーマイオニーは髪を逆立てながら、女子寮の中に消えた。
ロンは「ああ、またやっちゃった……」としょげている。ハリーはなんて声をかけていいのか、まったく分からなかった。少なくとも「僕は今から君の妹と踊るんだ」ではないだろうが。とにかく、二人の間には、気まずい沈黙が流れた。
結局ロンは、ハリー目当てで近寄って来たパーバティ……の妹の、パドマ・パチルと踊る事になった。パドマはかなりの美少女だったが、ロンは別の女の子が気になって仕方がない様子だった。
◇◇◇◇◇
談話室には、ドレスやドレスローブを着た人で溢れかえっていた。みんな着飾っていて、普段一緒に授業を受けている学友だとは思えないほど様変わりしている。
ジニーは談話室のど真ん中で、ハリーを待っていた。
燃える様な赤い髪を纏めてシニョンにし、それによく映える黒いドレスを着ている。胸元がちょっと大胆に割れていて、ハリーはドキッとした。ジニーは、こんなに可愛いらしい女の子だっただろうか……?
「やあ、ジニー」
「あら、ハリー。ごきげんよう」
いつものイタズラな笑みではない、優しい笑顔をジニーは見せた。ハリーに会えたのが、本当に嬉しいという風だ。
「ああ――何ていうか――素敵なドレスだね」
「ありがとう、嬉しいわ。本当はネックレスをつけたかったんだけど、ママが許してくれなかったの」
妖艶に微笑みながら、ジニーは首元をさすった。ジニーの肌って、あんなに白かっただろうか。それに、思ったよりも、指が白い。
「さあ、行きましょうか。エスコートしてくださる?」
「うん」
「ふふ。ハリー、手を繋ぐんじゃなくて、組むのよ。ホラ、こう」
ジニーはハリーの腕に絡みついた。そして上目遣いで「なんなら、手を回しても良いわよ」と微笑んだ。
どうして……どうして僕の顔はこんなに熱いんだろう。どうして? ジニーは親友の妹なのに……。
クリスマス・パーティーの前。
ハリーは中々、誰かをパーティーに誘えないでいた。それに、誘う気もあんまりなかった。唯一、一緒に踊りたいと思った相手は、とっくにセドリックに取られていたからだ。
そんな時、ジニーに誘われた。
ジニーは今やハリーと同じく、有名人だ。一度も話した事のない相手からすら、ウンザリするほどパートナーの申し込みをされている様だった。そしてそれは、ハリーも同様だった。
ジニーとは気心の知れた仲だし、お互い早くパートナーを見つけて解放されたいという所で、利害が一致していた。
それに……それに、ジニーとだったら話が弾むと思った。
だからハリーはお誘いを受けた。なのに、どうして?
「……」
「……」
さっきから、まったく会話が出来ない。
なのにジニーは、これ以上ない程楽しそうだ。
それから不思議な事に、ハリー自身もそんなに悪い気がしなかった。
「ハリー。おいハリー!」
「……ん? ああ、ロン。それからパドマも」
「さっきから何度も話しかけたんだぞ。……ジニー、そのドレスちょっと大胆過ぎじゃないか? いくらハリーがパートナーだからって――ちょっと――その……」
「あら、いいじゃない。一年で一回きりの、クリスマスパーティーなんだから。ハリーも素敵って言ってくれたのよ。ね、ハリー?」
ロンが責める様な目で、ジニーが縋る様な目でハリーを見てきた。どちらを立てるべきか迷ったあげく、結局ハリーは曖昧な返事しか出来なかった。
「そういえば、ハーマイオニーはどこだろう」
ロンがポツリと呟いた。
その時、パドマが感嘆の声を上げた。
「わあ、あの人綺麗……」
そこにいたのは、ハリーの知らない綺麗な人だった。
もしかしたら、ボーバトンの生徒かもしれない。
「あれ、ハーマイオニーだ」
「えっ?」
ロンがそう言った。
確かによく見れば、面影がある。それに、隣にいるのはクラムだ。確かに、クラムのパートナーはハーマイオニーのはずだ。いや、しかし……。
ハリーとパドマは、信じられないものを見たといった表情で、ハーマイオニーを見た。唯一ジニーだけは、当然よ、という顔をしている。
ロンは……少々人には言えない様な顔だ。
「こんばんは、ハリー! こんばんは、ジニー! それからロンとパドマも!」
ハーマイオニーが挨拶をした。楽しくて仕方がないという風だ。
三人は何か返事をしようと口をパクパクさせたが、結局挨拶を返せたのはジニーだけだった。
「代表選手はこちらへ!」
マクゴナガル先生の声が響いた。
正直、助かったとハリーは思った。この場にいるのは、なんだかとても気まずい気分だったからだ。
代表選手達は、全員が着席してから一列になって入場する様に言われて、扉の前で待たされた。
「やあ、ハリーにジニー」
「はぁい」
それから少しして、セドリックとチョウがやって来た。
チョウは相変わらず綺麗だったが、前ほどではない気がする。
ハリーがセドリックと話し始めると、チョウとジニーは何やらコソコソと話し始めた。チョウの声はまったく聞こえなかったが、ジニーからは時々「言われた通りにやったら……」、「アドバイスありがとう……」という声が聞こえた。
「代表選手は全員集まった様ですね」
「フラーがまだいません」
「彼女は――その、なんと言いますか――遅れて来ます。本来はこんなことは許されないのですが、校長方が許可を出したのです……」
マクゴナガル先生は苦虫を噛み潰したような顔をした。
一体フラーは何をしたのか激しく気になったが、聞けばマクゴナガル先生の怒りを買う事は、容易に想像出来た。
その後直ぐに、選手達は一列になって入場した。
先頭はセドリックとチョウ、その次にクラムとハーマイオニー、最後にハリーとジニーだ。
みんなセドリックとチョウを羨望の眼差しで見た後、ハーマイオニーを見て腰を抜かしていた。
ダンスの前に、食事をする事になっていた。
代表選手達は、みんなおんなじ席だ。
ハリーは最初、オールスター戦の後の祝賀会の様な、つまりみんなで和気藹々と話す様なパーティーを想像したが、セドリックとチョウは二人きりの世界に入り込み、クラムとハーマイオニーも何やら話し込んでいた。
「ハリー、何を頼みましょうか。それとも、お腹すいてない?」
「ううん、ペコペコ。実はロンに付き合って、今日のお昼は何にも食べてないんだ」
「そう。それじゃあたくさん食べなきゃいけないわね。ダンスの最中に倒れられたら、一体私は誰と踊ればいいの?」
ハリーはまたドギマギした。
そんなハリーを見て――何が楽しいのか――ジニーはクスクス笑いながら、注文をした。どれもハリーの好物ばかりだ。
一体目の前の女の子は誰で、僕は誰なんだろう?
好物ばかりだったはずなのに、少しも味わえないまま、いつの間にか食べ終わっていた。そしてとうとう、ダンブルドアが立ち上がり、ダンスの開催を告げた。
「みなに紹介しよう。今宵素晴らしい演奏をしてくれる事になった「妖女シスターズ」――」
ダンブルドアの紹介と共に、「妖女シスターズ」がステージに上がった。
みんな着ているローブを、荒々しく破り、ブーツを履いている。
「――withミス・デラクール&ミスター・ハーツじゃ」
「!?」
ジニーが口をあんぐりと開けて、フォークを落とした。先ほどまでの優雅でちょっと背伸びした雰囲気は、何処かへ去ってしまった。
「妖女シスターズ」の最後尾……確かにショーンがいる。ドレスローブをパンクロック風に破き、サングラスをかけ、やたらと尖ったギターを背負っているが、紛れもなくショーンだ。
そしてその横に、真っ暗なドレスを着たフラーがいた。一人だけ正装をしているが、それが悪い意味ではなく目立っていた。
「妖女シスターズ」の真ん中にマイクを持ったフラーが立った。そしてその横にショーンが立っている。
そしてその見た目からは想像もつかない程ゆっくりで、物悲しい演奏を始めた。同時に、フラーが歌い出す。
ショーンの演奏は上手く、またフラーの声も素晴らしい。みんな驚きつつも、聞き入っていた。もちろん、ハリーもジニーも。
「そういえば、前チャリティ・イベントで楽器を演奏するとかなんとか言ってたわね……」
ハリーはすぐに勘付いた。
ここずっとショーンが練習に付き合わされていたのは、ダンスではなく、演奏だったんだ!
「踊らないと……私達、踊らないと!」
「う、うん」
思い出した様にジニーが言った。
ハリーとジニーは、少々出遅れて踊り出した。と言っても、クラムとチョウ以外はみんな面食らっていたので、結局足が揃っていた。
こうして、グダグダ・ダンス・パーティーが始まったのである。
オールスター戦編はクラム、
ダンスパーティー編はフラーメインという感じです。
次話はオールスター祝賀会から、ダンスパーティーまでをショーン視点で書こうと思います。