試合開始の合図を受けて、空に浮かび上がる。
一瞬、箒に頭を叩かれるのでは? という考えが浮かんだが、箒はしっかりと空中でショーンの体重を支えていた。
普段いがみ合っている者が味方になると、途端に頼もしく感じる事があるというが、この箒は正にそれだった。なんとも言えない安心感を与えてくれる。
思えば、この箒とも長い付き合いだ。この試合が終わったら、何か名前をつけてやるのもいいかもしれない。
そうだな、ロナルド――ショーン――ショーナルド。
ショーナルドという名前はどうだろうか? ジョークばかり言う子に育ちそうだ。
「ショーン!」
「おお、我が義妹よ」
「はぁ!?」
ジニーがありったけの侮辱の目を向けながら、ショーンにクアッフルを投げた。
おっと、集中しないと。
ショーンはクアッフルをキャッチしながら、ピッチを見渡した。
ダームストラングの選手達は、少々面食らっているようだった。
最初にボールを持った選手が、後ろにボールを送る事は、フットボールでもよくある事だ。むしろ定石と言ってもいい。それでも流石に、キーパーまで戻すと言うのは、ほとんどない。
彼らにとって予想外だった事は、それだけではなかった。
ホグワーツ側のコートには――ジニーとショーンを除いて――ホグワーツ側の選手が、すっかりいなくなっていたのだ。
ダームストラングの選手達は――もちろん、観客もだが――ホグワーツ側の選手達を、私服姿のルーナを見るような目で見ていた。
しかし流石によく訓練されているようで、ダームストラングの選手達は直ぐに気を取り直して、ショーン目掛けて飛んで来た。そのうち何人かは、ホグワーツ側の作戦を見抜いてさえいるようだった。
「ジニー」
「はいはいっと」
ダームストラングの選手達は右上のパスコースを塞いだが、それは無意味だった。
ジニーだけが左下で、しっかりとショーンのパスを待ち構えている。
ダームストラングの選手達は急いでジニーの方へと向かっていったが、それもまた無意味だった。
ジニーはクアッフルに手も触れず、即座に箒の柄の部分でクアッフルをショーンに打ち返していたのだ。
ショーンは突如、豪速で飛んでくるクアッフルを当たり前のようにキャッチした。
そしてそのまま、急上昇していく。
慌てて目で追ってしまったダームストラングの選手達は、ショーンの後ろでサンサンと輝く太陽を見て、目をやられてしまう。
その間に、いつの間にかショーンの下に待機していたジニーに、クアッフルを投げた。またしてもパス成功だ。
「行くぞ、ゴールまで一直線だ!」
「作戦バラしてんじゃないわよ!」
ショーンとジニーの会話を聞いたダームストラングの選手達は、慌てて自陣のコートまで戻って行く。
しかし、ショーンとジニーは、一歩も動いていない――箒に乗っているのに「一歩」という表現はおかしいが――とにかく、その場にとどまっていた。
ここまでくると、ダームストラングの選手達は、流石にホグワーツ側の作戦に気づいた。
そう――何を隠そう――ホグワーツ・オールスターチームは最初から、点を稼ぐ事を諦めていたのだ。
◇◇◇◇◇
ホグワーツ・オールスターチーム、それから候補生たちは、一つの教室に集められていた。
黒板の前には、ハーマイオニーが立っている。
彼女は赤い眼鏡をかけ、髪の毛を後ろで纏めて、それから教鞭を持っていた。どうやら彼女は、形から入るタイプらしい。
「えー、これからホグワーツ・オールスターチームの作戦会議を始めたいと思います。何か質問がある方は、挙手をしてから発言してください」
「一体いつからハーマイオニーはマクゴナガル先生になったんだ?」
ハリーがそう言うと、ハーマイオニーはチョークを浮かべて、スニッチのような速さで飛ばした。
ハリーはチョークがトラウマになった。
「今回の試合は、普段ホグワーツで行われている試合とは、大きく異なる部分があります。それがなんだか分かりますか? はい、ショーン」
「えっ、挙手制じゃないの? あー、えっと……ハーマイオニー、今日の髪型オシャレだな」
ショーンはチョークがトラウマになった。
「普段のクィディッチ・トーナメントでは、勝ち点を上げる為に、出来るだけ多く点を取った状態でスニッチを獲得し、試合を終わらせます。これはナショナルリーグでも同様です。ところが、今回の試合は一回限り。つまり、」
「つまりサッサとスニッチを取ればいいんだ!」
「挙手を!」
ハーマイオニーがぴしゃりと言った。
しかし興奮したハリーの耳には、届いていない様だった。
「ですが、そのくらい相手も気がついてるはずです。恐らくクラム選手はその気になれば、五分とかからずにスニッチを捕まえられるでしょう」
「僕だってやろうと思えば出来る」
「そうでしょうとも。そうでなくては困るわ」
ハーマイオニーの発言に、みんな首を傾けた。それを見て、ハーマイオニーは楽しそうに笑った。
ハーマイオニーが重度の教えたがりである事を、ショーンは見抜いていた。しかし彼女の元にチョークがある限り、ショーンはそれを言うことはないだろう。
「我々は、点を取る事をしません。三人いるチェイサーの内二人――セドリックとチョウ――には、ずっとクラムをマークしてもらいます。更にそこに、フレッドとジョージを加えた四人がかりで、徹底的に妨害してもらいます。そして150点の差がつく前に、」
「僕がスニッチを取る!」
「挙手を!」
「ああ――うん――挙手ね」
ハリーが挙手の事を少しも考えてないことは、誰の目から見ても明らかだった。頭の中はクラム一色だ。
しかし……チェイサーを一人だけにするとは、思い切った事をしたものだ。
クィディッチには、スニッチニップというルールがある。シーカー以外の者は、スニッチを手で触ったり掴んだりしてはならない、というルールだ。つまりセドリックとチョウは、スニッチが目の前にあっても、何もする事が出来ない。あくまで、ただクラムの妨害をするだけ。
人数の少ないクィディッチという競技で、四人もの選手を点に関わらせないというのは、正気の沙汰ではない。
「それで、ゴールキーパーのショーンと――それからもう一人のチェイサーの――二人でクアッフルを回し続けてもらいます。150点差をつけられない様に。そうなると――必然的に――もう一人のチェイサーは技量よりも、ショーンと息が合うかどうかで決めます」
「ハーマイオニー、その作戦には、決定的な穴があるわ」
ジニーが手をあげながら、重々しく言った。
「ショーンと息が合う奴なんて、この世界のどこを探してもいないわ」
「ジニー。貴女は挙手をしたとしても、発言は許しません」
ハーマイオニーがぴしゃりと言った。
その後、面々は『必要の部屋』に向かった。最後のチェイサーを決めるテストを、今からしようと言うのだ。とは言っても、候補生は片手で数えられる程度しかいない。
先ずスリザリン生は「他の寮の奴ら――特にハリー・ポッター――となんて一緒にプレーできるか」と――チョウに気があるスリザリンチームキャプテンのグラハム・モンタギュー以外――参加してくれなかったし、レイブンクロー生はそもそもクィディッチがあまり好きではなかった。
結局集まったのはほとんどがグリフィンドール生とハッフルパフ生だが……ジニーとアンジェリーナを超える選手がこの中にいるとは、到底思えなかった。
それでも一応、テストをやらないわけにはいかない。もしかしたら、逸材が眠っているのかもしれないのだ。
中央で行われているチェイサー選抜テスト。
その一方で、コートの端の方では、既にスタメン入りを果たした選手達が練習していた。
シーカーであるハリーを、セドリックとチョウがひたすら妨害しながら飛び、ハリーはそれを躱しながらスニッチを追いかけている。
二人にマークされてるだけでも辛いのに、更に時折、ビーターであるジョージとフレッドの妨害が入るのだ。
それを見事にさばいているハリーは、やはり天才的なシーカーだとショーンは思った。尤も、チョウと身体が触れ合うたびに飛びあがらなければ、だが。
テストをして見て改めて感じた事だが、アンジェリーナは素晴らしい選手だし、ジニーもショーンとのチームプレーという観点から見れば悪くない。モンタギューもチームワークには若干の疑問があるが、冴えたプレイをしていた。
盛り上がればそれでいいと思っていたが、案外本当に勝てるかもしれない。ショーンはそんな事を、のんきに考えていた。
◇◇◇◇◇
「タイム!」
一応のキャプテンであるショーンが、タイムをかける。
選手達は地上に舞い戻り、ハーマイオニーの元に集結した。
「選手交代だ。ジニー、アンジェリーナ」
「分かったわ」
「オーケー」
ダームストラングの選手達は、早くもジニーとショーンのトリックプレーに慣れ始めていた
現に、ポツポツと点が入り始めている。
トリックプレーのジニー。
正統派のアンジェリーナ。
ラフプレイのモンタギュー。
この三人を使い回す事で、相手に『慣れさせないこと』それが重要なのだ。
もちろん、これも今回一回限りというルールだからこそ出来る作戦である。
その作戦は、今のところ上手く言っていた。問題は……。
「ごめんなさい、限界に近いわ……」
「実を言うと、僕もだ」
クラムをマークしている、チョウとセドリックの方だった。
二人は汗をびっしょりとかき、まさに満身創痍という風だった。援護のフレッドとジョージにしても、三人が速すぎて、追いつけていない。
「ハリー」
「うん、分かってる」
ハリーも良いプレーをしていた。
しかし相手のビーターが予想外にうまく、自由にさせてもらえない。
みんな作戦通りに、良いプレーをしている。
――それでも、それでもなお引き離されていく。
単純に実力の差。
両者の間には、大きな隔たりがあった。
「ん、そろそろ試合再開だ」
「うへぇ。世界で一番短い十分間だった」
「違いない」
軽口を叩きながらも、地面を蹴って空に上がっていく。
観客達は熱狂を持って、選手達を迎えた。
◇◇◇◇◇
……試合は、一瞬のまばたきも許されない程の速さで進んでいった。
ジニーのトリックプレーも、アンジェリーナの実力も、モンタギューのラフプレーも瞬く間に通用しなくなった。
今ではもう、パスは通らないし、クアッフルをキープしようとしても、あっという間に掠め取られてしまう。
現に、もう130対0だ。
セドリックとチョウの方はもっと悪い。
クラムは速い。世界最速の箒ファイヤボルトの力を、恐らく誰よりも見事に引き出しているだろう。またフィジカルも申し分なく、その姿はまさに炎の雷といったところか。
そんなクラムに、セドリックとチョウはスピード、パワー、テクニック、コンビネーション、あらゆるものを総動員して、なんとか食らいついている。だがそれももう限界だ。
恐らくあと五分も経たないうちに、セドリックとチョウは飛べなくなるだろう。
フレッドとジョージも奮闘してはいるが、焼け石に水。いや溶岩に水と言った方がいいかもしれない。とにかく、上手くいってない事だけは確かだ。
そんな惨状にあって――ハリー・ポッターは笑顔を浮かべた。
やろうと思っている事ができない。
敗北が迫り、焦燥感にかられる。
そう、久しく忘れていた感覚だ。
初めてクィディッチの試合に出た時。チェイサー達は目で追えないほど速く感じた。相手も強大に見えたし、練習で習った事は、そのほとんどが上手くいかなかった。
しかしハリーには、才能があった。
直ぐに試合に慣れ、あっという間にスター選手になった。
気がつけば、ハリーと対等に戦えるのは、セドリックだけになっていた。だがそれも、個人の話で、チーム全体としては、グリフィンドールとハッフルパフには大きな隔たりがあった。
それに比べて、この試合はどうだろう。
昔と同じだ。
チェイサーは速く、相手は強大で、やろうと思った事は何一つ上手くいかない。
懐かしい。
そう、懐かしい。
このチーム一丸となって、強大な相手と戦うこの感覚。
背後から迫り来る対戦相手の息遣い。
全てが懐かしい。
改めて思う。
ああ、やっぱりクィディッチは面白い、と。
ハリー・ポッターは、クィディッチが大好きだ、と。
「また止めたァ! まるで後ろに目があるかのようなプレイング! 急に動きが良くなりました、ショーン・ハーツ!」
リー・ジョーダンの実況に、観客達が湧いた。
ショーンはここにきて、何度もスーパー・セーブを決めていた。まるで本当に、背中に目があるかのような動きだ。
そういえば、この試合は彼がセッティングしたものらしい。
ハーマイオニーがこっそり教えてくれた。
ハリーの為に、この試合を組んだのだと。
学校中が敵視しているハリーの為に、ダームストラング校と交渉し、先生方に許可を取り、選手を集めてくれたのだと。
「……ありがとう、ショーン」
気がつけば、ハリーはショーンの方を向いて礼を言っていた。
そして……ショーンのやや下、そこに、スニッチを見つけた。
「――――ッ!」
瞬間、ハリーの中の血が大爆発した。
これまでに溜めていた力を、一気に解き放つ!
スニッチまで、後20メートルッ!
その20メートルを全力で駆け抜けるッ!
ハリーが風になったその時……ハリーの横を、何かが猛烈なスピードで走り抜けて行った。
「クラム!」
ビクトール・クラムだ。
彼は見た事もない速度で、ハリーを追い抜いて行った。
(全力じゃなかった……全力じゃなかったんだ! 僕たちを油断させる為に、今まで手を抜いてたんだ!)
ハリーが気がついた時には、もう遅い。
そもそも、箒の性能に圧倒的な差があるのだ。
一度抜かれてしまっては、もう二度と追いつかない。それどころか、差は広がるばかりだ。
セドリックとチョウも慌てて追いかけるが、その速度はハリーよりも遅い。
誰もが、負けを悟った。
しかし……、
「……えっ?」
スニッチの真横に、ショーンがいた。
偶然に?
違う。
クラムを妨害する為に?
違う。
では何のために?
彼が何をしようとしているかは、その姿を一目見れば分かった。
クィディッチには、スニッチニップというルールがある。シーカー以外の者は、スニッチを手で触ったり掴んだりしてはならない、というルールだ。
では手でなければどうだろうか?
例えばそう……箒で打つとか。
ショーンは箒に跨っていなかった。代わりに箒を、まるでバットの様に構えている。
あの箒は、ファイヤボルトとは比べ物にならないほど鈍く、またボロい箒だ。しかし、何かを叩く事に関しては、誰にも負けない。
“カコーン”とスニッチを叩く音がした。
猛スピードでスニッチに向かっていたクラムは、同じく猛スピードで迫ってくるスニッチに反応出来ない。
スニッチは、クラムの背後にいたハリーの口の中に、吸い込まれていった。
口の中に広がる鉄の味……本当に、懐かしい……。
でもこれで、これで勝ち! 勝った!
ハリーはそう思いながら、スコアボードを見た。
「……ん?」
――150対160。
そこにはそう書かれていた。
「キーパーがゴールから離れてどうすんのよ、このバカァ! 点取られ放題じゃない!」
ジニーの声が、虚しくピッチに響いた。
次回からダンス・パーティー編。
ショーンの相手とか、今後の展開を予想出来たら神。