ショーンはホグワーツ行きの特急に乗っていた。
同席してるのはジニー、ルーナ、コリン――つまり、いつものメンバーだ。
本当はロナルドさんと相席が良かったし、ジニーもハリーの隣に座りたがっていたが、ハリーとロナルドさんとハーマイオニーのトリオの結束は硬かった。
最後の空いた一席。
自分だけそこに座って、片方だけ別のコンパートメントに行かせるのは忍びない……などと考えるショーンとジニーではなかった――むしろお互い蹴落とし合っていた――が、残念ながら最後の一席は新しい闇の魔術に対する防衛術の先生に取られてしまった。
コンパートメント内では、ルーナがサンドウィッチを両手で持ってかじり、ジニーは雑誌を読み、ショーンはドレスローブを縫い、コリンは日刊預言者新聞を読んでいた。
ドレスローブ――社交ダンスの授業でもあるのか、今年から必要になるらしい。ショーンはお金がないので、自分で縫っていた。
「『例のあの人』の配下、再び現れる。魔法省は負傷者無しと発表したが、果たしてそれは死傷者が出たという噂を打ち消すに足りるのか。魔法省への不信感募る――かあ。これホントかな? 死傷者が出たって」
「コリン。私のお父さんを疑うっていうの? いい度胸ね」
「えっ?」
「負傷者無しと発表したのは、アーサー・ウィーズリー氏だ」
ジニーの言葉を、ショーンが補足した。
コリンは慌てて謝ったが、ジニーはふんと鼻を鳴らしただけだった。
クィディッチ・ワールドカップの夜。
泊まっていたサポーター達は、例のあの人の配下の格好をした集団に襲われた。その時ハリーとクラムのプレイについて熱く語っていた――ジニーに言わせれば良い雰囲気だった――所を邪魔されたので、彼女は酷く不機嫌なのだ。その後父アーサーが休日出勤させられた事も拍車をかけているだろう。
「待った。どうしてジニーのパパがインタビューに答えてるの? これ現地取材だって書いてあるよ。ジニーパパって、警備係じゃないでしょ?」
「えっ?」
「それに、どうしてショーンがそのことを知ってるのさ?」
「ふむ」
「それはね、二人が一緒にクィディッチ・ワールドカップを観に行ったからだよ。ハリー達もいたんだって。私も行きたかったなー」
ショーンとジニーがジェスチャーで必死に「黙れ!」と言っているのに、ルーナは御構い無しだった。どのくらい御構い無しかというと、それはもう御構い無しだった。
「……僕、誘われてないんだけど」
「ほら、窓の外を見てごらんジニー。ヤギの群れがいるよ」
「まあ、ホントね。とってもキュートだわ。動物を見てると、とっても心が安らかになるわね。あっ、見てショーン。山だわ」
「うん。わあ、とっても大きな山だなあ……自然の雄大さを感じるね」
「「ははははは」」
「誤魔化し方が下手すぎるよ!」
パシーン!
二人はコリンに頭を叩かれた。
流石に今回は自分が悪いと思ったのか、素直に非を認める……二人ではなかった。
「何すんのよこのクソガキ!」
「上等だボケェ!」
「クソガキって……僕らは同い年だろ! そしてショーン! 上等なのはこっちだ! ハリー・ポッターさんもいたなんて!」
外では『におい』があるせいで殴り合いのケンカばかりしていたが、ここでは違う。彼らは魔法使いだ。三人は杖を構え――やっぱり殴り合った。直接殴った方がスッキリするし速い。
「お兄ちゃん、何やってるの……?」
トイレから戻ってきたコリンの弟のデニス・クリービーが、信じられないものを見る表情で三人を見た。
きっとコリンは、家では大人しいに違いなかった。実際、ジニーやショーンといる時以外の彼は、カメラのシャッター音がうるさい事に目を瞑ればただの気の良い男の子だ。
「お、おほほほほ。これは違うのよ、坊や。ほ、ホグワーツではこれが習慣なの。ねえショーン」
「うぇ!? ああ、勿論。ホグワーツではこうやって友情を確かめ合うのさ」
「そんなの貴方達だけです」
ロウェナがジト目でこっちを見ていたが、全力で無視した。
「君たち、デニスに変な事吹き込まないでね」
「変な事とはなんだ」
「そうよ。これは崇高なる「ねえ」――ルーナ、今私がジョークを言う所だから。それで、どうしたの?」
「もしかして、クィディッチ・ワールドカップの事言ったらダメだった?」
「えっ? ああ、うん。ダメっちゃダメだったけど、今その話題はもう終わったと言うか……なあ?」
「ここで私? まあそうね。いや実際、コリンの事は誘おうと思ったのよ。ただショーンを誘った後に、フレッドとジョージがリー・ジョーダンを誘おうとして、パパにこれ以上テントに入らないからって断られてるのを見ちゃったのよね」
「へえ、そうだったんだ。それなら仕方がないのかな?」
三人はすっかり毒気を抜かれた様だった。
大人しく椅子に座りなおし、コリンは新聞を読むのを再開し、ジニーは再び雑誌に目を落とし、ショーンもドレスローブの製作に戻った。
デニスはコリンの膝上に座る。
そんな二人を見て、ふとジニーがこぼした。
「そういえば、コリンとデニスってホント似てるわよね。若干キモいわ」
「キモいってなんだよ!? 似てたって良いだろ、別に」
「似てる似てないって言えば、ショーンとショーンの妹さんはあんまり似てなかったね」
「えっ、もう僕と弟の話題終わり?」
「そうね。コレに似なくて良かったわ」
「――確かに。ショーンと違って、可憐というか儚いっていうか……」
「コリン、お前妹をエロい目で見たら殺すからな。言っとくがマジだ。刑務所に入った時用の書き置きは既に出来てる」
いつものじゃれ合いじゃない。
ホンモノの殺気を感じ、コリンは冷や汗をかいた。
ショーンの妹であるアナは、お見送りをする為にキングス・クロス駅に来ていたのだ。
ショーンは自信満々に妹を紹介した後、アナに「こいつらとは関わっちゃダメだぞ」と言い聞かせていた。するとアナはこう言った。
「そんなことを言ってはいけませんよ、ショーン兄さん。ご学友は大切になさってください」
これには一同――ルーナでさえ――かなり面食らった。
ショーンの妹と言うのだから、ジニーを二百回殴った様な女の子が出て来ると思っていたのだ。実際出てきたのは、ジニーを二百回更生させたような女の子だった。
「あっ、ホグワーツが見えて来た」
「ホント!?」
「嘘」
「!?」
「って言うのが嘘で、ホントに見えてきたよ」
「!?」
ルーナがからかうと、デニスは目を白黒させた。
「「あれ、絶対お前(あんた)の悪影響だよな(よね)」」
「は?」
「あ゛ぁん?」
「……二人とも、馬鹿なことやってないで。着替える時間だよ」
「あんたに仕切られると、なぁんか腹立つわね」
「酷くない!?」
「ルーナ、着替え手伝ってやろうか?」
「良いの? じゃあお願いしようかな」
「さりげなくセクハラしてんじゃないわよ」
「うるせえな。お前はトイレかどっかで着替えて来い」
「むきー! 私にもセクハラしなさいよ! あんたの事は男の子として見てないけど、私が女の子として見られないのは頭にくるわ」
「良し。好きな人を言ってみろ」
「ハリー」
「……セクハラしがいがないな、お前は」
「じゃあどうしろって言うのよ」
「お手本を見せてやろう。コリン、お前の好きな人を言え」
「えぇ!? む、無理だよ。こんな人がたくさんいるところじゃ……他のコンパートメントの人が聞いてるかもしれないし。今日寝る前に、二人の時なら……」
「ほら、お前の恋仇はちゃんとセクハラしがいがある」
「コリンに負けた……」
「恋仇って――僕の好きな人はハリーじゃないよ!?」
「「「え?」」」
「ルーナまで!?」
非常に文化的かつ建設的な話をしていると、列車は段々と速度を落としていき、やがて完全に止まった。
デニスは一年生なので別の方へ行き――コリンとデニスは、まるで今生の別れかの様に別れた――ショーン達は一足先にホグワーツへと向かった。
◇◇◇◇◇
「三大魔法学校対抗試合……嫌な記憶が蘇りますね」
たらりとロウェナが冷や汗をかいた。
横ではサラザールがいつもの倍ほど不機嫌そうにしている。あのいつも明るいゴドリックにしても、顔色を悪くしていた。唯一変わらないのはヘルガだけだが、彼女の心情を表情から読み取るのは、いつだって不可能だった。
三大魔法学校とはホグワーツ魔法魔術学校・ダームストラング専門学校・ボーバトン魔法アカデミーの三校を指す。
三大魔法学校対抗試合とは、その三校で競技を行い、その年の最も優れた魔法学校を決める戦いのことである。
しかし死者が多発、そのあまりの危険性から近年では廃止されていたが――『例のあの人』が滅びた後の復興のきっかけとして、十分な安全への配慮の元、再開されることとなった。
そして今、その記念すべき再開後の第一回三大魔法学校対抗試合がここホグワーツで、それも今年開催されることがダンブルドア校長の口から明かされたのだ。
ほとんどの生徒達が大喜びしているのだが――幽霊達はそれとは正反対の反応をしていた。
「一体何だってそんなに気落ちしてるんだ。フレッドとジョージなんて、嬉しさのあまりリーの髪を燃やしてるくらいなんだぜ? お前達が暗いと、俺が喜び辛いんだけど」
歓声の中、ほとんど唇を動かないようにしながら、小声で問いかける。
それを聞いたゴドリックが、青い顔をしながら答えた。
「いいかい、ショーン。フットボールは元は、1ゲームやる度に死者が何人も出る、危険な競技だったんだ。それが長い歴史の中で、ルールが洗練されて行き、安全で楽しいものへと変わったのさ。つまり、トライウィザード・トーナメントも同じだったってこと」
「……あの当時の事は、今でも鮮明に覚えています。いえ、私が絶対的な記憶能力を持っていることは別でしょう。
ボーバトンからは初代フラメル、ダームストラングからは狼人間と巨人のハーフがそれぞれ出場しました。ダームストラングの代表選手は第三競技の最中に戦死。ボーバトンの代表選手はクリアこそしましたが……あれのせいで、彼は研究を続けることが困難になり、賢者の石の完成に漕ぎ着く事が出来ませんでした」
顔からさあっと血の気が引いた。
さっきまで賞金につられて出場しそうになっていたが――トンデモナイ! 命あっての物種だ。
「ちなみに、昔は毎年行われていた。私も、ゴドリックも、ロウェナも、ヘルガも当然出場している。ゴドリックとロウェナ、私は優勝。ヘルガの時は……残念ながら無効試合となってしまった。他の代表選手の片方が死に、片方が消えてしまったのでな」
「ええ。アレは不思議な体験でした。ドラゴンに囲まれたボーバトン代表選手の方が、焦って杖を振るった瞬間、パッと消えてしまったのです。周りにいたドラゴンと地面ごと。代わりに何故か、生魚が大量に落ちていました」
ああ――現代に生まれてよかった。神よ、感謝します。
「ショーン! 私は絶対に応募するわ! 貴方も勿論するわよね?」
「いや、俺は……アレだ、足が痛いからやめとく」
「はあ? あんたなに、怖気付いてるわけ?」
「いやホント、足が痛いんで……」
呆れた、と、ジニーは頬杖をついてつまらなさそうにした。
なんだかんだで、イベント事はいつも一緒にこなしてきた二人である。相方であるショーンがいないと、イマイチ気分が乗らないのだろう。
チクリと胸が痛んだが、あんな話を聞かされた後では、例え一億ガリオンやると言われたってやる気が起きなかった。
その後、ダンブルドア校長から成人した魔法使いのみ参加出来ることが告げられた。
成人した魔法使いの知り合いなんて――学生では――セドリックしかいない。セドリックはとびきり優秀だ。彼なら、絶対に死なないだろう。
ショーンは少し安堵した。
「さて、では次に――新しい闇の魔術に対する防衛術の先生をご紹介しよう。ここ最近の時の人であり、もしかするとわしよりも今や名が知れてるかもしれんの。みな、拍手を持って迎えるよう! 新任のシリウス・ブラック先生じゃ!」
大広間中から盛大な拍手が聞こえてきた。
ショーンも出来る限り大きな拍手をして、口笛まで吹いた。
そう、シリウスは今年から、闇の魔術に対する防衛術の先生として、ホグワーツに就任したのだ。本人は隠しているつもりだったが、正直バレバレだった。
入り口から教員先までの道の途中、シリウスのハンサムな顔がこっちに向いて、茶目っ気たっぷりにウィンクをした。
「私に向かってしたのかしら!?」
隣でパンジー・パーキンソンがそう叫んでいたので、ウィンクは彼女に譲った。
彼女以外にも、シリウスは大広間を通る間に、何人かの――あるいは何十人もの――女の子を虜にしたようだった。「彼って結構クールね」ジニーもそうなりかけていた。ロックハートの時もそうだったが、彼女は案外ミーハーな部分がある。
もしゴドリックを紹介したら、彼女はどうなるのか……ショーンはとてつもない好奇心に駆られた。
最後にダンブルドア校長がボーバトンとダームストラングが10月頃にホグワーツに来るから、仲良くするようにと言って宴は終わった。
いつもは最初の宴の帰りは新入生の話題になるのだが、新入生の事を気にしてる奴なんて、誰もいなかった。弟がいるコリンでさえ三大魔法学校対抗試合の話をしている。
「ショーン。もうそれ以上ステーキを持っていくのは無理よ」
「もうここ二週間くらいマトモな飯食ってねえんだ。見逃してくれ。それに、彼女達も俺にずっと会えなくて寂しかったはずだ。そうだろ?」
一方トライウィザード・トーナメントの事なんてどうでもいいショーンは、皿にどれ程多くのステーキを盛れるかを考えていた。
――そうして、今年もホグワーツが始まったのである。
後、三大魔法学校対抗試合が最初に開催されたのは700年前なので、本来ゴドリック達は参加していません。その辺は大筋には関わってこないので、多めに見てください。
今更ですが、原作を読んでて思いました。
ジニーのキャラが乖離してる……と。
アンチ・ヘイトタグ案件なんだろうか?