ウィーズリーおばさんは途方に暮れていた。
他のみんなは――あのロナルドでさえ――起きたのに、ショーンがまったく起きないのだ。このままではクィディッチ・ワールドカップに遅刻してしまう。
そう。何を隠そう、今日はクィディッチ・ワールドカップの開催日なのである。
昨日「俺、朝は弱いんだ。吸魂鬼がおはようのキスしたって早起きは無理だよ」と言っていたが、みんな本気にしていなかった。しかし、彼は珍しくジョークを言っていなかったのだ。
「こうなったら、ショーンは本当に起きないよ。なんせ――前にあんまり起きないんで――ゴブリン製の金で頭を叩いてみたんだけど、それでも起きなかったくらいだ。だからお昼になったら、僕が付き添い『姿現し』で
同じ部屋で暫く暮らしていたビルが、ショーンの言葉の潔白さを証明した。
ウィーズリーおばさんは、ビルが付き添い『姿あらわし』を上手く出来るのか心配していたが、一際大きなショーンのイビキを聞くと、結局折れてリビングに戻っていった。
「昨日ハリーがクィディッチの練習を、もう1時間短くしてればな……」
ビルが呟いた。
すかさずチャーリーが反論する。
「いや、ハーマイオニーだろ。あの子がもう少し勉強熱心じゃなかったら、ショーンはもうちょっと平和でいられたさ」
チャーリーは肩を竦めた。
「もしくは、ジネブラが女の子だったらだな。おっと、ジネブラは女の子だったか。パースより男らしいから、すっかり忘れてたよ」
ジニーは最近、如何にショーンを困らせるかに心血を注いでいた。そしてそれは、だいたい上手くいった。尤も、ジニーも毎回やり返されていたが。
兄としては、ボーイフレンドの一人も作らずに、イタズラばかりしている妹が少し心配だった。それに、段々フレッドとジョージに似て来た気もする。ウィーズリーおばさんはフレッドとジョージに、ジニーを悪の道に引きずり込むなとしつこく言っていたが、それは無駄に終わっていた。
フレッドとジョージ以外にも、悪いお手本が居るに違いなかった。
ビルとチャーリー、パーシー、ショーンを除いた面々は、ウィーズリーおじさんの引率で、
それをみてパーシーは「やっと仕事に集中出来る。もし僕が少しでもミスをしたら、大変な不味いことになるし、クラウチさんも非常に残念がるだろう。だから……」とみんなのいるリビングで、ワザとらしく漏らした。正確に言えば、今も漏らし続けている最中だ。
「知ってるか? ドラゴンってのは共存しない生き物なんだけどな、チャイニーズ・ファイアーボール種は三匹までは仲間の共存を認めるんだ。パース、そんな風だと、君はチャイニーズ・ファイアーボール種にだって仲間に入れてもらえないぜ」
「僕はドラゴンじゃない!」
「だろうね。そんなに鍋の厚底を気にしてるドラゴン、いるわけない。いやでも、そんなに鍋の厚底を気にしてる人間も、パース以外見たことがないな。ゴブリンだって、鍋を作るときは底よりも、むしろ『とって』の部分を気にするよ」
「僕以外の人が気にしなかったから、僕が今こうして気にするハメになったんだ!」
ビルとチャーリーが笑うと、パーシーは耳を真っ赤にして上に上がっていった。どうやら今起きた様で、ちょうどのタイミングでショーンが上の階から降りて来た。
すれ違い様、手を挙げて挨拶する。
「おはよう、パーシー」
「おはよう? 今は昼だ!」
パーシーは怒鳴った後、音を立てて部屋の扉を閉めた。
「賭けてもいい。鍋の底が“欠けてもいい”って誰かが言ったんだろ」
「いや、生理中なんだ。ガールフレンドの、なんだったか――ほら――ええっと、ガールフレンドの……そう、ペネロピ・クリアウォーターと別れたばっかりでね。ご無沙汰ってやつさ」
チャーリーのジョークに、ショーンとビルは大いに笑った。ウィーズリーおばさんだけはしかめっ面をしていた。
「――ところでショーン。クィディッチ・ワールドカップの会場にはいつ行く?」
「そりゃあ開催日だろ」
「うん、それ今日だ」
「……ホントに?」
「ホントだよ」
「神に誓って?」
「勿論。なんなら銀行マンらしく、
それを聞いた途端、ショーンは走って階段を上り、部屋から大荷物を持って、やっぱり走って降りて来た。
「おい、おい。まだ寝ぼけてるのか? 今から行くのはホグワーツじゃなくて、クィディッチ・ワールドカップだよ。そんな大荷物、どうするっていうの?」
「違う。今から行くのはクィディッチ・ワールドカップじゃなくて、大道芸広場だ」
「ほらみろ。ハーマイオニーが勉強させ過ぎたんだ」
「別にイかれたわけじゃない。ちょっとした事情があるんだよ」
ショーンは、ビルとチャーリーに奨学金のことと、妹の学費のことを説明した。すると彼らは気前良く、ショーンを今すぐクィディッチ・ワールドカップ会場に連れて行ってくれるばかりか、大道芸を手伝ってくれる約束さえしてくれた。
ビルとチャーリーとショーンの三人は、直ぐにクィデッチ・ワールドカップの会場へと『姿現し』した。
チャイニーズ・ファイアーボール種は三匹までは仲間の共存を認める。しかしパーシーは別。パーシーはその後一人、遅れて『姿現し』をした。
◇◇◇◇◇
夜――つまり今――ショーンは、クィディッチ・ワールドカップの貴賓席に来ていた。
ショーンにとってのメインイベントは、昼の大道芸であり、それはもう終わったので、後はゆっくりクィディッチ・ワールドカップを見て、寝るだけである。ちなみに、稼げる事には稼げたが、妹の学費を払うにはまだまだほど遠かった。これから少しの間、冬と夏はバイトに明け暮れる事になりそうだ。
「やあショーン! 君も来てたのかい」
「ああ。魔法省大臣閣下直々のお誘いでね」
「それじゃあ僕と同じだ」
ショーンとハンサムな男――セドリック・ディゴリーは、お互いのジョークにちょっと笑ってから、硬い握手を交わした。
去年、本気でショーンが勉強していた頃。
ほぼ毎日図書室にいたショーンは、ほぼ毎日図書室で出会うセドリックと話すようになった。
セドリックはショーンに魔法のアドバイスをし、ショーンはセドリックに恋のアドバイスをする。ショーンが勉強を続けられたのはセドリックのおかげだったし、セドリックがチョウ・チャンと交際出来たのはショーンのおかげだった。つまり、二人は対等な友達なのだ。今も頻繁に手紙のやり取りをしている。
「確か、チョウも来てるんだろ? 一緒に観戦しなくていいのか?」
「勿論、そうしたいよ。でも父さんが、ね?」
ディゴリー氏は、まるでマーリン賞でも自慢するように、セドリックの自慢をしていた。
正直言えば、もし息子がセドリックだったら、俺だって自慢したくなる、とショーンは思った。それにしてもディゴリー氏は、ちょっと行き過ぎだが。
「そのうち、お父さんにプロポーズされるぜ、お前」
ジョークを言うと、セドリックは笑うどころか、かなり顔を引きつらせていた。
ショーンとしてはもっとセドリックと話していたかったが、ウィーズリーおじさんにもう試合が始まる、と呼ばれたので、自分の席に戻る事にした。
ショーンはそれほどクィディッチに興味がなかったので、一番見やすい真ん中の席は喜んでロナルドさんに譲って、自分は端っこの方に座った。隣は、同じくクィディッチにあんまり興味がないハーマイオニーだった。
「ハーマイオニー。こんな時くらい、読書はやめた方がいいぜ」
「本じゃないわ、プログラムよ。ここが図書室かクィディッチ・ワールドカップの会場かの分別くらいつきます」
ハーマイオニーはピシャリと言った。
「読み上げるわね。えーっと、試合に先立ち、チームのマスコットによるマスゲームがあります」
マスゲーム――つまり、チーム毎に国有の魔法生物をマスコットとして連れて来て、パフォーマンスをすると言う事だった。
解説実況のルードが拡声呪文を使ってから、それぞれのチームを紹介をしていく。最初はブルガリア・ナショナルチームだった。
「ヴィーラだ!」
誰かが叫んだ。
ショーンはそのヴィーラの事を少しも知らなかったが……直ぐにそんなことはどうでも良くなった。
「あの子達、凄くクールだ!」
ショーンは立ち上がって大声を出した。
しかも、それだけでは収まらなかった。
上着を脱ぎ、良く分からないポーズを決めて、ヴィーラにありったけアピールしたのである。
「……だから私は言っただろう。あの時、ヴィーラは全滅させるべきだった」
「今回ばかりは貴方に同意です」
サラザールの言葉に、ロウェナが同意した。
「ただ、あの時はヴィーラに誘惑される貴方が面白くて……」
サラザールは青白い顔を真っ赤にさせた。
「ショーン! 貴方、何してるの!?」
ハーマイオニーは思いっきりショーンの脛を蹴った。
その時、ショーンは思った。きっとハーマイオニーがキックボクシングかフットサルをやったら、世界がとれる、と。そのくらい強烈な蹴りだった。
我に返ったショーンは、パンツにかけていた手を止め、キッチリ服を着なおしてから、毅然とした態度でハーマイオニーに聞いた。
「何してるかって? 逆に聞くけど、何をしてると思う?」
ハーマイオニーはロンとハリーを指差した。
「アレよ」
二人はそれぞれ「僕は最年少でクィディッチのナショナルチーム入りをしたんだ!」、「僕なんか優勝した!」と叫びながら、ボックス席から身を乗り出していた。
「流石首席だ。満点だよ」
ショーンは諸手を上げた。
次に、アイルランド・ナショナルチームのマスゲームが始まった。
金と緑。二色の光が、彗星の様に空を駆け巡る。二つの彗星は一旦別れて、それぞれゴールの両端に行ってから、近づき、ぶつかって、合体し、一つになった。
合体した光はアイルランド・ナショナルチームのシンボルである三つ葉のクローバーの形を作ると――ショーンに言わせればむしろここからが本番だったが――最後に、金貨の雨を降らせた。
「やったぜ! 金だ、金だ! そこを退けお前ら!」
誰よりも早く、ショーンはボックス席を飛び出して金を集めた。
「……ついでに、レプラコーンも全滅させるべきだったな」
サラザールがひたいに手を当て、嘆かわしそうに言った。
反対に、ショーンは満面の笑みで山ほどの金貨を抱えていた。
「それは偽物ですわ。直ぐに消えてなくなります」
「なんだって? それじゃあ、今直ぐ使ってくる」
ショーンは直ぐにボックス席を離れようとした。
「それ詐欺罪で捕まるわよ」
ハーマイオニーがぴしゃりと言った。
ショーンは肩をがっかり落としてから、再び席に着いた。未練がましく、偽の金貨を指で転がしている。
ヴィーラへの雄叫び、レプラコーンへの歓声、サポーターの応援で、たちまち会場は爆音に包まれた。そんな中、ルードが精一杯声を出して選手達の名前を呼び上げていく。
正直言えば、昼にロナルドさんから教わった『ビクトール・クラム』以外の選手は一人も知らなかったが、選手の名前が呼ばれるたびに、周りに合わせて叫んだ。こういうのは楽しんだもの勝ちだ。
そして――とうとう――クィディッチの試合が始まった。
もっと退屈なものかと思っていたが、いざ試合が始まってみると、ショーンは直ぐに試合の虜になった。
「今のはハーフ・レンジ・ターン……僕が開発した技だ!」
横で、絶えずゴドリックが解説をしてくれる。
恐らく、クィディッチの試合を楽しめた要因の半分以上は、ゴドリックの解説だろう。彼は説明上手だったし、スポーツを盛り上げるのが得意だった。
やがてクラムがスニッチを掴み、試合が終わって、クラムが負けた。勝負に勝って、試合に負けた、というやつだ。
イギリスとブルガリア、それぞれの魔法大臣がクィディッチ優勝杯をブルガリア・ナショナルチームに渡すのを見て、ショーンはほんの少し、クィディッチに興味が湧いた。
今更ながらに、章タイトルがダサい。
話の大筋は決まっているのですが、章タイトルやサブタイトルは決まっておらず、毎回その場で考えています。いつもしっくり来ません。途中で変えるかも。
最初炎のゴブレットと掛けて『ショーン・ハーツと炎の青春』にしようかと思ったのですが、ダサすぎる上にクレヨンしんちゃんの映画タイトルみたいだったのでやめました。