朝起きると、いつも通りロウェナの顔が目の前にあった。実を言うと子供の頃は結構ドキドキしていたりしてたのだが、今ではもうすっかり慣れたものだ。稀に妹が潜り込んで来たときは、まだ慣れないが……。
しかし改めて見ると――改めて見るまでもないが――本当に整った顔立ちをしている。絶世の美女、という言葉がこれほど相応しい人物を、ショーンは他に知らない。
ただし、このアホ面を見なければの話だ。
口を半開きにして眠るロウェナの顔と言ったら、マヌケこの上ない。ふと思いついて鼻と口を抑えてみると、みるみるうちに顔が赤くなっていった。
「ぶへぇ!」
豚の鳴き声のような声を上げて、ロウェナが飛び起きる。ショーンは寝ぼけた顔でそれを見ていた。
「うるさいな、こっちはまだ寝てるんだ」
「朝くらい静かに出来んのか」
「優雅な朝が台無しですわ」
「……貴方方には「道徳」と「思いやり」を教えてさしあげる必要がある様ですね」
ロウェナが青筋を立てながら袖をまくった。
「ふわぁ〜」
四人がマグル式の喧嘩をしてるのを見ながら、ゆっくり意識を覚醒させていく。
まだ半開きの目で見ると、ロウェナがサラザールに関節技をかけられ、ゴドリックがヘルガにアームロックをかけられていた。賭けてもいいが、今の四人を見て、偉大なるホグワーツ創設者達だと当てられる人はいないだろう。
それからなんやかんやとあって、30分後には、結局いつも通りゴドリックだけが生き残っていた。彼はショーンがボサボサ髪のままリビングに行こうとするのを見ると、スネイプがショーンを叱る時の様な声を出して引き止めた。
「おい、おい。年頃の女の子が近くにいるってのに、その格好はないだろ」
「年頃の女の子なら、常に孤児院にいただろ」
「そういう事じゃないんだよ。いいかい? オシャレや身嗜みをバカにする人が偶にいるけど、それは大きな誤りだ。君たちはティーンズという最も感性が豊かな時にこそ、よく遊び、感性を育てなくてはならない。勉強で学力が上がる様に、遊びや恋で感性が豊かになるのさ。オシャレはその第一歩。その辺りを疎かにすると――ああなる」
ゴドリックが指差した先には、白目をむいてひっくり返っているロウェナの姿があった。
まあ確かに、ロウェナのファッションセンスは屋敷しもべ妖精とどっこい程度である。
ゴドリックは言うまでもなく趣味がいいし、それとは全く違うベクトルのサラザールも貴族風で優雅だ。ヘルガの洋服はいつも素朴な物が多いが、それが返ってヘルガ自身の魅力を引き立てている。
そこへ来てロウェナは、いつも「いかにも魔女」と言う様な藍色のローブととんがり帽子ばかり身につけていた。
「ぐぬぬ……。私を反面教師にしないで下さいよ」
目を覚ましたロウェナが悔しそうな声を出した。彼女は幽霊達の中で最も“ショーンの教師”としてのプライドが高い。その為、その辺りをからかわれると割と本気で悔しそうにするのだ。
「ゴドリック、人に指を指すものではありませんよ」
「おっと失礼」
「そこですか!?」
「冗談はさておき――さあほら――そこに座った座った。アドバイスはしてあげるから、自分で髪を整えるんだ」
冗談をおいたら、喋ることがなくなっちまうよ。そんな事を思ったが、まだ口がうまく動かなかった。黙って髪を整える手を動かす。
後ろで幽霊たち四人がああでもない、こうでもないとそれぞれ意見を言っているが、ゴドリックのモノ以外は無視した。
ショーンは今、『隠れ穴』――より正確に言うなら、長男であるビルの部屋――に居候していた。
ルーナも来ようとしたが、父親が許してくれなかったそうだ。
ちなみに妹のアナは「兄さん友達居たんですね」と言って普通に送り出した。それはこっちのセリフだ。お前こそ早く友達を作れ。ショーンはそう思ったが、しかし友達が出来るとそれはそれで複雑な気持ちになる事に気づいたので何も言わなかった。
さて、孤児院に負けず劣らず騒がしいこの家だが、今は物音一つしない。というのも、朝に弱いショーンを家に残して、ウィーズリー家のみんなはハリーとシリウスを迎えに行ったからだ。そうでなければ、こうやって幽霊達と話す事も出来なかっただろう。
前は妹以外周りにいなかったが、今は違う。
ショーンに友達が増えたことは、幽霊達にとって嬉しい反面、寂しくもあった。
身嗜みを整えたショーンは、朝ごはんを食べることにした。
炊事洗濯掃除を手伝ったショーンは、すっかりとウィーズリーおばさんに気に入られていた。特にキッチンでは、フレッドとジョージはおろか、ウィーズリーおじさんよりも権限が大きい程だ。
朝食は、好きな物を好きな様に調理して食べていい、と言われていた。
ビルの部屋は最上階にある。
リビングは一階。
幽霊たちにここから先は話しかけて来ないよう言ってから、階段をノソノソと下っていると、ジニーの部屋から誰かが飛び出してきた。
「あら、貴方も残ってたの?」
「俺がいなくなったら、誰が隠れ穴を守るんだ?」
「一体何から守るのよ……」
ハリーの友人である、ハーマイオニー・グレンジャーだ。
彼女も朝には弱いらしい。二人は無言でリビングへと降りて行った。
「朝食を作るけど、食べるだろ?」
「お願いしようかしら。何か手伝う事ってある?」
「大人しく座っててくれれば十分だ」
「お言葉ですけど、私はフレッドやジョージと違って3秒毎にキッチンを吹き飛ばしたりしないわ」
「ホントに? ジニーから聞いてた話と随分違うな。あいつったら、君を産卵期のドラゴンか何かの様に言ってたぜ」
ちょっとジョークを言ったら思いの外怒られたので、直ぐさまジニーを盾にした。言ってから気がついたのだが、自分でも驚くほど良心は痛まなかった。
「何か嫌いな食べ物はあるか?」
「イギリス料理」
ハーマイオニーは即答した。
「失礼。何か嫌いな“食べ物”はあるか? 生ゴミじゃなくて」
「特にないわ」
「ん」
フライパンにオリーブオイルを敷き、そこにたっぷりのベーコンを並べる。いくつか卵を落として蓋をして、その間にトーストを焼いて……
ウィーズリー家は大所帯だが、孤児院に比べれば少ない。ショーンはそのうち帰ってくるであろうウィーズリー家全員分の朝食もついでに作った。
「……貴方の方こそ、聞いてた話と随分違うわね。ロンは貴方の事――多分いつもの冗談だと思うけど――何か喋るたびに一々メモしてくるイカレタ男だって言ってたし、ジニーは……これは聞かない方がいいわね。きっと嘘だから」
「なんだそりゃ」
心当たりは山の様にある。
ショーンは内心汗をかきながら、なんでもなさそうに答えた。
「そうよね。貴方ってゴドリック・グリフィンドールの剣に選ばれた、真のホグワーツ生だし。うん、貴方のこと誤解してたわ」
「ああ、真のグリフィンドール生……そんなのもあったな。いやこちらこそ、君を産卵期のドラゴンだと思っていたことを謝るよ」
ショーンのジョークに、ハーマイオニーは今度は笑った。
どうやら彼女はズバズバ言うし真面目な性格ではあるが、パーシーの様にまるっきりジョークが通じないわけではないらしい。
「そういえば、ショーンは今年から三年生よね」
「ホグワーツに着いた途端、留年を言い渡されなければ」
「……貴方って「YES」か「NO」で素直に答えられないの?」
「NO」
「何ちょっと上手いこと言ってるのよ。まあいいわ。
今年から選択授業になるけど、占い学はやめておいた方がいいわよ。ハッキリ言って勉学を冒涜しているもの。逆に数占いはオススメよ、断然ね。マグル学も中々面白いわ。勿論、私は今年度も両方取るつもりよ。貴方さえ良ければ、後で私の去年度の教科書を貸しましょうか?」
めんどくさい事になったな、ショーンはそう思った。
ショーンは勉強が好きではない、というよりむしろ大っ嫌いだ。正直言えば、ハーマイオニーのお誘いは断りたい。
ただ、これから暫くの間同棲する事になる、この気難しい女の子と気不味い間柄になりたくない。それに、友達のお兄ちゃんの友達という微妙な立場にいる先輩の誘いは、中々断り辛かった。
「後、朝食美味しかったわ。ご馳走様。洗い物はやっておくわね」
「いや、俺がやるよ。ここガスが通ってないみたいで、水が溜め水な上に冷たいんだ。女の子がやったら、手が荒れるだろ」
「そ、そう。ありがとう。貴方って意外とちゃんとしてるのね。少なくとも、ハリーとロンよりは気遣いが出来てるわね、うん。勿論、あの二人が出来なさすぎてると言うこともあるけど。それじゃあ、先に上に行ってるわ。教科書の用意をしておくから、洗い物が終わったら来て」
口の中にベーコンを詰め込んでいたので、ショーンは手のひらを振って返した。
やっと勉強好きの友達が出来ました、と横で何故かロウェナが歓喜していた。
この後、ショーンは約束通りハーマイオニーの元を訪ねたのだが……正直言えば、ハーマイオニーはバジリスクよりも厄介だった。
彼女は、ついウッカリ漏らしてしまったショーンの境遇を聞いた途端、何かよくわからない使命感に駆られだし、ショーンに勉強を教える事に心血を注ぎ始めたのだ。それが善意からくるものだと分かっていたから、ショーンには断れなかった。
楽しい夏休みは、あっという間に勉強漬けの日々に変わったのである。ジニーはそれを眺めては楽しそうに笑っていた。お返しにウィーズリーおばさんにジニーのした悪行のほんの一端を教えておいた。
後日、ジニーと、それから悪影響を及ぼしたとしてフレッドとジョージが揃って怒られていた。勿論、ショーンはそれを眺めては楽しそうに笑っていた。
◇◇◇◇◇
魔法界には不思議が満ちているが、これほど不思議な光景は、そうそう見れないだろう。
ウィーズリー家の面々に、ハリー、シリウス、ショーン、ハーマイオニーの四人を加えた大所帯は、隠れ穴のリビングに収まりきらなかったのだ。そこで、外庭で夕飯をとる事になったのである。
クルックシャンクスが庭小人を退治して綺麗にした外庭。ショーンとウィーズリーおばさんが腕によりをかけて作った料理が、机の上に所狭しと並んでいた。フレッドとジョージ、ついでにシリウスがつまみ食いをしたせいで所々減っているが、それはまあご愛嬌だろう。
問題は席だ。
ロンの隣に座りたいショーン。
ショーンの隣に座りたいハリー。
ハリーの隣に座りたいジニー。
付け加えると、シリウスもハリーの隣を狙っているし、昔クィディッチ選手だったチャーリーもハリーを気にかけている様だった。
更に言えばビルはショーンを気に入った様で、今日こそショーンを銀行マンにすると息巻いていたし、その隣で、何故かハーマイオニーが教科書の山を持って来ていた。どうやら彼女は、ショーンを自分の後継者にするつもりらしい。
フレッドとジョージはいつも通りだったが、この二人はいつも通りが一番厄介だった。パーシーが食べようとした料理に、ことごとく呪いをかけたのだ。熱心にクラウチ氏の話をしていたパーシーはそれに気づかず、料理を平らげる頃には、トロールの様な顔になっていた。
「もうたくさんです!」
とうとうウィーズリーおばさんの堪忍袋の尾が切れた。
「もうたくさんって、全然食べてないじゃないか」
「料理のことじゃありません! 貴方方の態度のことです!」
フレッドの野次で、ウィーズリーおばさんは益々顔を真っ赤にさせた。
激怒したウィーズリーおばさんは、それぞれ席を指定して座らせた。もし指定した席以外に座れば、クィディッチ・ワールドカップの席も無くなる。ウィーズリーおばさんはそう締めくくった。
ショーンの左隣にはハーマイオニーが、右隣にはハリーが座った。
「クィディッチの選手募集をやる予定なんだ。ほら、ウッドがいなくなったから。勿論受けるよね、ショーン」
「いいえ、そんな野蛮なスポーツなんて、ショーンはやりません」
ハーマイオニーはピシャリと言った。
「貴方の成績について、ジニーに聞いたわ。魔法薬学は良くなって来てるけど、魔法史はまだまだね。あっ、別に貴方の頭が悪いって言ってるんじゃないのよ? ただ、努力が足りないだけだわ。目標は――少なくとも――E以上ね」
「魔法史だって!?」
ハリーが金切り声をあげた。
「魔法史なんて、何の役に立つって言うんだい」
「そのセリフは、キチンと魔法史を勉強してから言ってほしいものですけどね」
「だったら君だって、クィディッチをやったことが無いだろう」
「本で散々読んだわ」
「君が賢いのは知ってるけどね、ハーマイオニー。今回は言わせてもらうぞ! 本でクィディッチを学べると思ってるなら、大間違いだ!」
「どっちもやらないって選択肢は――分かった、分かったからそんなに睨むなよ」
助けを求めて対岸のジニーを見ると、彼女はトロールの様な顔をしたパーシーにクラウチ氏の話を死ぬほどされていた。もしホグワーツにクラウチ
「よーし、今日はボク、たくさん食べちゃうぞー!」
ショーンは諦めて、ステーキを食べる事にした。ナイフも入れずに、丸ごと口の中に放り込む。
うん、美味い。
ショーンは一心不乱にステーキを食べた。ステーキはハーマイオニーとハリーよりも遥かに静かだったし、ショーンに魔法史もクィディッチもやらせようとしなかった。
「俺、君とずっと一緒にいたいよ。誰も来ない様な辺境の丘の上に小さな木の家を建てて、そこで静かに暮らすんだ」
ショーンはポツリと呟いた。心なしかステーキも「私もそうしたいわ、ショーン」と言いたげな表情をしている気がした。きっと気のせいだろう。好きな子の言葉は、大抵好意的に聞こえてしまうものだ。
ショーンはブンブンと首を振ってから、きっと俺の勘違いだ、と自分に言い聞かせた。
結局ショーンは、魔法史の勉強とクィディッチの練習、両方ともみっちりやる事になった。
遅すぎる展開速度な上に、原作展開にショーンが加わっだけという。
ちゃうねん。
ホグワーツ着いたらやりたい話があって、その為に必要やねん。
あ、今更ですが、映画版・日本語書籍版・英語書籍版のハリー・ポッターが私の頭の中で混同している為、若干口調に違和感があると思います。特にルーナとか。