ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第1話 ダイアゴン横丁

 ダイアゴン横丁。

 それは普通の横丁ではない。魔法使い達の横丁だ。

 ショーンはここに買い物に来ていた。

 最初にマクゴナガル教授が来た次の日、彼女は約束通りやって来た。

 元々あまり物を持っていなかったショーン。幽霊達の熱心すぎるアドバイスもあり、前日のうちにすっかり出発の準備を終えていた。しかしそれはあくまで服やお気に入りの枕といった、普通の用意だ。

 これも幽霊達から聞いていた事だが、魔法使いの学校に行くにはそれなりの用意がいる。何故なら今から行くのは普通の学校ではなく、魔法使いの学校。普通の学校ならノートとペンを使うところを、魔法使いの学校では羊皮紙と羽根ペンを使用する、という具合に、必要な教材が異なるのだ。当然それらの道具はマグルの世界で買うことは難しく、魔法使い達の商店街で買わなければならない。

 しかしショーンは魔法使い達の商店街は知らないし、魔法界のお金もない。

 当然ホグワーツはそういった実情を理解しているので、先生を一人派遣し、魔法界の説明と共に買い物をさせるのだ。

 

「ハーツ。ここがフローリシュ・アンド・ブロッツ書店です。ホグワーツに通ってる限り、少なくとも一年に一回は訪れる事になります。良く覚えて置くと良いでしょう」

「はい。マクゴナガル教授」

 

 外から内装を覗いただけで気が遠くなるほど、本が高く積み上げらていた。ロウェナは「本! 本! 本! ああ、私が死んでいる間にこれだけの本が出ているなんて! 全て読み切るのに何年かかるか、今から楽しみです!」と感激していたが、あまり読書が好きではないショーンからすると、そこまで気分が高まる光景ではなかった。

 同じホグワーツの学生だろうか、店内には人集りが出来ていた。しかし、やけに女の子が多い。というより、ほとんど女の子しかいない。魔法界は女性進出が進んでいるのだろうか。

 

「何でしょうね。わたくしが見に行きましょうか?」

 

 ヘルガの提案に、首を縦に振る。本当は口に出して返事をしたいが、何かと鋭いマクゴナガル教授の前では辞めておいた方が無難だろう。

 

「どうやら、著名な作家が握手会を開いているようです。貴方の先生でもあるみたいですよ」

 

 握手会にこれだけのファンが集まる人が、自分の先生になる! きっと偉大な魔法使いに違いない!

 戻って来たヘルガの話を聞いて、ショーンはワクワクした。

 ショーンはまだ11歳、有名人には目がないお年頃だ。

 

 何処と無く書店に入りたくなさそうにしているマクゴナガル教授を急かす形で、ショーンは書店の中に入る。すると入ってすぐ「ハリー・ポッターだ!」という歓声が上がった。

 

「ハリー・ポッター?」

「10年ほど前、例のあの人と呼ばれる悪の魔法使いを倒した魔法界の英雄です。ホグワーツの二年生、つまり貴方の先輩にあたります。“少々”問題児ですが」

「それって可笑しいんじゃないですか? 僕の一つ上で、10年くらい前に悪の魔法使いを倒したってことは、赤ん坊の頃倒した事になる」

「そう言ってるのです」

 

 ぴしゃりとマクゴナガル教授が言った。これ以上話す気はない、という事だろう。

 ショーンは気分を切り替えて、握手会の方を見た。ハンサムなブロンドの男が白い歯を存分に見せながら、反対にどんよりした顔をした男の子と肩を組んで写真を撮られている。

 まさか、あれがハリー・ポッター?

 魔法界の英雄というのだから、真っ黒な長いローブを来て、天井まである長いとんがり帽子を被った、得体の知れない男だとばかり思っていた。

 しかし、どこから見ても普通の男の子だ。何なら、孤児院にいたいじめっ子のチャックの方が強そうですらある。

 

「ショーン、その魔法界の英雄が何処の寮か聞いてくれ」

 

 サラザールの言葉を聞いて、ショーン自身もその事が気になった。

 

「マクゴナガル教授、ハリー・ポッターは何処の寮に所属してるんですか?」

「グリフィンドールです。ちなみに、私が監督する寮でもあります。余談ですが、去年度はクィディッチ優勝杯はすんでの所で逃しました……本当は優勝していましたが。しかし、ええ、寮杯は獲得しました。ですが、今年度は間違いなく両方獲得するでしょう」

「それは……おめでとうございます」

 

 寮杯はともかく、クィディッチ杯は何のことかサッパリだったが、とりあえず頷いておいた。どうやら正解だったらしい、マクゴナガル教授はすっかり機嫌を良くしていた。

 

「良し! ほらね、やっぱりグリフィンドールだ」

「あーはい、はい。スポーツが強いからってなんなんですか? 頭が良い方が、結局就職有利なんですからね。精々学生の間だけ威張ってるといいですよ」

「何をやってるんだ、私の寮生達は……グリフィンドール如きに遅れを取るとは。まったく、嘆かわしい。ショーン、今年はお前が我が寮を優勝に導くのだぞ」

「サラザール。そうやってショーンを勧誘するのはお辞めなさい。あくまでショーンの意思で、そう決めたでしょう」

 

 反対に、こちらは邪険なムードが漂っていた。しかしもう慣れたもので、特に反応することもない。

 マクゴナガル教授は教科書を持ってくると言って、店の奥へと向かって行った。その間、好きに本を見ていいらしい。

 

「待て、ショーン!」

「うわ!?」

 

 突然、サラザールが大きな声を出した。人目が集まったので、ショーンはとりあえず本につまづいて声を出してしまった風を装った。

 心配してくれた魔女に「何でもありません」と言った後で、サラザールに抗議の声を上げようとしたが、彼の雰囲気からただ事ではないと察し、声を潜めた。

 

「あの男、非常に邪悪なマジック・アイテムを持っている。気をつけろ、今のお前では触っただけで呑み込まれかねん」

 

 サラザールの指差す先、輝く様なプラチナブロンドなのに、何処か暗い雰囲気を感じさせる男が居た。

 ローブのポケットに入っているボロボロの本。ショーンには普通の本にしか見えないが、サラザールが言うのならかなり危険な本なのだろう。

 何となくその男を目で追っていると、燃える様な赤髪の男と口論した後、その娘らしき女の子の大鍋――どうして大鍋に教科書を入れてるんだ? 魔法界では鞄の代わりに鍋を使うのか?――に入った教科書を取り上げ、戻した。

 

「なあ、今……」

「ああ、入れたな」

 

 教科書を大鍋に戻した際、件の本を女の子の教科書に紛れ込ませて居たのを見てしまった。あのプラチナブロンドと赤髪の一族が、交換日記をする様な関係でない事は明らかだ。その娘に呪いの本を渡したという事は、つまり――

 

「おい」

 

 プラチナブロンドの男に声をかける。

 女の子に優しくあれ、不正を許すな、ゴドリックとヘルガに口を酸っぱくして言われた言葉だ。

 

「今あんた、その女の子の教科書の中に、自分の本を入れただろ」

「何だと!? ルシウス!」

「……これは、これは。どうやら、私の本が誤って紛れ込んでしまったらしい。ドラコ! 帰るぞ、急げ」

 

 ルシウスと呼ばれたプラチナブロンドの男は、サッと本を取り上げると、人混みに紛れながら店の外へと出て行った。

 

「待て、ルシウス! クソッ、逃げたか。呪いの品だったに違いない。しかし、子供達に手を出すとは! 今度会ったらタダじゃおかないぞ!」

 

 相当頭にきてるらしい。男は髪の毛と同じくらい顔を赤くさせて怒っていた。

 ショーンはその隙に、とっとと逃げることにした。ああいった熱血漢は、人間としては好きだが、話すのは苦手だったからだ。それに、ルシウスとこの男は有名人らしく、人目を引いていた。ショーンは人目が嫌いだ。それも物凄く。

 

「ショーン。マクゴナガル教授が戻ってきましたよ。左後方です」

 

 ショーンの意図を察したロウェナが、マクゴナガル教授の位置を知らせてくれる。

 何か嫌な事でもあるのか、好都合なことに、マクゴナガル教授は早くこの書店から出て行きたいらしい。ショーンはマクゴナガル教授から教科書を受け取ると、サッサと書店から出た。

 教科書の山の一番上の本の表紙。先ほどのハンサムな男が、ショーンに向けて惜しげも無く白い歯を見せつけていた。それが気味が悪いというと、マクゴナガル教授は機嫌良くドラゴン革の黒いブック・カバーを買ってくれた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 沢山の物を買った。大鍋、秤、制服、羊皮紙、羽根ペン、他にも色々。これらの珍品が一体授業にどう役立つのか、今からワクワクしてきた。

 

「最後ですが、魔法使いの杖を買います」

 

 流石に足が悪い人が使う様な杖でない事は分かった。恐らく、マクゴナガル教授が初めて来た時に使った、あの小ぶりな杖だろう。

 マクゴナガル教授の説明では、一部を除き、魔法は基本的に杖がなければ使えないらしい。ショーンはそれを聞いて、どうしてマクゴナガル教授の指があれ程まで硬かったのか理解した。

 杖は何でも良い訳ではなく、自分に合った杖を選ばなければならない。自分に合った杖を見つけるのは難しく、その専門家に任せるのが一般的。今から行く店は、イギリスで一番の杖売りの店だと言う。

 

「おい、おい。ホントかよ? まだオリバンダーの店があったのか。僕が杖を買った店だぞ。もう何年になる?」

 

 創業紀元前382年。

 ゴドリックがそう言うということは、看板に偽り無しということだろう。

 『オリバンダー杖店』、マクゴナガル教授が最後に案内した店だ。

 ショー・ウィンドゥには紫色のクッションの上に乗った杖が飾られている。

 店の中にはケースに入れられた杖が棚にギッシリと詰め込まれていた。

 店に入るとドアに着いていた鈴がチリンチリンと鳴り、店の奥から灰色の目をした老人がやって来た。

 

「1000年前と変わらないな。これを伝統と言うのか、古臭さと言うのかは疑問だが」

「……流石に、私達に杖を渡したオリバンダーさんとは別なオリバンダーですね。オリバンダーさんまで変わってないのかと、ちょっとドキドキしましたよ」

 

 あまり実感が湧かないが、実は物凄く歴史的な会話を聞いてるんじゃないか? ふとそんな気がした。

 

「これは、これはマクゴナガル先生。ご機嫌麗しゅう」

「ご機嫌よう、ミスター・オリバンダー。今日はこの子の杖を買いに来ました」

「承知しておりますとも。坊ちゃん、お名前は?」

「ショーン・ハーツと言います、オリバンダーさん」

「礼儀正しい子だ。さあ、杖腕を出して」

 

 利き腕の事ですよ、とロウェナが耳元で囁いた。

 右腕を出すと、長さを図られたり、ベタベタと触られたり、耳を当てられたりした。くすぐったくて堪らなかったが、少しでも動いたらいけない気がして我慢した。

 やがてオリバンダー老人はチョイと考え込むと、店の奥へ行き、やがて一つの杖を持って来た。

 

「ほら、振ってみて」

 

 促されるまま、ショーンは杖を振った。店内と床や壁、天井、果ては家具からも木が生え広がり、青々しい草をおい茂らせた。中には果実を実らせているものもある。

 同時に、ショーンの中に不思議な感覚が駆け巡った。自分の中に堰きとめられていた悪い物が外に流れ出し、代わりに新鮮で良い物が流れ込んでくる様な、そんな感覚だ。

 

「おー、一発で正解の杖を持って来るとはね。流石はオリバンダー、と言ったところかな」

 

 ゴドリックが拍手した。他の幽霊達もそれに続く。

 

「決まりですな。無花果の木、芯は吸血鬼の髪、長さは16センチ。多様な顔を持つ」

 

 もう一度杖を振ってみる。今度は特に何も起こらなかったが、その分この杖の振りやすさを改めて感じられた。


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