「凶悪犯ベラトリックス・レストレンジの逮捕への貢献、及び学校内で暴れ出した狼人間捕縛を讃えた恩赦、ねえ……。これで僕の刑期が無くなるんですか?」
「おや、なにか不服かね?」
「いえ、何もありません。ただ、少し僕に都合が良すぎるかな、と」
「ふむ。君はこの一年、多大な苦労を強いられた。この位の褒美はあっても良いじゃろう」
あー、世間にはアズカバンに収容されて、弱ったところを人質として凶悪犯に連れ去られたことになってるんだっけ? それならまあ、マグルに呪いをかけた罪ぐらい見逃されるのか? ショーンはそう思った。
去年の夏、ショーンは偶然にも人を強制的に笑わせる呪い――リクタスセンプラという呪いを知った。そしてある人物からの後押しもあり、その呪いを妹に使ったのだ。
そして故意にマグルに呪いをかけたとして、捕まってしまった。
「――さて、こんなところかの。大まかな流れは」
あの夜から二日、ショーンは校長室に居た。
あれからショーンは森の中で一晩中狼人間と追いかけっこをし続け、とうとう朝を迎えたのだ。その後人間に戻ったルーピンを担ぎ学校へ。そこで“偶然にも”ダンブルドア校長に遭遇した、というわけだ。
あの日起きたことを、ショーンは今説明されていた。
ベラトリックスはシリウスとハリー、ネビルに負け、吸魂鬼のキスを受けた。
吸魂鬼のキスを受けた者は魂を抜かれ、やがて吸魂鬼になるらしい。つまり、事実上の死だ。
吸魂鬼達は気絶したシリウスやハリーをも襲おうとしたが、たまたま散歩で通りかかったダンブルドア校長が守護霊の魔法で追い払い、その後医務室に。命に別状はないが、疲労困憊の為今は絶対安静とのこと。
……それから、ピーター・ペティグリューだが、彼はドサクサに紛れて何処かへ逃げ去ってしまった。結局シリウスの無罪は証明出来ず、この数時間後吸魂鬼のキスを執行される事が決まったらしい。
「……どうにかならないんですか?」
「わしは他の者より少々賢く、また発言力も強いが、それでも難しい。魔法省にも沽券というものがあるのじゃよ。誰も処刑せず終わり、という事には出来なんだ」
「そうですか……」
ショーンは何かを考え始めた。
もしかしたら、また犯罪者になってシリウスを助けよう、とでも考えているのかもしれない。
「おっと、忘れておった。こんなこともあろうかと、ある生徒――グレンジャーは知ってるかね?――のついでに頼んでおったのじゃった」
「……?」
「君はこの一年、本来過ごせる筈であった友人達との掛け替えのない日々を犠牲にした。君にその気があるのなら、それを取り戻せる。上手くやれば、罪なき者の命をも救えるじゃろう」
「すみません、話が見えてこないんですが……」
「今回の一件は、強い偶然に支えられている。君は偶然にもリクタスセンプラの呪文を知り、ハリーが偶然にも両親の仇の事を知り、ネビル・ロングボトムが偶然にも忍びの地図を手にし、偶然にも居合わせたわしが吸魂鬼からハリー達を護れた。偶然とは何とも恐ろしいものじゃ。そう思わんかね?」
「ええ――はい――そうかもしれませんね」
ショーンには、強く思い当たる節があった。
リクタスセンプラの呪文は、ふくろう便で来た手紙で知ったのだ。そこには驚くほど細かく、呪文の使い方と効果が書いてあった。あれは一体誰からだったのか……。
「これは
ショーンはハッとした顔をした。反対に、ダンブルドアが朗らかな顔を浮かべる。
そうだ、あの筆跡、ずっと見覚えがあると思ってたんだ!
そして――そう――幽霊達の反応。マグルに呪いをかければ捕まることを知りながら、何も言わなかった。最初から分かってたんだ。
「六度ほど回せば、ちょうど君が逮捕されたあの一件の少し前まで行けるじゃろう。そこで君は数々の“偶然”を起こし――後はわかるじゃろう?」
ダンブルドアはイタズラっぽく笑った。
早速ショーンは
◇◇◇◇◇
ピーター・ペティグリューは、森の中を駆けていた。
ベラトリックスが死んだ。シリウスもじきに処刑されるだろう。
学生時代シリウスには下に見られ、死喰い人になってからはベラトリックスに虐待されてきた。
しかし――結局――生き残ったのはこの私だ!
ピーターはネズミのまま、歪な笑みを浮かべた。その時だ――横から光が走り、ピーターの姿がネズミから人へと戻った。
「……お前だけ逃げてはいさようなら、てわけにはいかないだろ? クィレルや――そしてどんな形であれ――ベラトリックスだって命を賭けていたんだ。お前もそうしろ」
そこに居たのは、時を戻り、そしてこの日の為に……一年間! ジニーやコリンが別人かと疑うほどの勉強と訓練を積んで来たショーン・ハーツである。
過去の自分にリクタスセンプラを教え、ハリーに人伝にシリウスのことを伝え、ネビルを誘導し――そして来る日も来る日も幽霊達に魔法を教わり、そしてそれを生かす為に体も鍛えあげてきた。
一年前とは比べ物にならない速度で杖を構え、呪文を撃つ。
「インセンディオ!」
「アグアメンディ!」
ショーンの放った火炎呪文は、だが――しかし――ピーターの放った反対呪文によってあっけなく掻き消えてしまう。
そして、それで良いと思った。
一つずつ、四人の幽霊達に学んだ事を思い出して行く――
『レッスン1 戦闘中は一つの事しかしないこと。人間の脳は同時に二つの事が処理出来る様にできていない。だから、戦いの間はジョークどころか、会話もしないこと。ただ静かに、相手を殺す事だけを考えるんだ』
火と水がぶつかり合い、水蒸気になる。
ショーンはその中に突っ込んで行った。
『レッスン2 とにかく反対呪文を覚える事です。確かに盾の呪文は万能ですが、魔力効率が良くありません。向こうは大人、魔力量ではこちらが圧倒的に不利、だから少しでもその差を補う為に、とにかく反対呪文を覚えましょう。何事も効率良くです』
ピーターが電撃を放った。
近くの岩を避雷針に変え晒し、その電気を纏った岩をピーター目掛けて飛ばす。
『レッスン3 相手の心を読み、嫌がる事をしなさい。そして相手の心を読むコツは、相手になりきる事です。その為に、相手を愛し、相手を知りなさい』
マクゴナガル教授に頼んで、ピーターの学生時代の事を教えてもらった。
ジェームズやシリウスが愛用していた呪文は、彼にとって一瞬判断の遅れる嫌な呪文だ。
『レッスン4 一つ、得意な形を作れ。お前はまだ知識も体も発展途上。普通にやったのでは、大人の魔法使いには絶対に勝てない。敵の苦手部分をお前の得意とし、そこで戦え』
ピーターの反応が遅れた瞬間、武装解除を放つ。
当然、それは容易く盾呪文で止められる。
しかし、それで良い。
円を描く様に、ピーターの周りを周りながら呪文を撃つ。
そしてピーターが気がつかない様に、少しずつ、少しずつ距離を縮めて行く。
『普通の魔法使いの決闘の間合いは8メートル前後……。この距離だと、魔法を見てから悠々と反対呪文を撃てる。つまり、魔法使いとして戦うのに適切な距離なわけだ。
だから俺は、敢えて3メートル前後の距離に近づこうと思う。そこなら向こうも慣れてないはずだし』
『分かってると思うけど、近距離での撃ち合いになったら、単純な呪文の力で負けるよ?』
『分かってる。だから俺は、魔法使いとして戦わない』
ピーターとショーンの距離が2メートルほどになった時……ピーターが素早く呪文を飛ばした。
ショーンの手から、杖が吹き飛ぶ。
――勝った!
ピーターがそう勝利を確信した瞬間、ショーンは一歩踏み込み、拡大呪文をかけたポケットの中に忍ばせていたゴドリック・グリフィンドールの剣で斬りつけた!
「ぅ、腕……私の腕がああぁぁぁあああ!!!」
斬り落とされた杖腕から、血が噴水の様に溢れる。
ショーンはもう片方のポケットから釣竿のリールを取り出し、予めかけておいた魔法を起動させた。自動でリールが巻かれていき、釣り糸が巻いてあった杖が戻って来る。
釣り糸とリールを使った、簡単な仕掛け。
ショーンは元々、呪文を受けて杖を飛ばさせるつもりだったのだ。
そこで絶対に隙ができる、そう読んでいた。
そもそも、ピーターは長い間ネズミだった。頭の方はともかく、素早い動きには体がついてこれないはずだ。だからショーンは、魔力のほとんどを使い、予め自分に身体能力を上げる魔法をかけていた。初めから接近戦狙いだったのだ。
もしも魔法の打ち合いになっていれば、三発ともたずショーンは負けていただろう。
「ペトリフィカス・トタルス」
石化呪文を放ち、ピーターを石に変える。
これなら出血死の心配もないし、バジリスクの毒も回らない。後はこいつを校長室に持っていけば終わりだ。
「……しかしまさか、最初の“得意”で終わっちまうとはな」
「人が相手ですから、意外とそんなものです。あ、後処理はちゃんとして下さいね」
実はここから少し行ったところは、全てイタズラグッズで作った地雷原になっている。他にもハグリッドに頼んで貸してもらった獰猛な魔法生物が何匹も待ち構えているし、もしもの時の為に箒だって用意してある。
他にも沢山、この一年で出来る限りの準備をしていた。
その八割近くが無駄になったのだ。こう言ってはなんだが、もっと抵抗して欲しかった。釣り糸とリールの仕掛けだって、こんなトドメを刺す為だけに用意したのではない。苦渋の思いで一本しかない釣竿を解体したのだから、もっと活躍させたかった。
ショーンが石になったピーターを担ぎ上げると、息を切らせたジニーとコリンが飛び出してきた。
「ショーン!」
「ん? なんだジニー、こんなところで。奇遇だな」
「あんた今、何してたの?」
「……ネズミ取りだよ、ただのな」
ショーンはそう言って笑った。
◇◇◇◇◇
ピーター・ペティグリューは、セブルスが嬉々として作った真実薬を飲まされ、全ての罪を告白した。
少々裁判は長引いたものの、結果としてシリウス・ブラックは無罪を勝ち取り、ピーター・ペティグリューは即座に吸魂鬼のキスを受けることとなった。
それから、ショーンが恩赦を得る為に、暴走した狼人間の捕縛――つまりルーピンが狼人間であることを――を功績として世間に公開しなくてはならなかった為、ルーピンはこの学校を去った。
そして今、ホグワーツ特急――
「ショーン、ありがとう! 君のおかげで、僕、シリウスと暮らせるんだ! うん、確かにちょっと屋敷は最高とは言えないけどね。屋敷しもべ妖精の首が飾ってあったり、金切り声を出す肖像画はあるし……。でも、自分の部屋も出来るし、何よりシリウスと暮らすんだ!」
「こんな事、伝説的な英雄に言いたくはないけどね、ポッターさん」
「ハリーって呼んでよ!」
「ああ――うん――ハリー、その話は今日だけで君から五回、シリウスから八回も聞いてるんだ。だから、その……端的に言ってうるさい」
ごめんね、とハリーはにっこり謝った後、ウキウキした顔でショーンの隣に座った。向こうの方で、ジニーとコリンが狼人間の様な顔でショーンを見ている。
「やあ、ハリー。聞いてくれよ、またチャドリー・キャノンズがまた負けたんだ! それも980対30で! 連敗記録どころか、最大点差を更新しちゃったよ。ハリー、君がキャノンズのシーカーだったらな……」
「ふーん」
「ウィーズリーさん!」
ハリーが興味なさそうにする横で、今度はショーンがウキウキとした様子でロンの話を聞きに行った。
ロンは、あまりショーンのことが好きではなかった。まるで三流記者の様に、ロンの言葉を一々メモに取るのだ。
ショーンと話したいハリーと、ハリーと話したいロンと、ロンと話したいショーンの堂々巡りは、ホグワーツ特急がキングズ・クロス駅に着くまでずっと続いた。
「さよならウィーズリーさん! 後、ジニーとコリンとルーナと……ハリーも」
ショーンはそれだけ言うと、走って駅を出て行った。
あれから一年、体感的に二年妹に会っていないのだ。ショーンは二段飛ばして階段を上がった。笑顔を浮かべる妹の元へ。
やったー!なんとか年内に終わらせられた!
そして次からは炎のゴブレット編!
炎のゴブレット編では、打って変わって超王道展開をやる予定です。具体的には熱い友情だったり、恋愛だったりです。というか、炎のゴブレット編が書きたくてこのSSを書き始めたまであります。実のところ、私が一番楽しみにしてます。
そういう意味では、ここまで全部プロローグといってもいいかもしれませんね。
あ、活動報告に【没ネタ】と今後の展開? というか注意事項的なの載せておきました。もし良かったら読んでください。
では、良いお年を!