ベラトリックス・レストレンジ、シリウス・ブラック、クィリナス・クィレルが未成年の魔法使いを一人連れてアズカバンから脱獄した。
そのニュースは瞬く間に英国魔法界全土に響き渡った。当然、ここホグワーツにも。
それを聞いた生徒達の感想はこうだ。
――ハリー・ポッターを殺しにくるに違いない。
ベラトリックスとシリウス、クィレルの三人は、例のあの人の忠臣として有名だ。
帝王亡き後も彼の邪悪な意思を継ぎ、戦い続けた。
ベラトリックスはロングボトム夫妻を廃人に変えたイかれた魔女で、シリウスはマグルを大量に殺した凶悪犯である。
クィレルがホグワーツに入り込み、例のあの人の為に賢者の石を持ち出そうとした事も記憶に新しい。
その三人が、例のあの人を滅ぼしたハリーに復讐しに来ないわけがない。
ダンブルドアもこの三人の事を相当警戒しているらしく、吸魂鬼が学校を警備するのを許したほどだ。
しかし、吸魂鬼の目を盗みアズカバンを脱獄したのなら、また同じようにホグワーツに侵入されるのでは? そんな噂が、生徒達の間で細々と語られていた。
ハロウィーンの頃とは一変、ホグワーツは恐怖のどん底にあった。
「――なのに、あのバカはどうして毎夜毎夜ベッドを抜け出してるわけ?」
「さあ? でも、トイレってわけじゃないだろうね」
ジニーは強く苛立っていた。
それもこれも、あのバカのせいだ。
放課後は一人で図書館にこもり、アレコレと何かを調べ、夜はベッドを抜け出して何処かへ行っている。
フラッと戻って来たと思ったら、ジニー達のことはそっちのけでハリー達四人の周りをうろちょろ。
何故か成績は良くなっている為先生達からの評判は良いが、ジニーにしてみれば面白くない。まったくもって面白くない。
何をしてるのか尻尾を掴んでやろうと探りを入れてみたが、全て徒労に終わった。驚くほど、彼は用心深くなっていた。1年前の自由奔放な彼とは大違いだ。まるで人が変わったような……。
「ちょっと待って」
「待ったはなしだって――」
「チェスの話じゃないわよ! 去年、マルフォイは操られて奇行に走ったのよね? 似てると思わない、この状況」
コリンがハッとした様な顔をした。
そう、その通りだ! まるで人が変わったような……本当に変わってるとしたら?
彼がもしシリウス・ブラックやベラトリックス・レストレンジ、クィリナス・クィレルに操られていたとしたら、全ての辻褄が合う。だって本人だとしたら、三人を警戒する必要など何処にもないのだから。
「先生に――」
「よう、久しぶりだな」
ジニーは心臓が何処かへ飛んで行ってしまうんじゃないか、というほど驚いた。
よく見知った、しかし何処か昔とは違う声。
振り返るとそこには――ショーンが居た。
「何の話してたんだ?」
「……乙女の秘密よ」
「乙女の秘密をコリンと話してたのか?」
「そ、そうよ。文句ある?」
「いや、ないけど……」
素っ気ない。
前はもっと元気よくツッコミを入れてくれていた気がする。
やはり……。
疑い出すと止まらない。ジニーはショーンの正体を掴むことを、改めて決心した。
◇◇◇◇◇
グリンゴッツ銀行に閉じ込められてから、大体三日ほどが経過した。
孤児院で暮らしていた頃は一日一食しか食べられないことなどザラにあった。そういうわけで、ホグワーツでの大食漢ぷりからは想像もつかないが、ショーンは断食が割と得意だ。
しかしいくら得意だと言っても限界がある。主に生物としての。
食べ物どころか水もないこの状況では――魔法を使えばどうにかなるかもしれないが、“臭い”がある為使えない――どうしようもない。死を待つばかりである。そしてショーンは死を待つのがあまり得意ではなかった。
「なあ、ほんとに来るのか……?」
「なんだ、私達の言葉を疑うのか?」
「そういう言い方するのは止めろよ……」
サラザール曰く、そろそろ迎えが来るらしい。
ショーンが思っている以上に、ベラトリックスの魔法使いとしての技量は高い。その気になれば、パンを焼くよりも気軽に、ショーンなど殺せる――勿論実際には幽霊達がいる為そうはならないが――らしい。
しかしそれをせずこの金庫に送ったということは、何かまだ利用価値があると判断したからという事に他ならない。であれば、餓死する前にここに来るはず……というのが幽霊達の見解だった。
「今は弱らせてるのかもね。僕なら監視の目をつけて、弱った頃を見計らって拉致する。ベラトリックスもそう考えてるのかも」
「サラッと怖いこと言うなよ」
「もしそうなら、向こうから見れば今は独り言をブツブツ言ってる状態だし、だいぶ弱ってるように見えるんじゃない?」
「大丈夫ですよ、ショーン。監視の目など何処にもありませんわ。ゴドリックも、からかうのはお止めなさい」
「分かったよママ」
「誰がママか」
ゴドリックがからかうように笑い、ヘルガも満更でもなさそうにした。
こいつら、元気だなあ……。生きてる俺より、死人のこいつらの方が元気って、なんかおかしいだろ。そんなことを考えていると、腹部が生の渇望の音を響かせた。端的に言って、お腹が鳴ったのだ。
「いや冗談抜きに、飲み物くらいは飲まないとマジで死ぬ」
“臭い”がどうのこうのと言ってる場合じゃない。
ショーンは財宝の山を掛け分け、適当なカップを探し出し、そこに水を注いで飲んだ。水があれば、一週間はしのげる。
「――あっ、それわたくしのカップ……」
「ん?」
見て見れば、なるほどヘルガのシンボルであるアナグマが彫られている。
「ショーン、気をつけろ。そのカップ、呪われているぞ。去年戦ったトム・リドルの日記と同質のものだ」
「早く言えよ!」
水入れて普通に飲んじまった!
ひょっとしてドラコ・マルフォイの様に体を操られてしまうのだろうか、ショーンはダラダラと背筋に汗をかいた。
「いや、そこまでの力はない。込められた魂の量が違いすぎる。精々、死ぬほど不健康になって、死ぬほど不機嫌になる程度だ。死にはしない。晩餐会には使えんがな」
「これ以上不健康になったら、俺死ぬぞ」
「その心配はございません。元々そのカップには注いだ水を清め、同時に活力を与える効果が付与されています。呪いの効果と足し引きゼロ、今はただのカップですわ」
「……というか、貴方達の遺品好き勝手使われすぎじゃないですか? サラザールの秘密の部屋は女子トイレに移された挙句バジリスクは手駒扱い。
ヘルガのカップはレストレンジ家の金庫にある上に呪われている。
ホグワーツの偉大なる創始者ともあろうものが、まったく嘆かわしいことです……」
「お前の遺品はそれ以前に、娘に持ち逃げされたがな」
「ぐへぇ!」
「しかも髪飾りって……。何で女子限定?」
「ぐわぁ! で、でも込められている力は凄いですから! それに失われているが故に、悪用される心配もないですし!」
きっと悪用されてるんだろうなあ……何となく、ショーンはそう思った。
まあそんな事はどうでも良い。もうあれだ、幽霊達の遺品が悪用されるのには慣れた。そんな事より今は食事だ。お腹が空いた。
そんな事をお腹で考えていると、ポンと言う音が金庫に響いた。
ショーンをここに連れてきた生き物――屋敷しもべ妖精だ。だが、前に見たあいつとは、何処か違う気がする。目が細くて、シワシワ……何というか、年老いてる感じだ。
「ご主人様からのご命令で参りました」
「やっとか。別に急かすわけじゃないけど、死にかけたよ」
「ああ、何ということ! 穢れた血がこのクリーチャーに話しかけて来た!」
「斬新な自己紹介をありがとう、クリーチャー」
「名前まで呼ばれた! 奥様が知ったら、どんなに嘆かれることか……」
「じゃあ何て呼べばいいんだ、親愛なる友よ」
クリーチャーはショーンの言葉に答えず、手を掴んでサッサと姿くらましした。
まったく、最近ジョークが――というか会話そのものが――通じないイかれた奴ばっかりだ。ショーンはゴム管の中に詰められながら、そんな事を思った。
◇◇◇◇◇
姿あらわししたのは、ベラトリックス家の屋敷ではなかった。噂に聞く叫びの屋敷の様な、薄暗い屋敷だ。
目の前の長テーブルには出来立てのご馳走が並んでいる。
――それも、二人分の。
しかしここにたどり着けたのは、ショーン一人だ。
「これ食べていいのか?」
「ご主人様が食べる様に、と仰っていました」
吐き捨てる様に言うと、クリーチャーは何処かに歩いて行った。
正直ありがたい。
食事している最中に「ああ、穢れた血がフォークを使っている! ナイフまでも! あまつさえスプーンまで!」などと叫ばれては、流石のショーンもほんの少し食べづらい。
ショーンが
「なあ、ここは何処なんだ?」
「なんと、ここを知らないと? まったく嘆かわしい。由緒正しき、ブラック家のお屋敷です。本来なら穢れた血が入ることなど……」
「ブラック家? それじゃあここは、シリウスの家か?」
「ええそうです。今はご主人様がこの屋敷の持ち主ですとも。少しの誇りもないあの方が当主になられて、どれだけ奥様が嘆いたことか」
ワケが分からない。
ここがシリウスの家なら、シリウスは何処に行ったんだ? ベラトリックスは?
クリーチャーに尋ねようとすると、彼は「ご主人の悪口を言った。クリーチャーは自分を罰しなければならない」と言って両足の小指をタンスの角に打ち付けていた。
もっとワケが分からない。
「あー、変わった趣味だな。楽しいか、それ」
「ふん」
クリーチャーは鼻を鳴らすと、ショーンを無視して食器を集め始めた。同時に、無造作に手紙を放ってよこす。シリウスからの手紙だ。
――手紙によれば、シリウスは今ホグワーツにいるらしい。
ベラトリックスに襲われたシリウスだったが、彼が残したコウモリのお陰で辛くも助かり、姿くらましでこの屋敷へ。
態勢を整えたシリウスは、恐らくハリーを殺しに行ったであろうベラトリックスを追い、ホグワーツに向かったそうだ。
「シリウスのやつ、本当に無実だったんだな」
前から私は無実だ無実だと言っていたが、本当に無実だったとは……。アズカバンでは、大抵の囚人が無実の罪で収容されていた。勿論、自称無実の罪だが。シリウスもその一人だと思っていたが、違ったようだ。
さて、どうしたものか。
普段のショーンなら、シリウスが帰って来るまで、この家でのんびりと過ごした事だろう。たまに散歩をして、ご飯をよく食べて、寝る。それだけだ。しかし――
「助けに行くか」
――シリウスを死なせたくない。そう思った。
「クリーチャー、俺をホグワーツまで運んでくれ。コレやるから」
取り出したのは、ヘルガ・ハッフルパフのカップ。
クリーチャーは目を見開き、受け取ったカップを撫でまわすと、猫なで声を出してショーンに擦り寄った。
「悪いな」
「構いませんよ。わたくしのカップ一つで命が救えるのなら、これ以上の事はありません。それに貴方よりも彼の方が、物を大切にする性分の様ですから」
これが他の創設者だとあーだこーだとうるさかっただろうが、ヘルガだと話が実にスムーズだ。
ショーンはクリーチャーと共に、ホグワーツへと姿くらましした。
【ショーンがアズカバンでやってはいけない事のリスト】
第1条 看守に囚人達が大脱走を企てていると嘘を吹き込んではならない。
第2条 営倉行きはプライベート・ルームを与えられたという意味ではありません。
第3条 牢の検問の際に検査官が何か触るたびに「呪われた呪われた。ウヒヒヒヒッ」と言ってはならない。
第4条 確かにベラトリックス・レストレンジとその夫との間に子供が出来てはいませんが、それが実は彼らが同性愛者だという事の証明にはなりません。
第5条 朝起こしに来た看守に向かって「死体ごっこ」なるものを仕掛けてはならない。
第6条 「錯乱してた」は万能の言い訳ではありません。
第7条 新しく収容された囚人に向かって「あの看守はゲイだ」と嘘をついてはならない。
第8条 本当にゲイであったとしても、道徳的な観点から、その事を暴露してはならない。
第9条 自分はフリーメイソンの一員だから捕まった、と吹聴してはならない。
第10条 週に一度のフクロウ便でストリッパー及び娼婦を呼んではならない。
第11条 遺体安置所を良く冷房の効いた部屋と呼んではならない。
第12条 看守から罰を受けている時に「実は僕はマゾヒストなんだ」と笑いかけてはならない。
第13条 看守の髪を指して「イエズス会の熱心な信者なんだな」と言ってはならない。
第14条 ロナルド・ウィーズリー感謝祭なる謎の祭りを開催してはならない。
第15条 ロナルド・ウィーズリー収穫祭も同様です。
第16条 「来てくれ! 犯罪者がいる!」と叫んではならない。
第17条 尿検査の直前に、大量の赤色着色剤を服用してはならない。
第18条 長く収容されている女性の囚人に向かって「外ではノーパン&ミニスカが流行ってる」と言ってはならない。
第19条 吸魂鬼にリップクリームを渡してはならない。
第20条 お願いですから、自分の刑期が終わった時のために二代目を育てようとするのをやめて下さい。
第21条 説教する看守に向かって「お前は俺の父親か?」と尋ねた後に「まさか……本当に………?」と言ってはならない。
第22条 貴方の上目遣い顔には、怒りを収める効果はありません。むしろ逆効果です。
第23条 ショーン・ハーツのアズカバン体験ツアーなるもののチケット販売を即座に中止して下さい。
第24条 牢の柵を使ってポールダンスを踊ってはならない。
第25条 踊らせるのも禁止。
第26条 新入りの囚人に「看守を
第27条 女性の囚人が来るたびに「よく来たねお嬢ちゃん。グヘヘヘヘ」と歓迎してはならない。
第28条 子供だから、と貴方を罰しなかった看守を職務倦怠で訴えてはならない。
第29条 食事の不味さを理由にアズカバンの事を英国の中で最も英国らしい所、と称してはならない。
第30条 囚人どうしての喧嘩を止める際、適切な言葉は「金的だ!」ではありません。
※破るとファッジの支持率が上がります。