ギリギリ一週間ですね……。
「それで、被害のほうはどうかな?」
「さっき確認しましたけど、負傷者は五十名ほど。討ち死が十名ほどですね」
戦いが終わった後、剣丞の確認に対してひよ子が答える。
「相手との戦力差を考えれば完勝と言っても良い戦果ですよ!剣丞さま、凄いです!」
嬉しそうにそう言う転子とその言葉を聞いても表情を曇らせている剣丞。蘭丸は三人の会話を見ながら刀の手入れをしている。
「そっか。十人、討ち死してしまったのか……」
ポツリと呟く剣丞をチラと見る蘭丸。
「あの、剣丞さまぁ?」
「あ、何?」
「次の御下知を頂きたいです!」
「その前に、剣丞さまよろしいでしょうか」
蘭丸が立ち上がり、剣丞の目の前まで移動してくる。
「剣丞さまにとって、命の価値は一緒なのですか?」
「蘭ちゃん?……そうだね。一度袖すり合った以上は……」
「……剣丞さまのいた、天の世界には戦はないのですか?」
「いや、あったけど……うん、俺が住んでた場所ではなかったね。テレビの向こう……俺にとっては現実身のない話だったから」
「幸せな世界だったのですね。……ですが、今剣丞さまがいらっしゃるこの世界は天の世界ではありません」
剣丞を諭すように、だが力強く蘭丸が言う。
「それに、生命の価値も同等ではありません。……私やひよは、剣丞さま。貴方の生命が危険に晒されたときには身代わりとなって死ぬ覚悟もあります」
蘭丸の言葉にはっとする剣丞。
「私にとって最も価値のある方は久遠さま、久遠さまの奥様である結菜さま。勿論、母さまや姉さまもですが……人は平等ではありません」
「蘭ちゃん……」
「……ですが、そのお気持ちはきっと先に逝った英霊たちにも届いているでしょう。……剣丞さまは少しお休みください。戦後の処理は私たちでやっておきます」
「……うん、助かる」
少し落ち込んだように陣の中へと下がる剣丞を心配そうに見送るひよ子と転子。
「……大丈夫でしょうか?」
「これは何れは超えていかなくてはならない、剣丞さまにとっての壁でしょう。今はまだ無理でも……いつか久遠さまの天下を見るためには必要なことです。それまでは、私たちが助けていきましょう。さぁ、ひよ、ころ。築城を急がせましょう。……それと、討ち死した者たちを探し尾張に帰して上げられるようにしましょう」
「「はいっ!!」」
「これが、この世界の常識、か……」
一人、陣の傍にあった巨木の根元に腰を下ろした剣丞が一人呟く。
「やっていけるのかよ……」
ため息をつきながら頭を軽く抑える。
「剣丞さま」
「蘭ちゃん?」
「お隣、失礼しますね」
ふわりと剣丞の隣に腰を下ろす蘭丸。
「……先ほどはあのようなことを言いましたが、私もはじめから今のように考えられたわけではありません」
空を見上げながら蘭丸が呟く。
「あれは、私がはじめて久遠さまにお会いしたときのことです」
「ほぅ、おぬしが桐琴の娘か」
「はっはっはっ!殿、お蘭はこう見えて男ですぞ」
桐琴の言葉に目を丸くする久遠。
「女子の服を着ておるように見えるのだが」
「似合うておりましょう?」
「……うむ、確かに」
この頃の蘭丸は、まだ母離れが出来ておらず桐琴の陰に隠れるように腰衣を掴んでいるような状態であった。
「利発そうな子だ。桐琴の子とは思えんな」
「殿もよう仰いますな!ワシよりは夫に似ておるのやも知れませぬ」
「ふむ、お蘭よ」
「ひゃ、ひゃい!」
ビクリと身体を震わせながらも答えようとするが、その声は裏返っている。久遠は苦笑いを浮かべながらも腰を屈め、蘭丸と視線を合わせる。
「そんなに緊張せずともよい。お蘭、我のことは久遠と呼べ」
「は、はい!く、久遠……さま」
「うむ!……桐琴よ」
「全て言わずとも。……お蘭、今日より久遠さまにお仕えしろ」
「えっ!?」
桐琴の言葉に驚き、動揺する蘭丸は視線を周囲にウロウロと移している。
「しっかりせんか!お前も森一家の一員なんだぞ!」
「ひぅ!」
桐琴の一喝でしゅんとする蘭丸を久遠が頭を撫でる。
「桐琴よ、少しずつ我に慣れさせる。そう急がんでもいい」
「……では、殿に任せるとしましょう」
そう言って蘭丸が手を伸ばすのを無視するように桐琴が歩き出す。
「あ……」
「お蘭。……お前もワシのガキだ。立派な武者になれ」
そのまま立ち去る桐琴を見送りながらため息をつく久遠。
「……全く、不器用な奴だ。……お蘭よ」
「は、はい!」
「これから貴様は我の小姓として仕えることになる。……お蘭には我の夢を教えておく」
視線を合わせた久遠が蘭丸に向けていた優しい表情を真剣なものに変える。
「我は、いずれはこの日の本を七徳の武を持って一つに纏め上げる。つまりは」
「天下を、天下を取ると仰るのですか?」
七徳の武とは、暴を禁じ、戦をやめ、大を保ち、功を定め、民を安んじ、衆を和し、財を豊かにするの七つを意味する。
「うむ。何、既に我は尾張の大うつけと呼ばれておるのだ。このようなことを言っても皆、うつけが妄想を語っておるとしか受け取らん。……お蘭、貴様はどう思う?」
久遠の瞳をじっと見つめる蘭丸。その視線には先ほどまでの怯えたような色は全くなく、まるで心の奥底までを見抜くような……そういった感じを受けさせるものだった。
「……いえ。久遠さまは、きっとその夢を成し遂げられると思います。母さまも、だから私を置いていったのだと……思います」
「ふふ、そうか。お蘭はよい目をしているな。我もお蘭のことが気に入ったぞ」
「信じられますか?尾張の大うつけと呼ばれていた人とはじめて会った私に夢を語り……しかもその夢は天下統一」
「でも、何でその話を俺に?」
「実は、そのときまで私は人を斬ったことも無かったですし……まぁ、母さまや姉さまから話は聞いていましたが戦というものが自分に関係のあるものとは思っていなかったんです。……各務さんがそういった類のものを私に近づけないようにしてくださっていたというのも、後でお聞きしましたが」
ふふ、と笑いながら蘭丸は言う。
「……ですが、久遠さまと出逢い、その夢に触れ……それを成し遂げる為に微力ではあっても私の力を振るいたい。そう思うのはすぐでした。……剣丞さまにとって、切欠になるのが何なのか。それは私にも分かりません……ですが、それまでは味方である限り私がお傍にいます」
「蘭ちゃん……」
「ゆっくりで構いません。共に久遠さまの天下の為に……力を貸してください」
ふぅ、と剣丞が息を吐き自分の顔を軽く叩く。
「よしっ!蘭ちゃん、ありがとう。俺やってみるよ。正直、この世界に慣れることが出来るか分からないけど……」
「ふふ、その意気です。……お疲れのようですし、ゆっくりしてくださいね」
次に剣丞が陣から出ると、既に立派な城が出来上がっていた。
「ふふ、実はひよの策なんですが……長良から見れば完成しているように見えるのですが、実ははりぼてなんです」
こっそりと蘭丸が剣丞に耳打ちする。遠くでひよ子も楽しそうな笑顔を浮かべている。
「はは……流石は豊臣秀吉、ってことか……」
笑いながら言う剣丞。その少し後に久遠が手配した部隊が到着し、城を無事に引き渡すことに成功するのであった。
「ええいっ!!一体何者なんだ、あの女は!!」
斉藤の本拠である稲葉山城。そこに響く怒号の主は斉藤飛騨。斉藤龍興の人望を下げている原因と陰で噂されている人物だ。
「あの鬼のような強さ……しかし、鬼柴田ではない……誰か知らぬのかっ!!」
「お、恐れ入りますが、織田の家中にそれほどの武者が居りますれば有名になるかと……他に特徴などは……」
「何だ!私が嘘を申しているというのかっ!?」
わめき散らす飛騨を蔑むように部屋の外から一瞬だけ視線を巡らせた詩乃はため息をつきながら通り過ぎる。
「……やれやれ。遂に敵のことを調べる知能すら無くしましたか」
部屋に戻った詩乃の第一声はそんなものだった。
「はは、そういう詩乃は誰か予想ついてんの?」
「……そうですね。聞いたところ、見目麗しい女子であったと。それでいて鬼のような強さ……可能性が高いのは、織田の麒麟児、森の戦姫と呼ばれている森成利どの、でしょうか」
「(やばいよ新介!詩乃やっぱり気付いてるって!)」
「(落ち着きなさい!動揺したらそれこそバレちゃうでしょ!)」
「ふふ、二人とも落ち着いてください。……とはいえ、信長の懐刀が動いたということですか。厄介なことになりそうですが……その前に動くしかありませんね。新介、小平太。一度織田に戻ったほうがいいかと思います」
詩乃の言葉に二人は息を呑む。
「まさか、詩乃……」
「えぇ。……ことを起こすのは今です。まもなく私は動きます。貴女たちを巻き込むつもりはありませんよ」
「新介……」
「……小平太。アンタは戻って蘭丸さまにお伝えして」
「新介!?」
「私は残る。私たちのことを友と呼んでくれた詩乃のことを置いていったら、それこそ蘭丸さまに顔向けできないわ」
「ならボクだって……!」
「蘭丸さまへ伝えることも大切よ。……だから」
二人の会話に一瞬呆けるような様子を見せた詩乃であったが。
「はぁ、全く。貴女たちも……馬鹿ですね」
「馬鹿で結構。……詩乃が織田に来るっていうなら話は早いんだけど」
「……それは出来ません。私はこの美濃を愛していますから」
「……新介、詩乃を頼む!」
「えぇ。蘭丸さまに宜しく言っておいてね」
「それで、詩乃。これから何をするのよ」
「……一度、龍興さまに諌言申し上げます。そしてもし、受け入れられないようなら」
前髪で隠れた目に、本気の色を浮かべながら詩乃が呟いた言葉に新介は絶句する。
「い、稲葉山城の……乗っ取り!?」
こちらの作品はゆったりと書いているので進みが遅いですね……。
もう少し早くしたほうがいいかな?