戦国†恋姫~織田の美丈夫~   作:玄猫

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7話 墨俣の戦い

「して、剣丞の案はどうであった?」

 

 評定の間ではなく、久遠の屋敷で結菜に膝枕をされた久遠が蘭丸に問いかける。この光景はいつものことなので、蘭丸は特に驚いた様子はない。

 

「剣丞さまの策は……」

「あぁ、内容は全て終わってから聞かせてもらう。そっちのほうが面白そうであるからな。で、我に何か頼みがあるのか?」

「はい。……資金が必要となります」

「ふむ。良いぞ、蘭丸が必要だと言うのであればそうなのだろう。必要な金額を明日、麦穂に伝えよ」

「はい!」

「ねぇ、久遠。蘭ちゃんのことだから、久遠に負担をかけすぎたら駄目だ~とか考えて自分のお金とか使うんじゃない?」

 

 ジト目で蘭丸を見る結菜。

 

「む、そうなのか?お蘭」

「い、いえ」

「お蘭?」

 

 じっと久遠に見つめられ蘭丸が頭を下げる。

 

「申し訳御座いません!蘭の勝手な判断でそうしようかと考えておりました!」

「ほら、やっぱり。……蘭ちゃん、蘭ちゃんの気持ちは有難いし久遠だって分かってると想うけど、その為に蘭ちゃんが自分の身を削ることを久遠も私も願ってはいないわ」

「うむ。お蘭、織田のための活動なのだから構わんのだ。お前のお金はお前のために使え。それが我の願いだ」

 

 諭すように結菜と久遠が蘭丸に言う。

 

「はいっ!……で、ですが、私は久遠さまの為に使いたいのです!!どうすれば……!」

「う、うむ。それは……困ったな」

 

 心底困ったといった感じで久遠が考え込む。膝枕から起き上がりむむむ、と唸り始める。

 

「ふふ、久遠も蘭ちゃんも考えすぎよ。一緒に何処か買い物にでも出掛けたらいいじゃない。蘭ちゃんもそのときに何か久遠に買ってあげれば?」

「「!!」」

 

 二人が気付かなかった!といった表情を浮かべるのをやれやれと呆れた風に首を振る結菜。

 

「流石は結菜さまです!」

「うむ、結菜は我の自慢の妻であるからな!」

「な~に自慢げに言ってるのよ、久遠ったら。……そうだ、蘭ちゃんも来なさいな」

 

 ポンポンと自分の膝を叩く結菜。

 

「で、ですが、私はまだ湯浴みを済ませておりませんので……」

「あら、蘭ちゃんなら別にいいんだけど……じゃあ先に入って来なさいな」

「は、はい!」

 

 急いで風呂場へと向かう蘭丸を二人で見送る。

 

「ふふ、急いでいきおって。そんなに結菜の膝枕が嬉しいのか」

「あら、久遠は嫌?」

「む、それは……嫌ではないが」

「嫌ではないだけなら、今度からは蘭ちゃんだけにしようかしら」

「ま、待て待て!それは困る!」

 

 夜の屋敷は、今日も賑やかに過ぎていく……。

 

 

 それから、剣丞を中心に築城の準備は進められた。金の工面に加え、織田の本軍を囮として出陣させることも決まり連日というわけには行かないが、蘭丸も参加し築城の材料の確認や部隊の調練などを行った。そして、二週間という期間はあっという間に過ぎていった。

 

 

「……驚きました。この『しゃべる』というものを作り出すとは……」

「剣丞さまは発明家さんなんですね!!」

「本当に。これのおかげですっごく早く穴が掘れます!」

 

 手放しで褒める三人に剣丞は苦笑いを浮かべる。

 

「はは……でも、これは部隊の皆以外には絶対に教えないように」

 

 最終確認も終えたひよ子と転子が蘭丸と剣丞に合図を送る。

 

「それでは、行きましょうか。……剣丞さま、お手並み拝見させていただきます」

 

「我らも出る!東口より北進し、美濃勢の動きに合わせるぞ!」

 

 

 それから少しの時間、墨俣の地に降り立つ。

 

「上陸ー!みんな駆け足ー!」

 

 ひよ子の元気な声が響き渡る。剣丞の指示に従い、柵や堀を作っていき、転子が足軽の指揮を取る。

 

「剣丞さま、あの、北と東に物見を放ちたいんですけど……」

「あ、そりゃそうだ。ごめん、その辺りは実戦経験豊富なころに任せていい?」

「はいっ!」

「二人とも情報共有は出来るだけ密に頼む。……何かあったら指示は俺が出すから、そのときは今の作業を中断し、すぐに従って。……で、どうかな、蘭ちゃん?」

 

 じっと剣丞の後ろで指示や行動を見守っていた蘭丸を振り返る剣丞。蘭丸は静かにニコリと微笑む。

 

 

 及第点、といったところかしら。蘭丸は内心で剣丞に点数をつける。剣丞の言葉を信じるならば、戦場は初めて。その中で己の不得手とする事柄には下の者に頼る、間違いを正せるだけの判断も出来るようだ。

 

「……やはり、久遠さまの目は確かですね」

 

 

「殿!前方に美濃勢を発見!」

 

 先陣を切っていた壬月が久遠に伝える。

 

「旗はどうだ?誰が率いている?」

「あの旗は美濃の長井ですな。他に丸に九枚笹などが見受けられますが」

 

 その言葉に若干渋い顔をする織田の面々。

 

「……美濃の麒麟児・竹中殿ですか。前の戦では散々に打ち破られてしまいましたからね」

「長井、か……」

 

 久遠が苦しそうな表情を浮かべる。美濃の長井は、久遠にとっては母同然に慕っていた相手でもある美濃の蝮……斉藤道三の仇である。

 

「殿、抑えてください」

「分かっておる、壬月。……蝮の仇とて、今は自重する。……壬月、麦穂、展開せい」

「「はっ」」

 

 軽く礼をした後、壬月が口を開く。

 

「三若ぁ!前に出ぃ!」

 

 

 微かに東の方向から聞こえる鉄砲の音。

 

「この音は……和奏?」

「始まったみたいだね。皆急ごう!美濃の人たちがこっちにも押し寄せてくるぞ!」

「ころちゃん、物見の報告は?」

「まだ来てないよ!もしかしたらまだ気付いてないんじゃ?」

 

 転子の言葉に剣丞は頷き、ひよ子に視線を向ける。

 

「堀と柵は?」

「両方とも準備完了です!蜂須賀衆には柵内に入って敵襲に備えてもらってます!」

「完璧!これで多少の戦力差なら耐えられるな。……あとはどうやって敵を追い払うか。……敵を壊滅させるなんて無理だからなぁ」

 

 う~んと悩む剣丞を見て蘭丸が口を開く。

 

「剣丞さま。その段階まで達しましたら、私の領域です。お任せを」

「えっ!?兵数に違いがあるでしょうから、援軍を待つんじゃ……」

 

 転子の言葉に蘭丸は頷く。

 

「そうですね。ですが……私も森一家ですので」

 

 ニコリと微笑む蘭丸に、何か恐怖を感じる一同であった。

 

 

「……ふむ。数を揃えて討ち入ってきた割に、尾張衆の動きが鈍いように感じますね……どう思います、新介、小平太?」

 

 独り言のように隣にいる二人に声をかけるのは美濃の麒麟児・詩乃である。

 

「えっ!?ぼ、ボクは分からないなぁ?」

「……」

「はぁ。ここは新介のように無言でいる方が賢いと思いますよ、小平太」

 

 やれやれ、と詩乃がため息をつく。

 

「ともあれ。そうなるとこれは陽動、ですかね。……なるほど。墨俣ですか」

 

 チラと視線を向けるのは墨俣のある方向。

 

「すげぇ!詩乃すぐに見抜いてる!」

「アンタのせいでしょ!……まぁ、どっちにしても気付いてそうだけど」

「なかなか上手い手です。ですが……ふむい、私はどうすべきでしょうか……」

 

 そこまで言って一瞬考える。

 

「……止めておきましょう。例えこの推測を告げたとて、稲葉山の愚人たちは否定し、あざ笑うだけでしょう」

「な!?そんなわけないだろ!?詩乃、凄い気付きじゃん!」

「ちょ、ちょっと小平太!?」

「ふふ、そんなに織田を……貴方の主人を追い込みたいのですか?……いいのですよ、ちょうどそろそろ……動くべきときですので」

「……ちょっと詩乃。アナタ何を考えて……」

 

 驚く新介に軽く笑みを送り、空を見上げる詩乃。

 

「……鷺山殿が愛した美濃も、枝折れ根腐り、見る影もなし……無念です」

 

 

「北方に美濃衆の旗を発見しましたぜー!」

 

 物見の足軽から報告が来る。

 

「距離は?」

「ざっと見て、五里向こうってとこでしょうかね」

 

 剣丞の問いに物見が答える。

 

「すぐそこまで来てるってことか。……ひよ、ころ!こっちに来てくれ!」

「「はーい!」」

「敵が来たよ。迎撃準備を整えよう」

「は、はひっ!」

 

 ひよ子もはじめての戦だからか、緊張が顔に出ている。

 

「大丈夫。ひよ、落ち着いて」

 

 蘭丸が優しく語りかけ、肩に手を置く。

 

「で、でも私……腕っ節には全然自信が無くてぇ……」

「大丈夫です。ひよは私が守りますから」

「俺もそうだよ。こんな集団戦は生まれて初めてだし、実戦だって初めてなんだ。だから正直、自信なんてないけど……適材適所に人を配置して、皆が一丸となって事に当たれば……乗り越えられる!」

 

 剣丞はそこまで言うと周囲の全員を見渡す。

 

「俺はひよを、ころを……蘭ちゃんを信じる。信じるからこそ全力で戦えるんだ。だから皆、俺を信じてくれ。そして……この戦いを共に乗り越えよう!」

 

 おぉー!とあがる声。それを蘭丸は満足そうに見ると静かに目を閉じる。

 

「蘭ちゃ……」

「あ、剣丞さま!戦いの前には蘭丸さん、精神統一するそうなんです。特にこのようなときには……」

「そっか。なら、迎撃は集団戦の経験があるのはころちゃんだけだから、前線は任せていいかな?」

「私たち野武士はそれが生業ですからね。敵の数が気になりますけど……やってみます」

「ありがとう、頼むよ。……で、ひよはころちゃんの後方から弓の援護を頼みたい」

「はいっ!」

「それじゃ、俺は伏兵を……。ころちゃん、百人ほど人を借りていいかな?」

「は、はい!それくらいなら」

 

 

 どれくらいの時間、目を閉じていたのだろう。既に柵をはさんでの攻防が始まっている。こちらを小勢と侮ってか、兵数は四千といったところだろうか。柵を壊せずに足止めされていた。その背後を突くように剣丞率いる伏兵が突撃をかける。

 

「……さて、そろそろ私も働きましょう。……この勝利、この城は全て久遠さまの為に」

 

 目を開き立ち上がった蘭丸の瞳には炎が灯っている。それは、蘭丸が愛する家族……母や姉と同じ『修羅』の炎だ。

 

 

 鏑矢をうち、動揺している敵部隊の中でも動揺せずに剣丞たち伏兵へと突撃をかけようとする一団があった。その違和感を感じ咄嗟に指示を出す剣丞だったが、敵兵の突撃もまた到達してしまうかに見えた。

 

「この戦、私が貰い受けます」

 

 ゆらりと残像を残すように蘭丸が剣丞たちと敵兵の間に現れる。

 

「ら、蘭ちゃん!?」

「剣丞さまは迷わず突き進んでください。貴方の選択は間違っていません」

 

 凛とした声が剣丞の耳に届く。

 

「貴方が間違わねば、私が道を作ります。貴方が敵でなければ、私が守ります。……さぁ、斉藤の愚か者たちよ」

 

 蘭丸が腰を低く落とし、鞘に入ったままの刀を構える。

 

「蹂躙です」

 

 

「ば、化け物ぉ~!?」

「ひぃ~!?」

 

 伏兵にも動じずに攻撃に反転した部隊までもが恐れおののき逃げ惑う。その背後に立つのは蘭丸ただ一人。

 

「深追いはしませんが、少しでも打撃は与えておくべき……お覚悟を」

 

 剣丞は既に柵の向こうへと撤退を完了している。だが、蘭丸は続けて刀を振るう。

 

「ひ、ひけぇ!!」

 

 斉藤の将だろうか、一人の少女が撤退の命令を出し逃げようとするのが見える。

 

「将を取れば……」

 

 少女と目が合う。その瞳に映るのは恐怖。森一家が普段から向けられている視線だ。

 

「……」

 

 まるで蛇に睨まれた蛙、といったところか。蘭丸と目が合った少女はその場から動くことが出来なくなっているようだ。膝は震えている。

 

「……ふぅ、行きなさい」

「へ……?」

「今はまだ時ではありません。……だから」

 

 ひゅん、と刀を一度振り鞘に収める。

 

「去りなさい。そして貴女の飼い主に伝えるのです。この地は、織田の……天が遣わした新田剣丞が制圧した、と」




いつの間にか詩乃と仲良くなってる新介・小平太コンビ。
この辺りの話もまた書こうと思ってます!

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