幕間7 蘭丸隊の奮闘記-その壱-
「……」
満月を見上げた蘭丸は静かに物思いに耽っていた。久遠の宣言、一葉、双葉との婚姻……。自らにそれほどの価値があるか、という疑問は未だにあるが久遠の決めたことだ。恐らく間違いはないだろうと考えるが……。
「はぁ……」
溜息をついた蘭丸。考えても現状が変わるわけでもなければ、久遠の為を考えれば前向きに考えるべき事柄だ。元より戦国の世に生きている蘭丸にとって重婚そのものはそこまで違和感を感じない。……相手が相手だけに、ということだ。
「おう、お蘭じゃん。どうしたんだよ」
そう声をかけてきたのは姉である小夜叉だ。愛槍で肩をポンポンとたたきながら蘭丸へと近づいてくる。
「姉さま……」
「んだよ、らしくねぇじゃねぇか。殿の宣言で悩んでんのか?」
「悩んでる……そうですね。久遠さまや結菜だけでも恐れ多いことなのに、一葉さまや双葉もというのは……」
俯く蘭丸に近づくと小夜叉は隣に座る。
「ん~、難しいことはわかんないけど、オレの妹なんだからもっとしっかりしろよ!お蘭はすげぇんだって自信持つのも殿の夫になるなら必要なんじゃね?」
「姉さま……はい!」
「へへ、お蘭はちゃんといつも笑ってろよ。殿も母も、そんなお蘭が好きなんだからよ。勿論オレもな!」
くしゃくしゃと少し乱暴に頭をなでた小夜叉は立ち上がる。
「んじゃ、オレは母と近くに鬼がいねぇか探してくるからな。悩みすぎるなよ~」
手を振りながら立ち去る小夜叉。内心で感謝の言葉を言いながら蘭丸は見送った。
「う~む」
腕を組み、何かを悩む久遠。
「どうかされましたか、殿」
「……家中で、お蘭との婚姻を望みそうな者はどれくらいおるかと思ってな」
「蘭ちゃんに……ですか」
壬月に答えた久遠の言葉に麦穂が腕組で考える。
「蘭丸隊の子たちは剣丞どの……あと鞠ちゃんもですかね。お二人を除いた全員と考えてもよさそうですが」
「他はどうでしょうな。好意的な者であれば多数いるとは思いますが……」
「……壬月と麦穂はどうなのだ?」
久遠の質問に固まる二人。
「……私はそのようなことを考えたことはありませんのでなんとも」
「私は妹のように思っていますが……婚姻となるとわからない、というのが正直なところでしょうか」
「ふむ、デアルカ。……とはいえ、もしそういったことを考えることがあれば我に遠慮せずに言うようにせよ」
「……はっ」
「かしこまりました」
「さて、作戦会議です」
「えっと……詩乃?これは一体何の作戦会議なんですか?」
決して広くはない部屋の中には詩乃、雫、ひよ子、転子、新介、小平太、梅が集まっていた。状況が飲み込めていない雫が詩乃にたずねているところだ。
「蘭丸さまとの結婚のためにどのような行動に移していくか、その方針を決める場です」
「えぇっ!?わ、私も入っちゃっていいんでしょうか……?」
「……おや、雫は違いましたか?蘭丸さまとの婚姻を望まないのであれば……」
「い、いえっ!そういうわけではないんですけど……」
「……なぁ新介。なかなか好敵手は多そうだけど」
「……わかってはいたけど」
苦笑いの小平太と目を閉じて首を振る新介。
「詩乃ちゃん詩乃ちゃん。それで、私たちは何をするの?」
「そうですね……現状最も蘭丸さまと婚姻関係に近そうなのは、私たちの中ではころです」
「えっ!?わ、私っ!?」
詩乃の言葉に驚く転子。ほかの皆は納得したように頷く。梅を除いて。
「あら、そうですの?」
「えぇ。ころは以前に蘭丸さまと二人きりで各地を巡ったことがあると聞きましたから。二人きりで」
「ちょっと詩乃ちゃん!?もしかして根に持ってる!?」
「そういえば私たちが美濃に潜伏してる間に行ってたって聞いたわね。……うらやましい」
「新介さんまで!?」
「は、ハニーと二人きりで旅行なんてうらやましすぎますわ!ころさん!」
「旅行じゃないですって!」
きゃいきゃいと騒ぐのをぱん、と詩乃が手を打って止める。
「とはいえ。現状での奥方は久遠さま、結菜さま、一葉さま、双葉さま……通常の奥向きを考えるなら正室が久遠さまであれば、側室で一葉さま、結菜さま、双葉さまという形になるのでしょうが……」
「公方さまを側室……というのは考えづらいですよね」
詩乃の言葉に雫が返す。それに頷く詩乃。
「であれば、可能性としては正室、側室というものを立場で変える……といった具合でしょうか。正室は位の高い久遠さまと一葉さま。側室として結菜さまと双葉さま。……ふむ、私たちは……愛妾か伽役か……求めて頂けるのであれば名などどれでもかまいませんが」
「まさしく!詩乃さんのおっしゃっていることは愛ですわ!」
「……否定はしませんが」
立ち上がり拳を掲げながら言う梅に若干いやいやながら同意する詩乃。
「あの、蘭丸さまは……私たちを受け入れてくださりそうなのですか?」
「……それは、久遠さまのお決めになられたことではなく、ということですね?」
雫の質問に詩乃がさらに返す。
「そうだよね。やっぱり蘭丸さんにも愛して頂きたいよね!」
「ひよの言うとおりですね。……そうですね、戸惑いはされるかもしれませんが蘭丸さまならきっと無碍にはなさらないでしょう」
「確かに蘭丸さんならそうかな……」
転子も詩乃の言葉に同意する。
「で、ボクたちはどうすんの?蘭丸さまにその気になってもらえるように誘惑とか?」
「ちょ、小平太!?アンタ意外と大胆ね……」
「……私の貧相な身体でそれはかなり難しいと思いますが」
詩乃が自分の身体を見下ろしながら呟く。
「あら、誘惑でしたらわたくしの出番ですわね!」
自信あり気に胸を張りながら梅が言う。
「……まぁ、世の一般的な男性であれば梅さんのような方を好みそうではありますが……相手は久遠さまに心底惚れ込んだ蘭丸さまです。恥ずかしそうにされることはあれど、その程度で誘惑できるとは思えませんが」
「あ、あはは……詩乃、言いたい放題ですね」
「ではどうしますの?」
「……それを話し合っているのです」
うーん、と考え込む一同。
「……一人で駄目なら二人で、とか?」
ひよ子が呟く。
「私、ひよと一緒なら頑張れる……かも?」
「……ひよところですか。なかなかにいい組み合わせかもしれませんね。……雫?」
「えぇっ!?わ、私でいいんでしょうか?」
「私とであれば適役では?」
「ならボクと新介かな?」
「……まぁ、アンタとなら別にいい……かな」
次々と相方が決まっていく空気。
「ちょ、ちょっとお待ちなさいな!わたくしだけ一人じゃありませんこと!?」
「……梅さんは立派な身体があるのですから十分では?」
「ちょっと詩乃さん!?」
「あ、あはは……でも、梅ちゃんだけ仲間はずれみたいになっちゃうし……」
転子が苦笑いで言う。
「……ほかに家中に蘭丸さまと婚姻を結びたそうな方はいましたか?」
「う~ん……三若の方々はちょっと違う感じ……だよねぇ」
「そうだねぇ。どちらかというと遊び相手?みたいな感じかな」
ひよ子の言葉に転子も同意する。
「……わかりましたわ。まずはわたくし一人でハニーを口説き落とすことにします!た・だ・し!もし成功したときには仲間はずれは嫌ですわよ?」
「勿論だよ!」
「……とはいえ、私たちが動くことで蘭丸さまに負担がかかっては意味がありませんから、節度は守るように気をつけましょう」
詩乃の言葉で一旦この集まりは解散する。そして、蘭丸隊の奮闘が始まる。