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軍議の翌日、蘭丸は自らの隊舎を久々に訪れる。そこではまだ日が昇り始めるかという早い時間にも関わらず剣丞が一人で刀を振っていた。
「剣丞さま?」
「あ、蘭ちゃん。早いね、おはよう」
「おはようございます。……朝は苦手ではありませんでしたか?」
「はは、そうなんだけどね。でも、昼は仕事があるし何処かで修行の時間を取ろうと思ったら、朝と夜しかないからね。夜も夜で、皆と親交を深めたいし」
「……そうですね。ご一緒してもよろしいですか?」
「勿論」
そう言って、蘭丸は剣丞の隣で同じように素振りを始める。元々かなりの腕前だった剣丞だが、その刀の振り方一つにも切れがあるように見えた。そしてそれは蘭丸には見覚えのあるものだった。
「もしかして……春香さんに師事されてます?」
「あ、やっぱり分かっちゃった?」
少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる剣丞。
「俺の剣って、元々姉さんたち……俺のいた世界でも凄腕の人たちに習ったものなんだ。でも、そこには御家流なんてものなかったから御家流や剣技って言うのかな、それを使える人に教えを乞おうと思って。それで、蘭ちゃんの師匠でもあるって言う春香さんにお願いしたんだ」
「そう、ですか」
剣丞の剣は明らかによい方向に成長しているように蘭丸は感じる。恐らくだが、もともと修行していたときには漠然としかなかった目標というものが、剣丞の中でしっかりとしたものになったということもあるのだろう。少しずつ才能が開花していることに蘭丸は少し嬉しくなる。
「御家流は御留流……基本的には門外不出であったり、血統などで使えるものがほとんどです。ですが、確かに剣技などであれば覚えられるかもしれませんね」
「そうだといいな。……俺に覚悟が足りなかったり、知識が足りなかったりするのは分かってる。だから、みんなの力を借りる。でも、それだけじゃ駄目なんだ。俺もみんなの力になれるようにならないと」
剣丞の覚悟を聞いて蘭丸は真剣な表情で剣丞を見据える。
「……剣丞さま、私から教えられることがどれ程あるか分かりませんが一度立ち合いましょう」
立ち合いそのものは数分で終わったが、剣丞は肩で息をしている。
「成長されましたね、剣丞さま。まだ壬月さま、麦穂さまには及びませんが、その腕であれば鬼程度ならば遅れを取ることはないでしょう」
「はぁはぁ……あ、ありがと。っていうか、蘭ちゃんやっぱり強いな」
「ふふ、鍛えてますから。……剣丞さまが十歩私へと向かってくるのならば、私も十歩先に進むだけですよ」
「っていうか、あの殺気っていうのかな?あれだけでも動けなくなりそうなんだけど」
「全く武の心得の無いものであれば……そうですね、『気を当てる』とでも言うのでしょうか、それだけで気絶するそうですよ。……母さまや姉さまくらいに強くなれば」
……さもありなんと剣丞は納得する。恐らく剣丞も姉たちとの修行がなければ、気絶していたかもしれない。と感じるほどに二人は別格の強さだった。
「そういえば、蘭ちゃんの剣って春香さんのだけじゃないよね?」
「えぇ。私の師は春香さんもですが、信綱さま……上泉信綱さまを開祖とした新陰流が基本になってます」
「……何処かで聞いたことある気がする。新陰流って柳生じゃなかったっけ……」
「柳生さまも私の姉弟子にあたる方ですね」
「……うわぁ、すごい人に習ってたんだね、蘭ちゃん」
「ふふ、信綱さまはお強いですが、とてもお優しい方ですよ。もし、お会いすることがあれば剣丞さまにもご紹介しますね」
「楽しみだな、それ」
笑いながら剣丞は立ち上がる。
「さ、もう一試合お願いしていいかな?」
「勿論です」
「新介、小平太。私たちの居ない間の剣丞さまの補助ありがとうございます」
「いえっ!私たちが役に立ったなら良かったです!」
「へへ~!ちゃーんと情報もボクたち集めたんですよ!」
目をキラキラとさせながら駆け寄ってきた二人を見て一瞬子犬を思い浮かべた蘭丸は優しくその頭を撫でる。
「ふふ、それでお二人にお伺いしたいのですが……貴女たちから見て剣丞さまはどうでした?」
「どう、とは?」
「部隊を率いるものとしての才覚……とでも言いましょうか」
「う~ん……ボクはそこまで詳しくは分からないですけど、でも隊長としての資質はあるように感じました」
「新介は?」
「そう……ですね。春香さんに師事されて、自力もついてきていますし……それに、覚悟、とでも言うのでしょうか。そういったものを感じられる、かなと」
「……二人とも、しっかりと剣丞さまを見ていてくださったのですね。本当にありがとうございます」
元々、剣丞の持つ柔軟な発想などは久遠の方針に合うものがあると蘭丸は考えていた。それを生かすための覚悟といったものが欠如していたから、これまでは深く関わらないようにしていたのだが。
「……そろそろ、本格的に剣丞さまにも政に参加して頂くのもいいかもしれませんね」
「……蘭丸さまって、剣丞さまのこと高く買ってるんですねぇ」
小平太が言うと蘭丸は頷く。
「そうですね。正直、最初は怪しいと思っていたんですけどね」
「……あー、ボクもそうでした」
「わ、私も……」
「ですが、剣丞さまと関わって人となりを知った今では……いつかは友と呼べる存在になってくれると嬉しいと思ってたりします。……内緒ですよ?」
人差し指を唇に当てるように立てる蘭丸に、新介と小平太も笑みを浮かべる。
「……そういえば、お二人に聞きたいことがあったんです」
「何でしょう?」
「お二人には、母衣衆に入るという出世の道もあったはずですが……どうして私の部隊に?」
「そ、それは……」
新介が恥ずかしそうに俯いたのを見て蘭丸が首を傾げる。
「あ、あの……それは……」
「新介が、憧れの蘭丸さまと一緒にいたいって言ってたからですよ!」
「ちょ、小平太っ!?」
「だってボクが言わないと新介言わないだろー?」
「あ、憧れ……ですか?」
「う……」
顔を真っ赤にした新介とニコニコと微笑む小平太。
「ボクもそうですけど、久遠さまの右腕、森の戦姫……そして、ボクたちの命の恩人でもある蘭丸さまと一緒に久遠さまに仕えたいって思ったんです」
「小平太……」
蘭丸と新介が少し驚いた表情を浮かべる。
「……こ、小平太が言ったとおりです!わ、私は……蘭丸さまをお慕いしておりますっ!」
「し、新介?」
「うわぁ……新介大胆」
二人の声にはっとした新介がますます顔を赤くする。
「あ!?いや、そう言うつもりじゃっ!?」
「あ、ありがとう、でいいのかしら、こういうとき」
「……」
突然のことにさすがの蘭丸も動揺しているようで、まるでお見合いのような状態になっている。
「そ、それに、蘭丸さまが久遠さまとご結婚されるなら、母衣衆よりももっと重要な立場って考えることも出来ますし!」
「……ふふ、そうですね。……新介、小平太。これからもよろしくお願いしますね?」
「「はいっ!!」」
「ひよ、ころ、詩乃」
「あ、蘭丸さーん!」
「良かった、出立前にお会いできました!」
「蘭丸さま、おはようございます。ころ、こちらが松平への文となります」
詩乃から文を手渡された転子は、旅の荷物にしっかりと入れる。
「うん、詩乃ちゃんありがと」
「ころ、本当に一人で大丈夫ですか?」
「あはは、蘭丸さんって意外と心配性なんですね。大丈夫ですよ!こう見えても野武士の棟梁だったんですから!」
「そうですね。……ころ、お願いしますね」
「はいっ!任せてください!」
「……蘭丸さまはころにも優しいような気がします」
「詩乃ちゃんったら、またやきもち焼いてる~!」
「……そんなことはありません」
「ふふ、ひよや詩乃も大切な存在ですよ?二人が仮に同じように任務に向かうとしたら、私は同じようにします」
蘭丸の言葉に嬉しそうなひよ子と転子、そして照れたような様子を見せる詩乃。
「……今はそれで満足します」
「それでは、行ってきます!」
馬に乗って出立する転子を見送ると、蘭丸は視線をひよ子と詩乃に向ける。
「さぁ、私たちも部隊の準備を進めましょう。ひよ、詩乃、手伝ってください」
「「はい!」」
二条館に逗留する信綱。そんな信綱に教えを乞おうと数々の武士や剣を志すものたちが訪れる。
「……次」
「拙者は……」
長い口上を聞いたうえで構えを取った男を見る。……論外。一目見ただけでも分かるほどの者だ。何故このような者まで来るのだろうか。
「手加減してやる。無手の私を此処から一歩でも動かすことが出来れば剣を教えてやろう」
「おぉ!ならば!」
結果は予想されたとおりである。一歩も動かずに、それ以前に右手の人差し指と中指で刀をはさみ取り、完全に無力化したのだ。
「次」
「お疲れですなぁ、信綱どの」
「幽。今日の分は捌ききれたのか?」
「はい。思ったよりも回転が速かったので。……ですが、本当によろしいのですか」
「……これも此処に居ることを咎める者を減らすためだからな。仕方あるまい」
一葉たちと対立した者たちの目を欺くために、剣術指南の先を探して京を訪れたことになっている信綱は、毎日このように少なくとも信綱からしてみれば取るに足らないものたちの相手ばかりさせられているのだ。
「しかし、もう少しまともな奴はいないものか」
「……一応、道場を開いているものや大名家に仕える指南役だったりするのですがなぁ……」
「……それは私が悪かった」
「いえいえ。確かに一葉さまや蘭丸どのなどと比べてしまえば見劣ってしまうのも仕方ありますまい」
やれやれといった具合に幽が肩をすくめる。
「ですが、一葉さまも双葉さまも信綱どのが来られて楽しそうで何よりです」
「ふふ、私に出来ることなど剣を振るうか書物を読み漁るかのどちらかしかないからな」
「いえいえ、特に双葉さまはそれがし以外の話し相手が出来たことに非常にお喜びのようで」
「双葉は可愛いな。妹や娘などが居ればあのような子だったのだろうな」
「はっはっはっ、上げませぬぞ?」
「何故幽に選択権がある」
そんなことを話しながら部屋へと向かっていると前から笑顔の双葉が歩いてきた。
「信綱さま!」
「おぉ、双葉。どうしたのだ?」
「はい!先日お勧めされた書を読み終わりましたのでお返ししようと……」
「あれならば別に貰ってくれても構わんぞ?私は一度読んだ書は全て頭に入れておるのでな。こちらも双葉に借りた書を読み終わったからちょうどいい。これから部屋に来るか?」
「はいっ!幽も一緒にどう?」
「非常に楽しそうなお誘いですが、少し一葉さまとお話があります故、今回は辞退させていただきます」
「そう……幽も無理しないでね?」
「勿論です」
立ち去っていく二人を見送りながら幽は一人呟く。
「……むぅ、双葉さまが私よりも懐いているように感じますなぁ。これが娘を嫁に出す父の気持ちというものでしょうか」
「……誰が双葉の父だ」
ちょうど通りかかった一葉が呆れ顔でそう呟いたのは仕方のないことだろう。