戦国†恋姫~織田の美丈夫~   作:玄猫

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33話 久遠と蘭丸の過去話 弐

 織田家の重臣をあげての蘭丸育成計画。久遠がはじめにそれを決定し、壬月と麦穂が忠臣となって教育を開始したばかりの頃は、また久遠の思いつきでの行動か……と思われていた。

 

「おぉ、蘭丸。これを殿に届けてくれるか?」

「はい!えっと……例の作戦の話ですか?」

「うむ。流石だな、任せるぞ」

 

 軽く壬月が頭を撫でると立ち去る。資料を受け取った蘭丸がそれを久遠の元へと持っていくのだが。

 

「あら、蘭ちゃん。久遠さまのところへ行くのかしら?」

「麦穂さま!はい、壬月さまから資料をお渡しするようにと」

「そう。ん~、それじゃあ私の資料もお願いしていいかしら?」

「はい!」

 

 

「……で、気が付いたらそのような惨状になった、ということか?」

「す、すみません……」

 

 偶然部屋を出ようとしていた久遠が襖を開けたところで資料や荷物でふらふらと歩いている蘭丸を見て、久遠もその一部を持っているという状況だ。

 

「その優しさはお蘭のいい場所ではあるが無理はよくないぞ」

「はい……」

 

 少し落ち込んだ蘭丸を見て笑う久遠。

 

「あ、久遠さま何か御用があったのでは?」

「ん、あぁ。お蘭が運んでくれた資料を確認に行こうと思っていたから大丈夫だ」

 

 

 こうして蘭丸が家中での評価が上がってきて、蘭丸自身の能力もかなり高くなっていた。

 

「すまんな、お蘭。我の仕事の手伝いで帰られなくなってしまったな」

「いえっ!久遠さまのお傍に控えられるのは嬉しいです!」

「はは、そうか。城内にはまだまだ護衛もおるからな。お蘭も休むといい。……そういえば隣の座敷の障子が開いているから閉めてきてくれ」

「はいっ!」

 

 と、隣の部屋に行ったところ、部屋の障子はしまっていた。

 

「……」

 

 そっと障子を開けると閉めなおし、久遠の元へと戻る。

 

「どうであった?」

「しまっていました」

「ん?では今の音は?」

「久遠さまが開いていると言ったにもかかわらず、障子が閉まっていたとあっては主君に恥をかかせることになりますから、わざと音を立てて閉めたのです」

「……ほぅ」

 

 満足げに頷く久遠。

 

「ふふ、またいい土産話が出来たな。明日早速壬月たちに自慢するとするか」

「えっ!?な、何かありましたか?」

「こっちの話だ。では我は休む。お蘭もしっかり休め」

「はっ!」

 

 

「……ということがあったのだ」

「へぇ、最近よく久遠の口から出てくる子ね」

 

 翌日、自分の屋敷に帰った久遠は結菜に昨日の出来事を自慢していた。

 

「うむ。恐らくお蘭以上の者はもう出てこんだろうと思わせる才覚を持っているぞ」

「久遠がそこまで言うなんて本当に珍しいわね。私もちょっと興味あるわ」

「そうか?ならば後日、屋敷に呼ぶか?」

「本当?それは楽しみね」

 

 

「久遠さまのお屋敷に、ですか?」

「うむ。我の嫁の結菜は知っておるな?」

「はい、一度遠目にですがお見かけしたことがあります」

「その結菜がな。お蘭に興味があると言っていたから屋敷に呼ぶことにした。よいか?」

「は、はいっ!大丈夫です!」

 

 力いっぱい答える蘭丸に微笑む久遠。

 

「では、今日の終わりで我の屋敷に向かうぞ」

「はいっ!」

 

 

「結菜、帰ったぞ」

「おかえりなさい、久遠。それと……」

「はじめまして、私は久遠さまの小姓を勤めさせていただいてます、森蘭丸成利と申します」

「あら、ご丁寧にありがとう。私は斉藤結菜。家中の者以外は帰蝶って呼ぶけど、結菜って呼んでね。えっと」

「蘭丸とお呼びください、結菜さま」

「ふふ、桐琴や小夜叉と違って礼儀正しいわね」

 

 クスクスと笑いながら言う結菜。

 

「母さまと姉さまもご存知なのですか?」

「勿論よ。ふふふ、あの二人も久遠のお気に入りだからね」

「結菜」

「はいはい。あ、蘭ちゃんもあがって。久遠、お部屋に案内お願いしてていいかしら?」

「うむ、任せておけ。お蘭、こっちだ」

「はい!」

 

 

「ご馳走様でした」

「ふふ、お粗末様です。……それにしても、蘭ちゃんって本当に男の子なの?」

「あぁ。我も初めて聞いたときは少し驚いたがな。しかも桐琴も小夜叉も娘、妹と呼んでおるからな。各務に確認してしまったわ」

「そうだったのですか?」

 

 首を傾げる蘭丸を微笑んでみる久遠と結菜。

 

「うむ。基本的に我の傍には女子が控えるようになっているからな」

「!な、ならば蘭は女子で構いませぬ!」

「ふふ、もう。久遠の言葉で蘭ちゃん勘違いしちゃったじゃない」

「そのようなつもりはなかったのだがな。お蘭、我はお蘭が男でも女でも大事に思っておるぞ。安心しろ」

「久遠さま……」

 

 目を潤ませた蘭丸を見て結菜が笑う。

 

「蘭ちゃん、久遠よりも女の子してるわね」

「ゆ~い~な~!?」

「あら、怖い。蘭ちゃん、和菓子は好き?」

「無視するな!」

「は、はい!」

「それじゃ、お茶とお茶請け持ってくるわ」

「お手伝いします!」

「そう?じゃあお願いしていいかしら」

「なら我も……」

「「久遠(さま)は座ってて(ください)」」

「むぅ……」

 

 蘭丸と結菜の二人に同時に言われて不満そうながらもその場に座る久遠。

 

「蘭ちゃん、そっちにお茶の葉があるから準備お願いできる?」

「はい!」

 

 手際よくお茶を淹れる蘭丸を感心しながら見る結菜。

 

「上手ねぇ」

「春香さん……各務さんから色々と教えて頂きましたから」

「噂には聞いてたけど本当に凄い人なのねぇ、各務さんって」

「はい!私にとっては姉のような存在です」

「ふふ、小夜叉とか聞いたら怒らないの、それ?」

「姉さまも春香さんには頭が上がりませんから」

「森家って変わってるわよねぇ」

 

 

「お蘭、今日は泊まっていけ」

「え、よろしいのですか?」

「うむ。我は構わんぞ」

「私もいいわよ。蘭ちゃん、一緒に寝る?」

「こら、結菜。お蘭をいじめるな」

「はぁい。じゃあ客間の布団を準備しておくわね」

「頼むぞ、結菜。そうだ、お蘭。湯の準備が出来ておるから先に入るといい」

「久遠さまや結菜さまを差し置いて先に湯を頂くなど……」

「よい。我がよいと言っているのだ」

「わ、わかりました」

 

 

 全員が風呂から上がり、寝る前に最後のお茶をしているとき。

 

「蘭ちゃん、久遠と同じ長い黒髪いいわねぇ。本当に綺麗」

「結菜さまのほうがお綺麗ですよ」

「ふふん、であろう?」

「何で久遠が自慢げなのよ」

「お蘭も結菜も我の大事な者であるからな」

「久遠さま……」

「時々久遠ったら恥ずかしいこというんだから」

 

 何処か嬉しそうに呟く結菜を見て蘭丸も笑顔を浮かべる。

 

「久遠さまと結菜さまは本当に仲がよろしいのですね」

「ふふ、でも久遠もいつもより嬉しそうよ。きっと蘭ちゃんがいるからね」

「そういう結菜こそ楽しそうではないか」

「やっぱり二人より三人のほうが明るくなるわね」

 

 

 次の日。日が昇るよりも早くに蘭丸は起きると屋敷の庭で素振りを始める。

 

「ふっ!」

 

 刀の扱いは春香と麦穂から。槍は桐琴と小夜叉から。そのほかの武具に関しても多くは春香を中心に家中の名手たちに習っている蘭丸であったが、その中で最も時間を割いているのはやはり刀……剣術であった。流派もなく、あらゆる型を混ぜその中で最適な技を選び抜いたもの。それが蘭丸の技である。

 

「……」

 

 闇雲に刀を振るうのではなく、まるで目の前に何者かがいて対峙しているかのような流れるような太刀捌き。剛の剣であれば春香にはまだ敵わない。柔の剣でも麦穂には敵わない。鍛錬用に蘭丸が使っている刀は通常の太刀二、三本分にも及ぶ。斬馬刀と呼ばれるものよりも遥かに重いのだ。勿論、はじめからこのように振り回すことが出来たのではない。最初の頃は思うように振ることも出来なかった。

 

「はっ!」

 

 重く風を切る音を響かせながら刀を振りまわす蘭丸。普段からこのように圧倒的に重い刀を使うことで一振りの速度を極限まで上げていく。それを蘭丸は行っているのだ。

 

「精が出るわね、蘭ちゃん」

「結菜さま!すみません、起こしてしまいましたか?」

「ううん。私はいつもこの時間よ。それよりも蘭ちゃんは早起きねぇ」

「どのような時間に久遠さまから呼ばれても動けるようにしてますので」

「あぁ、ごめんね。むしろ邪魔しちゃったかしら?」

「いえ!もう終わるところでしたので」

 

 準備していた手ぬぐいで汗を拭う蘭丸。

 

「井戸に行くのよね?私もちょうど行くところだから一緒に行きましょ」

「はい!」

 

 井戸へと向かっていく蘭丸と結菜。

 

「蘭ちゃん、久遠に振り回されて大変じゃない?」

「そんなことは。久遠さまは常に私たち家臣のことを見てくださってます。勿論、時折試されることもありますが」

「ふふ、蘭ちゃんくらいよ。そんな風に久遠のことを評価してるの」

「そうですか?凄く深く遠くを見据えられているので、私たちがついていけていないだけだと思います。……私もいつかは、久遠さまと同じ場所で、同じ方向を、同じ未来を見られるように成長したい、そう思ってます」

「……久遠は幸せ者ね。蘭ちゃんみたいな家臣がいるんだもん」

「結菜さま?」

「何でもないわ。……久遠をお願いね、蘭ちゃん。私じゃ久遠の全てを支えることは出来ないわ。私が守れないところでは蘭ちゃんが久遠を守ってあげて」

「はい。私の命に懸けて」

 

 

「蘭ちゃん、久遠を起こしてきてくれる?」

「は、はい!」

 

 二人で朝の食事の準備を進めている最中、ある程度の準備が進んだところで結菜からそういわれ、久遠と結菜の寝室へと蘭丸は向かう。

 

「失礼します、久遠さま朝でございます」

 

 部屋の前から声を掛ける蘭丸。しかし、部屋の中から反応はない。

 

「失礼致します」

 

 再度声を掛けて部屋の中へと脚を踏み入れる蘭丸。そこでは静かに眠る久遠がいた。一瞬見惚れるように立ち止まってしまった蘭丸だったがすぐにはっとし、久遠へと近づく。

 

「久遠さま、朝でございます」

「ん……お蘭か……」

 

 薄らと目を開けるとゆっくりと起き上がる久遠。

 

「おはようございます、久遠さま」

「あぁ。……そうか、お蘭は泊まったのだったな」

「はい。結菜さまがもうすぐ朝餉の準備が整うので、起こしてくるようにと」

「そうか、大儀。……っと」

 

 起き上がる久遠から軽く目を背ける蘭丸。

 

「ん、どうした?」

「いえっ!?お先に準備を進めておきます!」

 

 そういって部屋を出る蘭丸に首を傾げる久遠だったが、自らの着衣が若干乱れているのに気付くと苦笑いを浮かべた。

 

 

「……蘭丸さまは久遠さまにお仕え始めたときから優秀だったのですね」

 

 風呂からあがり、夜の宴の席でも蘭丸の過去話に花を咲かせていた久遠たち。聞いた詩乃たちからは感心の声があがっていた。

 

「そうねぇ。壬月や麦穂たちからしてもこれほどの逸材はいないと言われてるしね」

「久遠さまも結菜さまもご冗談を」

「お蘭は自己評価が低いからな」

「蘭丸さんは凄いんですねぇ~!」

「流石です!」

「何々!何の話してるの?」

 

 賑やかな様子に市も入ってくる。賑やかな宴の席は蘭丸の話題で盛り上がっていくことになる。……少し蘭丸が恥ずかしそうだったのは仕方のないことだろう。


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