「剣丞さま、剣丞さま!早く起きてください!」
問答無用といった力で布団を引き剥がし、凄い勢いで身体を揺すられ流石の剣丞も目を覚ます。
「え、何……?戦?」
「何を寝ぼけてるんですか!……ある意味戦よりも面倒なことになりそうですが」
目の前にいたのは新介。何処か納得がいかないというか複雑そうな表情をしている。
「どうしたのさ」
むくりと起き上がるとはっとしたように新介が言う。
「そうでした、蘭丸さまがお待ちです!早くこちらへ!」
剣丞と新介が向かった先では既に蘭丸と小平太が待っている状態だった。
「ごめん、蘭ちゃん。俺が起きるの遅れて新介待たせちゃった」
「いえ、構いませんよ。すみません、こんな早くに」
「いいって。それで火急の用って感じ?」
剣丞から尋ねられ、少し困ったような表情を浮かべた蘭丸。
「そうですね。……実は、久遠さま、結菜さまと少し遠出をすることになりまして。ひよ、ころ、詩乃の三人を供に連れて少々こちらを離れます。これは壬月さまや麦穂さまにもお伝えしてません」
「え……それって大丈夫なの?」
「まぁ……後で壬月さまからお叱りは受けるでしょうが、いつものことといえばいつものことですので。なので、剣丞さま、私の居ない間、完全に隊をお任せすることになります」
「……俺でいいの?俺よりも新介や小平太のほうが色々知ってると思うけど」
剣丞の言葉に少なからず驚く新介と小平太。自らの力不足を自ら言うのはそう容易いことではないからだ。
「ふふ、そんな剣丞さまだからこそですよ。……それに、ひよ、ころ、詩乃の三人からも今の剣丞さまならば大丈夫ではないかと言われましたよ?」
「……そっか。それなら期待に答えられるようにがんばるよ」
「いいなぁ、ひよたち。ボクたちも行きたかったなぁ」
「こら小平太!蘭丸さまたちはお役目で行くのよ、そんなこと……」
そう小平太を叱りつけながらも内心一緒にいきたいことは否定できず言いよどむ。
「すみません。ですが、今回は色々な『視点』での意見が欲しいので、新介や小平太よりもひよやころのほうが適任というのもあるんです。そう言う意味では剣丞さまもお連れするか少し考えましたが」
「うん、俺は蘭ちゃんの決めたことに従うよ。えっと、それで」
「はい、細かな指示などは麦穂さまにお伺いしてください。それと……困ったときには春香さんにもお願いします」
「春香さん……って森の各務さん?」
「はい。春香さんなら私の師でありもう一人の姉でもありますので」
「へぇ、姉って言うくらい信頼してるんだ?」
「はい!春香さんも母さまや姉さまくらい素晴らしいんですよ!」
蘭丸の家族愛が炸裂したところではっとした蘭丸が咳払いを一つする。
「それで……私のいない間の隊の方針ですが、周囲の国々の情報収集と調略が重要になってきます。……特に京への道筋にある国の調略を進めるようにお願いします。やり方などは剣丞さまに一任いたします。もし何かあれば私が責任は取りますので」
「ううん、俺が取るよ。って言っても何すれば責任取ることになるのか分からないけど」
「ふふ、隊長は私ですよ?隊の失敗は隊長の責任です。そこだけは譲れません。……新介、小平太。剣丞さまの補佐は任せますよ」
「「はい!」」
「うう……また蘭丸さまと離れ離れに……」
「新介ってホントに蘭丸さまのこと好きだよなぁ」
「ち、ちがっ!憧れてるだけよ!蘭丸さまみたいにご立派になりたいと!」
「はは、分かるな、その気持ち。家中でどの要素で見ても必要な存在だって言われてるしね」
「剣丞さま知ってる?蘭丸さまって他の国で『信長に過ぎたる物』って言われてるんだよ」
「へぇ。確かに俺の記憶でも久遠といえば蘭丸的なイメージはあるなぁ」
「いめーじ?よく分からない言葉ですけど、蘭丸さまは凄いってことだよな!」
「ほら、剣丞さまも小平太も、登城の準備を早く!……はぁ、壬月さまの雷落ちるんだろうなぁ」
「出来る限りは俺から話をするよ。二人は兵の調練から入っておいてくれる?」
「はーい」
「小平太、返事はしっかり!」
「新介細かいんだよなぁ」
「何か言った!?」
「……」
「……」
剣丞は、早速城に上がると壬月と麦穂へ事情を説明していた。こめかみをひくひくさせる壬月と苦笑いの麦穂。
「……で、貴様はそのまま行かせたと?」
「うん。……蘭ちゃんもいるし大丈夫だと思うけど?」
「まぁ、殿が何も言わずに出かけるのはいつものことですが……」
「しかし、京とは。我ら重臣にも何も言わずにいくとは全く……」
ブツブツ言いながらもこれからするべきことを考えているのだろう。壬月が腕組みして考え込む。
「……まぁ、事情は分かった。既に出立したとあっては恐らく兵を送っても遅いだろう。まずは岐阜の安定……」
「それと、蘭ちゃんから剣丞さまが受けたという指示に沿って動きましょうか」
「うむ。蘭丸が言っていたのであれば間違いないだろうからな。……それに、あいつの名前を出せば森の二人も御しやすいからな」
「え、それってまさか」
「剣丞、貴様には森の二人も任せる。まぁ、蘭丸の名を出し、各務もいれば何とか動いてくれるだろう」
「分かりました。それでは森一家も剣丞どのと共に行動するとしましょう」
「ふむ、まぁ殿とお蘭からならば仕方あるまい。春香、任せるぞ」
「はい。ですが、何かあったときには桐琴さんにも動いてもらいますからね?」
「……面倒だが仕方ないな」
「おう、剣丞。オレもお蘭の為だから手伝ってやるよ」
「あ、ありがとう」
「だが、その前に」
ニヤリと笑う桐琴にいやな予感がする剣丞。
「孺子、ちょっと付き合え。……春香ぁ、今日は任せるぞ!」
「分かりました。新介さんや小平太さんとは繋ぎを取っておきます」
「応、頼む。おいガキ、鬼狩りいくぞ!」
「ひゃっはー!待ってたぜ!」
「……え?」
「お願いしますね、剣丞どの」
優しく微笑む春香が少し怖く思えた剣丞だった。
「なぁ、新介」
「何よ」
「蘭丸さまの次の一手って何か分かる?」
「そんなことも分からないの?」
「うっ……ボクがそう言うの得意じゃないの知ってるだろ?」
「そんなんじゃ母衣衆になんかなれないわよ」
新介がため息をつきながら。
「っていうか、京への道の調略を行うってことは答えはたった一つでしょ。次の久遠さまの目標は……」
「目標は?」
「上洛、ってことじゃないかしら?」
「って、ことは」
「本格的に天下を目指すってことでしょ。天下布武を対外的にも使用していくってことだったし」
「へぇ!ってことは……道中で大きい場所っていえば何処だっけ」
「それくらいさすがに覚えなさい!京への間であれば六角氏かしら。骨が折れそうね」
「あー、凄い城があるんだっけ」
「それくらいはさすがに覚えてるのね。……こら、そこ!手を抜かない!戦場では鍛錬を怠った者から死ぬの!そして一人が死ねばその穴を埋めるためにまた一人の友が死ぬかもしれないのよ!」
実は調練中で新介が檄を飛ばす。
「……でもさ、蘭丸さまの部隊なのにあまり直接的な槍働きが苦手な部隊だよなぁ」
「そうなのよね。母衣衆や森一家のように首級を挙げるって感じじゃないし」
「蘭丸さまは何かしら考えがありそうなんだけどさ。ボクは全く分からないや」
「……そこはまぁ、否定はしないわ。私だって全部読めてるわけじゃないから」
蘭丸、新介、小平太の三人は槍働きもできる。転子も野武士の戦い方とはいえ、槍働きの期待も出来るだろう。だが、剣丞やひよ子、詩乃に関しては直接的な戦闘力はそこまでない。……実は剣丞は二人以上の戦闘力を持っているのだが、性格上……ということだ。
「どのような形であれ、私は蘭丸さまから預かったこの兵たちを皆生かして戦場から帰ってくるというのが仕事だと思う。だからこそ、よ」
「ま、ただでさえ弱兵って言われてる尾張が天下を取りにいくとなると……大変だよなぁ」
「ちょっと、自分たちで言ったら認めてるみたいじゃない」
「まぁ、事実だし」
「んだよ、もうバテたのかよん剣丞」
「はっ!ちゃんと飯を喰っておるのか!」
「二人が凄すぎるんだって!」
「オレの獲物一匹分けてやってんだからもっと喜べよ!」
肩で息をしながら桐琴と小夜叉に答える剣丞。
「この程度でへばっておってはお蘭は任せられんぞ」
「そうだぞ。オレの妹泣かせたら殺すからな!」
「そういえば、何で小夜叉は蘭ちゃんのこと妹って言うんだ?男の子だよね」
「ん、だってオレより女っぽいし、小さいときからの癖だな」
「はっはっはっ!ワシも娘って言っておるしな。お蘭も嫌がっておらぬだろう?」
「言われてみれば」
「賢いからな、あ奴は。女子と思われておっても自分自身の行動で評価されればいいと考えておるのだろう。ワシらの次くらいには強いしな」
「だなぁ。お蘭が嫌がってんならやめるけど。違うだろ?」
「まぁ、確かに」
「つまりはだ。孺子、貴様はおとなしくお蘭を守れるだけの力をつけろということだ。その為に鬼狩りに連れてきているのだからな」
桐琴の発言に驚いたように剣丞は目を見開く。
「そ、そうだったんだ。ごめん、勘違いしてた。ただ鬼狩る口実が欲しくてだと思ってたよ」
謝罪して頭を下げる剣丞。顔を上げたら桐琴と小夜叉が何故か視線をはずしていた。
「あれ、どうしたの二人とも」
「いや、何でもねぇよ」
「うむ。とりあえず飯にするか」
「って、酒も飲むの!?」
当たり前のように何処から出したのか酒を呑み始める桐琴。
「あ?鬼程度ではつまみにもならんがな」
「剣丞も疲れたならしっかり休んどけよー。今日は朝まで狩るからな」
「……え」
……剣丞の荒修行は続く。
現実に考えると、犬子の後に蘭丸は小姓をやっているわけで。
犬子も元小姓なんですよねぇ。
恋姫の世界での犬子ではちょっと想像つかないですけどね(ぉぃ