幕間3 久遠と結菜と蘭丸と
観光日和の晴天の堺。そこを歩く三人の美少女たちは周囲の目を惹くのには十分であった。
「お蘭!なかなかに面白そうなものが沢山あるぞ!」
「蘭ちゃん、これとかどう?似合う?」
久遠、結菜、そして蘭丸の三人組だ。厳密には二人の美少女と一人の美男子、といったほうが正しいのだろうが、周囲はそうは捕らえない。だが、結菜は見るからに良家の出、久遠の放つ雰囲気は只者ではないと感じさせる。ゆえにだろうか、声を掛けてくる男は今のところ出ていない。
「ふふ、お二人とも楽しそうですね」
「む、お蘭は楽しくないのか?」
「まさか。久遠さまや結菜さまの供が出来て嬉しゅうございます」
「もう、蘭ちゃんって変なところで固いわね」
そう言って蘭丸の腕に抱きつく結菜。
「結菜っ!?」
「ふふ、久遠が動かないから私が先にやっちゃった」
「むぅ……お、お蘭!」
「は、はい?」
久遠がすっと手を差し伸べてくる。
「……我とは繋ぎたくない、か?」
「そんなことは!」
蘭丸が久遠の手を握ると少し満足げな顔になる。
「そういえば蘭ちゃん、久遠に何か買ってあげるって言ってたわよね?」
「は、はいっ!実はある程度決めてるんですが……」
ちらちらと久遠を見る蘭丸。
「ふふ、お蘭が決めたのであろう?我に依存はないぞ。で、その店は何処だ」
そこから数件の小物屋を見て周り、蘭丸が二つの髪飾りを手に取り悩み始める。
「あら、蘭ちゃん。久遠の髪にはもう少し落ち着いた雰囲気の物のほうが似合うんじゃない?」
「はい。久遠さまには、こちらのかんざしが合っているかと。こちらは結菜さまに、です」
「え、私にも?」
「はい。久遠さまが、その……わ、私を旦那として、結菜さまが側室となられるとお伺いしました。……なので、お二人とも……私の妻、ということですよね?」
「そ、そうね」
「そ、そうだな」
蝶のかんざしは二つ。見た目としては対となったものであり、確かに二人がつければ似合うことだろう。
「……うん、間違いなく似合います!」
二人とかんざしを見比べながらにこやかに言う蘭丸に頬を染める久遠と結菜。
「そ、そうか。どうだ、結菜」
「私も久遠に似合うと思うわ。……でも、本当に私も貰っていいの?」
「はいっ!いつもお世話になっておりますし……久遠さま、いいですよね?」
「我は構わんぞ。結菜であるしな」
「ふふ、お魚もおいしいわねぇ」
「うむ。お蘭の蛸もおいしそうではないか」
「よろしければ少し食べられます?」
「じゃ、交換ね。蘭ちゃん、あーん」
「ゆ、結菜さま、恥ずかしいです……」
「むぅ……お蘭!」
「はい!むぐっ!?」
問答無用で久遠から刺身を口の中にねじ込まれる。
「ちょ、ちょっと久遠!?」
「五月蝿い!二人だけで仲良くしおって」
「あら、やきもち?」
「ち、違う!」
「ふふ、久遠さまったら。結菜さま、ではお口を」
「あーん。……あら、本当においしい!」
「久遠さまも」
「う、うむ」
差し出された蛸を食べると。
「ほぉ……同じ蛸や魚といえど、ここまで味に違いがあるのだな」
「ほんと。尾張のお魚もおいしかったけど全然違うわ」
「もう少し食べたいと思ってしまいますが……刺身でこれなら他のものも気になりますね」
「お蘭、それはいい案だ」
「そうね、折角だもの。色々なものを食べていきましょ」
既に蘭丸から貰ったかんざしをつけた二人と上機嫌で歩いているとついに、というべきかやはり、というべきか。前から明らかに柄の悪そうな男たちが三人近づいてくる。
「よう、姉ちゃんたち。えらい別嬪さん揃いやないか」
「俺たち三人、姉ちゃんたちも三人。どや、いいとこ知っとるでぇ」
「……お、おれ、あのこが、いい」
……なぜだろうか、きっと剣丞がいれば「うわー、テンプレだー」とでもいいそうな、まるで頭に黄色い布を巻きつけたノッポとチビとデブの三人組を髣髴とさせる男たちだ。ちなみに、最後のデブが指差したのは蘭丸だったりする。
「いえ、間に合っておりますので」
既に久遠たちの前に出た蘭丸だが、堺での喧嘩はご法度。もしそういうことになれば久遠にも迷惑がかかることが分かっているため、蘭丸も柔らかく断りを入れる。
「いいじゃねぇか。へへ、いい思いさせてやるぜぇ?」
そういってノッポが蘭丸へと手を伸ばす。が、次の瞬間、地面に倒れていた。
「……へ?」
「どうされました?石でもありましたか?」
きょとんとした表情で蘭丸が言う。
「そ、そうかもしれんな」
蘭丸が手を差し出しノッポの男を立ち上がらせる。軽々と引き上げられたことに衝撃を覚える男。
「(こ、この姉ちゃんやべぇ!?)」
「俺はこっちの姉ちゃんがいいな!」
結菜に手を伸ばそうとするチビの男。久遠が嫌悪感を表に出して刀に手を伸ばしそうになるが、既にその男の手は結菜ではなく蘭丸の手を掴むような状態になっていた。
「あら、私と遊びたいのですか?」
ニコリと微笑むと同時に再び地に伏した男。
「あら、また地面に寝転んで。そんなに地面がお好きなら私たちなどではなく地面と遊ばれては?」
「おい、テメェら舐めてんじゃねぇぞ!?」
「女と思って優しくしてたら調子に乗りやがって!おい!」
デブの男が蘭丸の腕を掴む。が、行き着く結果は同じだった。
「あらあら、本当に地面がお好きなようで。……これ以上騒ぎを大きくするおつもりですか?」
蘭丸の言葉に男たちが周囲を見る。明らかに男たちを警戒している様子だ。
「ちっ、ずらがるぞ!」
「覚えてろ!」
「アニキ待って!」
三人が走り去った後に拍手が起こる。
「姉ちゃんたちすげえな!刀抜かずに一人で三人を撃退するなんて!」
「可愛いし強いなんてお姉さん関心しちゃうわ」
「さすがはお蘭だな」
「ホント、凄いわねぇ」
「ふふ、ほんの嗜みです。春香さんから『蘭ちゃんが無手のときに襲われたら困るから練習しましょ』って言われて倣ったんです」
「……春香というと、森の各務か。あ奴らしいというかなんと言うか」
「ていうか、何したの?」
「相手の力をそのまま使って投げただけですよ。……恐らくほとんどの方は目視できていないと思いますが……すみません、出来る限り穏便に済ませたかったのですが」
「おけい。お蘭は最低限に済ませてくれた。周囲も味方につけたうえで、な」
「……はい。あ、ですが一つ、忘れていました」
久遠と結菜が首を傾げる。
「私が男だということを伝えそびれました」
その後も刀剣や鉄砲、反物などあらゆるものを見て周り、時には甘味を楽しみ久方の休みを堪能していた。そして、その夜。
「大丈夫ですか、結菜さま?いつもよりも沢山歩かれたと思いますが」
「少し脚が張っちゃったけど大丈夫。跡で少しお願いできる?」
「はい。久遠さまは?」
「我は慣れておるからな。だ、だが結菜がしてもらうのなら我も後でいいか?」
「ふふ、かしこまりました」
二人の按摩をしながら今日のことを振り返る。二人とも蘭丸が贈ったかんざしはとても気に入ってくれたようで今のように使っていないときは綺麗な桐の箱に入れていた。
「有意義な時間であったな」
「そうね。夫婦水入らずの買い物なんて滅多に出来ないものね」
「そうですね。特に護衛なしなんて言ったら」
「壬月辺りは絶句しそうであるな。よし、帰ったら試すとしよう」
「ホント、久遠はそういうの好きよねぇ、って久遠アレ」
「ん……あぁ、そうであったな。お蘭」
「はい?」
改まって向かい合って座る三人。結菜が立ち上がると手に桐の箱を持ってくる。大きさとしてはかんざしのものよりは少し大きめだろうか。
「こ、これは……?」
「ふふふ、お蘭の目を出し抜いて選ぶのには苦労したぞ」
「ホントよね。これ、久遠と私からよ」
「あ、開けても、よろしいですか?」
「勿論だ」
桐の箱を丁寧に開ける。そこに入っていたのは小太刀。実用性よりも美術性のほうが高いだろうか、鞘の部分に華美な装飾がされている。抜いた刃美しく光輝いているように蘭丸は感じた。
「このような立派なものを……!」
「ふふ、とはいえ、ちゃんとしたものはまた別に贈るつもりだが。太刀など我の家紋の入ったものを、な」
「久遠さまっ、結菜さまっ!」
小太刀を箱に片付けた後、蘭丸が感極まって二人に抱きつく。
「お蘭は、お蘭は幸せ者でございますっ!!」
「そんなに喜んでもらえて我も嬉しいぞ(まさか抱きつかれるとは思ってもおらんかったから驚いたが)」
「ふふ、私も蘭ちゃんからかんざし貰ったとき同じような気持ちだったのよ?」
「これは私の家宝にしますっ!」
「ははっ!それは構わんが、もしものときに備えるためのものだ。聞くところによると備前国長船の作ということだ。お蘭の技にも耐えられるだろう」
「はいっ!」
その日も仲良く三人で眠ることとなる。いつもより蘭丸が寝付くのに時間がかかったのは仕方の無いことなのかもしれない。
備前長船といえば歴史好きなら知ってる刀ですよね?
鎌倉から戦国末期頃に栄えた一派ですね!
私が初めて知ったのは某有名RPGだった気がします(ぉぃ