それもこれも蘭丸が原作と同じ動きをせざるを得ないからです(ぉぃ
「それにしても、三好と松永、ですか」
蘭丸が思案する。
「どちらも有名な方ですね。三好修理太夫長慶どの率いる、阿波の三好党のことでしょう」
転子の言葉に蘭丸は頷く。
「ほお、よく知っておるな」
感心した様子の一葉に転子は笑いながら野武士時代の名残ですよーと言う。
「なるほど。では少し訂正してやろう。長慶はすでにもうろくしておる故、今は三好長逸、三好正康、岩成友通の三人衆によって合議制がしかれておる」
「私もまだその情報は知りませんでした。剣丞さまが情報は生き物だと仰っていたのはあながち間違いではありませんね」
「権力闘争なんぞ、日によってコロコロと変わるものであるからな」
少し呆れたような言い方の一葉は権力闘争を馬鹿らしいと思っているのだろう。
「個人的にはどちらかといえば松永のほうが厄介な気がするのですが。松永といえば主君よりも力を持つと言われている稀代の梟雄、ですね」
「それは知っておるか。流石は久遠の懐刀といったところか。三好三人衆をうまく操縦しながら、自らは前面に出ない……やりにくい相手と言えよう」
「ふむ……」
一葉の言葉に詩乃がなにやら思案する。
「どうかしましたか、詩乃?」
「いえ。過去、道三どのよりお聞きしていた松永という人物のことを思い出していました。そのときに聞いた松永どのというのは、確か三好家の家宰程度であったと記憶しているのですが……」
「ほお。美濃の蝮が久秀を知っておったのか」
「その昔、京で数度会っていたようです。何でも京の梟雄はずるがしこいが、通す所は筋を通す、なかなかの難物だった……とのことなのですが。……その一家宰が、いつのまにか幕府を脅かすほどの力を持っていたとは。戦国の世の不思議、とでも言うのでしょうか。梟雄という評判も、今の松永どのの立ち位置を考えれば、まさしくもってその通り、ということになるのでしょうね……」
詩乃の言葉に一葉は頷く。
「うむ。久秀は、三好の下働きをしている内に、三好の娘どもが次々と死んで出世していったという、稀代の幸運の持ち主だ」
「それは……なんとも」
久秀の恐ろしさを感じたのだろうか、蘭丸が苦笑いを浮かべる。
「胡散臭くとも、証拠が無ければ稀代の出世頭となるのがこの世の常であろうよ。そしてその出世頭は今、三好党を影で動かす実力者であると共に、禁裏より弾正少弼を拝命し、幕府の相伴衆にも名を連ねておる」
「……獅子身中の虫だな」
久遠が苦々しく呟く。
「はい。三好三人衆と弾正少弼殿に張り付かれては、いささかも気を許すことが出来ず……」
「だからこそ、織田どのと分かりし折りも、それを露と出さず、長田三郎として扱わせて頂き申した。……ご無礼の段、平にご容赦を」
双葉の言葉を継いで幽が説明し、挙措動作も美しく久遠へと頭を下げる。
「おけぃ」
「幕府の内情としては、こんなところだ」
「権力という獣が暴れている状態、とでもいうのでしょうか」
「是非も無し。だが己の存在を、他人に左右されるのは我慢ならん」
一葉の言葉に、やはり久遠に似ていると蘭丸は感じていた。
「それでは久遠さま。今後の方針ですが……」
ちらとエーリカを見る。
「……まず一つ。鬼の件に関しては、しばし置くつもりだ」
「そんなっ!」
「エーリカさん、落ちついてください。久遠さまは、まだしっかりとした状況を掴めない以上、動きようも無いということを仰っているのです。まずは情報収集を……一葉さまにお願いする形、ですか?」
「その通りだ。一葉、手を貸せ」
エーリカを制し、蘭丸が説明すると久遠がすぐさま一葉へという。
「良いだろう。力無き公方とはいえ、余はまだ公方であるのだ。日の本の民のことを考えれば、手を貸すしかあるまいよ」
「ふっ、理屈の多いことよ」
「余は征夷大将軍であるからな。……勝手気ままのできん立場である以上、理屈も多くなる」
「そうだな。……鬼の被害は京以外の畿内において激しく、周辺諸国ではまだ散見される程度だが、我はいずれ広がっていくと睨んでいる」
「尾張でも美濃でも増えている、と母さまと姉さまも言っていましたし。……では、久遠さま、織田家としての動きは」
「本国に戻ったあと、一葉と合流するために動く。……今すぐは無理だが、出来るだけ早くな」
久遠の言葉に頷く蘭丸と息を飲む他の面々。
「三好・松永党の脅威に晒されている公方を救出する。そんな大義名分を掲げて上洛ですか……。なるほど、久遠さまは公方さまを錦旗とし、日の本を一致団結させるしか、鬼には対抗できないとお考えなのですね」
「うむ。広がっていく鬼を駆逐するためには、勢いのある諸勢力が力を合わせるしかなかろう」
詩乃の言葉に久遠が同意する。
「勢力というものを持たん余であるからこそ、勢力に担がれるには最適であるということか。やれやれ……なんとも皮肉なことだ」
「古来よりこの国は、御輿を担ぎ、踊り狂いながら歴史を動かしてきた。……御輿になれるだけの力があると思っておけば良い。少なくとも、我は御輿にはなれん。……一葉の力が必要なのだ」
「……分かっておる。舁夫は任せるぞ」
「うむ。……任せておけ」
「足利の将軍を担いで、それからどうする?」
「諸勢力を糾合し、この日の本より鬼を駆逐するために、我は、我の考える天下布武を行いたい」
「久遠さまの宿願が、ようやく……!」
「ふふ、お蘭落ち着け。家中を調整してすぐに動く。……金柑よ」
「はいっ!」
「我と共に来い。家中の者どもに貴様の知っていることを全て説明せい」
「……私の言葉を信用してくれるのですか?」
「鬼の件がなければ妄想と笑ってもいようが、貴様の言葉は、我らが見知っている状況にも合致している。真実を語っていると受け止める方が、理に適っている……我はそう判断した。判断して、この日の本を不明の鬼などに好きにさせんと心に決めた。エーリカ。貴様の力を我に貸せ」
「……この命、そしてこの剣を織田三郎久遠さまに捧げましょう」
「うむ。……二条との繋ぎはお蘭と、その隊の者に任せることになるだろう。見知っておいてくれ」
「ふむ。……期待しているぞ、蘭丸よ」
「なかなかに面白い奴らであったな」
「そうですね……ふふっ、お姉様、何だか楽しそう」
「久しぶりに獅子を見た気がするのだ。……久遠は余と同じである」
「織田殿もなかなか激しい幼少期をお送りになられたと、聞き及んでおりますからな」
「うむ。権謀術数、騙し裏切り。……まさに下克上の名の通り、激しく、辛い人生であったろう」
「なるほど。……ご自分を重ね合わされたのですな」
「それもある。が……何よりも、余は久遠の目に惹かれたのだ。強く、己の為すべきことを為そうとする、信念を持つあの目が、余の心に火を点けた。……三好や松永にいいようにやられ、余はいつのまにか諦めてしまっていた。だが、久遠の瞳に魅せられ、余はもう一度、戦いたいと思った」
そこで言葉を切り、静かに目を閉じる一葉。
「現実に負けたくはないと……そう思えたのだよ」
「姉様は、久遠さまに負けたくないのですね」
「ふっ、そうだな。……同じような人生を歩みながら、奴はまだ戦おうとしている。……それが悔しかったのかもしれん」
「……良いことではありませんか。覇気のない将軍など、置物にもなれませんからな。元気があって結構結構」
「……蘭丸との繋ぎは余自らが行う。幽は補佐につけ」
「ほぉ、あの懐刀が気に入られましたかな?」
「うむ。久遠が惚れ込んでいるという才覚、そして猛々しい龍を見た。……久遠もその辺りが気に入っているのだろうて」
「そうですね。御簾の中でも感じた鋭い視線やあの雰囲気……今までに見てきた武士とも違う、どこか気高いものを感じます」
「さすが余の妹である。気付いておったか」
「はい。久遠さまに鉄砲が打たれるよりも先に気付き周囲に放った殺気……武の心得がない私にも分かりました。……ですが、猛々しさと同じく、優しい雰囲気や心根を感じました」
「良く見ている。……さては惚れたか?」
「ま、まさかっ!で、でも……その……荒々しい殿方は苦手ですので、好ましい殿方とお見受け致しました」
「……っ!?ゆ、夢……ですが、何でしょう、一抹の不安が拭えないのは……」
夜。久遠、結菜と共に寝ていた蘭丸が飛び起きる。見たことの無い光景。時折、頭を過ぎるもの。悪夢のような光景。
―――人間五十年。
周囲を包む炎の中、舞を舞う久遠。
―――下天のうちをくらぶれば。
いつ頃からだろうか、この夢を見るようになったのは。
―――夢幻のごとくなり。
久遠の傍で動くことの出来ない自分。
―――一度生を受け。
何処か遠くから聞こえてくる刀と刀が交差する音。
―――滅せぬもののあるべきか。
崩れ落ちる建物の中、久遠が悲しそうな微笑を蘭丸に向ける。その背後に薄らと人影が見える。
『……済まぬな、お蘭。このまま我と地獄の供をせい』
すらりと抜き放たれた刀が久遠共々に蘭丸を貫く。そして響く嗤い声。
それは、怨嗟か、感嘆か、怒気か。あらゆる感情が込められたその嗤い声は全く聞き覚えの無いものだ。何処からとも無く聞こえてくる倭歌。
ふと久遠が目覚めると、蘭丸の身体はガクガクと震えていた。
「お蘭……?」
久遠の声にはっと振り返った蘭丸の瞳に映っているのは恐怖。若干の涙を溜めた瞳を見て久遠は驚く。
「どうした、お蘭。悪い夢でも見たか?」
「ゆ、夢……夢、なのですよね?」
震える手で蘭丸が久遠の手を握る。驚くほどに冷え切った蘭丸の手を優しく握り返す。
「うむ。どのような夢なのかは分からぬが、我はお蘭と共にいるぞ。……安心しろ、お蘭が我を守ってくれるように我もお蘭を守ってやる」
蘭丸を優しく抱き寄せる久遠。久遠の体温に触れ、少しずつ震えが収まっていく。
「久遠、さま……」
「ゆっくり眠れ。次は怖い夢など、我が見せてやらん」
久遠に優しく抱きしめられ、頭を撫でられながら少しずつ蘭丸が眠りに落ちていく。どれだけの時間そうしていただろうか、蘭丸からすぅすぅと寝息が聞こえてくる。
「……眠ったか。しかし、あのお蘭が動揺するような夢、か。……」
次におきたとき、蘭丸はその夢の内容は忘れていた。だが、心に残る不安だけは拭いきることはできなかった。
次回から幕間をはさみます。
その後、本編は激動していきます!
二条館の奪還、そして……。
書きたいようで書きたくない金ヶ崎へと……。