戦国†恋姫~織田の美丈夫~   作:玄猫

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27話 二条館

「久遠さまが仰っていたとおり、これからの戦は鉄砲をどのように運用していくのかが重要になりますね」

「うむ。そのための堺であったからな」

「ですが……私にも認知されないほどの距離から届く鉄砲、ですか」

「視線は感じたのだろう?」

「はい。ですが……国友筒でも堺筒でも二十間から三十間程度、打ち抜かれた角度なども考えると……」

 

 半鐘を鳴らすための櫓らしきもの。ここからは軽く見積もっても百間ほどもある。

 

「火縄の長距離射撃で、しかも一発で仕留めるなんて、人間業とは思えない腕ですね……」

「一発?一発ではないぞ、ころ」

「へっ!?」

 

 そういったのは久遠。側では蘭丸も頷いている。

 

「……あった。見ろ、これだ」

「あ、ホントだ。弾が二つある……」

「……でも銃声は一発しか聞こえませんでしたよね?」

「そうですね。二丁、両手に持って同じ的を撃ったのか。二人組か……二発同時に撃てる鉄砲か。可能性としてはこのくらいでしょうか?」

「ふむ……腕前から察するに、根来か雑賀の手の者でしょう」

「だろうな。……だが詮索は後にしろ。腐っても京、今更、骨董品の検非違使なんぞに絡まれるのは癪に障る。ここから逃げるぞ」

「久遠さま、結菜さま!こちらです、お早く!」

「苦労。いくぞお蘭」

「はっ」

 

 

 転子に先導され、久遠たちは京の都を右に左に逃げ回りなんとか目的地の付近へと到着することができていた。

 

「ふぅ~、とりあえずはここまで来れば安心でしょう!」

「はぁ、はぁ、はぁ……つ、疲れたぁ~……」

「み、右に同じ、です……はぁ、はぁ……」

「二人とも大丈夫ですか?……ですが、今後のことを考えるともう少し鍛えないといけませんね。帰ったら私と稽古でもしましょうか」

 

 さりげなく結菜を背負っていたらしい蘭丸が結菜を優しくおろしながらそう言う。

 

「ううっ、面目次第もありません~……あ、でも蘭丸さんと一緒に稽古……」

「あぁ、ひよずるいっ!蘭丸さん、私も……」

「えぇ。みんなでしましょう。……それで久遠さま、ご予定の変更はありませんね?」

「うむ」

「それでしたら……」

 

 背後にある城というよりは屋敷といった雰囲気の建物を見る。

 

「二条御所。流石はころ、目的地へとしっかりと案内もありがとうございます」

「あはは……予定してたわけじゃないんですけど」

 

 門構えこそ立派ではあるが、壁には苔がむし、門は朽ち、知らぬ者が見ればここに将軍が住んでいるとは思いもしないだろう。

 

「これが今の将軍が住まわれている場所、ですか」

「力が無ければこんなものであろうよ」

 

 蘭丸の言葉に何とはなしに久遠が返す。それを聞いてエーリカがつぶやく。

 

「これが将軍が住む館なのですか……」

「えぇ。正直、私もここまでとは思っていませんでしたが」

「仮にも侍の棟梁の方が、防御力が皆無となっているこの城館に住んでいるとは思えませんが……」

 

 エーリカが訝しむように二条館を見る。そのときだった。

 

「いえいえ。間違いなく住んでおりますよ」

 

 突然、背後から声を掛けられ、蘭丸が刀に手を伸ばす。が、相手に敵意が無いことでそれをやめるとそれとなく久遠と結菜を庇える立ち位置へと移動する。そんな様子を意に介した様子も見せずに、突然現れた女性はまるで蘭丸たちを値踏みするように無遠慮に見つめてくる。

 

「ふむふむ……小名風を装った方が一名、名家の娘らしき方が一名、その護衛らしき方が四名、異人さんが一名、ですか。……珍しい組み合わせですなぁ」

 

 どこか呆けたような物言いではあるが、状況を完全に把握しているといえるだろう。蘭丸は内心で警戒を強める。

 

「それで?将軍に拝謁に来られたのですかな?」

「そうだ」

「……手土産は?」

「ある」

 

 そこまで探り合うような雰囲気のあった久遠と女性の間の空気が一変する。

 

「これはこれは!ようこそいらっしゃいました!さぁさぁご遠慮なくお入りくださいませ。あぁ、それと手土産などのお荷物は、不肖この私がお預かり致しますのでご安心めされ。ささっ、お荷物を!」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべた女性は、表情とは裏腹に、両手をクレクレと差し出す。

 

「ちょ、ちょっとちょっと!困りますよ!」

「そうです!突然現れて、何をいきなり失礼な!」

「我らが主に無礼でしょう。お下がりください」

 

 ひよ子、転子、詩乃が続いて言うと二人の間に入り込む。

 

「おお!これは大変失礼をば致しました。名乗りもせずに手土産をくれというのは、さすがに失礼でございましたな。しかしご安心召され!我が名は細川与一郎藤孝。通称は幽。足利将軍義輝様のお側衆を務めております」

 

 そういって一礼した幽と名乗った女性の挙措動作は、優雅という言葉がぴったりなほどに洗練されているのだが。

 

「と名を名乗ったところで、さぁさぁ、早速お持ちになった手土産をそれがしに……」

 

 ニコニコと笑いながら、再びクレクレと手を動かす様が全てを台無しにしてしまっている。

 

「……お蘭、渡してやれ」

「はっ」

 

 呆れた顔の久遠に指示され、蘭丸は予め準備されていた紙を取り出す。

 

「こちらが目録になります。それでもよろしいですか?」

「はいはい。現物をしかと頂けるのでございましたら、全く問題ございません」

「かしこまりました。では、尾張国長田庄住人、長田三郎より足利将軍へのご進物目録。銅銭三千貫、鎧一領、刀剣三振り、絹百疋になります」

「銅銭三千貫!これはこれは誠に剛毅であらせられる!いやぁさすが尾張と美濃に跨る家のご当主であらせられますなぁ!」

 

 幽の言葉にすっと目を細めた蘭丸だったがすぐに笑顔を浮かべる。

 

「それではこちらをお預け致しますね」

「謹んで頂戴仕る。……ではお客様方を、二条館の宮殿に案内仕りましょう」

 

 

 幽に先導されて、蘭丸たちはあちこちが破損している城門を抜け、二条館の一室に通された。

 

「それでは公方様にお繋ぎ致す。……今しばらくご歓談のほどを」

 

 そういって襖を閉め出て行く幽。しばらくの沈黙の後、久遠がため息をつく。

 

「……お蘭、お前はあの細川とやらをどう思う?」

「煮ても焼いても食えない雰囲気の方、といったところでしょうか。久遠さまのこともどうやら見抜いておられたようですし」

「へっ!?」

 

 蘭丸の言葉に驚いたような声をあげたのはひよ子。

 

「確かに押しの強い人だなーとは思いましたけど……どこか不審なところ、ありましたっけ~?」

「挙措動作、その全てが母様に習った武士の礼儀作法に則っているように思えましたが……」

 

 ひよ子の言葉にエーリカも賛同するように言う。

 

「見た目や振る舞いはそうでしょうが、その内は案外、性悪猫のような人なのでしょう」

「えぇっ!?そうなのっ!?……って、どうして詩乃ちゃん、そんなこと分かるの?」

「あの方は言葉の端々で、我らを脅しておられましたからね。……蘭丸さまの仰ったとおり、久遠さまの正体も見破っておいでですし」

「そうねぇ。私も蘭ちゃんと詩乃の意見に賛成かな」

 

 結菜もどうやら蘭丸たちと同じ意見のようだ。流石は蝮の娘といったところだろう。

 

「ふふ、ひよところは気付いていましたか?」

「えと……えへへ、わかんないですぅ~」

「はぁ~……ひよぉ、もうちょっと人の言動とか振る舞いにも気を配ろうよぉ」

「うぅ、ごめんころちゃん。……でもころちゃん、気付いてたの?」

「これでも一応、野武士の頭張ってたし。少しはね。……蘭丸さん、在所のこと、ですよね?」

「正解です。さきほど細川どのはこう仰いました。……さすがは尾張と美濃に跨る長田庄の当主、と」

 

 まだ理解が追いついていないようなひよ子に優しく説明する。

 

「久遠さまが偽名に使っている長田庄は、そもそも那古屋南部にありますから、いきなり美濃という単語が出てくるのはおかしいんですよ」

「ほえ?でも細川さんが長田庄の場所を知らなかったっていうこともあり得るんじゃ?」

「公方の知恵袋というべきお側衆が、畿内に近しく、比較的豊沃な土地である尾張の庄の場所を間違えるのは、本来考えられないこと。幕府は武家の元締め。領地を与えたり、没収したりすることもある以上、在所の特徴を覚えておくのは、政務を執る上では必須の知識。例え今の幕府に力がなく、実行することが出来なかったとしても、知識として覚えておくのは当然のことです。お側衆である細川殿が、長田庄の位置を間違えるはずがありません」

 

 蘭丸の言葉をついでひよ子の質問に詩乃が答える。

 

「しかも奴は我を当主と尊んだ。……もし我が部屋住みであったなら、刃傷沙汰になってもおかしくないほどの非礼だぞ。それをサラリとやってのけおった。……食えん」

「あら、久遠からそこまでの評価をされるなんて凄いわね」

 

 クスクスと笑いながら結菜が言う。

 

「おそらくだが、結菜の存在もバレておると考えておいたほうがよかろう。……考え方によっては今の状況自体が人質をとった状態とも取れる。お蘭」

「はい。万全の態勢は整えておきます。……拝謁の場には結菜さまにはご遠慮いただきましょう」

「そうねぇ。正直あまり興味はないし」

「ひよところもすみませんが……」

「「はい!お任せください!」」

「とにかく、どのような魂胆があるかは分からんが、奴には用心するに越したことはあるまい」

「いえいえ、別に魂胆などございませんよ~?」

「「ひゃっ!?」」

「ズズズーッ。はぁ~、お茶が美味ですなぁ」

 

 蘭丸にも気付かれずにいつの間にか部屋に忍び込んでいた幽が、のんきにお茶を啜っていた。

 

「……いつのまに」

「おや。ちゃんとお声掛けして入室したのですが。あ、粗茶をお持ちした次第でして、どうぞどうぞ」

 

 驚くエーリカを気にも留めずに茶を勧める幽。

 

「頂きましょう」

 

 毒見をかねるつもりか、詩乃が真っ先に茶に手をつける。

 

「いやはや破れ襖に欠け茶碗とは、なかなか侘びた風情でございますなぁ……ズズズーッ」

「……一体どこから話をお聞きになられていたので?」

「三郎殿が蘭丸殿に私をどう思うか尋ねたところから?」

「……最初から、ですか」

「いやはや、はははははー。おおっ、なにやら庭の桜よりうぐいすの歌声が!風流風流♪」

「……桜の季節はもう終わっておりますよ。というかこの庭のどこに桜があるのかと問いたい。小一時間問い詰めたいのですが?」

「おお、ではそれがしの目の錯覚でございましょうか。数寄にうつつを抜かしていると、ついつい幻覚を見てしまうようでして……」

 

 詩乃の言葉に飄々と答える幽。……のらりくらりといなしながら、会話の主導権は常に離していない。

 

「……(やはり、煮ても焼いても食えなさそうですね)」




個人的には幽も好きなキャラだったりします。
場の空気を変えられる存在ですしね!
強いし可愛いし……あれ、むしろみんな好きなんだった(ぉぃ

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