「ふふ、流石はお蘭と詩乃であるな。我が求めた以上の結果を得ることができたぞ」
「……蘭ちゃんが強いのは知ってたけど私が知ってた頃よりも桐琴たちに近づいてるんじゃない?」
ホクホク顔の久遠と呆れ顔の結菜。それを見て困った顔の蘭丸。
「堺の防衛の協力の礼として更なる協力をしてくださるのですよね?」
「うむ。あの門のところであった男の口利きもあったようだ。思ったよりもいい出会いであったのかも知れん」
「それにしても……詩乃の采配、流石でした」
「いえ、蘭丸さまであればきっとこう動くであろうという考えのもとです」
「ころちゃんころちゃん。何か蘭丸さんと詩乃ちゃんって分かり合ってるーって感じがしてずるくない?」
「ず、ずるいずるくないは分からないけど……羨ましいよね」
「あら、私はひよやころとも心を通わせているつもりだったんですけど……私だけだったんですね……」
少し寂しそうな表情を浮かべた蘭丸を見て慌てるひよ子と転子。
「わわ!そ、そんなことないですよっ!?ね、ころちゃん!?」
「そ、そうですよ!私たちそんなつもりでは!?」
「……ふふっ」
我慢できずに噴出した蘭丸にひよ子と転子が声を上げる。
「あーっ!蘭丸さん騙しましたねっ!?」
「ひどいです!」
「全く、相変わらず仲のいい主従であるな」
満足げに眺めている久遠を見て詩乃が苦笑いを浮かべる。
「……久遠さまと蘭丸さまに敵う主従は日ノ本広しと言えどなかなか見つかるとは思えませんが」
「そうよねぇ。私も詩乃の意見に賛成だわ」
「これが京……ですか」
軽く眉を顰めて周囲を見る蘭丸。
「応仁の乱以降、京は寂れる一方なんですよ。何でも公方様は言うに及ばず、畏き所でさえ、その日の食べ物にご苦労なさっていると聞きます」
「戦乱の世とはいえ、お労しい限りですね……」
蘭丸の呟きに答えた転子に詩乃も答える。
「そうかなぁ?庶民たちは生きるのに必死になってお金を稼いでるんだよ?お金が欲しければ、働いて稼げば良いのに」
「ふふ、ひよらしい考えですね、でも……」
ひよ子が首をかしげながら言うと蘭丸が微笑む。
「雲高きところに在す方々に、それは無理だよ、ひよ」
蘭丸の言葉を継ぎ転子が伝える。
「いや。ひよの言う通りである。今、苦労しているというのならば、その苦労を覆すために動けば良い。人に跪かれることに慣れ、野性を無くしてしまったからそのような事態に陥るのだ。……自業自得であろう」
久遠が言う。
「必要ならば手に入れる。手に入れるために困難があるのならば、その困難を己の力で粉砕する。……生きるとはそういうことではないのか」
「久遠ったら、相変わらず辛辣ね。……でも私も賛成かな」
続けた久遠の言葉に結菜が同意する。
「ひよの言うとおり、悔しいと感じたり、苦しいと感じたりしたのならば……自らが行動しなければ何も変わらない。勝手に変わってくれる訳ではないと雲の上の方々は本当の意味で存じ上げておられるのかどうか……」
「ですが、それは少し危険な考えです。欲しい物を手に入れるために、何をしても構わない……そういう考えにも繋がってしまう」
久遠の言葉に対してエーリカが反対の意見を言う。
「そこまでは言わん。世には世の常がある。そしてその常というものを後生大事に抱えている奴らも大勢いる。そういった奴らを敵に回すのは厄介でもあるし、面倒でもあるからな」
「その言葉を信じたく思います」
そういって言葉を切ったエーリカの横顔をチラッと見た蘭丸。
「蘭丸さん、危ない!」
そのとき、転子の警告が響く。
「っ!?」
後ろからの突然の衝撃に蘭丸がぐらつくと同時に蘭丸の視界に長髪の女性らしき人影が映り、咄嗟に蘭丸はその人影を庇って倒れた。
「だ、大丈夫ですか?」
先に声をあげたのは女性を庇って下敷きになる形で倒れこんだ蘭丸のほうであった。
「蘭丸さん、大丈夫ですかっ!?」
「お怪我はありませ……うわー、綺麗な人!」
「えっ……」
ひよ子の言葉に蘭丸は改めて自分にのしかかってきた人影を仰ぎ見た。
その出会いは、蘭丸の人生において二度目の衝撃と言っても過言ではないものだった。一人目は間違いなく織田久遠信長。蘭丸が敬愛する女性だ。
陽光を浴びて光り輝く艶やかな髪。その髪の向こうに見える瞳には久遠と同じく強い意志の光……蘭丸が惚れた久遠のソレに似た光を湛えた双眸がまっすぐに蘭丸を見つめていた。久遠とどこか似た造形の、整った容姿でありながら雰囲気は抜き身の刀のように鋭く、触れようものなら骨まで切り落とされそうな殺気に充ち満ちていた。
まるで何かを試しているのか、蘭丸の全てを見抜こうとしているかのようなその双眸から、蘭丸は片時も目を離すことができなかった。
「借りるぞ」
耳元でそっと呟くように紡がれた言葉とともに腰からすっと刀が抜き取られる。
「えっ……!ころっ!」
「は、はいっ!久遠さま、誰かがこちらに向かってきます!お下がりください!」
「蘭丸さんも早く!」
「えぇ!エーリカさんもお下がりに……」
「いえ、ご心配なさらず。これでも腕にはそれなりに自信があります」
「分かりました。でしたら遠慮なく手伝っていただきますね」
「もとより」
「ここから先へは何一つ通しませんがころは久遠さまを。ひよは結菜さまをお願いします。詩乃は状況に応じて二人に指示を」
「かしこまりました」
と、その場に駆け込んできたのは、いかにもといった雰囲気にゴロツキたちであった。
「おうおうおうおう!ようやく見つけたで、このアバズレ姉ちゃんよぉ!」
「俺らを誰やと思ってやがる!京の都を守ってやってる三好家の足軽さまよぉ!」
「その俺らの仲間をしばいといて、ただで済むたぁ思うなやぁ!」
口々にがなりながら、先ほどの女性を取り囲むように移動する。口調や態度ではなく動きを見ていた蘭丸は確かにそれなりの実戦を積んできたであろうことと腕前の程度の判断はつけていた。
「ふむ。どうやらあの女が足軽に追われているらしいな。……我への刺客かと思っていたが」
「刺客ではなく良かったと安心するべきか、厄介事に巻き込まれたことを嘆くべきか判断に悩みますね」
「だが、守ってくれるのだろう?」
「我が命に代えても。……まぁ、このような場所で捨てるほど安い命と思っておりませんのでご安心を。……ですが、このまま立ち去るというのも判断としてはできますが……」
蘭丸が状況を見ながら言うとエーリカが反対する。
「いえ、それはなりません。義を見てせざるは勇無きなりと言うではありませんか」
「……よくご存知で。それに、久遠さまはそのまま立ち去るという選択はなされませんよ。ですが……」
取り囲まれた状態の女性を見る蘭丸。
「あの方に私たちの助けが必要でしょうか」
明らかに取り囲んだ側とは別格の気を放つ女性が只者ではないのは一目瞭然だ。下手に加勢すれば邪魔をするだけだろう。
「それはそうですが……ですが、多勢に無勢なのは卑怯すぎると思うのです」
「それは否定しませんが」
「……お蘭!」
久遠の言葉とともに久遠が腰に佩いていた刀を投げて寄越す。一瞬視線を交わし頷きあう蘭丸と久遠。久遠も助けたほうが良いという判断をしたと理解した蘭丸は即座に行動に移す。
「いきましょう、エーリカさん」
「はい!」
「助太刀いたします!」
「微力ながらお手伝い致します」
「……要らん」
「ふふ、まぁそう言わないでください。私たちが助けたいと思い勝手にやることですので」
「……好きにせい」
「あぁ!?いきなり出てきて何だてめぇ?関係ない奴ぁ引っ込んでろや!」
「事情も分からんと出てきて、あとで無き見てもしらんで姉ちゃん!」
「なんやったらまとめて殺ったってもええんやど!」
「怖いこと言いますね。なぜそこまで怒っているのです?どんな事情があるにせよ、女性一人相手に、大の大人が寄ってたかってというのは男としてどうなのですか?」
「女ぁ?ぐははははっ!せやから事情をしらん奴ぁ口出すなぁ、言うてんや!」
「その女はなぁ、俺らの仲間を散々斬りまくって、片っ端から金目のもんを奪っていった鬼女やぞ!」
「分かったら姉ちゃんも引っ込んどれ!俺らぁ、その女引ん剥いて、股からかっさばいたらんと、腹ぁ、収まらんのじゃ!」
「そうですか」
「おう、おまえも分かってくれたか。……って!なんやねんその気のない返事は!」
「正直、私にはあまり興味がありませんから」
「興味ないやと!?」
「えぇ。彼我の戦力差も分からず、状況も分かっていないのであれば……」
蘭丸の言葉に足軽たちの視線が一気に集まる。その瞬間、動いたという気配すら感じさせないまま、女性は一気に距離を詰めると足軽たちの槍を細切れにしてしまった。
「な、なぁ……!」
「粋がっているのも良いが、少しは自分の腕を弁えたほうが良いぞ」
「くっ、槍やなくたって、怖ないど!」
「おい、他の奴らぁ呼んどけ!」
「へいっ!」
「仲間を呼ぶ気のようですね」
「乱戦になる前に、さっさと片付けませんと」
蘭丸とエーリカが小声で話し武器へと手を伸ばそうとしたのだが。女性には殺す気はないのだろう、刀を受け流し、蹴りを入れながら悠々と足軽たちの間で剣舞を披露していた。
「すごいですね」
「……まるで舞のような」
エーリカの言葉に頷き蘭丸は入る隙を探る。そのとき背後から斬りつけようとしていた足軽に気付き刀を抜き放った蘭丸は切り込もうとする。その瞬間、背筋を走るゾクリとする感覚。反射的に距離をとると久遠のほうへと視線を向ける。
パァン、という鉄砲の音とほぼ同時に、足軽の頭が吹き飛ぶ。
「ひよ!ころ!久遠さまと結菜さまを庇いなさいっ!!」
絶叫に近いほどの声で蘭丸がひよ子と転子へ指示を出す。
「一体どこから……!」
「分かりません……」
刀を抜いた状態で久遠と女性の間の直線上へと蘭丸は立ち周囲を警戒する。この状態では動けない。そう判断した蘭丸は御家流を使うときのように気を滾らせていく。
「……余計なことを」
足軽たちに背を向け、女性が蘭丸のほうへと歩を進める。
「返す」
興が冷めた、とでも言うような表情で呟いた女性が、蘭丸に向けて刀を放ると、そのまま京の町の中へと消えていった。
「なかなか良いものを見たな」
「久遠さま、まだ安全の確保が……」
「よい。どう考えても先ほどの女を守るための鉄砲であろう。我を狙うことはない」
「それは、勘ですか?」
「うむ、勘だ!」
「なら大丈夫ですね」
「……久遠も久遠だけど蘭ちゃんも蘭ちゃんよね」
「結菜さまもそう思われるのですね」
呆れたような結菜と詩乃の言葉を無視して話は進む。
「良いものどころか。……あの方は恐らくですが信綱さまと同じく達人の域に達しています」
「ほぅ、それほどか。して、お蘭は勝てるのか?」
「……全力で戦って本気を引き出せるかどうか」
「ふふ、しかし一度見た以上同じ技は避けられるな?」
「それは。真似するには少々骨が折れますが。それよりも恐ろしいのは鉄砲のほうですね」
「周囲を探ってみましたけど、鉄砲を撃った人物は見当たりませんでした。よほどうまく隠れているか……」
「……私たちの知らない距離の射撃が可能な人物がいるか、ですね」
遥か前方に見える櫓。現状で届く火縄の存在は知られていないが、確かにそこから蘭丸は視線を感じた。
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