「っ!」
「お、おぉ、お蘭大丈夫か!?」
一瞬意識を失うような状態になっていた蘭丸が意識と取り戻す。
「は、はい。申し訳ございません」
「いや、無事ならよいのだ」
「久遠ったら大げさなんだから。でも、大丈夫?」
「大丈夫です。……ですが、久遠さま。本当に……その」
「……うむ。これは前々から考えていたことだ」
「……ですが、私と久遠さまでは格が違いすぎます。それでは久遠さまの格を下げてしまうことに……」
「はぁ……お蘭よ。お前は自分の評価が低すぎるぞ」
「……そうですか?」
珍しく久遠に反発するような態度の蘭丸に久遠が少し動揺する。
「む……」
「ふふ、蘭ちゃんは久遠のことが心配なのよ。家中や他家から何か言われないかって」
「結菜さま!……ですが、概ねはそのとおりです。……もちろん、私は心の底から久遠さまのことをお慕いしておりますが……ですがそれで久遠さまを貶めることになるのは耐えられません」
「お蘭……」
久遠が驚いた顔をした後、真剣な表情で蘭丸に向き直る。
「……お蘭、気持ちは嬉しい。……が、これは我が決めたことだ。誰にも文句は言わせん!だからな、お蘭。天下を取るぞ」
「天下……」
「うむ。何か言うものがいるのであれば何もいえないようにすればよいのだ。家中で反対の意見を言うものはいないだろうしな」
「そういうことだから、蘭ちゃん。久遠とは婚約ってことで私は側室として娶ってもらえるかしら?あ、側室になるのだから蘭丸さまって呼んだほうがいいかしら……」
「ゆ、結菜さまっ!?おやめください!」
「ふふ、我らが夫婦となってもあまり変化はなさそうだな」
「あ、蘭丸さんおかえりなさい!」
演習の準備をしていたひよ子が笑顔で出迎える。
「ただいま戻りました」
「あれ、蘭丸さん何かいいことありました?」
「え?」
「何か嬉しそうだなーって」
「おや、蘭丸さま。久遠さまと……結菜さまと婚姻でも結ばれましたか。おめでとうございます」
詩乃がそういうとひよ子が固まる。
「……えーっ!?じゃ、じゃあ蘭丸さんはお屋形さまになるんですかっ!?と、殿さまですか!?」
「ちょっとひよ落ち着いて!久遠さまと婚約を……」
「おめでとうございますっ!」
ひよ子はまるで自分のことのように嬉しそうな笑顔で蘭丸に言う。
「ありがとうございます」
そんなひよ子の笑顔に蘭丸も笑顔になる。
「久遠さまとの婚姻はすべて……日の本の平和を勝ち得た後になりますから」
「それは……遠い未来の話になりそうですね」
「えぇ。ですが、久遠さまの天下を見るために力を貸してください」
「もとより。我が身、我が才。すべては蘭丸さまの為に」
「もちろんですよぉ!」
「久遠さまと蘭丸さまが婚約……しかも結菜さまとも……!?」
「えぇ。結菜さまは側室として嫁いだそうです」
「あはは!新介、さすがに結菜さまが相手じゃ敵わない……いひゃいいひゃい!?」
何か言おうとした小平太の頬を思いきり引っ張る新介。
「でも、蘭丸さんがまた手の届かないところに行った感じがしますね……」
転子がつぶやく。
「ですが、考え方によっては結ばれる可能性を高めることができる、とも」
詩乃の言葉に全員が反応する。
「どういうこと、詩乃ちゃん?」
「いずれは織田の……天下人の夫となられるのであれば多くの側室や愛妾を持つことも当たり前……私はお傍に置いていただけるのなら伽係でもかまわないですから。……私のような貧弱な身体を求めていただけるなら……ですが」
「そうよ!はじめから正妻なんて無理だって思ってたんだから愛妾でもいいじゃない!」
「うわ、新介開き直った!」
「あはは……でも蘭丸さんの愛妾かぁ……」
「あれ、ひよも狙ってるの?」
「そういうころちゃんこそ、頬が緩んでるよ!」
「む……敵が多いわね……」
「新介、そこは一人ではなく全員でという方法もありますよ」
「!さすがは軍師ね、いい考えだわ」
「……どんどんボクの知らない新介になっていく気がする」
きゃいきゃいと盛り上がる女性陣。少し離れたところで蘭丸と剣丞も準備を進めていた。
「下見はどうでした、剣丞さま」
「うん。まぁある程度確認は済んだよ。……というか、女性陣楽しそうだな、何の話してるんだろ」
「さぁ?でも仲がいいのはいいことですからね」
「そうだね。……それはそうと、久遠と結菜と婚約したんだって?おめでとう」
「ありがとうございます」
「って言っても、三人なら今までと何も変わらなさそうだよね」
「そうですね。私にとっては久遠さまは久遠さまですし、結菜さまも久遠さまの奥方ということには変わりありませんから。……正直、どのようにすればいいのか分かりません」
蘭丸の言葉に剣丞が笑う。
「あはは、蘭ちゃんは蘭ちゃんらしくしてたらいいんじゃないかな?難しいことは考えずに、さ」
「そう、ですね。ふふ、私らしく……ですか。……さ、剣丞さま、早く準備を整えて久遠さまのところへいきましょう」
「蘭ちゃんらしいね」
蘭丸隊総勢百人を引き連れて演習予定地である墨俣近くの平野に集結していた。
「おー……さすがにこれだけの人数集まると壮観だねぇ」
「ふふ、剣丞さまが前に経験されたのは墨俣のときでしたか」
「うん。これだけの軍勢は初めて見るよ」
蘭丸隊の側に三千。離れたところに壬月を中心とした軍勢が三千。総勢六千もの人数が集まっている。
「蘭丸隊もいつのまにか人数増えましたけど、ちゃんと指揮が出来るかなぁ」
「詩乃ちゃんの引き抜きのご褒美として、大幅加増されたからねー。しかも一気に三千石も!」
「しかし知行が増えれば軍役も増える。……本来ならば六十人程度で良かったのですが、それを百人も雇うとは、剣丞さま、些かやりすぎではありませんか?」
「みんなのお給金もちゃんと出してるんだし、大丈夫大丈夫」
「しかし、剣丞さま。ご自身の蓄えも重要ですがお分かりですか?」
「大丈夫だよ。ご飯も食べられるし、みんなに奢ることだって出来るし。……それで充分だよ、俺は」
「……無欲なのですね、剣丞さまは」
「そう?実は欲塗れだよ俺。おいしい物を食べたいし、たまには色々買ってみたいものもある。でもそれを充分賄えるだけのお金はあるし。あとは皆が活躍して功を上げられるように、態勢を整えることに専念すりゃいいさ」
「剣丞さまはお優しいですね。もしものときは私が何とかしますから安心してください、詩乃」
「うう、蘭丸さんも剣丞さまもお優しいですぅ~……私、頑張ってもっと手柄を立てますね!」
「だね。私たちが頑張れば蘭丸さんだって出世するんだし」
「もちろんです!槍働きは私や小平太にお任せくださいっ!」
「はは……蘭丸さまのほうが圧倒的に強いけど頑張ります……」
「ふふっ、なにやら楽しそうですね、蘭丸隊は」
「蘭丸隊だったらいつものことですよー」
そういって現れたのは麦穂と雛の二人。
「麦穂さまに雛!こちらから出向こうと思っていたのですが……お待たせしてしまいましたか?」
「いいのよ。わざわざ本陣に来てもらうよりも、手っ取り早いですから」
「すみません、気を遣わせてしまったようで」
「それで、麦穂さま。作戦は決まってますか?」
「そうですね……赤組は壬月さまを筆頭に、和奏ちゃんに犬子ちゃんという、家中きっての武闘派揃い。隊の性質からいっても、正面衝突は避けるべき……というのが私と雛ちゃんの共通見解です」
麦穂の言葉に蘭丸はうなずく。
「しかも今回の演習場所は平野ですから、兵を伏せることも出来ない。ですが壬月さまと真正面の戦いというのは、さすがに厳しいですから、何か策はないかと蘭ちゃんと剣丞どのに聞きにきた次第です」
「そうですね……ちなみに雛は何かありますか?」
「うーん……雛、こういうだだっ広いところで戦うの、あまり好きじゃないから、なんともかなー」
「雛は甲賀の出ですからね」
「そだよー。忍者のお里、甲賀出身で、しかも甲賀二十一家の一番下が雛のお家!って自称してるんだよ」
「自称かよ」
雛の言葉に剣丞が突っ込みを入れる。
「だって雛、母さんの代のこと、よく知らないし、別に興味ないしー。まぁ知らなくても死なないからそれでいいんだよ」
「ふふ、雛らしいですね」
「雛ちゃんはいつもこんな調子ですからね。……それで尾張一の軍師殿を家臣に持つ、蘭ちゃんに相談に来たのよ」
「詩乃、どうですか?」
「策、ですか。ふむ……この演習では、足軽たちの戦闘力と、それを指揮する者の統率力が勝敗を分かつ重要な要素となるでしょう。伏兵なども使えないとなると、最重要な点はどうやって相手の備えを崩すか。そしてどうやって相手の意気を消沈させるか。この二点となるでしょう」
「でも突進させたら家中有数の、突進馬鹿たちだよー?先に雛たちの備えが崩されると思うなー」
「然り。ですから相手の裏をかくのです」
「ふふ、さすがは詩乃ですね。将の癖をしっかりと見ていますね」
「とはいえ、あの二人は特に分かりやすいからねー」
「そうね。詩乃の策は実際に織田に対して猛威を奮っていましたからね」
麦穂が苦笑いでつぶやく。
「……それはそうと、蘭ちゃんは剣丞どのたちと一緒にいなくていいのかしら?」
「はい。……いずれは剣丞さまに部隊を率いていっていただきたいと思っておりますので、いい練習かと」
「あら、蘭丸隊の子たち怒るかもしれないですよ?」
「?そうですか?」
「ふふ、あの子達も大変ね」
「麦穂さまー。蘭丸くんと仲良くするのもいいですけどー、そろそろ始まるみたいですよー」
「あら、そう見たいね。……それじゃ、蘭ちゃんは私と一緒に壬月さまを抑えましょうか」
「はい。久々に壬月さまに胸を借りるとします」
壬月に胸を借りる……変な意味ではありませんよ(ぉぃ