こちらの作品もプロットは完成しておりますので、完走頑張ります!
上洛を目的とした今川の軍勢は総勢一万五千。現在は田楽狭間の付近へと差し掛かっていた。対する織田の軍勢はわずかに二千弱。織田にとっての最高戦力でもある森一家の参戦もないということもあり、戦となれば泥沼化……いや、圧倒的な差によって織田が蹂躙される未来を世の雀たちは囀っていた。うつけが何か愚かなことをしようとしている、程度にしか人々は考えていなかったのだ。
「申し上げます!」
「許す!」
「今川の軍勢は、田楽狭間にて小休止を取っております。全軍が昼弁当を使っております!」
「デアルカ。大義」
頭を下げて下がる使い番を見送った後、久遠が不敵に笑う。
「お蘭の言った通りになったな。どうしてこの辺りで小休止を入れると予想できた?」
「はい。今川の居城……駿府よりの道のりや動向を調べ、最も可能性の高い場所が此処でした。……雨が降るという僥倖にも恵まれましたが、これは久遠さまのお力かと」
「我に雨を降らせる力はないのだがな」
「常識的に考えれば、あの大軍に奇襲を掛けるのは自殺行為かと思いますが」
壬月が渋い顔で苦言を呈する。
「おけい。今やるべきことは合戦である。説教は義元を討った後に聞いてやる。麦穂とともに持ち場につけ」
「はっ!」
「お蘭、お前も打って出て良いのだぞ?」
「いえ、私は久遠さまのお傍に。それとも私も出たほうが宜しいですか?」
久遠は少し考え首を振る。
「……いや、今回は他の者たちに活躍の場を譲ってやってくれ。お蘭には我の一世一代の大博打を最後まで見届けて貰いたい」
「はいっ!私も久遠さまに全てを捧げます!」
結果、奇襲は成功。すぐさま討ち取った場所へと久遠と蘭丸は駆け、首を取った久遠の馬廻り組組長の毛利新介と服部小平太の元へと向かった。
「新介、小平太、大義であった!名乗れぃ!」
「はいっ!……織田上総介久遠信長馬廻り組組長、毛利新介!」
「同じく服部小平太!」
「東海一の弓取り、今川殿、討ち取ったりーっ!!」
名乗りと同時にザワリと動揺する今川の兵たちであったが、一部は。
「殿が……っ!?えぇい、殿の、殿の仇を討てい!!」
そんな声と共に多くの殺気が久遠や名乗りを上げた二人へと向けられる。
「ひぃ!」
「ちょっと小平太!し、しっかりしなさい!」
そう言いながらも迫りくる今川の兵の数に圧倒される新介。そんな中、自然な動作で二人の前に立つ影。
「あ……」
「新介、小平太。殿を頼みます」
スラリと刀を抜き放ちながら二人へと告げるのは蘭丸。
「は、はいっ!」
二人が久遠を守るように立ったのを確認して、前方から迫り来る兵を見る。
「この場は、織田久遠信長が小姓、森蘭丸成利がお預かりします!三途を渡る覚悟のある者だけかかってきなさい!」
「えぇい、かかれかかれぇ!!」
ひるむことなく突撃してくる今川の兵たちに向かって静かに刀を振るう。まだ圧倒的に距離が足りないはずなのに蘭丸が振るった刀によって兵が一人、また一人と切り捨てられていく。
「な……っ!?」
「ひぃぃ!ば、化け物っ!!」
次々に倒れていく仲間に戦々恐々となった今川の足軽たちは散り散りに逃げていく。
「な、と、殿の仇を討たぬかぁっ!!」
「それは、貴方自身でやられてはいかがですか?」
指揮をする立場であろう男に接近していた蘭丸はそんな言葉と共に男を両断する。至近距離で切り捨てたにも関わらず、蘭丸には血が一滴もかかっていない。
「す、凄い……」
「あれが……森家の戦姫……」
澄ました顔で久遠の元へと歩いて帰ってくるその姿は、まさに森家に相応しいものだった。
「久遠さま、壬月さまが到着され残党の討伐を開始するようです」
「うむ、お蘭も大義であったぞ。壬月も機を見るに敏であるな。今こそ好機なり!織田の勇士たちよ!これより敵を……」
そのときだった。今までに聞いたことのない音が周囲に響き渡る。常人よりも圧倒的に耳のいい蘭丸は瞬時に場所に気付き、まさかと天を仰ぎ見る。蘭丸の視界に入ってきたのは、天から落ちて来る光の玉。それは明滅するように地上へと近づいてくる。一際強い光を放ち、蘭丸が久遠の前に立ちはだかるが特に何か衝撃がくるわけでもない。
「消えた……?」
「……お蘭よ。あやつは……誰だ?」
久遠の視線の先。そこにいたのは。
久遠と同じ年頃だろうか、見たこともない衣装に身を包んだ少年であった。
「く、久遠さま!いけません!」
「何故だ。我が大丈夫といっておるのだ、構わんだろう?」
「構います!何故久遠さまがあのようにわけわからずな存在の元へ行くのですか!」
ここ数日、久遠と蘭丸の間で行われている恒例行事のようになっている掛け合いだ。近くを通りかかった女中も苦笑いで通り過ぎていく。
「むぅ、お蘭が反抗期だ……」
「く・お・ん・さ・ま!」
「分かった分かった。今日のところは諦める。だからお蘭も機嫌を直せ」
そういって蘭丸の頭を撫でるところまでが日課のようになっている。……これで機嫌を直してしまう蘭丸も蘭丸だが。
「しかし、久遠さま。あの男をどうするおつもりなのですか?」
「分からん。直接目を見て話してみなければ、相手の人となりは分からんからな」
こういうことを言うときの久遠は大抵ある程度自分の中で答えを出している。蘭丸はそう感じるが、久遠が決めたことならば基本的には従うのだ。
「久遠さまであれば間違われることはないと思いますが……」
「なら、行っても良いか?」
「だ・め・で・す!」
久遠の手をとって評定の間へと向かう蘭丸。
「お、おい!分かったから手を引くのをやめよ!」
「いいえ!ちゃんと評定の間に着くまでは放しません!」
今川義元を討ったことによって大勢に影響が現れるのも時間の問題だろう。そういったことについて家中で話し合いを行うことになっているのだ。結局、評定の間の中まで手をつないだ状態であったが、まぁいつものことかと特に声が上がることもなかったという。
「それで、だ。我の小姓であるお蘭……蘭丸にも隊を与えようと考えている」
「……え?」
久遠の傍に控えていた蘭丸であったが、話し合いの最中にまさか自分の名前が挙がると思っておらず、しかも内容が内容だけに声をあげてしまう。
「ふふ、聞こえなかったか?お蘭に部隊を与えると言っている」
「く、久遠さま……もう私は必要ないのですか……?」
悪戯が成功したと嬉しそうにしていた久遠だったが、蘭丸が泣きそうな顔になり慌てて弁解する。
「ち、違うぞお蘭!我はお蘭の今後を考えてお蘭が独自に動かせる人員をと思ってだな!」
「くくっ!殿も蘭丸の前では相変わらずですな」
「壬月!そのようなことを言ってる場合か!麦穂もお蘭になんとか言ってやってくれ!」
「蘭ちゃん、久遠さまが貴方のことを要らないなんていう筈ありませんよね?」
「……はい」
「大丈夫です。蘭ちゃんがこれから一城の主となったり、一軍を率いていく練習として考えられているのです。……そうですよね、久遠さま?」
「うむ!」
麦穂と久遠の言葉に目をぱちぱちとさせる蘭丸。
「……それでは、私は今まで通り久遠さまのお傍に仕えてよろしいのですか?」
「勿論であろう!むしろ、お蘭がいないと我が困るぞ。結菜にも怒られてしまう」
「は、はい!そういうことでしたら蘭は喜んでお受けします!」
評定の間の中でほっとため息をつく声が上がる。基本的に織田の家中は蘭丸に優しい。むしろ甘いと言ってもいいほどだろう。元々久遠が重用している森一家であり、その中でも礼節に通じ、なおかつ女童と見紛うほどの美貌なのだ。男であれ、女であれ基本的には好意的に見ている。
「それで、だ。お蘭の部隊に先日義元の首級を挙げた二人……新介と小平太、それと猿……木下藤吉郎ひよ子秀吉の三人をつける。……あと、お蘭が良いと言うのであれば……」
そこまで言って久遠は言葉を切る。
「久遠さま?」
「……うむ。人となりを確認した上で問題ないと判断した場合には、あの天人を任せる……かも知れん」
そして、数日後。目を覚ました少年と久遠がなにやら話をしたらしく。
「久遠さまっ!!何故私たちに相談もなくそのような決定をなさるのですか!!」
「お、落ち着けお蘭。我もしっかりと……」
「いいえ!今回という今回は……」
「蘭丸、気持ちは分かるが落ち着け。……殿もそこまで仰るのなら、大丈夫だという理由がおありなのですな?」
「勿論だ。瞳の色、瞳の奥に力強い意志が見て取れた。だから我は信じた」
「い、意味が分かりませんよ、久遠さま」
久遠の言葉に困った表情を浮かべる麦穂。
「蘭ちゃんの言うとおりよ、久遠!私に何の相談もせずに不審な者を近づけるなんて!久遠もそうだけど蘭ちゃんにも何かあったらどうするのよ!」
「ふむぅ……何故貴様らには分からんのか……。骨のある男と見ているのだが……」
「あのように意味の分からぬ現れ方をした者を簡単に信用できぬ我らの気持ちも分かっていただきたい」
「私も織田家の家老として、壬月さまのご意見に賛成ですわ」
壬月と麦穂の言葉に唸る久遠。
「ならば貴様らの目でとくと検分すれば良かろう」
「麦穂、私が合図をしたら襖を開け放ってくれ。抜き打ちをかける。蘭丸は殿と結菜さまを何かあったときの為に守ってくれ」
「はい!」
「了解です。では……」
「三、二、一……今だっ!」
合図と共に開け放たれた襖。同時に裂帛の気合と共に振り下ろされる刀。
「やれやれ、危ないなぁ。寝込みに抜き打ちとか、完全に殺す気じゃないか」
飄々とした声が聞こえる。麦穂が咄嗟に刀を抜き、横殴りに振る。それを男は潜り抜け、麦穂の手首をひねりあげ、畳に押し付ける。
「痛っ……!」
麦穂の声を聞いて蘭丸が苦無を構えるのを久遠が無言で止める。
「ごめんね。だけど俺も死にたくないからちょっとだけ我慢してね」
蘭丸と壬月を警戒しながらそんなことを言う少年。
「はっはっはっ!やるではないか剣丞」
そんな久遠の言葉でこの攻防は終わりを迎えた。
「で、だ。お蘭よ。お前から見てどうであった?」
「……腕は確かかと。草のような身のこなし、武者のような体裁き。正直、私には判断できませんが、久遠さまが仰るとおり人材としては光るものを持っているとは思います。……思いますが……」
「ふふ、ならば我の言ったとおり、蘭丸。剣丞の世話はお前がするのだ」
「……えっ?」
「ちょ、久遠!?あなた、何言ってるか分かってる!?」
「うむ、だからお蘭に剣丞の世話を……」
なにやらぎゃーぎゃーともめ始める二人を横目に、新田剣丞と名乗った少年は蘭丸と向かい合う。
「えっと、よろしく、でいいのかな?」
「……はい。不本意ではありますが、よろしくお願いします。私は久遠さまの小姓を務めてます森蘭丸成利と申します。一応、私の部隊に配属されるそうですが、私は基本的に久遠さまのお傍に控えておりますので」
「あはは……やっぱり俺って歓迎されてない?」
剣丞の言葉に無言で返してまだ揉めている久遠と結菜を見る。
「……久遠さまがお決めになられたことです。久遠さまが歓迎するのであれば、私も歓迎するのべきなのですが……」
「いいんじゃない?まだ俺とえっと」
「蘭丸です。好きに呼んでください」
「うん、それじゃ。蘭丸ちゃんが俺のことを少しずつ知って、その上で認めてくれたらいいと思うよ。俺も認めてもらえるように努力はするつもりだよ」
剣丞の言葉に少し驚く蘭丸。
「……後で貴方の部屋へ案内します。他の隊員とも顔合わせになる予定ですので、心構えはしておいてください」
蘭丸の言葉に頷く剣丞。
天人・新田剣丞。彼がこの場に現れたことで日の本の命運は大きく変わっていくことになる。だが、それを知るものはまだだれもいない。
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