戦国†恋姫~織田の美丈夫~   作:玄猫

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幕間2 詩乃の仲間入り

―――詩乃語り―――

 

 私が美濃から尾張へやってきて数日が経過した。蘭丸隊の屋敷につれて来られ、命の危険を感じずにゆっくりと眠ることの出来る日々。私にとってはそれだけでも驚くべきものでした。未だに織田久遠さまへのお目通りも済んでいないことも、また自分が裏切る可能性を考えているのだろう、と捉えていた。

 

「……」

 

 今日も無事に目が覚めた。いつ命をとられるか分からない状況。それでも蘭丸さまに命を奪われるのであれば本望と私は考えていた。

 

「また、無事におきてしまいました」

 

 一人ポツリと言葉を零す。微かに香ってくる味噌の香り。これもまたここ数日体験していることになる。

 

「詩乃、起きてますか?」

「は、はい!」

 

 襖を開けて入ってきたのは割烹着姿の蘭丸さま。……この姿も似合っているな、と思ってしまう。

 

「もうすぐ朝餉の時間ですよ。顔を洗ってきてください」

「はい」

 

 

「あ、起きたんですね、竹中さん!」

「おはようございます、竹中さん」

 

 元気に声をかけてくれるのはひよ子と転子の二人。二人とも蘭丸さまの手伝いをしていたのだろう。両手にお盆にのせた膳を運んでいる最中でした。

 

「おはよう……ございます」

「お、起きたんだね。竹中さん、おはよう」

 

 こちらの方が、田楽狭間に降り立った天人、新田剣丞さま。いつも笑っていて何を考えているのかちょっと分からない……変な方。ですが、蘭丸さまも信頼しているようですので、悪い方ではないようです。

 

「ちょっと、小平太!早く来なさいって!」

「ふぁぁ……眠い……」

 

 少し怒りながら入ってきたのが新介。本人は隠しているつもりのようですが、蘭丸さまのことを慕っているようです。慕っているという意味では全員がそうかもしれませんが。眠そうに目をこすりながら入ってきたのは小平太。口調は男子のようですが、新介いわく、かなりのへたれである、とのこと。とはいえ、今川どのを討ったのは新介と小平太の二人らしいので、きっと武勇に優れてはいるのでしょう。……今の姿からは想像もつかないですが。

 

「全員揃っているようですね。……あら、小平太。眠いのでしたら貴女の分は皆で分けて食べましょうか?」

「いぃっ!?ら、蘭丸さま!それはないですよ!?お、おきてますっ!」

「ふふ、それならいいんですけど」

 

 ああ、蘭丸さまから笑みを直接受けている小平太が羨ましく思えます。

 

「それでは、頂きましょう」

 

 

 食事の後、蘭丸さまが私に声をかけてくださいました。

 

「あぁ、詩乃。体調は大丈夫ですか?」

「はい、お蔭様で。……背中をきにせずに眠れる環境とはありがたいものだと幸せをかみ締めておりました」

「ふふふ、詩乃は大袈裟ね。でも、もう安心していいですよ。それと久遠さまとお会いする準備も整いましたので」

 

―――終―――

 

 

 蘭丸と詩乃は清洲の城へと足を踏み入れる。詩乃が目の前から歩いてくる人物に驚く素振りを見せる。

 

「おう、蘭丸ではないか。今日は殿につく日ではなかったはずだが?」

「はい、今日は詩乃を久遠さまと顔合わせにと思いまして」

「久遠さまなら……多分、庭のほうにいたと思いますけど……その子が竹中半兵衛さんですか?」

「詩乃、壬月さまは知っていますよね?こちらが」

「私は丹羽五郎左衛門尉長秀。通称は麦穂と申します」

「丹羽の……米五郎左どのですか」

「えぇ。知っていただけているなら光栄です。よろしくお願いします、半兵衛さん」

 

 こくりと頷く詩乃が蘭丸の後ろに隠れる。

 

「……あの、もしかして私、嫌われてますか?」

「少し人見知りする子ですから。慣れてくれたら平気だと思いますよ」

 

 そう言いながら詩乃の頭を優しく撫でる。

 

「……だ、そうだ。そのせいか私には近寄りもせん」

「それはほら、壬月さまは鬼柴田ですし」

「鬼五郎左にだけはいわれとうないわ」

 

 麦穂を睨むように言う姿に詩乃がびくりと振るえる。

 

「ふふ、壬月さま。あまり威圧すると詩乃が驚いてしまいますから」

「むぅ……」

 

 腑に落ちない、といった様子の壬月。

 

「ですが、新加納の竹中どのがこちらの陣に加わってくれるなら、心強いですね」

「うむ」

「新加納……私は参戦しておりませんでしたが、壬月さまは確か参加されてましたよね?」

 

 蘭丸がたずねると壬月が頷く。

 

「うむ。あのときはしてやられたわ。もっともあのときの敵方の将が、よもやこのような小娘だったとは意外だったがな」

「……っ!」

 

 壬月の言葉に怯えたように詩乃が蘭丸の後ろに隠れる。……蘭丸も小柄な為、完全に隠れているわけではないが。

 

「……そんなに私が怖いか?」

「今のは壬月さまが悪いですよ。……とにかく詩乃、これからよろしくお願いしますね?」

 

 

 そんな麦穂の言葉にも詩乃は無言で頷くだけだった。

 

 

「さて、久遠さまはこの辺りにいるはずなんですが……」

「……」

 

 蘭丸は無言で後をついてきていた詩乃を振り返り。

 

「詩乃、大丈夫ですか?疲れたなら少し休みましょうか?」

「平気……です」

「む、お蘭ではないか」

「久遠さま!ちょうどお探ししていたのです!」

 

 ぱぁっと花開く笑顔で蘭丸が振り返る。そこにいたのは探していた久遠だ。

 

「そうか、そういえば今日は竹中半兵衛をつれてくるという話だったな」

「あなたが……織田三郎殿ですか?」

「うむ」

 

 どこか、探るような視線を詩乃が久遠に向ける。

 

「久遠さま、改めてこちらが竹中半兵衛重治どのです」

「通称、詩乃と申します。……よろしくお引き回しのほどを」

「我は織田三郎信長。久遠でよい」

 

 何故か場に緊張が走る。

 

「壬月から聞いているぞ。我には才の一部のみ捧げるそうだな?」

「久遠さま、その件ですが……」

「……はい」

 

 蘭丸の言葉さえぎるように詩乃が肯定する。

 

「……」

「……」

 

 無言で久遠と詩乃の視線が絡み合う。

 

「ふふ、よかろう。蘭丸の力となれ。励めよ」

「我が才の全てを捧げて」

「ははは。正直な奴だ」

 

 少し不安そうに見ていた蘭丸は安堵した表情を浮かべる。なにやら久遠と詩乃の間では話がついたようだ。

 

「……お蘭、此度の働きも見事であった。これで美濃攻略へ大きく一歩踏み出したことになる」

「はっ!」

「正式な褒美は美濃攻略後となるが……期待しておけ」

「久遠さまからお褒めの言葉を頂いた。それでお蘭は十分で御座います」

「はは、気持ちは嬉しいが剣丞たちを養うのに禄は必要であろう。しっかりと受け取れ」

「はい!」

 

 

「蘭丸さまは……」

 

 久遠の元を辞して二人で街を歩く。その最中、詩乃が呟くように蘭丸に声をかける。

 

「蘭丸さまは、久遠さまのことが……お好きなのですね」

「勿論です。久遠さまの為であれば命を賭けることも厭いません」

 

 蘭丸の言葉に静かに頷く詩乃。

 

「……新加納のこと、蘭丸さまが心を砕いてくださったのですか?」

「新加納ですか?」

「はい。城の皆様が、新加納の件に一切遺恨を持っていないようでしたので。……あの鬼柴田殿でさえ……」

「元々、誰も気にしてなどいなかったですよ」

「……え?」

「ひよもころも。新介も小平太も。誰も気にしてなどいなかったでしょう?」

「それは、蘭丸さまのご指示があったからでは……?」

「いいえ、私は何も指示はしていませんよ」

「では……どうして、久遠さまとの顔合わせに時間がかかったのですか?」

「詩乃も大変だったでしょうから、しばらく休んだほうがいいと思ったのですが……逆に心配させてしまったようですね。すみません」

「い、いえ!謝罪などなさらないでください!……刺客の刃に怯えずに眠ることが出来ただけでも幸せでしたので」

 

 そういう詩乃の頭をそっと撫でる蘭丸。

 

「あ……」

「これからは安心していいんですよ。尾張と美濃は違います、詩乃を傷つけようとするような場所ではありません」

「はい。……あの、もうひとつよろしいですか?……蘭丸隊の方々は、どうして私に親切にしてくださるのでしょうか?蘭丸さまのご指示だったにしても、それ以上の親切があるように感じます」

 

 不思議そうに言う詩乃に苦笑いを浮かべる蘭丸。

 

「分かりませんか?」

「はい……私のような変人と交流を持って、得になることなど何もないと思いますが。……ひよさんのように得に愛想がいいわけでもありませんし」

「詩乃は頭がいいけれど、頭が良すぎるみたいですね」

「……自分がまだまだ不勉強とは常に肝に銘じてますが……」

「そういう意味じゃありませんよ。……そうですね、きっと私と一緒で……詩乃と仲良くなりたいだけですよ」

 

 蘭丸がそういって微笑みかけると詩乃の頬が朱に染まる。

 

「こ、こんなに愛想が悪いのに……ですか?」

「詩乃は人見知りなだけでしょう。私とはこんなに喋ってくれるようになりましたし、ひよ達とも少しずつ話せるようになっているでしょう?」

「……」

「ですから、帰ったらひよところ、新介と小平太に挨拶してあげてください」

「挨拶、ですか?」

「えぇ。挨拶です。簡単でしょう?」

「本当にそれだけでいいのでしょうか……?」

「戦術と同じですよ。一番基本の策こそが奥義に近い策、ですからね」

 

 そういって蘭丸が詩乃の手をとる。

 

「っ!」

「これも、仲良くなるための方法、ですよ」

「はい……っ」

 

 頬を染めながらもどこか嬉しそうに蘭丸の手を握り返す詩乃は、微笑を湛えていた。

 

 

「あ、お帰りなさい!蘭丸さん、竹中さん!」

「お昼ご飯の支度、出来てますよ。みんなで食べましょう」

 

 ひよ子と転子が出迎えてくれる。

 

「あ、蘭丸さまだー!おかえりなさい!」

「蘭丸さまっ!部屋の掃除などはすんでますっ!」

 

 屋敷のほうから小平太と新介も出迎えに出てくる。

 

「あれ、蘭ちゃんと詩乃、手つないでる?仲良くなったみたいだね」

 

 同じく屋敷から出てきた剣丞が二人を見て言う。

 

「あーっ!ホントだー!竹中さん、蘭丸さんと手つないでる!いいなー」

「ふふ、反対の手でよければあいてますよ」

「いいんですかっ!?」

 

 蘭丸が詩乃と繋いでいない左手を差し出すと、ひよ子は嬉しそうに手に飛びつく。

 

「あ、いいなーひよ。蘭丸さん……」

 

 恨めしそうに転子が蘭丸を見つめるのを困ったような笑顔で返す蘭丸。

 

「じゃ、ころちゃん。私と一緒に!」

「……いいですか、蘭丸さん?」

「私は構いませんよ」

「いいなぁ……って新介?」

「うぅ……出遅れた……」

 

 ちょっと悔しそうに呟く新介。

 

「……あの」

 

 蘭丸の手を握る詩乃の力が強くなったのは自らを奮い立たせる為だろうか。

 

「ん?」

 

 転子が首をかしげて詩乃に視線を向ける。

 

「……詩乃で。……皆様、詩乃で構いません」

「……分かった。私もころでいいから」

「私もひよでいいよ」

「小平太でいいぜ!」

「……新介でいいわ」

「俺は……」

「剣丞さまは大丈夫ですよ」

「うわっ!蘭ちゃん俺だけ仲間はずれじゃん!?」

 

 剣丞の反応に皆が笑う。

 

「それじゃ改めて……おかえりなさい、詩乃ちゃん」

「……た、ただいま帰りました!」

 

 こうして、蘭丸隊に新たな仲間が加わることとなった。




通称はある人とない人がいる設定で。
剣丞がないこともそこまで大きな反応がなかったので……新介、小平太には通称なしにしております。
ただでさえ、出番の少なかった子たちですので(ぉぃ

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