戦国†恋姫~織田の美丈夫~   作:玄猫

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本日二度目の更新です。

読まれていない方は前話からどうぞ!


17話 我が身、我が才

―――詩乃語り―――

 

 ある日届いた私宛の文は、新介と小平太の所属する部隊の隊長であり織田信長の懐刀と呼ばれている小姓、森成利からのものでした。新介や小平太から聞いていた人と為りは、確かに信頼に値する相手ではある、というのが私の評価でした。……だからと言って、私が成利どのに仕えるということは考えてはいません。届けられた文を開き、内容を読んで私は驚く。

 

「貴女が欲しい」

 

 と、真っ直ぐに書かれていたのです。これまで、誰かに私を欲しいなどといわれたことはなく、むしろ痩せ武士とあざ笑われていた私からすればはじめての経験。……書物の中でしか知らなかったこの文は私の頬を染めることには効果的でした。異変に気づいた新介に驚かれましたが、うまくごまかせた……と思います。

 

 城を返上し、新介と共に逃げ出したところまではよかったのですが、予想以上に早く追っ手を掛けられました。……やれやれ、といったところですが相手はあの飛騨。美濃斉藤家を

ここまで貶めた元凶の一人。私の手で葬りたい気持ちはありますが、私の腕では不可能でしょう。しかし、このままでは新介まで巻き込んでしまう。一人で逃げるように言った私に対して『友達は見捨てられない』などと、言って逃げずに飛騨と対峙しています。

 ここまで言ってくれた友を巻き込んで、こんな場所で殺されるくらいならば私が死に新介の逃げる時間を……!

 

 そのときでした。光を反射しキラキラと輝く黒い髪、刃を自分に向けていた私の腕をそっと優しく添えるように止める手。視線を向けたその顔は凛々しくも美しい……。

 

 これが、私と蘭丸さまの出会い。

 

 

「蘭丸さまっ!!」

 

 新介は飛騨たちを警戒しながらも蘭丸のほうへと近づいてくる。

 

「今、合図を送りました。すぐにでも剣丞さまたちもこちらに向かってくるでしょう」

「……」

 

 蘭丸の腕の中で固まったままの詩乃に蘭丸は視線を向ける。頬を上気させて目を見開くように蘭丸を見つめている詩乃に優しく微笑みかけると鋭い視線を飛騨たちに向ける。

 

「何奴!我らを美濃国主・斉藤龍興さまの臣と知っての狼藉か!」

「勿論、知っていますよ。ですが、私たちは通りすがりの山賊です。竹中さんは私のものにしますから、頂いてきますね」

「な、何を!貴様のような身奇麗な山賊が居てたまるかっ!」

 

 飛騨の言葉に頸を傾げた蘭丸。

 

「あぁ、言われてみれば。意外と知能はあるのですね」

「ば、馬鹿にしているのかっ!!えぇい、殺せっ!!」

 

 飛騨が叫ぶと同時に足軽たちが蘭丸たちに槍を突き出す。

 

「竹中さん、少し待っていてくださいね」

 

 そういって、詩乃を抱きとめていた腕を放し新介の前まで躍り出る。

 

「新介、下がって竹中さんを守ってください」

「は、はいっ!」

 

 悠然と新介にそういって足軽の突き出してきた槍をひらりとかわす。ギラリと蘭丸の瞳が輝いたかと思うと、足軽の頸が一瞬で刎ね飛ばされる。

 

「なっ!?」

「さぁ、死にたい方だけ進み出なさい」

 

 蘭丸から放たれる強烈な殺気に兵たちは戦慄する。中には戦場の経験もあるものも少なくなかったが、その経験すら全く意味が無いと感じるほどの殺気。間違いなくあの刀の間合いに入ってしまえば死ぬ。

 

「くっ……えぇい!たった三人を前に何をしておる!さっさと取り囲んで殺せっ!」

 

 飛騨の言葉に兵は周囲を囲むように動き出す。が、悲鳴と同時に後ろに回り込もうとしていた兵が倒れる。

 

「たった三人じゃないんだな、これが」

「まだ仲間がいたかっ!?」

 

 現れたのは剣丞、ひよ子、転子、小平太の四人。

 

「小平太っ!」

「新介!無事でよかった!」

「増えたとはいえたかが七人程度。早く討ち取れ!」

「人数を恃んで囲むことしか出来ない弱者に、私たちが後れをとるとでも?」

 

 

「ひぃ!は、話が違う!小娘をなぶれるって聞いたから、わざわざ来たっていうのに!」

「に、逃げろっ!アレは化け物だっ!!」

 

 槍を突き出せば槍ごと切り捨てられ、近づけば胴と頸が永遠に別れることになる。その状況に飛騨の兵は既に戦意を喪失していく。

 

「な、何をやっておるのだ!たかが山賊に後れを取るなど、日の本最強である美濃八千騎の名の穢れであるぞ!」

「日の本最強?竹中さんの策が無ければ有象無象に過ぎない彼方たちが?」

「ちっ!……あれを出せ!」

 

 飛騨の言葉に下がった兵が連れてきたのは鉄砲を持った足軽だ。

 

「て、鉄砲だー!」

 

 ひよ子が動揺して叫ぶ。

 

「まずいですよ、蘭丸さん!すぐに退かないと!」

「蘭ちゃん、俺が殿を務めるから早く……」

 

 慌てる剣丞たちを見て飛騨がしてやったりとした笑みをこぼす。

 

「ふははははっ!貴様ら盗賊など、鉄砲一丁あれば皆殺しに出来るのだ!我ら美濃武士に逆らったことを死んで後悔するがいい!」

「ひよ、ころ。竹中さんを守りながら後退してください。剣丞さまと新介、小平太は私の傍に」

「は、はいっ!」

「竹中どの、こっちです!」

 

 ひよ子と転子が詩乃の手を引いて後退していく。剣丞たちは蘭丸の傍に寄る。

 

「ら、蘭ちゃん、何か手があるのか?」

「勿論です」

「ふん、今も鉄砲が狙っているというのに、山賊の分際で余裕だな」

 

 鼻を鳴らして飛騨が言う。

 

「そうですね。その程度の飛び道具で私と倒せると思っているのであれば勘違いも甚だしいですね」

 

 刀を鞘に戻し、腰を深く落としていく。

 

「くっ!さっさと撃ち殺せ!!」

「はっ!」

 

 飛騨の下知を受けて、足軽は蘭丸に狙いをつけ鉄砲を撃つ。それと同時にしゅっ、と蘭丸が鋭い呼気と共に刀を抜き放つ。

 

「な……」

 

 言葉を吐いたのは誰だったのか。目の前の状況をすぐに理解できたのは蘭丸以外にはいなかっただろう。鉄砲を撃ったはずの足軽の身体だけでなく銃身までもが見事に真っ二つになっていたのだ。蘭丸と鉄砲足軽との距離はかなりの距離があり、蘭丸の位置から到底切り捨てることが出来るものではなかった。

 

「ききき、貴様は一体何者なのだっ!?そんな腕の山賊など聞いたこともないっ!」

 

 動揺し、後ずさる飛騨に追い討ちをかけるかのように鏑矢の音が響き渡る。

 

「か、鏑矢の音だと!?何だっ!?」

「じょ、上使様!あ、あれをっ!!」

 

 飛騨たちの視線の先に見えたのは二つ雁金と鶴丸紋……壬月と桐琴の旗だった。

 

「ひっ!?柴田衆と森一家っ!?」

「に、逃げろっ!皆殺しにされるぞっ!?」

「くっ、貴様、やはり織田の手の者であったか!」

「さぁ、どうでしょう?私が仕える相手は織田家ではありませんので」

 

 蘭丸の言葉に舌打ちする飛騨。

 

「一端退くぞ!竹中半兵衛重治、謀反!織田の手引きにより遁走!そう伝える!貴様が証人だ、いいな!」

「はっ!」

 

 近くに居た足軽に言うとすぐさま撤退を開始する。

 

「貴様、次は戦場でそのそっ首、たたき落としてくれる!覚えておれ!」

「覚える価値があるようでしたら、覚えておきます」

 

 

「蘭丸さま、どうして飛騨を逃がしたんですか?」

 

 戦いが終わって新介が蘭丸に問いかける。

 

「そうですね、いくつか理由はありますが……今後訪れる戦の際にあの飛騨という者がいたほうが、織田にとって組しやすくなる、と思ったからですよ」

「へ……?」

「恐らくですが、ああいった手合いは不利になればすぐさま自分の傍に仕える兵を連れ逃げます。……そうなれば士気も下がり、兵数も減り。更には今回の戦いを経験している兵であれば、私たちを見たときにそれだけで恐怖することでしょう。だから逃がしたんですよ」

「さっすが蘭丸さま!ボクじゃそんなことまで頭回らなかったです!飛騨の奴、すぐにでも切り殺したかったですもん!」

 

 小平太が力説するのを見て蘭丸は微笑む。

 

「おう、お蘭。無事じゃな?」

「母さま!援軍に来ていただけるとは思ってもみませんでした」

「はは、殿が心配してすぐに向かうようにと下知が与えられてな。まぁ壬月とワシが来れば平気だろうとな」

「……いやぁ、明らかに過剰戦力だよね、これ」

 

 剣丞が苦笑いを浮かべながら嬉しそうに話す森一家を見る。

 

「私もそう言ったのだがな。全く、殿は蘭丸が絡むと甘いから困る」

「はははっ!そんなことを言って壬月もお蘭を心配してかなり速度を上げておったではないか!」

「……森の。それはお前も同じだろう」

「蘭丸さーん!剣丞さまー!!」

「お二人ともご無事ですか!」

 

 先に逃げていたひよ子と転子、詩乃も安全を確認したのか蘭丸たちに駆け寄ってくる。

 

「お二人とも、ご無事でなによりです」

「ううー、怖かったですー、怖かったですよぉ!」

「あはは、ひよ、逃げてる間も怖がってたもんね」

 

 半泣きの状態で涙を浮かべるひよ子の頭を蘭丸は優しく撫でる。

 

「ううー、だって荒事は苦手なんだもん……」

「ひよはそれで良いと思いますよ。人には向き、不向きがありますから。ひよは自分の得意なことをしっかりとやっていればいいんです」

「それはそうと、お蘭よ。目的は果たせたのか?」

 

 桐琴の言葉に蘭丸は視線をひよ子と転子の後方……少しだけ離れた場所からこちらを伺っている詩乃へと向ける。蘭丸の視線を受け、静かに近づいてくる詩乃。

 

「無事でよかったです。怪我はありませんか?」

「お蔭様で、大事ありません」

「よかったです。竹中さんがご無事で」

 

 蘭丸が微笑みかけると顔を赤くして俯く。

 

「……あの、私は、攫われるのですか?」

「えぇ。文に書いたとおり、私は貴女の智と才が欲しいのです。我が主……織田久遠信長さまを支える為にも」

 

 蘭丸の言葉に詩乃が顔を上げる。

 

「私と共に行きましょう。美濃からも、昔のしがらみからも。全て私が断ち切ります。ですから、共に歩いていきましょう」

 

 そういって差し出された蘭丸の手をおずおずと取る。

 

「己が、こうも求められるとは、思ってもみなかったもので、少し驚いています」

「周囲には見る目の無い人しかいなかったのですね」

 

 蘭丸の言葉にふふっと笑みをこぼす詩乃。

 

「あなた様は森成利様で在らせられる」

「えぇ。通称は蘭丸と言います」

「織田久遠信長より天人新田剣丞と部隊を与えられた織田の懐刀にして、森の戦姫……」

 

 確認するように呟く詩乃。

 

「……一緒に来てくれますね?」

「はい。我が身、我が魂の全てをもって、あなた様にお仕え致しましょう。我が名は竹中半兵衛重治。通称、詩乃。……蘭丸さまに我が才の全てを捧げます」

「ありがとうございます。……ですが、私ではなく……」

「はい。わかっておりますよ。織田久遠さまにも間接的に我が才を捧げましょう」

「はっはっはっ!お蘭よ、流石はワシの子じゃ!」

「ちょ、ちょっと母さま!?あのね、詩乃。私じゃなく……」

 

 珍しく慌てた様子の蘭丸をそれを見て笑う一同。

 

 

 この日、竹中半兵衛重治は織田家に……蘭丸に仕えることになる。




少し短めですが切が良いのでここまでにします。

閑話をはさんで再び本編となります!

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