あくる日の朝、城にて久遠と蘭丸が今日の予定について話をしていたときであった。
「久遠さま、どうやら早馬が……あれは小平太?」
「む?確かお蘭の指示で美濃に送り込んでいたはずだな」
「はい。……何かしらの異変があったのかもしれません」
バタバタとあわただしい足音と共に現れた小平太は大急ぎできたのだろう、疲労を隠せずにいた。
「小平太、大丈夫ですか?」
「蘭丸さまっ!あの、大変なんですっ!!」
「小平太、落ち着いて。久遠さまの御前ですよ」
蘭丸の言葉にはっとした小平太が慌てて平伏する。
「いや、よい。危急の用ということはわかる。……して、小平太何事だ?」
「はっ!蘭丸さまの命で斉藤家の詩乃……竹中重治どのと会い、行動を共にしていたのですが……竹中どのが稲葉山をのっとるべく行動を開始する、と」
「……ほう、堅牢な稲葉山を、な。して、どれほどの兵で攻めるつもりなのだ」
「それが……」
「にわかには信じられませぬな」
評定の間。久遠によって集められた織田の面々は小平太の持ち帰った情報の吟味をしていた。小平太は屋敷にて休むように蘭丸から命じられて既に下がっている。
「うむ、壬月の言葉も最もである。……だが、お蘭が信頼して出した小平太の言だ。一概に間違いとも思えん」
「はい。私もそれほど長い期間共にいるわけではありませんが、小平太の言葉に偽りはないかと」
「……とはいえ、壬月さまの仰るとおり、現実味のないことというのは間違いようがありませんね」
久遠と蘭丸の言葉に麦穂が返す。
「ねぇねぇ、和奏は十人くらいで稲葉山落とせる?」
「犬子!馬鹿言うなよ!流石の私でもそんなの無理だって!」
「だよねぇ。雛も無理~」
三若の言葉に壬月がこめかみをひくつかせるが、内容は間違えていない為何も言わない。
「……小平太の言が事実であれば、こちらからどのような手に出るべきか意見を聞きたい」
「竹中どのに城の明け渡しを申し出てみては?」
「ふむ、斉藤家であれば美濃三人衆を調略するのもよいやも知れぬ」
壬月と麦穂を中心に意見が集まる中、久遠の傍に控えている蘭丸は目を閉じ一人思案する。
「……お蘭よ、そなたはどう思う?」
「はっ。恐れながら、私は……竹中どのを助けに向かいたいと思います」
「ほぅ……詳しく話せ」
「恐らくですが、竹中どのが城を明け渡すことはないでしょう。どのような条件においても」
蘭丸の言葉に間の全員が静まる。
「まぁ、三人衆は分かりませんが……そして、竹中どの、三人衆の面々に文を送れば……竹中どのは龍興どのに城を返還するのではないか、と」
「どうしてそう思う?」
「……竹中どのは、きっと美濃を心の底から愛している……そう感じたからです。織田に幾度と無く辛酸を舐めさせたあの今孔明を味方にすることが出来れば、きっと久遠さまの道の救いとなる、そう確信しております」
「でも蘭ちゃん、そこまで美濃を愛している竹中どのが織田に味方するかしら?」
「きっとしないでしょう。……ですが、確実に龍興どのは竹中どのに刺客を送るはず」
「ふむ、確かにあの馬鹿者であればあり得る話だな。蝮の血を継いでいるとは思えんが」
久遠も蘭丸の意見に賛同する。
「……竹中どのの心を変えることができるかどうかはわかりません。ですが、是非私に説得させて欲しい……そう思います」
「……分かった。お蘭がそこまで言うのであればやってみよ」
「はいっ!」
「とはいえ、まずは事実確認が先だ。その後、事実であれば竹中、三人衆への城明け渡しの文を送る。それと同時にお蘭は隊を率いて竹中の救出に向かう、という形で行く。異論はないな?」
全員が頷くのを見て久遠も頷く。
「ならば、その後に訪れるであろう決戦に備え軍備を整えよ。以上だ」
仕事が終わり、蘭丸が屋敷に戻ったときまだ小平太は眠っているようであった。
「かなり疲れてたみたいだね。部屋に入るなり倒れるように寝ちゃったよ」
剣丞が苦笑いで言う。心配で隊員が交代で見守っていたらしい。
「剣丞さまも姉さまと遊びに行ってお疲れでしょう?ここは私が代わりますので先にお休みになられていいですよ」
「遊び……はは、森一家としては遊びみたいなもんか」
「ふふ、そうですね。ですが、大事な仕事でもあります。……鬼を倒すことは民を守ることと同義ですから」
蘭丸の言葉に頷く剣丞。森一家は楽しんで鬼を狩っているようにしか見えないが、それは民を守るため……結果としては民のためになっている。決して楽しむためだけに行っているわけではない、はずだ。
「ん~……じゃあここは任せちゃっていいかな?」
「はい、お任せください」
「それじゃ、おやすみ蘭ちゃん」
そういって立ち去っていく剣丞を微笑みながら見送った蘭丸はその視線を小平太に向ける。
「……よく頑張ってくれましたね」
小平太が持って帰った情報は確かに混乱を誘うものではあったが、一足先に状況を知ることが出来たのは好機である。特に美濃を攻める上で竹中重治……詩乃の存在というのはとても大きなものだ。斉藤家家中は信じないらしいが、詩乃がいなければとうの昔に稲葉山は落ちていただろう。
「新介はあちらに残っているという話でしたね。大丈夫でしょうか……」
小平太と共に美濃に向かっていた新介の無事を祈る蘭丸の前で、小平太が身をよじる。
「う……ん」
「起こしてしまいましたか?」
薄っすらと目を開けた小平太の頭を優しくなでながら蘭丸が声をかける。
「らん……まるさま?……っ!」
今の状況に気づいた小平太は飛び起きると、自分の髪の毛を慌てて整えるように撫でる。
「ふふ、大丈夫ですよ。それよりも、ゆっくりと休めましたか?」
「は、はい!おかげさまで……蘭丸さま、どうなったんですか?」
内心では新介のことも心配であろう小平太が蘭丸にたずねる。
「今のところは様子見になります。ですが、私たちはすぐにでも美濃へ向かうことが出来るように準備を進めます。……新介のことは心配でしょうが、私に力を貸してください、小平太」
「は、はい!って言っても、ボクが役に立つことなんてあるか分からないですけど……」
「小平太は立派に美濃での役割を果たしてくれたでしょう?もっと自分に自信を持ってください。……今回の件が片付いたら久遠さまにお願いして小平太と新介に褒美をもらえるようにしないといけませんね」
「えぇっ!?い、いいですってそんなこと!」
「いいえ、もう決めました」
蘭丸が悪戯っぽく笑いながら小平太に言う。
「……新介のことも心配ですが、今は私たちに出来ることをしっかりとやっていきましょう」
「はい!」
「私のほうでも打てる手は打っておかないといけませんしね」
「?蘭丸さま何かするんですか?」
「えぇ。……竹中どのへ、恋文でもしたためようかと」
「……え?」
数日後、再び久遠の元に美濃に潜ませていた草からの情報で、稲葉山落城の知らせが届いた。そこからの動きは前もって情報を手に入れていたこともあり迅速であった。久遠はすぐさま西美濃三人衆と詩乃へ早馬を送り、稲葉山城を売れといった。
「それで、返答は?」
「私利私欲で城を奪った訳ではない。自分はまだ美濃斉藤家の家臣である。だから売れんと言ってきた」
「殿と蘭ちゃんの予想通りというわけですね」
壬月の言葉に久遠が答え、麦穂が納得したように頷く。
「だがな、その竹中からの文が届いた次の日、再び美濃から使者が来たのだ」
「……まさか」
ありえないとは思いながらも蘭丸の口から漏れ出た言葉に久遠が頷き。
「西美濃三人衆、安藤、氏家、稲葉からの連名の書簡でな、高値で売ってやるから買えと。……お蘭の予想が正しいならば、まもなく竹中は城を龍興に明け渡し自らは野に下るだろう。……お蘭、いけるな?」
「はい、蘭丸隊すぐにでも」
「……しかし、今回に限っては兵を動かすことはまかり為らん。それでもいけるな?」
「勿論です。私と剣丞さま、ひよ子、転子、小平太。以上の五名で成し遂げて参りましょう」
「……うむ。無理はするでないぞ。他の者は直ちに戦の準備を急がせよ!」
「剣丞さま、出立の準備は出来ていますか?」
「勿論。ちょっとした道具も作ってみたから道中説明するよ」
剣丞の言葉に首を傾げながらも頷く蘭丸。
「蘭丸さーん!馬の準備も整いました!」
ひよ子の元気な声に頷き蘭丸は前を向く。
「急ぎましょう。どれほど時間に猶予があるか分かりませんから」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「大丈夫、詩乃!?」
新介が手を引くように詩乃と森の中を駆ける。
「誤算、でしたね。まさかこんなに早く追っ手が掛かるとは……」
「確かに。……後悔してる?」
「……いえ、私は間違ったことはしていません。武士としての誇りを穢されたのならば、その恥を濯ぐ。それが武士ですから」
「そうね。なら今は全力で走る!」
「新介……貴女は先にいってもいいんですよ?元々貴女は織田の……」
「それ以上言ったら怒るわよ!?蘭丸さまにだって詩乃を連れて行くって約束してるし、こんなところで……と、友達を見捨てられるわけないでしょ!」
長い距離を走ったからではない頬の染まりは照れくさかったからだろうか。詩乃は驚きと共にふふっと噴出す。
「……そうですね。……成利どのからの文……まだ返事を返していませんから」
「詩乃、大事そうにしてたけど何て書いてあったの?」
「……秘密です」
新介にそういいながら文の内容を頭の中で反芻する。
「……私もまだまだ小才子ですね。あんな言葉を頼りに思ってしまうなんて」
「もう!いいから詩乃、今は少しでも遠くまで逃げるわよ!」
二人の逃避行は続く……。
「……話を纏めると、既に竹中どのは斉藤家を辞して逃げたけれど、追っ手が掛けられている……ということでしょうか」
蘭丸が顎に手を沿えながらつぶやく。
「そう見たいですね。追っ手は長井どの一派の飛騨守……少なくない数が出ているみたいです」
転子が情報を補足するように伝える。
「ひよ、竹中どのの在所は?」
「はい、不破郡の菩提城……ここから西方の関ヶ原近くです!」
「西方……情報とも合致するね。しっかし、龍興って人は本当に嫌われてるだなぁ……」
「恐らくは美濃譲り状の話などが民の間でも伝わっているからでしょう。……そういえば、剣丞さま。その筒はなんでしょう?」
「あぁ、そうだった。これ簡易の信号弾……っていっても分からないか。玉薬を使って作ってみたんだけど、その紐のところを引いたら音と光で危急を知らせることが出来るんだ。ただし、もちろん使えば敵にも見つかるから注意してくれ」
「こんなものを作れるなんて……流石は剣丞さまですね」
蘭丸の言葉に少し照れくさそうにする剣丞。
「では、これを持って手分けして竹中どのを探しましょう。見つけたら信号弾……を上げて知らせるように」
「竹中殿。あれほど大それたことをしでかしておいて、更に逃げようとするとは、何たる恥知らず。さすがは美濃の痩せ武士。風上から風に吹かれて、遥か風下に着地していらっしゃる」
馬鹿にしたように詩乃に言うのは斉藤飛騨。詩乃からすれば美濃を、斉藤家を貶めた相手である。詩乃を庇うように新介が刀を構えて飛騨とその取り巻きを牽制する。
「武士の風下に私が居るとしたら佞臣として主君に道を誤らせる武士は更に風下にいることでしょうね。滑稽極まりないことです」
負けじと返す詩乃に舌打ちをする飛騨。
「ふんっ、好きに宣うが宜しかろう。私は龍興様より上意を受けているのですから」
「上意、ねぇ」
詩乃と飛騨の言葉を聞きながら新介は周囲を見渡す。
「(……この数の敵を前に逃げ切るのは困難、か。とはいえ、私一人じゃどこまでやれるか……)」
「竹中どの。お腹を召して頂くか、それともこの私に頸を刎ねられるか。好きなほうをお選び頂きましょう」
「選べ、と?相手に選択させることは、その上意は本当に龍興さまからの上意なのでしょうか?」
詩乃と飛騨の弁論は詩乃が圧倒的に有利な状況で進んでいる。……だが、この状況下では火に油を注ぐ行為でもある。相手が冷静さを欠くことで隙が生まれる可能性はあるが。
「語るに落ちたり竹中重治!すでに織田と内通しているとみた!私はそう見た!ここに居る全ての者が証人であるぞ!」
「愚者の相手は疲れますね。……もし内通していたのだとしたら、稲葉山城を君に返上せず、そのまま織田に奔っていたでしょうに」
「ええいっ!うるさい!皆の者、やれ!」
「おうっ!!」
飛騨の言葉に答えた足軽たちが詩乃と新介に殺到する。
「詩乃!踏ん張りなさいよ!」
「くっ……!」
詩乃は元々武の心得があるわけではない。書見などによる軍を率いる立場としての才覚に優れているのである。新介も奮闘していたが、多勢に無勢、少しずつ劣勢に追いやられていく。
「新介、私を置いて逃げてください!貴女一人であれば逃げ切れます!」
「馬鹿っ!さっきも言ったでしょう!?詩乃を置いていくなんて……」
「私は私を友と言ってくれた相手を無駄に死なせたくはありません!ここで最期になるのならば、愚者の手など借りず!雑兵に討たれる辱めを受けるのならば……自らの手で!」
「立ち腹など切らすな!さっさと殺せ!!」
「詩乃っ!!」
飛騨の言葉と新介の悲鳴のような声。そして、詩乃に迫り来る足軽の槍。詩乃は全てがまるで時間がとまったかのような感覚に襲われる。あぁ、自分はここで死ぬのか、と。恐らくは自らの手で腹を切るよりも槍が身体を貫くほうが早いだろう。
……せめて、願わくば。
自分のことを友と言ってくれた、新介の無事を……。
「ぐっ……」
迫り来る衝撃は訪れず。くぐもった声とドサリと何かが倒れる音に詩乃は無意識に閉じていた目を開く。
「あ、あなたは……!?」
「遅くなりました。初めまして、竹中重治どの……詳しい話は後で」
詩乃の腕を優しく掴み自害を防いだ蘭丸は優しく詩乃を抱きとめるような形をとっている。
「新介も無事でなにより。さてそれでは」
信号弾の紐を引き、剣丞たちへの合図を送り呆然としている飛騨の兵へと視線を向ける。
「覚悟は、よろしいですね?」
書いていたら新介が格好良くなった気がします(ぉぃ
あの二人、立ち絵あるのになんで攻略キャラじゃなかったんだろう……。