戦国†恋姫~織田の美丈夫~   作:玄猫

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13話 宴の席にて

「……それでは、蘭丸どのと転子どのの来訪を祝して……乾杯!」

「「乾杯!!」」

 

 蘭丸を歓迎する宴は滞りなく開催されることになった。武田の主要な面々だけでなく、この間に入れなかった足軽たち、更には町の住人たちにも少しではあるが食事を提供したらしく、城下でもお祭り騒ぎになっているそうだ。

 

「これほど大きな宴を開いていただいて……ありがとうございます、光璃どの」

「……構わない。織田も蘭丸も、武田にとって重要」

 

 礼を言う蘭丸に対して首を振りながら気にするなという光璃。

 

「薫どのや心さんにも気を遣っていただいたようで……おかげさまでころも楽しそうです」

「……私は何もしていない。薫と心を褒めて」

 

 それだけ言うと用意された食事に箸を運ぶ。それを見て軽く微笑むと蘭丸も食事を口に運ぶ。

 

「……流石はころ。おいしい食事ですね。それに少し教えてもらっただけでここまでの料理を作れる心さんも……」

「へっへー!あたいのここは凄いんだぜ!」

「もう、こなちゃんったら……ほら、またご飯ほっぺたについてるよ」

 

 そういいながら何処か嬉しそうに粉雪の頬についた米粒をとる心。

 

「本当においしいですよ。粉雪さんが自慢したくなる気持ちも分かります」

「蘭丸はよく分かってるぜ!」

「ちょっとこなちゃん!……すみません、蘭丸さん」

「いえいえ。武田が誇る赤備えの粉雪さんと仲良くなる機会なんて普通はありませんから」

「蘭丸は色々と詳しいんだぜ」

「これからの戦において、情報というのはとても重要なものだと久遠さまも仰っていますから。自分が向かう相手方の重要な方々はしっかりと頭に入れてます」

「中々に見所(みろころ)があるやつなのら。お屋形さまと同じことをいっているのら」

 

 粉雪、心と話をしているときに入ってきたのは兎々。

 

「ふふ、光璃どのも情報の重要性を理解されているのですね。流石は甲斐の虎と謳われる方ですね」

「ふふん!そうなのら!それが分かる蘭丸はやっぱり見所(みろころ)があるのら!」

「……初めてで兎々の言葉に戸惑わない奴は珍しいんだぜ」

「何を言っているのら?」

 

 感心する粉雪とその様子を理解できずに首を傾げる兎々。

 

「ねね、蘭丸ちゃん!」

「何ですか、薫どの?」

「……むぅ、蘭丸ちゃんには薫って呼んで欲しいな」

「それは……呼び捨てで、ということですか?」

「うん!……折角出来た年の近い友達だし……」

「薫の望むとおりにしてやって欲しいでやがりますよ」

「夕霧どの」

「夕霧も呼び捨てで構わんでやがりますよ。それに、薫は普段は姉上の影武者として動いていることが多いから此処にいる者たち以外はほとんど……それこそ存在すら知らないでやがります。……だから」

 

 恐らくは夕霧も、そして言葉にはしていないが光璃も武田のために身を捧げている薫に対して思うところがあったのだろう。薫の申し出を了承して欲しいと蘭丸に言う。

 

「分かりました。……それでは、改めて薫。どうしたのですか?」

「う、うん!実はね、ころちゃんから少しは聞いたんだけど……田楽狭間の天人……剣丞殿について聞いてみたいの!」

「剣丞さまについて……ですか?」

「私も知っていることは……お教えしたんですけど」

 

 蘭丸にだけ聞こえるように「勿論、大丈夫なことだけです!」とささやく転子に軽く頷く。

 

「そうですね……」

 

 そこまで言って周囲を軽く見渡す。その場に居るほぼ全員が蘭丸の言葉を待つように様子を伺っているのが分かり、苦笑いを浮かべる。

 

「……折角の酒の席です。酒のつまみになるかは分かりませんがお話させていただきますね」

 

 

「……しかし、本当に奇妙な奴でやがりますな。天人とは」

「……これからの時代は、天人を中心に動いていく」

 

 宴も終わり、光璃と夕霧、春日の三人は話をしていた。

 

「ふむ、それは先ほども言っておられましたな。蘭丸どのもあそこまで場を盛り上げる為とはいえ、剣丞どのの情報を話してくれるとは……」

「……あの程度の情報であれば痛手ではないということ。……それと、武田の情報網であればこの程度のことは知っているであろう、という牽制」

「蘭丸どのがそこまでやりやがると、姉上は思っているでやがりますか?」

「……やる。それが、織田久遠信長の為になるのであれば必ず。……蘭丸の思想は危険」

「我ら武田や、主君に対する忠誠が強いといわれる三河者……まさか」

「……それ以上。もし、織田から武田を滅ぼせと言われていればやってしまう」

 

 光璃の言葉に息を呑む二人。

 

「それほどの人望を持っているでやがりますか、織田信長は」

「……蘭丸だけは異常。……だからこそ、美空には会わせられない」

「こだわりますな、お屋形様」

「……美空は嫌い」

「……ま、まぁ、厄介ごとになるのは間違いないでやがりますね」

「……蘭丸の力を知りたい。教養も、好みも」

「どのような男が好みなのか、もですかな?」

「男に靡くようには見えないでやがりますが……」

「……夕霧も、春日も、違う」

「「え?」」

 

 光璃の言葉に首を傾げる夕霧と春日。

 

「蘭丸は、男の子」

 

 いつぞやの剣丞たちと同じように硬直する二人。声を上げなかったのは流石といったところだろうか。

 

 

 翌日。蘭丸はまだ眠っている転子をそのままに庭へと出て木の前で刀を構えていた。目を閉じ静かに立つ蘭丸の前にひらりと木の葉が舞い散る。

 

「……ふっ!」

 

 鋭い呼気と共に刀を一閃、二閃と振る。空中でその葉は綺麗に四等分され地面に落ちる。パチパチパチと手を鳴らす音が聞こえ、蘭丸は目を開けると視線を向ける。

 

「いやはや、素晴らしい太刀筋ですな蘭丸どの」

「春日どの。まだまだ私なぞ達人の域には達していませんよ」

「いやいや。それほどの腕前、かつて戦場で見えた秀綱殿を彷彿とさせますな」

「春日どのは信綱さまをご存知でしたか」

「……まさか」

「はい。少しの間ですが、ご指南いただきました。私の刀の師は各務さんと信綱さま……剣豪、上泉信綱さまです」

 

 

「いやはや、驚きましたぞ。あの剣豪が師とは」

「本当に少しの間だけですから」

「今はどうされているので?」

「柳生に向かうと仰っていました。新しい弟子の方が柳生を治めていると文が届きましたから……きっとあちらでも楽しく刀か、鍬を振るっていると思いますよ」

 

 そういって笑う蘭丸を見て春日は感心する。

 

「しかしそれほどの太刀……武田でも振るえるものはおらんでしょう。我らもまだまだ鍛錬せねばなりませぬな」

 

 そんなことを言いながら春日は服をはだける。

 

「か、春日どのっ!?」

「ん?どうされた?」

「ど、どうされたって……いえ、春日どのこそ……」

「あぁ、乾布摩擦を毎日やっておりましてな。どうです、蘭丸どのも」

 

 そういって差し出された手拭いを反射的に受け取った蘭丸。

 

「ありがとうございます……で、ではなくて!春日どの、私は」

「男で御座いましょう?ははは、拙の裸など特別なものではありませぬからな。気になさらなくて結構ですぞ」

 

 剛毅に笑いながら乾布摩擦を始める春日。若干頬を染めた蘭丸であったが、ため息をつくと春日のほうを見ないようにしながら上着をはだけ、同じように乾布摩擦を始める。

 

「……ほう、蘭丸どのの肌はとても綺麗ですな」

「ふふ、春日どのもお綺麗ですよ」

 

 少しは動揺も落ち着いた蘭丸が春日の言葉に返す。

 

「男ということは聞いておりますが……言葉だけでは信じられぬほどですぞ」

「ありがとうございます……でいいんでしょうか?」

「はっはっはっ!男に言っても喜ばれる話ではありませんでしたな」

「ふふ、そうですね。ですが、私は母にも姉にも娘、妹として育てられましたので……正直嫌な気持ちはありませんよ」

 

 蘭丸をちらと見て、春日は心の中で納得する。下手な女の子よりもきっと可愛らしい娘(男だが)だったのだろうと。

 

「おはようございます、蘭丸さん……春日どの……ってっ!?」

 

 まだ少し眠かったのだろうか、転子が目をこすりながら蘭丸たちの下へと向かっていたのだが、二人の様子を見た瞬間に飛び跳ねるように声を上げる。

 

「ら、蘭丸さんっ!?何やってるんですかっ!」

「……乾布摩擦ですが?」

「ちゃんと隠してください!嫁入り前なのにそんな格好をしたら駄目です!!」

「こ、ころ?落ちついて?私は嫁には……」

「春日どのも春日どのです!!蘭丸さんがこんな格好をしているところを見られたらどうなるか考えてください!」

「う、うむ。すまない……?」

 

 何故怒られているのか分からない春日であったが、転子の謎の剣幕に押され謝罪する。

 

「ほら、蘭丸さん!部屋に戻って身だしなみを整えますよ!」

「ちょ、ちょっところ?まだ寝ぼけてません?」

「起きてます!!」

 

 引きずられるように連れて行かれる蘭丸を見送った春日は、切り替えるように再び乾布摩擦を始めるのだった。

 

 

「すみませんでしたっ!!」

「ふふ、構いませんよ」

 

 正気(?)を取り戻した転子が全力で謝罪するのを優しく宥める蘭丸。

 

「ころは私を心配してあのように言ってくれたんでしょう?それなら私は感謝しても怒ることはないですよ」

「で、ですが!」

「ころ。私がいいと言っているんですから。……それよりも心配をかけたようですし、何か私がお詫びをしたほうがいいかもしれないですね」

 

 あわあわと慌てる転子にクスクスと笑いながらそう伝える。

 

「そんなっ!?」

「どこかへお出かけ?ひよや剣丞さまにお土産を一緒に買いに行くとか……ころは何か欲しいものとかある?」

「い、いえっ!蘭丸さんと一緒に出掛けられるならどこでもいいっていうか……」

「それじゃ、こちらを離れる前にどこかに一緒に出掛けましょう。それくらいなら余裕もあると思うから」

「はいっ!」

 

 笑顔になった転子を見て蘭丸も嬉しそうに笑顔を浮かべる。そのとき部屋の前から足音が聞こえてくる。

 

「失礼するのら!」

 

 特徴的な言葉遣いですぐに誰か分かる。

 

「兎々さん。どうかされましたか?」

「お屋形さまがお召しなのら!得物を持って庭に集合するのら!」




本来、蘭丸が上泉信綱と会う可能性は限りなく低いですが、刀の師匠にあたる人物が欲しかったので使わせていただきました。
とはいえ、奈良にまで訪れているので織田に寄った可能性はありますから……。

信綱については今のところ本編登場予定はありません。
回想程度ではあるかもしれませんが……。

いつも感想ありがとうございます!
これからも感想、評価、お気に入りお待ちしています♪

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