オーバーロード〜小話集〜   作:銀の鈴

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最強と黄金、そしてハゲ

 

その日、ガゼフと王女は目付きの悪いハゲを見つけた。

 

「ほう、中々に鍛えているハゲのようだな」

 

それは筋肉ハゲだった。だが、ガゼフの研ぎ澄まされた直感は告げていた。あの筋肉ハゲの筋肉は見せ筋ではなく、戦える筋肉だと。

 

「筋張っていて不味いハムみたいなハゲね。あれならフサフサの分だけ、ガゼフの方が少しだけマシだわ」

 

普段から可愛らしい忠犬を見慣れている王女の目には、ムキムキハゲは可愛く見えなかった。あれなら肩車されたときに掴める髪があるこっちの筋肉バカの方がマシだと思った。

 

「フハハハハ、とうとうデレたか。と言いたいところだが、あの筋肉ハゲと俺を同じステージで比べるなよ。こう見えても俺は飲み屋のネーちゃんには大人気なんだぜ。店に行くたびにキャアキャア言われてボトルをあけまくりだぜ」

 

「えーと、『金の切れ目が縁の切れ目』という東方の諺を知っているかしら?」

 

他人の事など、皿に盛り付けられたパセリ程度にしか気を使わない王女が珍しく気を使った言い回しでガゼフに忠告する。

 

──だって本気で喜んでいるのが不憫に思えるわ。そんな本音な王女だった。

 

「おいッ、誰がハゲだ! この頭は剃っているだけだ!」

 

ガゼフ達の言葉が耳に入ったのだろう。ハゲが乱暴な言葉遣いで怒鳴った。

 

「うるせえぞッ!! クソハゲが喚くんじゃねえッ!!」

 

「ゲボラッ!?」

 

ハゲはブン殴られて吹っ飛んだ。

 

「チンピラより喧嘩っ早いのは戦士長としてどうなのかしら?」

 

「フハハハハッ、王女親衛隊隊長としてお前さんに近づく不審者を排除しただけだからな。何も問題はないぞ」

 

そうこの男は王直属戦士団の戦士長だけではなく、王女親衛隊の隊長にもなっていた。当然ながら関係各所を脅して許可させたのだ。

 

「不審者ね、ガゼフはそんな事を言いながら昨日も貴族を殴っていなかった? 貴族は不審者じゃないでしょう」

 

「ククク、俺の目には敬意を払うべき王女に対して不遜な態度をとっていた慮外者に見えたぞ。本来なら不敬罪で斬首のところ拳ひとつで許してやったんだ。感謝してもらいたいぐらいだぜ」

 

「不敬罪って、あの貴族は明らかにガゼフ相手に嫌味を言っていたわよね?」

 

「王女親衛隊隊長であるこの俺に対する嫌味は、王女に対する嫌味と変わらんぞ。そのような不敬など忠義心溢れる俺には許せんのだ。付き合いの長いお前さんなら、この俺の気持ちが分かるだろ?」

 

ガゼフは王女の頭を優しくポンポンと撫でながら真剣な表情で己の気持ちを語った。

 

「そうね、なぜか釈然としない気持ちが湧き起こるけど、ガゼフの言いたい事は分かるわ」

 

頭を撫でる大きな手から感じる温かさ。同時に胸に湧き起こる妙な違和感。頭が良くても分からない事はあると学んだ幼い王女だった。

 

そんな主従を見守る人々の目は優しかった。

 

「い、いや待て……俺はただこの頭は剃っているだけだと言いたかっ──ゲボッ!?」

 

「うるせえッ!! 話を蒸し返すなッ!! ウルトラハゲッ!!」

 

いつの間にか立ち上がっていたハゲが、何かを言いながら王女に近付くのを見逃すガゼフではなかった。

 

ガゼフのアッパーカットはハゲの顎に見事に決まり、そのハゲは再び宙に舞った。

 

背中から地面に叩きつけられたハゲは気を失う。それを見た王女はとりあえず近くに落ちていた木の枝を拾って突いてみる。

 

「つんつん……えっと、呼吸はしているわね」

 

「フフ、俺は慈悲深いからな。峰打ちだ」

 

アッパーカットで峰打ち? とは思った王女だったが、自分だったらハゲに慈悲はかけないから、ハゲを生かしたガゼフは確かに慈悲深いのかな? と、得意そうに笑っているガゼフを見ながら納得した。

 

「ふむ、見たところ食い詰めたゴロツキってところだが、腕は立ちそうだな。一応、持って帰るか」

 

「あら、もしかしてガゼフの戦士団にスカウトするのかしら? 念の為に言っておくけど親衛隊の仕事はさせちゃダメよ」

 

「ハハ、こんないかにも俺はゴロツキです。と声高に叫んでいるような見た目のハゲを、見栄え重視の親衛隊で使うほど俺は耄碌しちゃいないぜ」

 

「それならいいわ。ところで、コレをどうやって城に持って帰るのかしら? こんなハゲを城に持ち込もうとしたら衛兵が止めると思うわよ。ガゼフの家に持って帰る?」

 

王女の言葉に数秒だけ考えるガゼフ。すぐにニヤリと笑うと言い放つ。

 

「大きな袋に入れて持ち込むぞ!」

 

「えぇっ!? 私の大きな袋を使うの!?」

 

王女が珍しく大声を張り上げた。その王女の姿をみたガゼフは彼女が心配したであろう事を察して声をかける。

 

「フフ、心配するな。確かにお前さんと比べればハゲは重いがこの俺なら担げるからな」

 

腕を曲げて力こぶを誇示するように見せながら、ガゼフは王女を安心させるように笑う。

 

「そんな心配してないわよ! ハゲを入れた袋に入りたくないって言ってんのよ!」

 

「おっと、あぶない」

 

見当違いのガゼフの言葉にキレた王女の回し蹴りがガゼフを襲うが、とっくに王女の回し蹴りに慣れていたガゼフは軽く躱してしまう。

 

ぐぬぬ、と悔しがる王女。

 

ふはは、と得意そうに笑うガゼフ。

 

そんな主従をあくまでも微笑ましそうに見守る人々。

 

今日も王国は平和だった。

 

 

 

 

ハゲは困っていた。

 

最近の王国は馬鹿な貴族が徐々に減ってはいたが、だからといって全ての平民の生活が良くなるわけではない。

 

どこかの最強と黄金が下手に治安改善をするものだから用心棒をしていたハゲはリストラされたのだ。

 

リストラされたハゲも最初は頑張った。そう頑張ったのだ。用心棒ではなく普通の従業員として雇用されるべく無精髭は剃り、体毛も剃り、体表に油を擦り込みテカリを出して清潔感を醸し出し、満を辞して挑んだ飲食店のウェイターの面接でテカっていて気持ち悪いと言われた。

 

もちろんハゲはブチ切れた。

 

ブチ切れたハゲは暴れ回り、そして残念ながら面接は落ちた。まぁ、当然だろう。

 

ハゲは自暴自棄になり、転がるように落ちぶれていった。

 

ハゲは田舎でモンクの修行をして一端の腕を持つに至っていたが、逆に言ってみれば腕しかなかった。つまりはただの脳筋だ。腕っ節以外の潰しはきかなかった。

 

ハゲと同じ脳筋のガゼフが落ちぶれずに生きてこれたのは、ほんの僅かな違いでしかなかった。

 

御前試合で優勝して、王に気に入られて王国戦士長の座に上り詰めたのは確かにガゼフの実力だろう。

 

だが王宮で貴族からの嫌がらせを受けていたガゼフは、本来ならとっくの昔にブチ切れて王宮無双をかましてから王国から出奔していた筈だ。

 

その後は無惨だろう。

 

たった一人で王国の腐った貴族共を地獄に送り、王宮に詰めていた近衛兵の強者達を斬り捨てて、国外脱出を果たした戦士の末路など碌なものではない。

 

精々が隣国の優秀な皇帝にスカウトされて騎士に取り立てられる程度だろう。

 

ガゼフとハゲの違いは、そんなほんの少し我慢が出来たかどうかの違いでしかなかった。

 

少なくともハゲから身の上話を聞いた王女はそう思った。頭の良い王女がそう思ったのだ。たぶん間違いはないだろう。

 

「なるほど、確かに貴族共を斬り捨てたいのを、俺は驚異の忍耐力で我慢している。それに帝国の皇帝は優秀だと聞いているな。噂通りの皇帝ならこの国の愚王とは違い、この俺をも使いこなせるかもな」

 

王女の推論にガゼフは納得したかのように頷いたが、その後に『だが』と続けた。

 

「俺なら国外脱出などはせん。暴れた後は、お前さんを女王に据えてしまえば体裁は整うだろう」

 

ガゼフのその言葉に王女は納得した。

 

「なるほど、狼藉を働いた犯罪者じゃなくて、国を思い行動した英雄に成りすますわけね。私という国民から人気のある丁度いい神輿もいてるもんね」

 

「フハハハハッ、俺が育てた王国最強最大の軍隊もあるからな。文句を言う奴らは皆殺しだ!!」

 

「へぇ、文句を言う奴らね。この国から殆どの貴族がいなくなりそうね」

 

「俺は構わんぞ、貴族などクソだらけだからな!!」

 

「私の愚兄二人も文句を言うわよ?」

 

「お前さんの阿呆と馬鹿の兄貴共か……首を落としたら悲しいか?」

 

「いえ、別に」

 

「フハハハハッ、ならば問題はないな!! 俺の剣の冴えを見せてやろう!!」

 

「うふふ、王宮でそんな事を大声で言ってたら本当に首が飛ぶわよ」

 

「……(コイツら頭がおかしいだろ!?)」

 

ガゼフの危険な発言に王女は笑顔で注意をする。何ゆえに笑顔なのだろう?

 

ガゼフの危険な発言にハゲは隅っこで震えている。ハゲが考えている事は概ね正しい。

 

なお、王宮内に勤めている人達は全員がガゼフと王女の声が聞こえていない──ことにしていた。つまり、王宮内で生き残る(ガゼフに斬り殺されない)為の知恵であった。

 

「ところでこのハゲを連れてきたのはいいが、剣は素人だから俺の軍では使えんな。お前さんはいるか?」

 

ハゲに強者の匂いを感じたガゼフだったが、まさかハゲが殴り合いしか脳が無いとは思ってもいなかった。ハゲに一から剣技を教える程の価値があるとは思えないガゼフはハゲに対する興味を失ってしまった。

 

ガゼフに問いかけられた王女が反射的に『いらない』と答えようとしたとき、部屋の隅に立つ忠犬の姿が目に入った。

 

剣士としての才能は、王女である自分の足元にすら届かない弱々しい忠犬だったが、飼い主の自分の為なら誰彼かまわずに噛みつく可愛いところがあった。

 

弱い犬ほどよく吠える。その諺通りの愛らしい忠犬は生傷が絶えない。いつか大怪我をするんじゃないかと心配をしていた。

 

王女はハゲの体を見た。筋肉がよく詰まった頑丈そうな体だった。いや、ガゼフに殴られても壊れないのだから実際に頑丈なのだろう。

 

──これなら良い肉壁になりそうね。

 

王女はガゼフ以外が見たなら聖女のように見える微笑みをその美しい顔で作った。

 

「貴方様の磨かれた拳技で、力無き私を守ってはいただけませんか?」

 

ガゼフから見れば腹黒そうな笑顔を浮かべて喋る王女を、妙な生き物を見る目で眺めていた。

 

胡散臭え、それがガゼフの偽りなき素直な気持ちだった。

 

「お、俺なんかでよければこの命を王女様に捧げます!!」

 

「なにぃぃいいいッ!?」

 

「えっへん」

 

まさかのハゲの了承にガゼフは仰天する。もしかしたら人生で一番驚いた瞬間かもしれない。

 

そんなガゼフに胸を張る王女。

 

ふふーんだ。どうだ見たか、これが私の魅力よ。そんな幻聴が聞こえてきそうなドヤ顔だった。

 

部屋の隅では忠犬が『流石は姫様です!!』と吠えていた。

 

いつの間にか臣下の礼をとっているハゲ。

 

その姿にガゼフは大きく目を見開く。このハゲは小娘の本性を知っているはずなのに一体何故だ……そんな呻くようなガゼフの言葉に答える者はいなかった。

 

──ガゼフは知らなかった。

 

王国にて『黄金』とまで讃えられる光り輝く王女の微笑みは、ゴロツキでしかなかったハゲの胸中に信仰に近いほどの感情を湧き上がらせるほどの破壊力を持つことを。

 

狂信の光を瞳に宿し、ハゲは『黄金』に頭を垂れる。忠犬が『黄金』の輝きに灼かれた瞳で見惚れていた。

 

ガゼフは無意識に舌打ちをする。

 

彼が知る『黄金』は──にぱーと笑うただの小娘でしかなかった。

 

なんとなくムシャクシャしたガゼフは、その大きな手で小娘の髪の毛をクシャクシャにしてみた。

 

「なにをするのよ!」

 

ぷりぷり怒った小娘の姿にガゼフはニヤリと笑った。

 

「クク、案外似合ってるぜ、その髪型」

 

「んなわけあるかっ、くらえっ!」

 

小娘の回し蹴りが、いつもの様にガゼフに向かって放たれた。

 

そんな主従の姿を、ハゲと忠犬は狐につままれたような顔でぽかんと見ていた。

 

 

──天下泰平。

 

やっぱり今日も王国は平和だった。

 

 

 


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