オーバーロード〜小話集〜   作:銀の鈴

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最強と黄金シリーズ
最強と黄金


「斬り捨てるぞ、貴様ら」

 

いくつもの村々が、帝国の騎士達に襲われているという情報を得たガゼフは、王に出撃の許可を得るために王宮に出向いていた。

 

そんなガゼフを待ち受けていたのは、王と対立する貴族達の謀略であった。

 

貴族達はガゼフの出撃を認める代わりに、王国戦士長として与えられている魔法装備の数々を置いていくように求めたのだ。

 

この無茶ともいえる要求は、王の勢力を少しでも削ごうとする貴族達と彼らを纏めんとする王との権力闘争であった。

 

もちろん、そんな貴族達との権力闘争など知ったことではないガゼフはその要求を拒否する。

 

「貴様! 平民の分際でそのような口を……」

 

「黙れ! 王直属戦士団の戦士長である俺の武装を削ごうとするとは――貴様らを国家反逆罪で成敗する」

 

政治的な駆け引きもなく、本気で剣を抜くガゼフに貴族達は顔色を無くす。

 

このままでは王宮にいる主だった貴族達は一人残らずガゼフの手によって斬り捨てられるだろう。

 

当然だが、王宮だから近衛兵達が周りにいるが、近衛兵達は誰一人として動こうとはしなかった。

 

近衛兵達もガゼフが剣を向けたのが王であったならその命を賭して王を守ろうとしたであろうが、王の潜在的な敵である貴族達を守るために命を賭ける気は毛頭なかった。

 

なんといってもガゼフは周辺国家最強の戦士であり、貴族達が剥ぎ取ろうとしていた魔法装備をフル装着している今のガゼフには王宮に詰めている兵達を皆殺しにできる力があった。

 

そんな状況下では、近衛兵達が見ないふりをしても誰も咎められないだろう。(被害者になりそうな貴族達は除く)

 

国王であるランポッサⅢ世も常日頃から自分の足を引っ張る貴族達に苛立ちが募っていたため、ついつい “いいぞ、やってしまえ” と心の中で歓声を上げてしまっていたせいで、ガゼフへの制止が遅れてしまった。

 

《戦気梱封》

 

《急所感知》

 

《流水加速》

 

《即応反射》

 

《可能性知覚》

 

ガゼフは武技を発動する。

 

王国最強のガゼフは、恐らくは戦う力がないであろう貴族相手でも全力をつくす。

 

これは彼が大人気ないのではなく、獅子は兎を狩るにも全力をうんたらかんたらというヤツだと思ってあげよう。

 

このまま王宮内でガゼフ無双が繰り広げられるのかと思われた瞬間だった。

 

「お待ち下さい、ガゼフ様──」

 

鈴の音を思わせるような美しい声が響いた。

 

今にも全力の “六光連斬” をかまそうとしていたガゼフの動きが止まる。

 

逃げ出そうとしていた貴族達の動きも止まる。

 

あらぬ方向を見ていた近衛兵達が一斉に同じ方向に顔を向ける。

 

もちろんそこには──我らが “黄金” が微笑んでいた。

 

 

 

 

“最強” と “黄金” が出会ったのは十年以上も昔になる。

 

当時、御前試合で優勝したガゼフは、ランポッサⅢ世に気に入られて王国戦士長の地位についた。

 

王国戦士長となったガゼフは自らが率いる王国戦士団の増強のため奔走した。

 

王の威光を笠に着て予算をぶん取り人員を増やして武装を強化した。

 

増強した王国戦士団の戦力と自らの周辺国家最強の武力を背景にして、王国内での確固たる発言力を手に入れた。

 

盗賊や魔物退治を率先して行い、国民からの人気も得ることが出来た。

 

だが、ガゼフは平民出身のため上流階級の決まり事などに疎く、王宮内で恥をかかされる事が多々あった。

 

その度に相手を斬り捨てようとしてはランポッサⅢ世に止められた。

 

ガゼフの我慢も限界を迎えそうになっていた頃にある噂を耳にした。

 

曰く、子供らしくない大人みたいな王女。

 

曰く、まるで心の中を見透かしたような言動をする気持ち悪い王女。

 

曰く、人を馬鹿にしたような目を向けてくる可愛くない王女。

 

「ふむ、一度会ってみるか」

 

ガゼフは、王女に興味を抱いた。

 

 

 

 

「うふふ、わたくしのような小娘になんの御用かしら? 王国最強の戦士長様」

 

初めて会った王女はこまっしゃくれた小娘だった。

 

「俺は王国最強ではないぞ」

 

「あらあら、それはご謙遜というものかしら?」

 

小娘の人を馬鹿にしたような言葉にガゼフは当然ながらムカついた。

 

「俺は “王国最強” ではなく “周辺国家最強” なんだよ!」

 

「イタイイタイイタイッ!?!!??!!」

 

小娘のこめかみをグリグリしながら、ガゼフは彼女の言葉を訂正した。ちなみに本当は “世界最強” と言いたかったが謙遜をして “周辺国家最強” にしておいた。彼は意外と謙虚な男であったのだ。

 

 

 

 

ガゼフは小娘につきまとわれた。

 

ガゼフは無骨な自分の何が彼女のお気に召したのか分からなかったが、追い払ってもすぐに近づいて来るため気にしない事にした。

 

「随分と厳しい訓練を部下に課すのですね。これでは貴方が部下から恨まれますわよ」

 

ガゼフが日課である地獄の訓練を部下達に強いていると小娘が妙な事を言い出した。

 

「何を言っとるんだ。訓練ではあまり人は死なんが、実戦では簡単に人が死ぬぞ。厳しい訓練でその死ぬ確率が少しでも減らせるなら部下から恨まれようと俺は一向に構わん」

 

「訓練でも人が死んじゃうの!?」

 

目をまん丸にして驚く小娘が面白かった。ガゼフが声を上げて笑うと小娘が怒ってポコポコ殴ってきたが平気だった。なにしろ彼は周辺国家最強の男だからだ。

 

 

 

 

ガゼフが街に出かけると小娘もついてきた。

 

門番に見つかるとうるさいだろうなと思ったガゼフは、城から出る前に小娘を大きな袋に詰めた。

 

ガゼフは大きな袋を担ぎながら悠々と門番の前を通って城外へと出ていく。

 

「こんなに簡単に城から出られるなんて嘘みたいだわ。ガゼフは誘拐の才能があるのね」

 

失礼な事を言いながら大きな袋から出てくる小娘。躾のために頰を軽くつねっておく。

 

「いひゃいれふー」

 

ちっとも痛くなさそうに痛いと言う小娘。次からはグリグリにしよう。

 

「グリグリは嫌ーっ!」

 

ガゼフ達は街を散策しながら適当に買い食いをする。

 

小娘は金を持っていないため、ガゼフが仕方なく奢ることになった。

 

「普通は身分が上の方が奢るもんじゃないのか?」

 

「普通は年上が年下に奢るものですわ」

 

互いに牽制しながら串焼きを半分こして食べる。半分こすれば倍の種類を食べれるからだ。無理してまでは食べない健康志向な二人だった。

 

「ガゼフは……今の王国をどう思っているのかしら?」

 

不意に小娘はガゼフに問いかけた。

 

「随分と漠然とした問いだな。まあ、ガキなら仕方ないか」

 

「この私をガキ扱いだなんて。随分と身の程知らずなオヤジね。まあ、無教養な平民なら仕方ないわ」

 

「ハハ、たしかに俺は平民だからな。クソガキのように無駄な勉強をする時間なんぞ取れなかったな……ちなみに俺はまだお兄さんだ」

 

「無駄とは本当に失礼だわ。私の黄金の脳髄にはガゼフが一生かけても辿り着けない叡智が眠っているのよ。そこのところ分かっているのかしら? ねえ、お兄ちゃん」

 

「眠ったままの叡智なんぞクソの役にも立ちゃしねえよ。俺にとっちゃそんなもんよりも三度の飯の方が重要だ……もう一度、お兄ちゃんって呼んでくれ」

 

「皆さーん! ここに幼女趣味の変態がいますよー!」

 

ガゼフは小娘を脇に抱えるとその場を逃げ出した。

 

 

 

 

小娘には二人の兄がいる。

 

馬鹿と阿呆の兄弟のため、ガゼフは近づかないようにしていた。

 

「アレのどちらかが次の王になるのかよ……おい、クソガキ。お前、王位に興味はないのか?」

 

「あのね、そんな不穏なことをこんな場所で言わないでよ。誰が聞いているかも分からないのよ」

 

中庭でガゼフが持ち込んだ焼き菓子を食べていた小娘は突然の言葉に眉を顰める。

 

「大丈夫だろ。お前だって王族なんだから家業を継ぐ権利はあるんだからさ」

 

「王位を家業って言わないでよ! なんだか有り難みが無くなるじゃない!」

 

ガゼフの言葉に小娘はプンプンと怒るが、ガゼフは全く気にせずに話を進める。

 

「会社は三代目が潰すというが、国も同じだな。ランポッサⅢ世で王国が潰れそうだ。後継者もまともに育てられんような暗君が主人とは俺もついていないな」

 

「だから不穏な事を大きな声で言わないでよ!? 誰かに聞かれたら不敬罪で処刑されるわよ!」

 

「それは大丈夫だ。誰かに聞かれて問題視されても “俺はそんなことは言っとらん” と殺気を込めて言い切れば、それ以上は誰も突っ込まんからな」

 

「タチが悪すぎるわね、この “周辺国家最強の男” は。あんた、貴族社会における言葉が持つ重みってのを本当に理解しているのかしら? 失言一つで全てを失うかもしれないのよ」

 

チンピラのようなガゼフの言葉に小娘は呆れた顔になるが、その言葉からはガゼフの身を心配する意図が読み取れた。

 

「フフ、いざとなれば全てを斬り捨てればいい。そう心に誓ってさえいれば、貴族社会の言葉の重みとやらに振り回されることもないさ」

 

王に気に入られたガゼフは、王家に伝わる魔法装備の数々を身に纏っている。その魔法装備の恩恵で、文字通りの疲れ知らずのバーサーカー化しているガゼフは一国の軍隊とも張り合える自信があった。

 

ガゼフは男臭い笑みを浮かべると、小娘を安心させるかのようにその頭を力強く撫でまわす。

 

「もう、髪がクシャクシャになったんだけど。それと、あんたはまるで良いことを言ったかのような顔をしてるけど、言葉の内容はただの無頼の輩よ。どうしてお父様はあんたのような蛮族に王家の秘宝を貸し与えたのかしら?」

 

「うむ。良いものを貰えたな。ランポッサⅢ世は稀代の名君だと思うぞ」

 

「さっきと言ってること違くない!? それとその秘宝は貸しているだけよ! あんたに上げたわけじゃないからね!」

 

小娘は貸しているだけだと念押しするが、すでに王家の秘宝を家にまで持ち帰っているガゼフにはその言葉は無駄であった。

 

 

 

 

小娘はとても頭が良かった。

 

「このあいだの遠征報告書が出来たわよ」

 

「おう、ご苦労さん。相変わらず仕事が早いな」

 

小娘はとても頭が良いので、ガゼフはこれ幸いと王国戦士長の事務仕事を下請けに出していた。

 

「ねえ……なんだか私の扱いがおかしくない?」

 

「いや、適材適所だからな。別におかしくないだろ。お前さんに剣を振れとか言うのなら兎も角、頭の良いお前さんが事務仕事をするのは理にかなっているだろ?」

 

「そうよね、そうなのよね。小娘の私が剣を振るうのは無理のある話だけど、事務仕事なら得意だもの。ガゼフの話はなにもおかしくはない……はずよね? それなのにどうして私はイマイチ納得できないのかしら?」

 

小娘は不思議そうに首を傾げるが答えは出そうになかった。

 

「お前さんが何を悩んでいるのかよく分からんが、人間ってのは矛盾を孕んだ生き物だからな。理詰めだけでは上手くいかんさ」

 

「ウググ、たしかに人間は不合理な生き物だけど、ガゼフに上から目線で諭されると腹が立つわ」

 

「フフ、腹が立つのは生きている証だ。よし、早く報告書ができたご褒美だ。街でメシでも奢ってやろう。ほら、いつもの大きな袋に入れ」

 

「街でのご飯は嬉しいけど――どうしてかしら? 私の扱いに関してさっき以上の納得のいかなさを感じるんだけど…?」

 

小娘は訝しげにしながらもイソイソと大きな袋に入り込む。

 

ガゼフは、その小娘入りの大袋をヨッコイショと担ぐと街の飯屋へと向かった。

 

 

 

 

王国戦士団は王直属部隊の精鋭達である。

 

整然と並ぶ精鋭達を前にしてガゼフは満足そうに笑みを浮かべる。そのガゼフの横にはなぜか偉そうな態度をした小娘も立っていた。

 

「実際にはガゼフの私兵団みたいになっているのよね」

 

「フフ、この俺が苦労して予算をブン取って立ち上げた戦士団だからな」

 

王国戦士団の団員達は全て平民出身であった。貧しい生活を送っていた彼らは十分な賃金を保証してくれたガゼフに絶対の忠誠を誓っていた。

 

「つまりお金で繋がった関係なわけね」

 

「それは当然だろう? 金が無ければメシが食えねえんだ。金払いが良いからこそ忠誠心も芽生えるというもんだ。貧しい生活を強いておきながら上の立場というだけで忠誠心を求めても無駄ってもんだ。そんな奴は戦場で原因不明の戦死を遂げるだろうさ」

 

「怖っ!? 戦士団って怖いわ!」

 

小娘は戦士団の精鋭達から一歩引いた。引かれた精鋭達はショックを受ける。

 

なぜなら精鋭達から、その偉そうな態度が可愛いとジワジワと小娘は人気を上げていたからだ。

 

「なんだ貴様ら、俺に文句があるのか? 文句があるならかかってきやがれ!」

 

小娘を引かせた原因のガゼフに非難の視線を向ける精鋭達。当然ながらそんな視線を甘んじて受けるガゼフではなかった。

 

真っ正面から部下達の不満を受け止める男らしいガゼフだった。

 

そして、たちまち始まった乱闘を制したのはやはり周辺国家最強のガゼフであった。

 

「ふははっ、誰が最強か理解したかこの馬鹿者共が!!」

 

死屍累々の精鋭達を足場にしたガゼフが天に向かって吠える。

 

「……忠誠心ってなんだろ?」

 

小娘には理解不能な状況だった。そしてこの乱闘後、戦士長を含む戦士団の結束が強まったのを目撃した小娘はますます困惑を強めることになる。

 

 

 

 

戦士長と頻繁に街を練り歩く小娘は、国民から意外と人気があった。

 

やはり会える王族というのが人気の秘密なのだろうか?

 

人気が出ると食べ物屋でもサービスを受ける。サービスを受けると小娘も笑顔を振りまく。笑顔を見せられると小娘の人気も上がる。

 

アップアップの好循環であった。

 

愛想を振りまいて屋台で食べ物をゲットしてくる小娘。

 

その食べ物を受け取って一緒に食べる王国戦士長。タダで手に入れた食べ物をモグモグと食べながら王国戦士長はニヒルな笑みを浮かべながら呟いた。

 

「フッ、ヒモという生き方も悪くないかもな」

 

「人格矯正キーック!!」

 

小娘の見事な蹴りが王国戦士長の顎を捉えた。

 

アベシッと地面に倒れる周辺国家最強の男。

 

倒れた男を見下しながら仁王立ちをする小娘。

 

小娘の金髪が陽の光を反射して眩しいほどに黄金に輝いていた。

 

その光景を目撃した人々は小娘をこう評した。

 

──王国に輝く黄金、と。

 

 

 

 




最強「腐った貴族連中は全て斬り捨てればいいだろ?」
黄金「それでは貴族の八割は居なくなりますわ」
最強「まあ、それでも別にいいんじゃないか?」
黄金「いいえ、国の運営に支障がでますわ」
最強「それなら支障が出ないような案を考えろよ」
黄金「……優秀な官僚組織を育てる必要がありますね」
最強「じゃあ、それ採用で」
黄金「残念ながら私の言葉など誰も聞いてくれませんわ」
最強「交渉が必要なら俺がしてやるよ。お前は知恵を出せばいい」
黄金「ガゼフに交渉が出来るのですか?」
最強「おいおい、俺は自分の戦士団を王国最大の部隊にまで育てた男だぜ。その予算をぶん取る神交渉の妙技を甘く見るなよ」
黄金「そういえばそうでしたね。それでは期待していますわ」
最強「おう、任せておけ。俺が殺気を込めて交渉すれば全て上手くいくからな」
黄金「それは交渉ではなく恫喝ではありませんか!?」
最強「結果が同じならどっちでもいいだろ?」
黄金「……それもそうね」

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