かつては、多くの侍女に傅かれ上げ膳据え膳の楽ちんな生活を謳歌していた公爵令嬢でした。
今では、社長になられても社畜な雰囲気から抜け出せないモモンガさんに手料理を振る舞うおさんどんな美少女です。
ですが、安心して下さい。
この手料理が、グシモンドグループ会長として唯一の定例業務だと思えば、お安い御用なのですから。
「ほらほら、モモンガさん。早く食べないと商談に遅刻されますわよ。今日は午前午後ともに予定が詰まっていますから急いで下さいな」
「うぅ、どんなに地獄の業務量を押し付けられても、この手料理を食べさせてもらえると思ったら頑張れる自分が悔しい」
「はいはい、今日もお仕事を頑張って下さいね、モモンガさん」
「く、悔しいけど……頑張ります」
*
「フリアーネ会長、ただいま戻りました」
半分忘れていた親衛隊のリーダーさんが服役から戻られて来ました。
それは長年のお勤めご苦労様でした。
ん?
服役?
「すぐに釈放されないどころか服役までされたという事は、親衛隊の…コホン、自己の時間を使った社会活動ではなく、趣味で下着泥棒でもされて捕まりましたか? まぁ、あなたはモテそうにありませんものね。今回は一度目ですし復職を認めますわ。ですが、次に下着泥棒をされたら――」
「やってねえよ!!」
「あら、そうなのですか?」
「はい、リーダーは極度の見栄っ張りなので、ヘマをして捕まった時に恥ずかしい思いをする下着泥棒などは行いません。精々が変装をしていかがわしいお店に入ろうか入るまいかを店の前で散々迷い結局は入れず、その怪しい動きに通行人から眉を顰められる程度の器の小さい男です。なのでリーダーが下着泥棒ではないと私は自信を持って断言できます。ちなみに服役の理由は社会活動中にリーダーが興奮しすぎて抗議活動をしていた店舗の店長を思わず殴ってしまったという頭の悪い行為のせいです。自業自得なのでフリアーネ会長は笑ってあげて下さい」
「テメエッ、途轍もなく人聞きの悪い言い方をしてんじゃねえぞ!? だいたい前半部分は言う必要が全くねえじゃねえかッ!」
「嘘は言ってないだろ、リーダーだって否定はしてねえじゃん」
「やかしいわ、ぶっ飛ばすぞ!」
「そうやってぶっ飛ばしたから逮捕されて禁固刑にまでなったんじゃねえか。反省してんのかよ、リーダーは?」
「う、うぐぐ……」
リーダーさんがサブリーダーさんに食ってかかっていますが形勢は完全に不利ですわね。
サブリーダーさんから放たれる辛辣な言葉と呆れを含んだ視線に、リーダーさん歯を食いしばって唸っているだけですわ。
それにしても妙ですね。
下着泥棒ではなく、社会活動中に相手を殴った程度ならすぐに釈放となるはずですが、もしかしてリーダーさんは女性の店長さんを殴ったのでしょうか? それならリーダーさんが多少厳しい処罰を受けても理解できます。
なぜなら、
世間の風潮が女性礼賛(女性を崇め讃えることですわ。
「もしかして、あなたは女性を殴ったのですか?」
「女性を殴ったりしませんよ! 殴ったのは俺より大柄な男性店長です!」
あら、予想はハズレですか。リーダーさんの憤慨した様子をみれば嘘は言っていないようですし、調べればすぐにバレる嘘を吐くはずもありませんわね。
うーん……なるほど、分かりましたわ。
「大柄な男性店長と仰いましたが、それは本当に男性でしたの?」
「え……どういう意味ですか?」
「世の中には多様な容姿の女性がいます。あなたは殴った相手が男性だと本当に断言できるのですか? 本当に女性ではないと確かめられたのですか? あなたは見ただけで百パーセント相手が女性ではないと分かるほどに女慣れされているのですか?」
「お、女慣れ……あ、いや、まさか……でも、も、もしかしたら……あいつは…いや、か、彼女だったのか?……え、俺は、俺は女性を殴ってしまったのかッ!?」
リーダーさんは頭を抱えて激しく動揺し出しました。
「いえ、被害者の店長は男性ですよ。私は同じ町内なので子供の頃から知っていますし、ガキの頃から嫌な奴だったので印象に残っていますので間違いありません」
「テメエは知ってたなら最初っから言いやがれッ!!」
「申し訳ありません。思い出すのに時間がかかりました」
「ガキの頃からの知り合いで印象にも残ってたっつっといて思い出すのに時間がかかるってどういう言い訳だぁテメエッ!」
「いえ、つい目の前におられるフリアーネ会長に見惚れておりまして、本当に申し訳ありませんでした」
「む? フリアーネ会長にか? それなら仕方ないな、今回は許してやるよ」
「はい、ありがとうございます」
あっさりとサブリーダーさんに言いくるめられるリーダーさん。頼りなさげな様子ですが、これでも荒くれ者が多い親衛隊を鉄の規律で統制されているので人とは不思議なものですわ。
*
今日はあけみちゃんとお出かけです。
あけみちゃん以外は全員お仕事です。今日は折角の良い陽気なのですから、お休みにされたら良いのにと思うお嬢様育ちの
「フリアーネは本当にお嬢様だね。私だって一応はアーコロジー内に住む富裕層に区分される立場だけど、陽気がいいから仕事を休むだなんて発想にはならないよ」
「あら、そうですの? こういう日にこそ有給休暇は使うべきではありませんの?」
朧げな前世の記憶では流石に有給休暇の詳細についてまでは覚えていませんが、今世では起業家として勉強いたしました。有給休暇は庶民にとって数少ない権利の一つですわ。
グシモンドグループでは社員の豊かな人生を応援しております。有給休暇も取りやすい環境作りをしておりますわ。もちろん繁忙期は別ですけどね。
「建前では有給休暇は自由に取れることになっているけど、実際には管理職じゃないと殆ど取れないよ。取れるとしたら法事ぐらいじゃないかな?」
それでも嫌味は言われちゃうけどね。と続けるあけみちゃんに
前世の
外街生まれのお姉様だけを陰ながら支援していた己の不徳を恥じますわ。
今までの罪滅ぼしの意味も含めて、公爵令嬢な
「よく分かんないけど、応援するなら私よりお姉ちゃんの応援をしてあげてね。教師って色々と大変みたいだからフリアーネに応援されたら元気が出ると思うから」
なんてお姉さん思いなのでしょう!
まるで自分を見ている様ですわ。
うふふ、分かりましたわ。まず最初はやまいこ様を全力で支援致しますわ!
*
教頭先生に出世されたやまいこ様に何故か叱られました。
世の中とは、理不尽だと思いました。
叱られたあと、ため息を吐かれながら、やまいこ様に頭を撫でられました。
やまいこ様はツンデレなのだとその瞬間に悟りました。
あけみちゃんにはこっそり教えてあげようと思います。