オーバーロード〜小話集〜   作:銀の鈴

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公爵令嬢の威厳

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、自然豊かな環境で天真爛漫に育った麗しい公爵令嬢でした。

 

今では、汚染に満ちた酷い世界で暮らす憐れな美少女です。

 

ですが、安心して下さい。

 

(わたくし)には、アーコロジー内に清潔が保たれている(モモンガさんが無理をして買った)大きな屋敷があるのだから。

 

「あんなに貯まってた貯金がゼロにっ!?」

 

「ローンもありますから、お仕事を頑張って下さいね、モモンガさん」

 

「……働けど働けどなお我が暮らし楽にならざり」

 

「うふふ、今度、《生鮮食品店・モモンガ》で普通の大根を発売する予定ですからお金の心配は要りませんよ」

 

「生鮮食品店なんて聞いていませんけどッ!?」

 

 

 

 

《グシモンド電力会社》が発足しました。

 

既存の電力会社からの引き継ぎは電光石火で行いました。

 

余計な横槍を防ぐ為、前々から準備をしていたのでスムーズに終わらせることが出来ましたわ。

 

地熱発電所は問題なく稼働しております。今は念の為にマーレが監視をしているので何かあっても即座に対応可能ですわ。

 

それにしても、旧電力会社の経営者がお馬鹿さんで助かりましたわ。電力会社を持つメリットを全く理解していませんでしたもの。

 

アーコロジーの施設はその殆どに電力が使われています。(わたくし)がその気になればいつでも電力を止めれますわ。

 

電力がない施設など、そんなものは金属の棺桶と変わりません。もちろん、軽々と止める気はありませんが、それが出来るという意味は大きいですわ。

 

そして送電網の維持管理を名目として、アーコロジー内のあらゆる施設内への立入が可能となりました。それは軍事施設すら例外ではありませんわ。

 

うふふ、今の(わたくし)は、このアーコロジー内の電力を支配する者です。

 

電力会社そのものは大して儲かるものではありませんが、その支配者の影響力は途轍もなく大きいものです。

 

旧電力会社の経営者は、それを自ら手放してしまいました。電力の支配者ゆえ、他の事業でその手腕がお粗末でも見逃してもらえていた事に気づかない愚かな者です。遠からず没落するでしょうね。

 

そして、(わたくし)の手元に一通の手紙が届きました。この時代にメールではなく紙製の手紙ですわ。

 

「うふふ、アーコロジーを支配する方々からのパーティへの招待状ですわね。シャルティア、貴女をパートナーとします。アウラは執事として同行しなさい」

 

「了解しんした」

 

「了解しました」

 

両脇に控える二人に(わたくし)は告げる。

 

「さあ、ショータイムの始まりですわよ」

 

アーコロジーの支配者層への初お披露目です。舐められるわけにはいきません。

 

公爵令嬢の気品と威厳をたっぷりと骨身に味合わせてあげますわ。

 

 

 

 

会場に現れた銀髪の少女。

 

それは女王──支配者の雰囲気を漂わせる少女です。

 

一見して無表情に見えるその顔には傲慢な、そして真紅の瞳には嘲りの感情が浮かんでいるのが感じ取れます。しかしそれが少女には非常に似合っていました。

 

その少し後ろに控えるは、太陽のような雰囲気を感じさせる少女でした。金と紫という左右違う瞳が子犬のように煌めいています。努めて無表情を保とうとしているその顔は隠しきれない好奇心で輝いていました。

 

対極のような二人はただ静かに歩みます。

 

「あ、あぁ……」

 

幾人かが掠れた声を上げます。

 

全てを下に見下す女王、見る者の心を温める太陽の娘──それらが目に入らなくなる程の存在が、その二人の少女を従えていたからです。

 

この場にいるのは、名実ともにアーコロジーを支配する者達です。

 

上流階級として民衆の上に立つ自負も自惚れもあるでしょう。

 

ですがそんな感情は吹き飛びました。

 

銀髪の少女のことは理解できたでしょう。彼女は自分達の延長線上の遥か先に立つ者だと。

 

太陽の少女のことは理解出来たでしょう。彼女は自分達が遥か昔に無くしてしまった綺麗なものを持ち続けている者だと。

 

それは未知の存在でした──それは黄金の髪を靡かせた(とうと)い少女。その黄金の瞳が穏やかに彼らを見つめていました。

 

人々は自然と頭を下げ最大の敬意を表わします。

 

理由などありません。理由などいりません。

 

ただこの(とうと)い少女を敬うだけです。

 

 

 

 

少女は生まれながらの貴族でした。

 

領民の上に立ち、その命と生活を守る責務を背負って生きるのが貴族です。

 

ほんの僅かな失政が、多くの領民の生活を破綻させその命を容易く奪います。

 

その重圧を代々受け継いて耐え抜いてきた者達が貴族と呼ばれます。

 

少女が生まれたグシモンド公爵家は、そんな貴族達を率いる立場でした。

 

貴族の中の貴族──そう評され、そう讃えられ、そしてその責務を果たし続けた優秀な一族でした。

 

そんな優秀な一族の中で生まれた少女も優秀でした。優秀でしたが、女が故に家督の継承権は与えられませんでした。

 

グシモンド公爵家を継ぐ嫡男もまた優秀な人間でした。それゆえに少女に期待されたのは、グシモンド公爵家に利する相手へ嫁ぐことだけだったのです。

 

それは貴族として当然のことです。家を守ることが、領民を守ることにも繋がるのだから。

 

その当然を少女は覆しました。

 

強大な帝国において最大の貴族家であるグシモンド公爵家を、少女は己の才覚で得た力をもって手に入れたのです。

 

貴族の中の貴族──その言葉は、その日から少女個人を示す言葉となりました。

 

少女の前では貴族は自然と頭を垂れ、皇帝ですら最大の敬意をもって接しました。

 

そんな少女は他者に威圧感も恐怖心も感じさせることの無い人柄でしたが、少女のことを何も知らない者であっても、何故か少女の前に立つと自然と敬意を表したといわれています。

 

フリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド──それが少女の名前です。

 

 

 

 

「精神系の魔法って便利ですわね。たくさん勉強して修行した甲斐がありましたわ」

 

「本当にお見事でありんす。精神支配魔法をあれほど違和感なくかけれるのはフリアーネ様だけでありんす。しかも精神支配で信仰心を芽生えさせ本来なら精神魔法の短所のはずの魔法の効果中の記憶が残ることを逆手にとり、フリアーネ様への信仰心を忘れさせないという悪知恵ぶりはこのシャルティアも頭が下がる思いでありんす」

 

「でもあの人達は可哀そうだよね。魔法を使われなきゃ、フリアーネ様の素晴らしさが理解出来ないなんてさ。ところでシャルティア、悪知恵ぶりって言い方は褒めてないよ。魔導の造詣が深いとか、魔導に精通しているとかさ、他に色々と言い方があるじゃん」

 

「あ、あ、あわあわあわわわッ、わわわたしはそんなつもりではないでないないでありんすでありんす!?」

 

「ちょっとそこまでパニックになんないでよ、シャルティア。なんか悪いこと言っちゃったみたいじゃん。フリアーネ様はこんな小さなことで気を悪くする方じゃないんだからさ。少し気になったから次からは注意しなよって程度のことだよ」

 

「ふぇ? あ、うん。……おほほほ、わらわもちゃーんと承知しているでありんす。さっきのはおチビをからかっただけでありんすよ」

 

「うんそっか。あーあ、シャルティアにからかわれちゃったなー」

 

「おほほほ、してやったりでありんす。(借りとくわ)」

 

「あはは、次はわたしがからかっちゃうもんねー(うん、貸しイチだね)」

 

「うふふ、そうしていると本当の姉妹のようね」

 

「本当の――」

 

「――姉妹?」

 

「わらわが姉でありんすね!」

 

「わたしが姉に決まってんじゃん!」

 

「いいえ、わたしでありんす!」

 

「ううん、わたしだもん!」

 

「わたしよ!」

 

「わたし!」

 

「フーッ!」

 

「ウーッ!」

 

「おーほほほほ、本当に仲が良いですわね」

 

 

 




少しずつ最終回に近づいてきた。なんだか寂しく思う。そんな今日この頃です。

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