オーバーロード〜小話集〜   作:銀の鈴

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公爵令嬢の家族

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、祖国の為に戦場を駆ける戦乙女な公爵令嬢でした。

 

今では、会社存続の為に経済戦争に明け暮れる、疲れ果てた薄幸の美少女です。

 

ですが、安心して下さい。

 

会長である(わたくし)には、全ての仕事を押しつけられる社長がいてるのだから。

 

「す、全ての仕事って、せめて半分、いえ、八割で勘弁して下さいー!!」

 

「はい、じゃあ八割でお願いしますね」

 

「よし、やったぞー!!」

 

「ニヤリ(予定通りですわ)」

 

 

 

 

少し前に買った食品会社の業績がV字回復しました。

 

美味しい味付けのため、余分な経費は嵩みましたが、それ以上に売上が爆増しました。

 

食品の値段を据え置きにしたので、赤字になるかもと覚悟していましたが、余計な心配でしたね。

 

何よりも、ワンちゃんのご飯問題が解決したのが良かったです。

 

「えへへー、全部フリアーネ様のお陰ですー、ありがとーございますー」

 

アウラが珍しく抱きついてきて、お腹にスリスリしながらお礼を言ってきました。

 

なんて可愛いのでしょうか。似た真似をするシャルティアと違い、邪気を全く感じないのが感動しますわ。

 

「いいのですよ、アウラ。(わたくし)にとってもワンちゃんは大事な存在ですからね」

 

「フリアーネ様ー! そう言っていただけて嬉しいですー」

 

「アウラ、アウラ、アウラー」

 

「フリアーネ様、フリアーネ様、フリアーネ様ー」

 

アウラとイチャイチャと抱き合っていますが、実をいうと完全には、ワンちゃんのご飯問題は解決していません。

 

やはり、合成食料というのが良くないみたいですね。味は美味しいらしいのですが、なにか違和感を感じるみたいです。

 

根本的な解決には、自然環境を改善する必要がありますが、それは一朝一夕にはいきません。

 

それに現状の空気汚染が進んだこの世界なら、太陽の光が厚い雲に遮られて、吸血鬼にとっては昼間でも過ごしやすい環境です。

 

この利点を捨てるのは惜しいですね。

 

はぁ、色々と悩ましいですわ。

 

 

 

 

戦争が起こりました。

 

いえいえ、このアーコロジーではありません。

 

少し離れたアーコロジー間での話ですわ。

 

なんでも原因は貿易に関するトラブルのようです。

 

この世界では、簡単に戦争が起きます。

 

戦争が起きても戦場に行くのは下級層の人間です。富裕層はゲーム感覚なのでしょうね。

 

富裕層の方々は、貴族たる者の意味を理解していませんね。……あれ、富裕層は貴族ではないのでしょうか?

 

なんてのは、分かり切った疑問ですね。富裕層はただの金持ちの経営者に過ぎません。

 

高貴なる血など流れていませんわ。公爵令嬢たる(わたくし)が言うのだから間違いありませんわよ。

 

それよりも戦争ですわ。

 

戦場に出られる方々を憐れに思いましょう。ですが、それだけです。

 

(わたくし)が責任を持つのは己の社員(領民)だけです。

 

その責任を果たすためには、憐れな方々を犠牲にする覚悟などとうに済ませていますわ。

 

将来、(わたくし)の住むアーコロジーでも必ず起こるであろう戦争。

 

その戦争で、我が社員(領民)を守るために行動を起こします。

 

そう、久しぶりの経験値稼ぎですわ!

 

 

 

 

戦場で(わたくし)や天使の姿を晒すのは悪手です。

 

この世界で魔法は知られていません。その有利性を捨てるのは時期尚早です。

 

魔法の存在を知られてしまえば、必ずその対策がなされるでしょう。この世界の技術力は未知数ですから最悪を想定すべきです。

 

前世の世界とはいっても軍事関係は機密が多かったので、軍事力の詳細は下級層出身では何も知らないも同然ですわ。

 

敵戦力が分からない状態で、こちらは姿を見せずに倒す必要があります。尚且つその手段は魔法の痕跡が残らないものが望ましいです。

 

うふふ、非常に困難なミッションですわね。腕が鳴りますわ。

 

 

 

 

「フリアーネ様、お手伝いしては本当にいけないでありんすか?」

 

「バカ、何度も言ってるでしょ! 今回の戦闘はフリアーネ様のレベルアップの為なのよ。アンタが戦ってどうすんのよ」

 

「うん、そうだよね。だけど、お手伝いはダメだけど、護衛はいいんだよね」

 

「パーティー扱いにならない様に少し離れる必要はあるわよ。まあ、その程度の距離なら一瞬でお側に行けるから大丈夫よ。もちろん油断はしちゃダメよ」

 

「うん、分かっているよ。お姉ちゃん」

 

「わたしはフリアーネ様の防具代わりに抱きついているでありんす。ああ、心配は無用でありんす。わらわはアンデッドゆえこの中で一番の適役と言うやつでありんしょう」

 

「だーかーらー!! パーティー扱いにならないように離れるって言ってんでしょうがッ!!」

 

「あーれー、フリアーネ様から引き離さないでくんなましー」

 

 

 

 

アリバイ工作を済ませた(わたくし)達は、都市を出て戦場へと向かいました。

 

「〈透明化/インヴィジビリティ〉〈加速/ヘイスト〉シャルティア、ダッシュですわ」

 

「すーぱーだっしゅでありんすー」

 

戦場の近くまでは、体力温存のためシャルティアに背負われての移動です。

 

もちろん姿を見られないように魔法をかけます。

 

アウラとマーレ達も交互に背負い合いながら、体力の消耗を最低限に抑えての移動です。シャルティア? シャルティアはアンデッドなので疲れ知らずですわ。

 

移動に際しては、モフモフ達に乗る案もありましたが、足跡や大きな砂埃がたつ事を考えて諦めました。

 

飛行はレーダーに引っ掛かるかもしれないので却下です。

 

途中、何度か小休憩を挟みながら夕暮れには戦場に到着出来ました。

 

戦場ではまだ両軍が睨み合いを続けています。どうやら戦端が開かれるのは明日のようですね。

 

「さて、作戦開始ですわ」

 

(わたくし)は、シャルティア達から離れ──

 

「シャルティア、手を離してくれる?」

 

「フリアーネ様……本当にお一人で戦うのですか? どうしてもお側にいてはいけませんか?」

 

シャ、シャルティアが真面目な顔をしていますわ。アウラ達はとても心配そうな表情で見ています。……この子達のこんな顔、初めて見ました。

 

「……ごめんなさい。貴方達の気持ちを蔑ろにしていたわ。そうよね、(わたくし)達はこの世界に飛ばされたたった四人の家族ですもの。心配するのは当然だわ。貴族の責務よりも先に家族として貴方達を大切に想うべきだったわ」

 

「「「フリアーネ様ッ!!」」」

 

感極まった三人の声が重なりました。三人の瞳には涙さえ浮かんでいます。

 

あぁ、(わたくし)は本当にダメな公爵令嬢ですわ。家族であるこの子達の気持ちすら思いやれていなかったなんて。

 

「シャルティア、アウラ、そしてマーレ。(わたくし)の側で守っ……いいえ、共に戦って下さいね」

 

「「「はいッ、フリアーネ様!!」」」

 

再び重なった三人の声、そこには熱い想いが込められていました。

 

経験値は四分の一かもですが、熱い想いは四倍です。

 

うふふ、負ける気がしませんわ。

 

さあ、いきますわよ!!

 

「〈天候操作/コントロール・ウェザー〉」((わたくし)

 

「〈天候操作/コントロール・ウェザー〉」(シャルティア)

 

「〈天候操作/コントロール・ウェザー〉」(アウラ)

 

「〈天候操作/コントロール・ウェザー〉」(マーレ)

 

初手で天候を操り、戦場全体を豪雨で覆います。軍事行動に支障を及ぼす程の豪雨を、天候操作の魔法で起こすのは本来なら難しいのですが、そこは数の暴力でゴリ押しですわ。

 

もっともこれだけでは、塹壕や装甲車、戦車内に避難されている兵士達を倒すには至りません。

 

当然ながら次の手がありますわ。

 

「脱水/デハイドレーション」((わたくし)

 

「脱水/デハイドレーション」(シャルティア)

 

「脱水/デハイドレーション」(アウラ)

 

「脱水/デハイドレーション」(マーレ)

 

四人で脱水の魔法を繰り返します。もちろん脱水では兵士達にダメージは与えられますが、倒しきることは出来ません。

 

ですが、脱水で倒しては逆にダメなのですわ。

 

戦場で兵士達が脱水症状で全滅しただなんて不自然極まります。

 

魔法の存在を気取られる可能性のない、多少は妙に思われても納得できる方法で倒す必要があります。

 

(わたくし)はその方法を考え、そして今回の作戦を閃いたのですわ。

 

本当に成功するかは……やってみれば分かります!!

 

今は魔法を唱え続けるだけですわ!!

 

 

 

 

数時間後──

 

どうやら目論見は成功したようですわ。既に個人携帯の水は飲み干したのでしょう。両軍の兵士達が喉の渇きに耐えかねて飛び出して来ました。

 

さあ、今ですわ!!

 

狙いは兵士達──ではなく、雨水(・・)ですわよ!!

 

「毒/ポイズン」((わたくし)

 

「毒/ポイズン」(シャルティア)

 

「毒/ポイズン」(アウラ)

 

「毒/ポイズン」(マーレ)

 

おーほほほほ、喉の渇きに耐えかねた兵士達が、毒入りの雨水を啜り次々と倒れていきますわ。

 

脱水症状を起こしている兵士達には、周囲の状況を確認する余裕などありません。大気汚染で汚れた雨水だと分かっていても構わず飲んでしまう程です。

 

隣の仲間が雨水を飲み倒れようとも、気付きもせずに自分も雨水を飲み倒れていきますわ。

 

脱水症状と毒状態のダブルパンチで、憐れな兵士達は倒れたまま力尽きていきます。

 

「兵士の体内を調べれば、死因は毒であり、同時に極度の脱水状態だと分かるでしょう。毒に侵され身動きが取れずに脱水症状となり死亡、又は脱水症状を起こさせる毒で死亡、どの様に判断したとしても、それは敵味方の見境なく使用された化学兵器だと思われますわ」

 

兵士達に魔法を直接かけなかったのは、魔法の効果がどのように身体に作用されるのかが不明だったからです。医学的に不可解なものかも知れないので、手間をかけて飲ませるようにしたのですわ。

 

どうやって兵士達に毒を飲ませたのか? その謎は残りますが、富裕層の奴らはそんな事などは気にしませんわ。

 

戦争に引き分けた──その結果だけを気にします。そして、戦後交渉を有利に進めようと画策するだけですわ。

 

軍による毒の成分分析は行われるでしょうから、次からは対策をされるでしょうね。所詮は一度しか通じない作戦ですわ。

 

ですが、一度で十分です。

 

死にゆく兵士達から流れてくる力を感じます。

 

あぁ、(わたくし)という器が満たされていくのが分かります。

 

そして、(わたくし)は言葉では言い表せない充足感を感じながら確信しました。

 

 

「第十位階魔法──届きましたわ」

 

 

 

 

小話集なのに公爵令嬢シリーズがずっと続いている。強引にでも終わらせて新しい小話を書くべきかな?

  • その通りですわ
  • 公爵令嬢シリーズを続けるべきですわ
  • お姉様とイチャイチャしますわ
  • 頑張って下さいね、モモンガさん

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