オーバーロード〜小話集〜   作:銀の鈴

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公爵令嬢の努力

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、とある帝国の公爵令嬢にして、才能豊かな魔法詠唱者として名を馳せておりました。けれど、今では可憐なだけの乙女に過ぎません。

 

今の(わたくし)は、自分が住む小さな地域を支配するだけで精一杯な、そんな無力な存在です。

 

とても心細いです。けれど挫けるわけにはいきません。何故なら、たとえ国を失おうとも、公爵令嬢として生きてきた誇りまでは失っていないのだから。

 

 

 

信じられない奇跡が起こりました。

 

なんと!

 

あのシャルティアのお金稼ぎが大成功したのです。

 

「う、嘘でしょう? シャ、シャルティアが成功するなんて…」

 

「こ、怖いよぉ、お姉ちゃん。きっと惑星規模の大災害の前触れだよぉ」

 

「ふふーん、素直に褒めてもいいんでありんすよ」

 

余りにも予想外の出来事に、我が陣営は混乱に陥っています。

 

これはマズイです。アウラはまだしもマーレは本気で怯えています。このままでは我が陣営の士気はズタボロです。

 

ここは(わたくし)の出番ですわ。

 

「落ち着きなさい! (わたくし)の可愛い貴方達!」

 

(わたくし)の一喝で、皆の注目を集めることに成功しました。

 

さあ、ここからが正念場です。

 

(わたくし)の弁説で皆の士気を回復させるのですわ。

 

「皆さん思い出しなさい。シャルティアは栄光あるナザリックの守護者序列一位の実力者ですよ。彼女が本気なればお金を稼ぐことぐらい、きっと、たぶん、おそらく、わけないことなのです。所詮はお金など人が生み出した貨幣制度、つまりは金融システムによるものです。人を超越した力を持つシャルティアがそのシステムを把握理解し、マネーゲームによって利益を得ることなど赤子の手を捻るよりも簡単な……簡単な……うぅ、自分が思ってもいない事を口にすることがこんなに辛いだなんて……わ、(わたくし)には為政者としての資格がなかったのですね……ガク…」

 

「フリアーネ様!? 大丈夫ですか!!」

 

「フリアーネ様は間違っていません!! 頂点に立つフリアーネ様がそのお気持ちを偽る必要なんてありませんから!!」

 

己の力不足を痛感して膝から崩れ落ちた(わたくし)をアウラとマーレは支えて励ましてくれました。

 

ああ、本当になんて良い子達なのでしょうか。

 

無力感に苛まれていたはずの(わたくし)なのに、気がつけば胸に温かいものを感じていました。

 

抱き締め合う(わたくし)達。そこには互いを想いあ…

 

「あの、フリアーネ様。もう御冗談はお止めなんし。でないとわたし…ガン泣きするでありんす…」

 

あわわわっ!?

 

ごめんなさい!! (わたくし)の可愛いシャルティア!!

 

少々、冗談が過ぎました。

 

シャルティアはやれば出来る子なんですよね。

 

うふふ、自慢の我が子ですわ。ナデナデ。

 

ガン泣き三秒前状態のシャルティアを慌てて抱き締めて褒めてあげます。

 

(わたくし)の腕の中でムフーと御満悦になるシャルティア。

 

よかった。間に合いました。

 

可愛いシャルティアを泣かしてしまうところでした。

 

(わたくし)は好きな子をついついイジメてしまうおバカな男子ではなく可憐な乙女です。なのでシャルティアを愛でますわ。

 

 

 

 

「《ポイズンリカバー/毒治癒》を込めた錠剤のネット販売ですか?」

 

「はい! フリアーネ様!」

 

シャルティアにお金を稼いだ方法を尋ねてみたところ、自信に満ち溢れた笑顔と共に教えてくれました。

 

「よかったー、シャルティアのことだから強盗とかをしてそれをお金稼ぎだとか言い張るかもって心配だったんだ」

 

「あのね、そんな真似するわけないじゃない。騒動を起こしたりしたらフリアーネ様にご迷惑をおかけするもの」

 

「そうだよね、いくらシャルティアでもそんな馬鹿な真似はしないよね」

 

「ふふ、わたしでも(・・)という部分が気になるけど、今回は特別に聞き流してあげんしょう」

 

うふふ、シャルティアってば普段なら絶対に言い争いになるアウラの軽口にも笑っていますわ。よほどお金稼ぎが成功した事が嬉しいのですね。

 

それにしても毒治癒の錠剤ですか。この世界は医療も発達していた筈ですけど、たかが毒治癒の錠剤がそこまで売れるものなのでしょうか?

 

「はい、フリアーネ様。防毒マスクは完全には空気中の毒を防げないでありんす。そして食べ物や水にも微量の毒素が含まれているからどうしても体内に取り込んでしまうでありんす。そのせいで少しずつ内臓が腐っていくけど、腐った内臓を治せる薬などはなく、治療としては非常に高価な作り物の内臓と取り換えるのみです。なので取り換えるお金がない人間は死にます。フフ、内臓が腐った程度で死ぬだなんて人間は儚い生き物でありんすね。でも、そのお陰で作り物の内臓に取り替える治療と比べれば、遥かに安価な毒治癒の錠剤はバカ売れでありんす」

 

なんですとっ!?

 

食べ物や飲み物は《魔法の食料袋》と《魔法のピッチャー》のお陰で問題ありませんが、防毒マスクは何度も使ってお出掛けをしておりますわ!!

 

この(わたくし)の内臓が腐る!?

 

人工臓器が必要になる!?

 

そ、そういえば前世でそのような手術を受けた記憶があったような…?

 

う、迂闊でしたわ。このような重要なことを失念していたなんて。

 

この一点の曇りもない極上の肢体が、毒に侵されるなんて神をも恐れぬ暴挙といえるでしょう。

 

ですが!

 

今の(わたくし)には、前世では持たなかった魔法という神の如き力を得ています。毒などに怯えはしませんわ。

 

では──

 

「ポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバーポイズンリカバー…」

 

「ええっ!? フリアーネ様が狂ったようにポイズンリカバーを唱え出したよ!? どうしよう、お姉ちゃん!」

 

「流石はフリアーネ様でありんす。まったく息継ぎ無しで、これほどの連続詠唱が出来るだなんて素晴らしいでありんす。まさに長年の研鑽による滑舌の滑らかさと、化け物じみた肺活量の賜物でありんすね」

 

「んなこと言ってる場合じゃないわよ!! あんたが人間の内臓が腐って死ぬだなんて言うからでしょうがっ、フリアーネ様はまだ人間なんだよ!! 繊細なフリアーネ様ならショックを受けて混乱されるに決まってるでしょうが!!」

 

「ええっ!? そそそんなつもりじゃないわ!! フリアーネ様を混乱させる気なんてなかったの!!」

 

「大変だよ、お姉ちゃん!!」

 

「今度はなにっ!?」

 

「フリアーネ様が涙を流しながら右手を真上に突き上げているよ!!」

 

「どういう状況なわけっ!?」

 

 

 

 

──第9位階

 

長らく足踏みをしておりました。

 

(わたくし)の才能では、もしかしたら届かないのかもと諦めかけたときさえありました。

 

しかし!!

 

とうとうやったのです!!

 

(わたくし)は第9位階に届きました!!

 

ポイズンリカバーの経験値は、毒治癒を成功した場合にのみ得られるものです。しかし、(わたくし)が毒状態になることなど稀です。今まではポイズンリカバーは殆ど使用することはありませんでした。ですが、この世界では毒が蔓延しています。

 

唱えれば唱えるだけポイズンリカバーが効果を発揮しました。恐らくは身体に付着した毒を無毒化した端から空気中の新たな毒が身体に付着するのでしょう。

 

一回ごとの経験値は確かに少ないです。ですが、治癒呪文は強化呪文よりかは遥かに多くの経験値を得ることが出来ます。

 

魔物のいないこの世界に放り出されてからも地道に経験値稼ぎは行っていました。その努力がとうとう報われたのですわ。

 

(わたくし)は達成感と頬を伝う熱いものを感じながら拳を天に突き上げました。

 

「おーほほほほほ、世界に蔓延る毒を浄化して新たな位階に到達するだなんて、帝国の聖女としての面目躍如といったところですわね」

 

「ねえ、お姉ちゃん。帝国の聖女ってフリアーネ様の事かな?」

 

「えっと、たしか前に何度かフリアーネ様が自称されていたことがあったような?」

 

「ああ、思い出したでありんす。デミウルゴスの奴が言ってたけど、王国で《黄金》と呼ばれていた王女に対抗して、フリアーネ様は御自分では《聖女》を名乗っていたけどまったく定着せずに《気狂い魔女》と呼ばれていたそうですわ」

 

「ちょっ!? シャルティア!!」

 

「どうしたの、おチビ? ああ、そうですわね。少し間違っていたありんす。《気狂い魔女》ではなく《狂笑の気狂い魔女》だったでありんすね。フリアーネ様の高笑いはまさに狂笑と名付けるに値する邪悪さが感じら……ひぃっ!?」

 

戯言を垂れ流すシャルティアの肩をガシッと掴みます。

 

たとえシャルティアといえど、俺……ではなく、(わたくし)が心血注いで育成中の《公爵令嬢》を侮辱することは許せませんわ。

 

「た、助けてっ、おチビ!! マーレ!!」

 

「骨は拾ってあげるわ、シャルティア」

 

「モモンガ様でも飛び蹴りされるほどの禁句を口にしたシャルティアの自業自得だと思うよ」

 

 

さあ、シャルティア。(わたくし)とO・HA・NA・SHIをしましょうね。

 

おーほほほほほ、きっちりと教育をしてさし上げますわ。

 

 

 

 


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