オーバーロード〜小話集〜   作:銀の鈴

14 / 29
公爵令嬢の躍進

 

(わたくし)はフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します。

 

かつては、別世界の公爵令嬢として華麗なる人生を送っておりました。

 

それが何の因果か分かりませんが、数奇なる運命の果てにデストピアなこの世界に放り出されてしまいました。

 

ああ、麗しの公爵令嬢の運命は如何に。

 

そんな現状となっております。まったく、困ったものですわ。

 

 

 

 

「前回はバードマンでしたわね。同じなのも面白くないし、今回は別の種族にしようかしら?」

 

役所に勤める眷属達の努力の結果、(わたくし)達は晴れて戸籍を手に入れる事が出来ました。

 

アンダーグラウンド的な不正な戸籍ではなく、正規な戸籍なので安心です。その代わり税金諸々が必要なのが悲しいです。

 

ついこの間までは、税金を徴収する側の貴族でしたのに。世の儚さが身に染みますわ。

 

何はともあれ戸籍を手に入れたので、早速IDを取得して今では酷く懐かしく感じるユグドラシルをプレイする事にしました。

 

「お美しいフリアーネ様には、やはりダークエルフが良いかと思います!」

 

「はい! ぜひフリアーネ様にはダークエルフを選んで欲しいです!」

 

アウラとマーレは二人ともダークエルフ推しのようですね。

 

「何言ってんのよあんた達は! フリアーネ様には吸血鬼しかないでしょう! 美しさと強さを兼ね備える吸血鬼こそフリアーネ様にピッタリよ!」

 

あらあら、シャルティアが興奮しすぎて普段の口調を忘れています。

 

「シャルティアこそ何言ってんのよ! ほら、見てみなよ。この吸血鬼のデザインを! 吸血鬼の真祖も始祖もどっちも美しさとは程遠いよ!」

 

「あ、あら? これはどういう事かしら? え、えっと……ほ、ほら! こっちを見なさいよ! この吸血鬼の花嫁は綺麗よね!」

 

「このお馬鹿! いくらゲームでもフリアーネ様をこんな下級な吸血鬼にしようっての!?」

 

「あっ! ち、違うんですフリアーネ様!! そういうつもりじゃないんです!!」

 

シャルティアが慌てて謝罪をしてきました。少し涙目なのが可愛いです。

 

ユグドラシルでの種族を何にしようかと各種族のイラストを従者達と見ていましたが、これは一人で決めた方が良さそうです。

 

どうせ、従者達はユグドラシルをプレイしませんからね。(わたくし)は誘ったのですが、プレイ中は身体が無防備になるため護衛をすると断られてしまいました。

 

理由が理由なので無理強いは出来ません。それに身体が無防備だと言われてみると確かにその通りです。

 

よくよく考えみると怖い状態ですよね。もしもプレイ中に強盗などに襲われても抵抗が出来ません。

 

そこまではいかなくても、(わたくし)のような可憐な乙女が無防備な姿を晒していれば、同居人のモモンガさんが不埒な考えにとらわれるかもしれません。

 

……そう考えるとシャルティアも危険かもしれません。大丈夫でしょうか?

 

「なっ、なななにを仰られるのですかフリアーネ様っ!! わ、わたしは敬愛するフリアーネ様を愛することはあっても不埒な真似など絶対にしませんわ!!」

 

はい、アウトです。不埒な真似はしないけど愛すると言っていますね。身体の護衛はアウラとマーレに任せますわ。シャルティアには(わたくし)のゲーム中、屋外警備を命じます。

 

「そ、そんなー!? せっかくのチャンスなのにー!!」

 

「まったく、そんなことを考えてたわけね。フリアーネ様、お身体の護衛はお任せ下さい。シャルティアを一歩たりとも室内には入れません!」

 

「はい! 僕も頑張ってシャルティアを見張りますね!!」

 

「ちょっと!? どうしてわたしを見張るのよ!?」

 

「あんたはちょっとは自分の言動を振り返りなさいよね!! どう考えてもあんたが一番の危険人物でしょうが!!」

 

うふふ、賑やかで可愛い子達ですね。シャルティアも、もう少しまともな性癖なら相手をしたかったのですが、彼女の性癖は……怖すぎます。

 

女として生まれた身としては絶対に相手をしたくありません。

 

……でも、ちょっぴりだけ、興味があったりなかったりしちゃったりして、なんてね。

 

 

 

 

お金を稼ぐ必要があります。

 

「お金ですか? それならシャルティアの眷属達に献上させればいいですよ」

 

アウラの意見は尤もです。ですが、それでは目立ってしまいます。

 

「目立つ、ですか?」

 

そうです。シャルティアの眷属とはいえ世間一般では(わたくし)と何の関係もない人達です。そんな人達が(わたくし)に金銭を贈与すれば妙な噂が立つことでしょう。この世界は全ての金銭はデジタル化されています。その動きを隠しきる事は出来ませんからね。

 

今は力を蓄える時期です。下手に目立って権力者達に目をつけられては敵いませんわ。

 

「なるほど、流石はフリアーネ様です。あたしはそこまで考えていませんでした!」

 

アウラの素直な称賛の目がくすぐったいです。マーレもアウラの隣で同じような目を向けてくれています。……シャルティアはボーッとしていますね。意味を分かってくれているのでしょうか?

 

「フリアーネ様、それではどうやってお金を稼ぎますか?」

 

マーレが質問します。質問するときの首を傾げる動きが本当に可愛いです。この子達は分かっててやっているのでしょうか?

 

「フリアーネ様、お金稼ぎならわたしに任せてなんし。実は眷属から良い方法を聞いてありんす」

 

シャルティアがボーとした表情を一変させて、妙に自信有り気にそんな事を言い出しました。

 

非常に疑わしいですが、可愛い子には旅をさせろとも言います。ここは清水の舞台から飛び降りたつもりになって任せてみましょう。

 

「正気ですかっ!? フリアーネ様!!」

 

「む、無謀すぎると思います!!」

 

アウラとマーレの二人が一斉に反対しました。その気持ちは非常に分かりますが、ここはシャルティアを信じて任せてみようと思います。

 

「ふふーん、フリアーネ様はわたしを信じてくれているのよ。まあ、わたしの稼ぎをみてビックリする心の準備をしておくといいでありんす」

 

そう言い放つ、シャルティアのドヤ顔はウザ可愛いと思いました。

 

 

 

 

この世界の大気には毒が含まれています。従者の三人には毒など効きませんが、だからといって防毒マスク無しで出歩いては目立って仕方ありません。

 

防毒マスク――生きるには必需品ですが、意外と高価な物です。もちろんモモンガさんは予備品をお持ちでしたが、防毒マスクは個人専用の傾向が強い物です。

 

何故なら考えてみて下さい。普通のマスクでも他人が使用した物は使いたくありませんよね?

 

えっ?

 

モモンガさんは(わたくし)が使ったマスクなら喜んで使えるのですか?

 

……アウラ、とりあえずモモンガさんを軽くしばいておいて下さいね。

 

さて、この世界に来てから数ヶ月になりますが、今日ようやく防毒マスクが四セット手に入りました。

 

「うぅ…私のボーナスがー」

 

モモンガさんが何やら嘆いていますが、どうせボーナスの使い道などユグドラシルの有料ガチャぐらいです。

 

物欲センサーバリバリのモモンガさんでは、大事なお金をドブに捨てるようなものです。それと比べれば麗しい乙女の防毒マスクを買う方が百億倍は有意義なお金の使い方です。

 

「それは、その通りですね」

 

あら、あっさりとモモンガさんも納得してくれました。

 

うーん、せめてご褒美にハイヒールで踏んでさし上げましょうか?

 

「ちょっ!? それがご褒美になるのはシャルティアさんだけですよ!」

 

あらあら、そうなのですか。それじゃご褒美は腕によりをかけた御馳走にしますね。

 

公爵令嬢だった(わたくし)ですが、料理は数少ない趣味でしたのでちょっとは自信があります。もっとも、この世界でなら《魔法の食料袋》から出した食材を単に焼いたり煮たりするだけでも御馳走なんですけどね。

 

「あっ……」

 

どうされました、モモンガさん?

 

「い、いえ、何でもありません。御馳走が楽しみだなーって思っただけですよ。アハハ…」

 

ふむ。

 

やっぱり、ハイヒールで踏んでさし上げましょうか?

 

「……いえ。私にそんな趣味はありませんので……遠慮しときます」

 

そう言葉を発するモモンガさんの横顔は憂いに満ちていました…まる

 

 

 

 

今日は従者達とキャッキャウフフなお出掛けです。たとえ防毒マスク姿であろうとも、この身から溢れ出す高貴なオーラが愚民達の衆目を集めてしまいます。

 

ナンパ避けとしてモモンガさんも丁稚のように後ろからついて来ています。

 

実際に不審者に絡まれても鬱陶しいので、眷属にした警官達にこの周辺をパトロールさせています。

 

あちらこちらにチラチラと姿が見えるので心強いです。やはり平民より権力側がいいですね。

 

「もうしつこいよ、止めてもらえるかな!」

 

「おいおい、そんな騒ぐなよ。ちょっと付き合ってくれって言ってるだけだろ」

 

警官の姿に安心感を覚えていると、どこかから騒ぐ声が聞こえてきました。

 

「だから興味がないって言ってるだろう!」

 

「チッ、面倒くせえなぁ、いいから黙ってついてこいよ。良い思いをさせてやるからよぉ」

 

どう見てもタチの悪いナンパです。女性を助けるのは簡単ですが、態々見知らぬ人を助けるほど暇ではありません……ですが、あの女性の声はどこかで聞いたことがあったような?

 

「うーもうっ、いい加減にしないとボクにも我慢の限界ってものがあるんだよ!」

 

ボク? はっ! あの女性は!!

 

「どっせぇええええ──っい!!」

 

「プギャらっ!?」

 

「ええっ!? 女の子が飛んできたっ!?」

 

「「「「フリアーネ様(さん)っ!?」」」」

 

渾身のドロップキックが、悪漢の顔面に見事に決まりました。

 

吹き飛んで近くの壁に叩きつけられた下劣な悪漢。その姿に(わたくし)の溜飲が下がりました。そして倒れた悪漢は、素早く現れた警官達が連行して行きました。

 

「お怪我はありませんか?」

 

(わたくし)は悪漢に襲われかけていた女性に優しく声をかけます。

 

「え? あ、うん。ボクは大丈夫だよ」

 

まだ状況を把握し切れていないのでしょう。女性はキョトンとした様子です。

 

防毒マスクが邪魔でよく顔は見えませんが、その口調と声には覚えがありました。

 

「ご無事でよかったですわ……やまいこ様」

 

(わたくし)の言葉に女性は――やまいこ様は目を丸くされました。

 

「えっと、もしかしてだけど、君は公爵令嬢のフリアーネかい?」

 

「おーほほほほほ、その通りですわ。自己紹介をせずとも察せられるだなんて、流石はやまいこ様ですわ」

 

「あのね、金髪碧眼に防毒マスク越しでもわかるほどの美貌。そして、その真っ赤でド派手なドレス。そこまでゲームそのまんまの姿なら誰だって分かると思うよ」

 

やまいこ様は呆れたように言います。

 

うふふ、ユグドラシルでは課金をしてまで姿をリアルと同じにした甲斐がありましたね。お陰で一目でユグドラシルでのフレンドの(わたくし)だと気づいてもらえました。

 

前世ではお姉様のご友人であり、(わたくし)ともギルドメンバーとして親交のあったやまいこ様。

 

彼女と、もう一人の女の子のギルドメンバーである餡ころもっちもち様とは、女の子同士の友情を育みたくてユグドラシルで探し出しました。

 

無事に二人を探し出してフレンドとなりました。そして、やまいこ様の妹のあけみ様とも親交を深めております。

 

ただ一つ残念なのは、お姉様は声優としての人気が高まり、そのためお仕事が忙しくなり過ぎたためユグドラシルをそもそも始めなかった事です。

 

(わたくし)の『ファンレター作戦』が功を奏したのは幸いですが、ユグドラシルで一緒に遊びたかったです。

 

「それにしても前から聞いてはいたけど、そこまで姿を同じにするのって、大変だったんじゃないの?」

 

やまいこ様の言葉に(わたくし)は艶然と微笑みながら答えます。

 

「うふふ、お金(課金)の力は偉大ですわ」

 

(わたくし)の背後から「私のボーナスがー!」などという幻聴が聞こえましたが、当然ながら気にしませんでした。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。