「折本──」さて、この後に続く言葉は──   作:時間の無駄使い

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予告通り最終話です。今までありがとうございました。


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 * * *

 

 

 

 ──土曜日。

 

 その後の話し合いで現地に直接集合になった俺は、日が傾く中、時間より三十分早くカラオケに着き、先に中に入って二人を待っていた。

 

 普段なら何もしないと長く感じる三十分も、今日ばかりはそうは行かず、直ぐに経ってしまった。

 

「……遅いな」

 

 時間を過ぎ、五分を経過したところで俺は二人に場所を書いたメールを送りつつ、到着を待った。──が、

 

 ──ガチャッ。

 

「…ごめん、比企谷。お待たせ」

「こんにちは、比企谷君。遅れてごめんなさい」

 

 送信した直後に、二人は同時に着いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それからしばらく沈黙が続き、どんどん時間が進んで行く。

 

 このカラオケはそんなに人気店じゃないからフリーで取っても追い出される事はまず無い。だから時間には余裕があるのだが──

 

「……………」

「……………」

「……………」

 

 いつまでも続く沈黙。

 

 俺の人生など一部に過ぎないのではないかと言う程長く感じる、そんな沈黙は、津久井の一言によって、打ち破られた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「…比企谷君──好きです……」

 

 カラオケボックスは、(しん)としていた。

 

 時折聞こえて来ていた隣の部屋の声も、今は届いていない。

 

 代わりに、煩い程に心臓の鼓動が鳴り響く。それを中心として、呼吸音など、自分の音がひたすらに響く。

 

 俺と対面して居る津久井の後ろには折本が座って居て、こちらを見ている。

 

 その眼には明らかな不安の色が見て取れた。眼だけでなく、顔色にも同じ様な雰囲気があった。

 

 

「──ごめん。…俺は、津久井とは…付き合えない」

 

 

 俺がそう言った瞬間、津久井の眼には涙が溜まった。

 

「……おかしいな…。…覚悟、…決めて来た…筈なんですけど………」

 

 津久井が言い出すのと、溜まった涙が静かに頬を伝って落ちて行くのはほぼ同時だった。

 

 俺はそれを眺めるしかない。

 

 ──今ここで、津久井の為に何かすれば、津久井が苦しむだけだ。だから、何もしない。何も出来ない。

 

「…幾つか、…教えて、下さい…」

 

 津久井が、静かに、止め処(とめど)なく流れ続ける涙を拭って俺に言う。肯定を示すと、もう一度涙を拭ってから、俺に言い始めた。

 

「…さっきのは、…比企谷君の…“本心”…なん…ですね?」

 

 ──ああ。

 

「…素直に、私の事は考えずに、教えて下さい。……私の事は、嫌い…です……か?」

 

 ──いや。

 

 

 津久井は、その二つだけを質問すると、黙った。

 

「……………」

「……………」

 

 しばらくの、沈黙。そして──

 

「…分かりました。……最後に一つ…良いですか?…これ…からも、“友達”として、一緒に居て下さい…」

 

 そう言った津久井は、泣きながら、涙を流れ続けながら、笑って居た。──だけど、その津久井の笑顔には、曇りが見られた。

 

 明らかに──明らかに、無理をして笑顔を作っているのが分かる。

 

「…津久井が、…それで良いなら…な…」

 

 俺は重い口を開いて、しかし噛み締める様に、そう言った。

 

 そんな俺に、津久井は──

 

「はい…っ。…うっ……うぅっ……」

 

 堪えても流れ続ける涙を拭う事もせずに、嬉しそうに、そして、苦しそうとも悔しそうとも取れる様に頷く。

 

 そしてドアの方に歩いて行き、

 

「…折本さん、比企谷君、…応援…してますよ」

 

 と、笑顔で──精一杯の澄んだ笑顔で、俺と折本に言うと、部屋を出て行った。──その直後、俺と折本の携帯が同時に鳴り響く。

 

 《Sub:折本さん、比企谷君へ

 Text:部屋を出たら教えて下さい。私達がどんな関係になっても、友達で居続けましょう》

 

「……………」

「……………」

 

 少しの沈黙の後、先に口を開いたのは、折本だった。

 

「…津久井さんって、強いよね…。私じゃ太刀打ち出来ないよ…」

 

 その言葉は素直な感想なのか、それとも俺に対する牽制なのか。

 

 だから俺は、思わず口に出してしまった。

 

「──折本」

 

 自分が口を開いたと言う事実を認識するのに、ほぼ無いに等しいラグを感じつつも、踏ん切りが付いたとばかりに続きを言う。

 

「改めて言わせて──いや、これが“初めて”…か」

 

 そこで一度区切り、そして口にした。

 

「──好きだ。他の誰よりも、お前のことが」

 

 まるで中学の時の“あの日”の様に、恐らくこれまで何千何万と使い古されたであろう言葉にどれだけの意味を込めたかは、求めない。“好きだ”と言う、一つの意味しかないのだから。

 

 でも返事は、言い終わるが早いか言い始めるのが早いか。つまり即答だった。

 

「うんっ!!」

 

 満面の笑み。──俺の見たかった笑顔が、そこにはあった。

 

 そして、ゆっくりと俺に近付く折本は、目の前まで来て立ち止まると、俺の片方の手を取り自分の胸へと運んで行く。

 

「お、おい!?」

 

 俺が途惑うのも気にせず、遂に俺の手は折本の胸へと着地する。

 

 すると今度は、その状態のまま抱き締められた。その際、少し頭を下に押された事で、さっき置いた手がある位置に顔が持っていかれたので、直ぐに手を外す。

 

 ──トクン、トクン、トクン…

 

「心臓の音、聞こえる?」

 

 折本が俺に確認を取る。

 

「…さっきまでね、不安で胸が張り裂けそうだった。──津久井さんと付き合っちゃうんじゃないかって、私は選ばれないんじゃないかって…。でもね──」

 

「──今は、嬉しさで胸がいっぱいなの。…まだドキドキしてる。…でも、嫌いじゃない。──比企谷が好きだって、実感出来るから」

 

 折本はそう言った。

 

 ──その時、俺の髪に、雫が落ちて来た。

 

「…あはは、嬉し涙まで出て来ちゃった…」

 

 俺は、折本のその言葉を聞くと、一度折本から身体を離し、そして間髪入れずに抱き締めて──

 

 

「折本──」

 

 

 そして、その続きを言った。

 

 

「──好きだ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後外に出て、折本が津久井に連絡を入れて津久井と合流し、帰路に着く。その途中で津久井が、

 

「比企谷君…折本さんも泣かせたんですね…」

 

 と言って、そして冗談混じりに、

 

「…二人も女の子を泣かせたバツとして今度私達に何か奢って下さい」

 

 と言ったのに折本が同調し、この日の晩ご飯は俺が持った。津久井は本当にするとは思って居なかったらしく、返すと言って来たが断って、二人をそれぞれ津久井→折本の順番で家に送る。それも俺が言い出した事で、学校に近いここからではさして方向は変わらないから、と言う理由だった。

 

「──じゃあまた月曜日、学校で会いましょう」

 

 津久井はそう言うと家に入って行く。

 

 それを見送り、今度は折本の家を目指す。

 

「今日、家に親居ないんだけど、来る?…ってか、泊まる?」

 

「いや、まだ付き合った“当日”だぜ、俺ら」

 

 そんな事を話しながら、折本も無事家に送り届けた。

 

 街灯のほとんど無い道から上を見上げると、星が輝いていた。──俺達の先は明るい。と思いつつも、何故か《明日は寒くなりそう》なんてどうでもいい事を考えていた。

 

 

 ~fin~




今回をもって、本編終了です。

後は、しばらく後にはなるかと思いますが需要があれば津久井さんver.と、更には本編の後日談を書こうかなと思っています。

本当に今まで、ありがとうございました。



以下、同日23:00更新。

皆さんがお気付きになったかは分かりませんが、タイトル回収をしていました。
それと、平均文字数が、特に考えた訳でもないのに、目標の3500ピッタリに収まっていたのには驚きました。

次話を更新したら見れなくなるので、確認する人は今のうちにどうぞ。

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