「折本──」さて、この後に続く言葉は── 作:時間の無駄使い
* * *
──比企谷八幡サイド──
折本が仲町さんにそんな話をしていた事などいざ知らず、折本の部屋に通された俺と津久井は、折本の机の横を荷物置き場にして、それぞれ座る。
そして自己紹介を終え、現在。
「…じゃあ、全員揃ったところで、比企谷と津久井さんには話してなかったから今ここで話しちゃうね。…えっと、今日は勉強会をするって事で、私と千佳だけだったところを、比企谷と津久井さんを呼んで四人でする事にしました。……い、以上!」
言葉の切り上げ方が分からなかったのか、空気感に呑まれたのか、どちらにしても折本にしては珍しい事だが、まぁ、その、何だ。…その切り上げ方は無理があるぞ。
「…っても、俺は国語しか出来ねぇぞ?」
「んじゃ比企谷は国語担当か。…うーん、私も国語の方が得意なんだけどなー……。…あとは、社会?」
「津久井は?」
「私は、…そうですね、理数系はそれなりに出来ます。だから、私は理科か数学ですね」
「…となると、千佳が英語なんだけど……」
「かおり……」
「…うん、分かってる。…じゃあ私そんなに高くないけど英語もやるよ」
折本と仲町さんの間で何があったかは想像に任せるとして、どうやら俺が国語担当、折本が社会と英語担当、津久井は理数系担当という事で決まったらしい。
「…あ、比企谷君は総武高でどの位なの?国語の成績」
「……最高三位だな。因みに数学は最下位取ったぞ」
「…また両極端だね。しかも最下位なんだ……。…私も人の事言えないけど…」
「俺が三位の方には着目なしですかそうですか」
「ひ、比企谷君って、教えるのは上手なの?」
「…どうだろうな。まあでも、教え慣れてはいるぞ」
いつもいつも小町に教えてるからな。
「──ただ、教え慣れてるだけで、それを教える相手は居ないけどな」
小町以外という注釈を省いたため、意味がわからなかったらしい津久井と仲町さんは、首を傾げていた。…因みに折本は何故か腕を組んで首を縦に振っていた。
「んじゃ、始めようか」
「おう」
「はい」
「うん」
という事で勉強会が始まった。
と言っても俺と津久井は総武高、折本と仲町さんは海浜総合で、それぞれ高校が違うため出ている範囲も若干異なっているが、そこは互いに融通を効かせた。
「…かおり、ここ分かる?」
「ん?どこ?……えーっと…?」
「比企谷君、ここ分かりますか?」
「おう。…ここは──が──だから、──だ」
「あ、本当だ。ありがとう」
「代わりっちゃあアレだが理科教えてくれるか?…数学を捨てた関係で計算がまるで分からん」
「比企谷君って数学捨てたの?」
「おう。出来ないものをやっても意味ないからな。【千里の道も諦めろ】だ」
「そ、そうなんだ…」
「千佳、まともに相手しないの。…比企谷も理数系頑張りなって」
「いいんだよ俺は。私立文系志望なんだから」
「……………」
「……………」
「どうした?折本。…それに津久井も」
俺、何か変な事言ったか?
ただ私立文系志望って言っただけな気はするが…。
「ひ、比企谷君は私立文系なんだ。…でも、理数系頑張れば国立もまだ大丈夫だと思うよ?…それにほら、私立って物凄いお金かかるみたいだし……」
「津久井?」
「…私も国語に力入れようかな……」
「…どうしたの?かおりがそんな事言うなんて……。いつもは勉強あんましなくても、なんて言ってるのに…」
「へ?…んんっ。…は、話ばっかしてないで勉強どんどんやろう?千佳は特に」
──こうして、割と真面目に勉強会は進んでいった。
* * *
俺は初めて参加した勉強会だったが、時間は思ったよりも早く過ぎたようで、四月の空も既に陽は落ち、紺が一面を覆い尽くそうとしていた。
「そろそろ終わりにしよっか」
「そうだな。…遅くなっちまってもアレだし」
という事でこの時点で解散にはなったのだが…。
「──じゃあ行こうぜ、津久井。仲町さん」
二人にそう言いつつ、俺も身支度を済ませる。
「お願いします、比企谷君」
「よろしくね」
──何故こうなったのかは、数分前に着た小町からのメールだ。
女の子を全員送ってから帰って来いという内容の、脅迫めいたメールが俺の携帯に届いたのだ。人質──と言うか、守らなかった時の対価は由比ヶ浜お手製のホールケーキだそうだ。…質量が質量なだけに死ぬぞ。マジで。
…とまあそんな事があり、折本家を出発。
「…仲町さんは後でも大丈夫か?」
「うん。…津久井さんは家どこなの?」
「私の家はここからだとちょっと時間かかりますね。…多分、駅までの直線上にあるとは思うけど」
「なら、丁度いいな。…仲町さん、確か駅まで行くんだよな?」
「うん」
どうやら仲町さんは駅から電車で一駅行かないと行けないらしいので、その途中にあるというのは有難かった。
──それから十分弱。
「あ、私の家です」
津久井は、不意に一つの家を指差してそう言った。
「あれが津久井の家か」
「結構大きいんですね」
住宅地の中のとある一軒家。
特になんの変哲もない、白い壁にレンガの色をした屋根の家だった。
「ありがとうございました」
津久井はそう言い、玄関先に立つ。どうやら見送ってくれるようだ。
「じゃあな」
「さようなら」
それぞれが別れの挨拶をして、そして今度は駅へと向かった。
* * *
──仲町千佳サイド──
かおりの家を出て、真っ直ぐ駅に向かいつつ津久井さんの家に行き、そこで津久井さんと別れた直後。
私は、横を歩く比企谷君の事を考えていた。
──かおりの好きな人。
──かおりと付き合っていた人。
──そして、津久井さんが好きな人。
私が彼に対して持っているはっきりとした情報はこの位。
…そして、今日の勉強会。
私は勉強をしながら、ふと思う事があった。
──もしかしたら、あの三人は落ち着いてしまっているのではないか。…あの状況に。
そんな疑問。
かおりは比企谷君が好きで、
そして比企谷君もかおりが好きで、
でも、かおりはそれだけじゃ足りないと言った(らしい)。
──津久井さんも、かおりと同じ位比企谷が好きだから。
詰まるところ、ここが問題の根底だと思う。
恐らくかおりの事だから、不安になってしまったのだ。
“比企谷君を好きな人が私以外にもいる”と言う事実から、逃げようとした。
かおりから訊いた話だと、比企谷君は全然有名じゃない──ぼっちという事もあってかクラスの人ですら知らないレベルで知名度が無いらしい。
目立ったとしても悪目立ち。
全然、考えていなかったのだ。
“自分みたいな人が他にもいる可能性”を。
だから、比企谷君と会えなくなってからも、最初の内しか会いには行かなかった。
──無意識の内に安心していたから。
そしてその考えは、付き合っていた頃の、相思相愛振りも災いして余計に安心させる材料となった。
──だけど、
高校二年時・文化祭。
比企谷君は、私達の高校にも悪評が流れて来るような事をした。
かおりに話を訊いた今だから、あの時どことなくかおりか落ち込んで、そして無理して笑っていた事の理由が分かる。
──だけど、その行動の意味を正確に見抜いた人が居た。
それが、津久井さんだった。
それからしばらくして、クリスマスイベント。
久し振りに比企谷君と出会い、会話が弾んだ。
多分かおりは、またここでも安堵したのだろう。
彼女が他に出来た訳じゃない事に。
そして、その後直ぐに何かがあった。
かおりからは何も訊いてないけど恐らく津久井さんの事を訊いたんだと思う。
──それが、今までかおりを安心させてきた全てを、根底からひっくり返した。
そして、かおりは咄嗟に逃げようとした。
“比企谷君と恋人同士”である事を確認する事で。
──だけど、それは長くは続かなかった。
贔屓されてると感じた。
自分が本当に比企谷君に選ばれるべきなのか不安になった。
──だから、恋人同士と言うその関係を消し去った。
…かおりから訊いた話だと、こう言う流れらしいけど、今現在、それは停滞している。
しかもあろう事か、その関係に落ち着こうとまでしていた。
「……………………」
私は少し考えて、気付いた時には口に出していた。
「────」
過去の話を読み返して頂ければ分かりやすいかもしれません。