「折本──」さて、この後に続く言葉は── 作:時間の無駄使い
* * *
──折本かおりサイド──
「…認めるまで離さないから……」
私は、比企谷に抱き付いたままでそう言った。
──恐らく、熱でもないとこんなに甘えられないから。……だったら、この際甘えてしまおう。
「…ダメ……かな」
「………っ!?」
少し上目遣い気味に比企谷を見つめる。キスとかもしてみたいけど今は風邪引いてるから我慢。
──って、……え?
“キス”とかもしてみたいけど……?
「う、うわっ!?…わ、私何考えて──」
「お、おい、折本?急にどうした」
──今度は、口に出してしまった。
「えっ?……~っ!?…な、何でもない!」
パニクりまくり。mostパニック。
どうやら熱で正常な思考が出来ないみたいだった。普段なら言わないようなこと言ってるし…。
ミスを取り繕おうとしてミスをすると言う、悪循環にはまっていた。
それからしばらくして…
「あ、改めて。……今日、泊まって行かない?」
「………いやいやいや、ダメだろ」
「…どうして?」
「どうしてって、そりゃあ……」
「…じゃあ比企谷は、病人を中途半端に診て、それで一人残して帰っちゃうの?…しかも自分の彼女なのに……」
「いや、だから…」
「……私は、比企谷が居てくれると安心出来るから、…その、居て…欲しい、な」
…………。
…メッチャ恥ずかしい。
ど、どうしよ!?恥ずかしくて死ねる!…いやだって、──待って、落ち着こう。
今は冷静に比企谷の返事を待って、それからにしよう。
「……確認取ってみる。…それでOKだったらな……」
比企谷はそう言って少し溜め息を漏らしつつも携帯から電話をかける。
少しして誰かが出たらしく、会話が始まる。
それを黙ってジッと見てると、比企谷が私を見ながら布団の方を指差す。──布団に入ってろ。という事だろう。
おとなしくそれに従い、掛け布団をめくってモゾモゾと中に入る。
──そして更に少し後。
「──教えねぇっつの!…じゃあな、切るぞ」
「電話終わったの?」
「ああ。…まぁ、その…なんだ。……いいってよ」
「ほ、本当に!?…コホッ!」
喜びのあまり、自分が風邪を引いている事も忘れて声を上げてしまう。
「……元気じゃねぇか。…取り敢えずまだ咳は出るんだし、熱もあるんだから寝とけって。……その間に俺は着替えとか家に取りに帰るわ」
「そのまま…」
「帰らねぇよ…。また戻って来る。それに、明日は日曜日だ。朝を除けば特に予定は無いしな」
朝に何があるのか訊こうと思ったけど、比企谷がヤバい目してたから訊かなかったのはここだけの秘密。
「お母さんはいつ帰って来るんだ?」
「(お、お義母さん!?)…明日の夕方頃には帰って来るんだって」
「そうか…。じゃあ、今日は本当に誰も居ないんだな」
「…うん。…だから、比企谷が居てくれて助かる」
「……そりゃどうも。…しっかしどうすっかな──」
こうして、比企谷による看病は、比企谷のお泊りが決定したことで期間が延長された。
* * *
──比企谷小町サイド──
──お兄ちゃんの様子がおかしい。
もともと友達のいないお兄ちゃんだから、中一の頃はそうそう休日に外出する事なんかなかった。
…でも、中二も終わり、そろそろ中三になると言うその時期から、急に休日の外出が増えた。
それも今思えばおかしいけど、慣れと言うものは怖いもので、今は不思議には思っていない。…と言うか割と当たり前になっていて、逆にお兄ちゃんが家に居ると、お母さん辺りが、「あら、居たの?」なんて言い出す。──休日の我が家からお兄ちゃんの居場所が消えた瞬間だった。
それはさておき。
さっきも言ったけど、“あの”お兄ちゃんが──友達の“居ない”(※断定)お兄ちゃんが十数分前、【お泊り】と言う無縁な単語を電話口に放ったのだ。
──気にならない訳がなかった。
* * *
──折本かおりサイド──
比企谷が帰ってから、そろそろ三十分が経とうとしていた。
(…比企谷……)
少し、遅い。
私も比企谷も今日の集合場所だった駅前には徒歩で来たから、私の家から比企谷の家まで歩かないといけないのは分かる。
でも、徒歩でも十分強も歩けば着く筈だ。往復しても三十分は経たない。…それとも、荷造りに時間を掛けて居るのだろうか。男子がどうかは分からないけど、女子は荷造りに時間が掛かる。……それならまぁ、分からなくはない。
「比企谷……」
溜め息気味に比企谷を呼ぶ。
さっきまではとても楽しかった。本当に、時間を忘れて、自分の体調まで忘れるくらいに。
でも、楽しかったからこそ、今は静かなのが虚しい。
いつも家で一人で居るのとは、違った感覚だった。
──結局、比企谷が帰って来たのは、出発してから四十分後の事だった。しかも、自転車で来たと言う。
「…遅いよ、比企谷。……本当に帰っちゃったかと思っちゃったじゃん…」
「……すまん。…実は小町を振り払うのに手間取ってな……」
比企谷曰く、友達が居ない事が家族の周知の事実である比企谷が急にお泊りとか言い出したから、妹が根掘り葉掘り聞き出そうとしたんだとか。…遂に比企谷は口を割らなかったらしいけど。
「…その、悪ぃな、遅くなっちまって」
「まぁ、それなら仕方ないよ。…それに、戻って来てくれたんだし」
「……おう」
「…で?いつまで部屋の入り口で突っ立ってんの?」
「いや、俺はどこで寝泊まりするのかと、根本的な疑問に行き当たってな。…因みにあらかじめ言ってお──」
「ここに決まってるじゃん。…それ以外にどこがあるの?」
「バッ!……な!…お前──」
私は、掛け布団をめくってその下を指す。
つまりそこは、私のベッドの中だった。
ここじゃないと比企谷を泊めた意味が無い。
“寂しいから泊めたのに、離れていたら意味が無いじゃん”
私は、一応正論を言ったつもりだった。
──結局、比企谷は最後の悪あがきとして私との交渉に挑むも、比企谷は惨敗(理由:可愛いは正義…らしい)し、私が押し切ってしまった。
比企谷が思いの外押しに弱いのを知ってからの私は、ここぞというところで押す様になった。
──そんなこんなでその後、比企谷が夜ご飯を作ってそれを二人食べ、私は看病されつつ、私の匂いが沢山ついた布団に比企谷を包み、眠──れる訳がなかった。
夜中…
「比企谷、起きてる?」
「……ああ」
「…そっか」
私に背を向けては居るものの、バッチリ目の開いているらしい比企谷に話しかける。
「お前は早く寝ろって。病人なんだから」
比企谷は(私もだけど)、緊張でどうにかなりそうだったので、早めに会話を切り上げようと必死だった。
「あはは…。実は、結構緊張してて…」
「……俺、出るぞ?」
「わー!わー!…ごめんって!……じゃあ、比企谷の胸貸して…。…そうすれば、多分落ち着けるから、寝られると思う……」
「……………ほれ」
私がそう言うと比企谷はモゾモゾと動いて私に向き直ってくれる。
「…ありがと」
言いながら私は、比企谷の胸板に顔を埋めた。
──直後、想像通りの安心感。
…その日、私は久しぶりに熟睡し、翌日気持ちのいい朝を迎える事が出来た。──朝起きたら比企谷が私に抱き付いてたのは驚いたけど。…でも、比企谷もよく眠れたみたいで良かった。
因みに風邪はほとんど治っていたので、私は比企谷に「愛の力かな?」なんて言いながら日曜日を過ごした。
──
────
「──って事があってね?…って、千佳?」
比企谷が家に泊まった時の事を話した私は、千佳の事など気にかけずに話していたらしい。
「……………」
何時の間にか、千佳は真っ赤になって目をグルグルと回していた。
「千佳ー、起きてって」
「……は…っ!?」
「あ、起きた。…大丈夫?」
「え?あー、……えっと、…コーヒー、淹れていいかな。ブラック…」
千佳は起きると同時に、また赤くなっていく。
「…別にいいけど…。千佳ブラック飲めるの?」
「今なら…飲めるよ」
私には訳が分からないけど、取り敢えずそれで復活出来るならそれでいいんだろう。
「早く比企谷と津久井さん来ないかなー…」
少し話が逸れるが、最近の比企谷は押しに対し耐性が出来たらしく、あんまり靡かなくなった。
──こうして、気付かない内に犠牲者を一人出した私の過去の話は、終幕を迎えた。
ようやく終わった…。
実は今回も終わってませんでした。
ただ、次回に伸ばすには短いので、カットカットカットで短くまとめまし…た?
おかしなところや分からないところはどんどん訊いて下さい。
……本当は、二話前の勉強会がメインの話のはずだったんですけどね。